Chapter 015_インクの隅で
「・・・3,000年近く続いた戦争を始めたのも。“いたずら”にページを重ねたのも。・・・【影の森】の滅亡に裏で手を回したのも。【花のエルフ】ですか・・・」
「…最後のは。あくまでも状況証拠からの推測…だけど。ね…」
太古の昔にヴェルム・ウェルム大陸で勃発した全種族を巻き込む戦争・・・
【神魔戦争】は
元を正せば、花のエルフが仕掛けた侵略戦争だったそうだ。
主戦場は主に、魔族の勢力域と、【影の森】・・・
「・・・魔族の勢力域とは?」
「…アムリム・ハムリム半島と。周辺の島々を除いた地域のコトなんだけど…。…そうね。土地勘がないから分かりづらいよね。いま。地図を持って来てあげる…」
「・・・う!?地図があるのですか!?」
「…うん。仲間…【影のエルフ】の偉人が。大昔に旅して作った…」
・・・すると、カルマート様は
「…」
袖から『スッ…』っと。鍵を取り出し。
「!?!?」
驚く私をヨソに。
「…」
無言で手を向けると!?
「わ!」
「にゃ!?」
「へぇっ!?」
「なっ…」
何も無かった壁に、ドアが現れ!?
『ガチャンッ!』
鍵を回して
ドアを押し・・・
「…少し。まっていてね…」
どこか・・・ドアの向こう・・・へと、
行ってしまったのだった・・・
「・・・」
「に゛ゃぁ~…」
「あんな風に。ドアを生み出していたのですね…」
「…やばっ」
「・・・ね・・・」
・・・サラッと見せてくれたけど・・・初めてだったんだよね。
カルマート様がドアを生み出す瞬間を見るのって・・・
「…ただいま…」
「・・・お、お帰りなさいませ・・・」
筒状に巻かれた、古びた大きな製紙を抱えてきたカルマート様は
空いている机の上に・・・
「…よ…しょ…」
「・・・う!お、お手伝いします!」
「わ、私も!」
「シュシュもです!」
ソレを開き・・・
「…ありがと。それで…コレ。ね…」
「・・・はい・・・」
「…真ん中の“点”がグローティカ。私達【影のエルフ】は人間の勢力圏に近かったから。人間に習って“街”という括りを作っていたの。だからココは。【グローティカ】の街…」
「・・・街・・・」
「…その方が便利だったからね。この森にはあらゆる種族が集まってきたから。私達【影のエルフ】だけじゃ自治しきれなかったの…。…だから、他の種族の力を借りるために…エルフ独自の“里”じゃなくて。“街”と呼んだ…」
「・・・な、なるほど・・・」
ま・・・確かに。
エルフの“里”しかり、ドワーフの“郷”しかり・・・
私達人間が想像する“行政単位”の“里”や“郷”とは、考え方が違うから。
単純に“街”と呼んでくれた方が分かりやすい・・・
「…人間の暮らすアムリム・ハムリム半島は…」
・・・さらに。
カルマート様は地理の説明を続けてくれた・・・
「…大陸南部から北東に伸びている。この地図に描かれているのは。半島の5分の1にも満たない。とっても大きな半島…」
【焔のドワーフ】のゴーレムであるナミちゃんから
この辺りの地理については聞いていた。
けど、さすがに地図までは見せてもらっていない。
「・・・へぇ・・・。ほんとうに。大きいのですね・・・」
「…うん…」
異世界では。スマホを開くだけで好きな場所を好きな縮尺で
眺める事が出来るけど。
ここ、リブラリアではヒトの目と足が頼りだ。
小さな島まで描き込まれているし・・・
いったい、どれ程の時間をかけて作られた物なんだろうか?
・・・とにかく。
とんでもなく貴重な物であるコトは
間違いない・・・
「…半島には人間の他に。【晶のドワーフ】も住んでいる。人間とドワーフは。仲良し…」
「アドゥステトニアの私達と。【鉄のドワーフ】の関係に似ていますね!」
「…そうなんだ…」
半島の説明のあと・・・
「…んしょ。んしょ…」
カルマート様はおもむろにペンを取り出し。
“点線”と“魔国【シアリア】”の文字を
「・・・う?カ、カルマート様!?」
書き込み始めた!?
「・・・き、貴重な資料に・・・」
い、いいの!?
「…心配いらない。これ。写本…」
「・・・そ、そうなのですか・・・」
写本・・・といっても。
【影のエルフ】が描いた物というコトは。
少なくとも1万2千年前の写本ですよね?
それ、世界が変われば
“遺産”になりますよ?
この世界でも、
遺産のハズですよ・・・
「…この辺りの湖は…」
・・・私の心配をよそに。
カルマート様は地図上部・・・ヴェルム・ウェルム大陸
内陸部の説明を始めた・・・
「…1つ1つ。固有名があるけど。いっぱいあって面倒だから。一般に【シミレ連湖】と呼ばれている…。…だいたい。ここより南までが魔族の勢力圏だった。“魔国”という呼び名は。戦争の折、魔族が団結するために言い始めたモノで。もともと魔族には“国”という考え方は無かった…。…【シアリア】は。単純に。魔王である“片翼族”が治める地域の呼び名。だったの…」
「・・・へぇ~・・・」
こんな事。教えてもらわないと
絶対分からないよ・・・
「…魔王城【クリム・クルム】と、その城下街は。【ユーラ・カ―ラ湖】の真ん中に浮かぶ島にある…いえ。あった…。」
「・・・」
「…戦争でかなり破壊されたようだけど…。…まだ。魔王城は遺されているらしい…」
「・・・そうなのですか?」
「…魔王と魔女君を閉じ込めるための。牢屋…」
「・・・」
淡々と告げたカルマート様の指は。更に
地図の上・・・北へと伸びて
「…シミレ連湖の北は【毒の森】と呼ばれる。鬱蒼とした深い森がどこまでも続いている…」
「ど、毒の森…ですか…?」
「…うん。“毒”の森…。…毒のある魔物や植物も沢山あるけど、ソレが由来じゃない。“毒”の名の由来は…【花のエルフ】。“毒”は彼らの蔑称よ。“他のエルフ”が付けた。ね…」
「「「…」」」
「・・・」
同じ種族であるハズのエルフが。
他のエルフに蔑みの名を・・・
「…みんな嫌いなの。花のエルフが…。…でも。人数が多いし。狡猾だし。魔術も武術も上手…。…近くにいた私達【影のエルフ】は。逆らうことができなかった…」
「・・・」
「…花のエルフは戦前。毒の森に小さな“里”を築いて暮していた…。…でも、戦争に勝った今。彼らの勢力圏は魔族の勢力圏全域とアムリム・ハムリム半島の付け根にまで及ぶ。各地に…この間、見てもらった絵付きの本にあったみたいな…巨大な“里”を築き。人間と魔族とドワーフを使って…時には奴隷にして。もともと彼らのモノだった土地に。我が物顔で暮している…。」
「・・・」
「…今や。毒の森に暮しているのは【庭師】(=族長)がいる【ベラドンナ】家だけ…。…彼らは世界樹の森に巨大な都を…人間とドワーフに…造らせ。族長。ヴィオローネ・ガーデナー・フラゥル・ベラドンナは自らを【神】と名乗り。何でも唱えた通りにして。毎晩のように人間や魔族をはじめ、他種族の女の子に。その…暴力を…。…働いている。とか…」
エルフ(♂)って。
みんな“こう”なのかな・・・
「…7,000年という時間は。私達【不老】のエルフにとっても長い時間だった…。…人間や獣人。ドワーフは…もはや。この状況を“当然のモノ”として受け入れてしまっている。どうして自分たちが搾取されているのか?その理由を。もう、知らない…。」
そ、そりゃぁ・・・7,000年なんて。
人間からすれば、永遠と言っていい程の時間だもの・・・
「…【魔族】の残党の中には隷属化を免れたヒトもいる。仲間が奴隷にされるのを妨害したり、魔王の救出を目論んだこともあったけど。失敗している…」
「・・・」
「…特級戦力である魔王と魔女君が恐いのは勿論だけど…。…花のエルフを神と崇めて付き従う人間や魔族や他の種族も厄介。反抗勢力の“在りか”を告げ口したり。花のエルフに奉仕すれば報酬が貰えるらしい…。…それ目当てで、仲間同士で騙し合いや奪い合いをしている。そして、その光景を花のエルフは嗤って見ている…」
「・・・・・・」
「…当然だけど。花のエルフも強い…。…多種多様な魔術を扱う魔族を退け。従わせ。大陸のほぼすべてを掌握した彼らの実力は本物。
悔しいけど…
…私達、影のエルフが絶滅に追い込まれたのも。
…魔族が負けたのも。
理のまま…」
「・・・・・・・・・」
「…、」
・・・そして。
無言で無表情のまま一息ついたカルマート様は・・・
「・・・」
その瞳を。
地図から私に移し・・・
「…フォニア君。君がこの図書館に来て10日…。…こんなにも長い間。魔力供給なしで。高位の召喚獣を維持し続けている君が凄い術者だってことは分かる…。」
「・・・」
「…便利な道具を持っていることも理解した。素晴らしい仲間を連れている事も知っている…。…けど。そうだったとしても。彼の地を越えるのは、止めたほうが…」
そう、言いかけた
琥珀色の海に・・・
「・・・いいえ止めません。」
・・・私は唱える。
「・・・昨夜。みんなと決めたのです。【天空回廊】を通って帰ろう!と・・・」
「…」
「・・・彼らが・・・彼らに限らず。瞳に映ったソレが、私の害となるのであれば。光を遮るというならば。ただ、唄うまでです・・・」




