Chapter 036_戦いの朝
「ロティアも行くのっ!」
「・・・メ。」
カレント2,177年 恵土の月 38日
その日は思っていたより、ずっと早くやって来た。
「い~く~のぉ~!!」
「…ロティア。わがまま言うんじゃありません。あなたはまだ子供でしょう!?」
「おねーさまだって子供だもんっ!!」
「お姉様は魔法が使えるでしょ?」
「おとーさまはマホーが使えないもんっ!!」
「…お父様は大人でしょ?」
「ず…ズルいもんっ!ロティアだってマモノみたいんだもんっ!!」
使者が現れてから今日までの7日間。私達は出来る限りの準備をしてきたつもりだ。
堀も造ったし、街を守る壁も強化した。見張り台だって用意した。
森との間の草原は見晴らしが効くように草刈りをした。
協力してくれたのは冒険者だけじゃない。市民の人たちも沢山手伝ってくれた。
街を出ていった人も少なくなかったけど・・・残ってくれた人の方が多かった。
みんな、ルボワが大好きなんだってわかって・・・嬉しかった。
「・・・ロティア。あなたにはあなたのお仕事があるでしょ?」
「ぶぅーっ…。おうちで待ってるだけだもん…。」
「・・・違うわ。」
「ふぇ?」
「・・・お母様とデシさんを守るのが、あなたの仕事でしょ?」
「まもる…ロティアが?」
「・・・ん。ロティアが2人を守ってくれるから、私とお父様は安心して出かけられるの。・・・だよね?お父様?」
「お、おぉ!…ロティア。頼んだぞ!」
「うふふっ…お願いね、ロティアちゃん。」
「あ…う、うんっ!たのまれたっ!!ねがわれたっ!!」
「ロティアお嬢様が一緒ならぁ、安心ですねぇ!!」
「まっかされよ―!!」
昨日までに駆けつけてくれた騎士団の人数は、騎兵366名。歩兵138名だそうだ。
ノワイエ領の騎士団員は、全部で4,000名ちょっといるらしい。だから、この短期間でその1割強もの人を集めたお祖父様は、やっぱりすごい人なんだと思う。
でも、敵の数を思うと・・・
「…フォニア。」
「・・・う?」
「お前は…親父と一緒だっけか?」
「・・・ん。・・・お父様は?」
「オレは東門で荷物運びだ。何もできないオレにはお似合いだな…」
「・・・そんなこと有りません。今日みたいな大規模戦では、物資の補給が命綱になります。」
「おぉぅ…なんだか難しいこと言うな…」
「・・・お父様もお祖父様も・・・みんな必要だってことです。みんなで戦って・・・みんなを守るんです。・・・ね?お父様?」
「そうか…そうだな。」
「・・・そうです!」
一方、冒険者は62名。
冒険者は職業だ。得られる物が無く、見返りは少なく、リスクは高い・・・そんな殲滅戦に参加する人なんてそうはいない。
広域募集を見てきてくれた人なんていなかったけど・・・それでも数十人もの冒険者が残ってくれたんだから、ありがたい話だって・・・そう、思う事にしている・・・・・・
「…やっと来たかフォニア。ほれ、チェスもお待ちかねだぞ?」
『ヒーヒュヒュン!!』
「・・・おじいちゃん。チェス。・・・今日はよろしくお願いします。」
「あぁ。お願われた。」
『ヒュブブブブッ…』
おじいちゃん・・・ロジェス様は今日、私と一緒にチェスに乗って。魔法行使でほとんど動けなくなる私の事を守ってくれる。
つまり・・・私のナイト様。
「フォニアちゃん。この人なんて“こき使って”いいから…精いっぱい唱えなさい!」
「・・・おばあちゃん・・・」
「あなた!私の大事な愛娘に傷なんかつけたらどうなるか…」
「わ、分かっとるわ!」
「老い先短いあなたはいいけど、この子にはまだ未来があるんですからね!…身を呈して守っておやり!!」
「い、言われなくてもそうするわ!まったく…」
「・・・お、おばあちゃん!そこまで言わなくても・・・」
「ふふふっ。この人は頑丈だから大丈夫よ。だから…」
「フォニア。お前はいつも通り、自信を持って唱えよ!」
「唱えよ、さらば現れる…ね!…頑張って来なさい!私のかわいい子…」
「・・・はい・・・はいっ!唱えてきます!!」
「行くぞっ!」
『ヒーヒュヒュン!!』
蜘蛛の群れが現れたのは昨日の夕方。
発見したのは見張りに出ていた冒険者さんだった。
すぐに最後の抗戦会議が開かれ、決戦は蜘蛛たちが森を出るタイミングの翌朝と決められた。
いよいよ・・・、そう。いよいよだ・・・
「あ~ら、フォニア!ナイト様に守られて…いいご身分ねぇ!」
「・・・イレーヌ。今日は協力できなくて、ごめんね。」
イレーヌは助産師さんと共に城門の近くに待機して治癒術を施す予定だ。
「あははっ!いいのいいのー!どーせここに来るのは万年胃痛の市長様だけよっ!」
「・・・。」
「ほらっ。そんな顔するんじゃないの!!…がんばんなさい!頑張って早く終わらせて…また治癒院を手伝いなさい。」
「・・・ん。」
「…騎士様。どうか…うちのセコンドを。どうか、よろしくお願いいたします。」
イレーヌはロジェス様にそう言って頭を下げた・・・
「…あぁ。確かに願われた。」
「お願い…お願いしますっ…ホントにっ…この子を…どうかっ…っ…」
イレーヌ・・・
「・・・イレーヌ。」
「なっ、なによぉ…」
「・・・行ってきます。・・・また後で。」
「っ!?…え、えぇっ!後で手伝ってもらうんだからねっ!…さっさと行って、さっさと終わらせてきなさいっ!!」
「・・・ん!」
蜘蛛の数は数えきれない程で・・・本当に1万匹くらいいるのでは?と見積もられている。
一方こちらは、600名と少し。
【戦争は数】の言葉に従えば、万に一つも勝ち目なんてない。
でも・・・勝つのは私達だ!
リブラリアに勝利を綴る為に、今日まで頑張って来たのだから・・・
・・・
・・
・
「遅いぞ…」
街の外に出た私達は真っ先にお祖父様の所に向かった。
今日の防衛線では、お祖父様が全体の指揮を執るのだ・・・
「・・・おはようございますお祖父様。遅れてませんけど・・・」
「お前の様な下っ端は最初に来るものだ。」
「・・・出来るだけ魔力を蓄えておくように。と、お祖父様が仰ったのでギリギリまでご飯を食べていました。」
挨拶に来ただけなのに・・・
ウンザリしつつお祖父様の嫌味に反論していると、ナイト様が加わり・・・
「ベルトラン。お前は相変わらずだな…。不必要に人を煽ってどうする?だから部下が逃げ出すんだぞ?」
「引退したクソジジイは黙ってろ…」
「なんだと!?貴様とてジジイではないか…」
余計、面倒な事になりはじめた。
軌道修正しなきゃ・・・
「・・・2人ともやめて。こんなところで・・・恥ずかしいよ。」
「「…」」
おばあちゃんによると・・・この2人は幼馴染(ロジェスおじいちゃんの方が少し年上)で若い頃からずっとこんな感じらしい。
仲が良いのは結構だけど、こんな時までじゃれなくてもいいのに・・・
「…で?フォニアよ。万全に備えてきたか?もっとも、今更泣き言を言っても遅いがな。」
仲良く2人、同時に咳払いをしてからお祖父様は私に問いかけてきた。
・・・何だかんだ言いながらも、ちゃんと心配してくれるのね。
「・・・大丈夫です。お祖父様も、どうかお気をつけて。」
私はお祖父様とは別行動になるけど・・・今回の戦いはお祖父様の手腕にかかっているし、前線にも立つことになるから危険も多い。
どうかご無事で・・・
「…ふんっ。………小娘に心配されるわしではない。」
「心配してくれる人がいてよかったのぉ、ベルトラン。」
「クソジジイ…」
・・・と、再びおじいちゃん戦争が始まろうとしたその時。
「もー…父様っ!素直じゃないんだから…」
スピアを後ろ手に持った、背が高くてスタイル抜群のお姉様が近づいてきた。
この人。お祖父様を・・・父様って呼んだ?
もしかして・・・
「何の様だバカ娘。」
「何の様だ。じゃないわよ!呼んだのは父様でしょ?…ご無沙汰しておりますロジェス先生。ご機嫌麗しゅうございますか?」
「久しいなクロエ!見ての通り、まだまだ歳には負けんぞ!!お主も相変わらず息災か?」
クロエさん!!やっぱりそうか。
う〜ん・・・似てない!
「えぇ!相変わらずですわ!それで…ふ〜ん。あなたが噂の…」
「・・・はじめまして、おはようございます。クロエ・ピアニシモ伯母様。・・・テオドールの娘フォニアです。ご機嫌麗しゅうございますか?」
この人はお父様の双子のお姉様。クロエさんだ!
「チャオ!姪っ子ちゃん!!元気よ~!それにしても………うぅ…。オバさんかぁ…。まあ。そうなんだけど…」
「・・・クロエお姉様・・・」
クロエさんはお父様と、いち番仲良しの姉弟なんだって。
いい人そうだし・・・双子の姉弟なら仲良しなのも納得だね。
「っ…いい子っ!!」
「・・・んふふっ!」
クロエさんは手綱を握るおじいちゃんの隙間に入り込み、器用に私を抱きしめてくれた。私も屈んでそれに応える。
因みに、お父様とあまり似てないのは二卵性双生児だからだと思う。男女の双子って確か、かなりの確率で二卵性双生児だったよね・・・
「…クロエも戦うのか?」
「そーなのよっ!父様ったらヒドイのよ!…どうせ暇なんだから来い。なんて手紙よこして!!」
「…事実だろうが。」
クロエさんはおじいちゃんに向き直り、お祖父様を横目で見ながらそう言った。
何でもこのクロエさん。武術だけなら強者揃いのピアニシモ家でもトップなんだとか。
魔法無し、武術だけの戦いで唯一おじいちゃん負かしたのが、このクロエさんなんだって!
カッコいいよね!!
「ふーんだ!余計なお世話ですよーだ!…まったく。大急ぎで来てあげたっていうのに…失礼しちゃうわ!」
「はっはっはぁ~!こやつの嫌味なんぞ気にするなクロエ!お前が居てくれて、わしは大層心強いぞ!今日は頼んだ!」
「・・・よろしくお願いします。」
「うふふふっ…。はーい!…頼まれた!!願われた!!まっかされよー!!」




