Chapter 037_ルボワ防衛戦
「・・・もにもにもに・・・」
「…」
天気は晴れ。
秋の深まるこの時期、エディアラ南部に位置するルボワは三寒四温の日々で天気も不安定なんだけど・・・今日は涼しいそよ風が吹くだけの、穏やかで過ごしやすい日和だった。
「・・・もにもにも・・・」
そんな心地よい朝の風を感じながら、おじいちゃんの立派な腹筋を背もたれにチェスに乗り、ストレージバッグから取り出したヴィエノワズリー(菓子パン)を頬張るなんて贅沢の極み。
ここが戦場になるだなんて、とても・・・
「…そろそろだぞ。準備しろ。」
「・・・んっくん。・・・ごちそうさまでした。」
・・・信じられない。
『………』
「・・・」
やがて・・・森の木々が不自然に揺れ、梢が騒めきだした。
「来たか…」
いよいよ、その時がやって来た・・・
「・・・・・・すー・・・はぁ~~~」
今日、私が唱える魔法はたったの2つ。
・・・そう。2つだけだ。
いつも通りやれば問題ない。
いつもと違うのは・・・絶対に失敗は許されない。という事だけ・・・
「来たぞ!合図だ!!」
「・・・ん!」
森の入り口で見張りをしている冒険者の人が合図の狼煙を上げると、、私達の後を半円形に取り囲むみんなの緊張も一気に高まった。みんなとは距離があるのに、それがここまで伝わって来るなんて・・・
これが、戦場。か・・・
『ギチギチギチギチ…!!』
私達の瞳の先・・・森の境界線からは、蜘蛛たちが深緑の津波となって不快な足音を伴って押し寄せた。
女王様の命を繋ぐために・・・ただ、一心に。
「・・・『霧よ』
タランテラ達を駆り立てているのはアラクネで、アラクネを駆り立てているのは生存本能・・・つまり命の理だ。
アラクネは、摂食した者の記憶を継承することで思想に影響を受けるらしいけど、中身が蜘蛛である事に変わりはない。
この街を襲う理由は・・・別にルボワに恨みがある訳でも、特別人間を襲いたいわけでも無く・・・ただ。生きるため。
『そなたは惑わしの光』
つまり、私達人間と同じだ。
ルボワに住む私たちは、ただ。生きるために戦う。
だから負けられない!負けてたまるかっ!!
『道を覆って』
戦場の真ん中で、
目の前に迫る蜘蛛たちに対峙した私は、
1人で、
瞳に宿る理と1つになって、
綴られし世界に綴られた通りに、
唱えた通りの世界を綴る。
『影を消し去る』
どっちが生き残るか・・・勝負だ!!
・・・メイズフォグ!」
水属性大4階位 迷霧魔法!
私を中心に半径100m・・・差し渡し200mの範囲に濃紺の魔法印が展開。そこから濃密な霧が現れ、草原を覆い・・・蜘蛛たちの視界を奪っていく・・・
魔法行使に集中する為に目を瞑っている私には見えないけど・・・大丈夫!
発現しているという実感がある!
理と共にあるという確信がある!!
「…いいぞ、フォニア!そのまま…」
「・・・」
作戦その1.
森からやって来る蜘蛛たちを迷霧魔法で足止めする。
迷霧魔法は“ただの霧”を生み出す魔法じゃない。
方向感覚を失わせ、視覚や嗅覚も狂わせる副次効果が付いた魔法だ。
アラクネや傀儡相手にどれくらい効果があるかは分からないけど・・・少なくとも、タランテラには効くはず
「・・・」
森から出てきた蜘蛛たちは今頃、霧の中を街に向かって軽快に進んでいる・・・と、思っている事だろう。
でも真実は違う。
蜘蛛たちは今、迷いの霧の中、気付かぬうちに右往左往している。
けれど、それに気付く事は無い。
後続の蜘蛛たちも同じだ。
仲間がどうなっているのかにも気付かず霧へと入っていく。
止めどなくやって来る蜘蛛によって、
霧の中は魔物の密度が高くなっていく・・・
『ブフフフッ…』
「チェス。静かに。信じるんだ…」
『フブッ…』
・・・だから、ちょっとでも油断して惑わしの効果が薄れると、私とチェスとお祖父様は蜘蛛に取り囲まれてしまう。
倒せる相手とはいえ・・・数えきれない程の魔物に全方位を囲まれては無事では済まない。
集中・・・集中・・・
何分・・・何十分そうしていただろうか?
「・・・」
魔法に集中するあまり、呼吸さえ疎かになっていた私の耳に・・・不意に・・・
『…ッ』
「・・・」
「…っ!」
「・・・」
「…ニアっ!…ずだっ!!」
「・・・・・・う!?」
「フォニアっ!合図だっ!!次を唱えろぉ!!!」
不意に肩をゆすられ、背中から慣れ親しんだ怒号が!!
「・・・は、はいっ!!」
い、いけないっ!!
「・・・すー『霜よ そなたは冬の使者 風を凍らせ 舞い降りて 大地を白に染め上げる』フロスト!」
霜魔法は、つい数日前、ラレンタンド商会が迷霧魔法と共に魔導書を届けてくれた。
水属性第5階位の王級魔法だ!
「まったく!ひやひやさせおって!」
「・・・ご、ごめんなさい。」
「いいから集中せんかっ!!」
「は、はいっ・・・」
全ての蜘蛛が霧に入ったという合図に気付かず、おじいちゃんに怒られてしまったけど・・・魔法は無事に発現!
タイミングがズレてしまうと、合図と同時にこちらに駆け出したみんなとの足並みがずれてしまう。
おじいちゃんが教えてくれたから事なきを得たけど・・・あ、危なかったぁ・・・
「だが、これで…」
「・・・ん・・・」
空気中の水分子(水蒸気も水滴も)を凍結させ気温を下げる・・・という効果を持ったこの魔法。
今日は多めに魔力を込めて、迷霧魔法と同じく超大規模で発現させた!
周囲に漂っていた大量の水分子・・・霧は・・・
「ふぅ~…ようやくか。作戦のうちとはいえ、やはり周囲が見えんと気が気ではないわ…」
『ヒュブブブッ…』
・・・凍り付き
「・・・」
『さらさら…』という細やかな音を立てながら地面に降り注いでいった
ホワイトアウトしていた視線は開け、私達の周りには・・・
「・・・・・・うまく・・・やれた・・・よね?」
一足早くやってきた冬の使者に覆われて、歩みを止めた、夥しい数の蜘蛛たちが
いちめんに・・・
「あぁ!!お前の唱えた通りだ!!よくやった!」
『ヒーヒュヒュンッッ!!』
「・・・んぅ・・・」
私に毛布をかけながらチェスを駆けだしたおじいちゃんの大きな手に抱かれながら、私はその光景をボンヤリと見渡した・・・
・・・
・・
・
…
……
………
「進めぇーーーー!!!」
『『『『『フラーーーーーーーッッッッ!!!!!!!』』』』』
森から発せられた2度目の合図を皮切りに全軍が走り出した直後。本日2度目の濃紺色の魔法印…フォニアの大規模魔法が発現した。
「構うな進めぇぇぇぇ―ッッッ!!」
『『『『『おぉぉぉぉーーーーーーーっっっ!!!!!!!』』』』』
総勢600名。即席の部隊だがしかし、迫る危機を前に士気は高かった。
団員は勿論、ひよっこばかりの冒険者も、初めて剣を手にした市民も、皆が皆…発動子を手に生存をかけて魔物の下へひた走った。
「霧が晴れたぞ!!」
向かう先を覆いつくしていた真っ白な霧は晴れ渡り、そこには…
「んなぁっ!?」
「こ、これほどとは…」
視線の先は真っ白な絨毯と…力尽き横たわる蜘蛛たちで覆いつくされていたのだった…
「さ、さむっ!!」
「ふぃ~くしょんっ!!ぶるっ…も、もっと厚着してくるんだったぜ…」
近づくにつれ気温は下がり、忠告を聞かず軽装で来た者など、顔をしかめるほどだ。
人間でこれなのだから、寒さに弱い蜘蛛はひとたまりもなかっただろう…
「小娘め。これではどっちが化け物か…」
色を失わない魔法印の中心に佇む一頭の馬…その背に乗る孫娘を睨み、思わず悪態をつく。
水属性魔法は適性さえあれば、他の属性に比べ委細を気にせずとも発現できるため扱いやすいと言われている…半面、とにかく膨大な魔力が必要だ。
これほどの規模の魔法を、立て続けに…
いったい、あの小さな体の何処にそれほどの魔力を蓄えているというのか…
…と。そんな事はいい。
今は…
「作戦通り行くぞ!魔物にトドメを刺せ!!」
作戦…それは、フォニアの魔法で弱った魔物に、残りの者がトドメを刺していくというものだ。
「いいぞっ!近い者から始めろ!!」
「よ、よし…いくぞっ!!」
「せいっ!」
前線に出なくてはならないフォニア自身は危険だが、本人には自信とやる気があった。さらにロジェスのジジイが護衛を買って出たため、この無茶な作戦も一考に値した。
事前に試した時も、迷霧魔法は訓練を積んだ団員の視界を奪い、霜魔法は効果範囲も威力も発現速度に至るまで…1つとして非の打ち所がなかった。
そして、本番も…コレである。
この作戦は確かに…
「でりゃ!!…おい。ホントにこの作業…必要か?」
「ピクリとも動かねーものな…」
「寒さの効果は絶対じゃないって言ってたでしょ!?ほらっ!黙って続けなさいよ!」
「は、はぁ…」
「アイマム…」
確かに。
小娘が言う通り、合理的に思えた…
林檎です。
誤字を見つけたので修正しました。
失礼を致しました(21/10/16 -15:00)
再改訂させていただきました。
・・・よろしくね。(22/05/15 -21:50)(22/07/18 -14:15)




