Chapter 009_図書館生活 始めました
ア・テンポ 20,088年 星火の月 7日
珍しく連絡をよこした【風のエルフ】から
【スフォルツァンド火山】噴火の知らせが
届いた…らしい。
図書館に閉じこもっていた私は、この事を
後になって蔵書から知った…
同年 同月 23日
グローティカに初めて【黒い雨】が降った。
この辺りは晴れることが多いし…仮に天気が悪かったとしても
数日でまた晴れになる毎日だったので。
「…最近ずっと。雲さんのター…ん…?」
不思議に思い始めた矢先のコトだった。
今思えば…この前日にテラスから見た雲の合間の朝日が、
私が“この瞳”で直接見た。
最後の陽光だったかもしれない…
ア・テンポ 20,090年 星火の月 7日 今日も黒い雨
農作物の全滅と不猟に耐えきれなくなった【エルフ】が【魔族】領を侵す形で、
俗に言う【神魔戦争】が勃発。窓から見下ろした里の様子が
いつもより慌ただしかったのは、たぶん。このせい。
…私には。関係のない話だけど…
ア・テンポ20,130年 金海の月 4日
アムリム・ハムリム半島に暮らす【人間】が【魔族】の側に着いたらしい。
「ふーん…」というのが。私の正直な感想…
ア・テンポ20,132年 恵土の月 19日
最後から3番目の来館者を迎えた。
ちゃんと、読書を目的に来てくれたのは…獣人の彼女が。最後…
同年 同月 20日
人間と魔族の連合軍がグローティカの目の前まで迫っているらしい。
仲間の多くが避難し、この街には戦士と族長だけが残された。
…あ。
大図書館に“呪われている”司書も
残されていた…
同年 同月 23日
最後から2番目の来館者は
入り口の門を乱暴に開き何事か叫び、何物かを置いて、
すぐに出て行った。
…図書館では。お静かに…
同年 同月 24日…
…私はこの日。
パド大陸の獣人冒険者が綴ったという冒険録に夢中になっていた。
犬人族の冒険者は人間・ドワーフの仲間と一緒にパド大陸南西部に広がる
密林地帯の奥にある大湿地帯の真ん中で白金色の稲妻を纏う美しいドラゴンを…
…と。本の内容はともかく、
本題。
遅々として進まなかった“不老”のエルフと“不死”の魔族の筆は
“命短し”人間の手により、急速に進んだ。
魔王率いる同盟軍は人間を加えたことで唄声を高くし、
迎え撃つエルフ軍が築いた各地の要所を数日…下手をすれば半日で…
次々と陥落させていった。…らしい。
人間の凄いトコロは、彼らは“簡単に死んじゃう生き物”であるにも関わらず、
“犠牲を厭わない”戦いをするというトコロだ。
単騎で敵のど真ん中に特攻してくることもあるし、自滅技を使うこともあった。
同族を。魔族を。平気で囮に使い。
エルフの捕虜を盾にし。
子供で油断させて近づき、自爆させたことさえあった。…とか。
“数”と"知略”を武器にしている彼らは、太く短く…
“炎”みたいに生きていた。そして狡猾でもあった。
残酷な治癒魔法で、けが人を戦地に送り返し。
放漫な契約魔法で、“ゆく道”を定めた。
そしてこの日も。
1人の“憐れな術者“が契約の名の下に犠牲となった。
グローティカと共に………
………
……
…
・
・・
・・・
「…カ、カルマート様っ。どうもありがとうございました!」
翌朝・・・
「…いいのよ。ティシア君…」
薬を飲んだティシアは
スグに「ねむねむなの…」と、グズり。
カルマート様が用意してくれた“ふかふかベッド”に寝かせると、
あっという間に
お魚の夢を見始めた・・・
ティシアを起こすワケにもいかなかった私達は、そのまま
カルマート様が用意してくれた【客間】(カルマート様曰く【客間部屋】)
にお世話になることに。
ゲオ様やルクス。そしてフルートは
警戒を止めなかったけれど・・・
でも、私には。
カルマート様が悪い人には見えなかった・・・
「・・・カルマート様。妹共々。本当にお世話になりました。それと、ご馳走様でした・・・」
カルマート様が用意してくれたのは客間だけじゃなかった。
なんと、
手作りご飯を振る舞ってくれたのだ!!
カルマート様は飢えた姉妹にホカホカご飯(ヴェルム・ウェルム大陸の主食は、まさかの【お米】・・・Riceだという!)を恵んでくれた!!
生まれて初めて“久しぶり”の純和食をモクモク食べて、
私もみんなも元気いっぱい!!
「…いいの。…むしろ。食べてくれて嬉しい…」
カルマート様が用意してくれた客間には、“魔法が使えない”ことを
配慮してか・・・“火が出続ける竃”や、“常に水が満ちている甕”
が用意されていた。
オマケに、ベッドは
私達パーティーの人数分ある。
極めつけに。その立地は、
私達がお茶をしていた談話室の“窓と窓の間”・・・
直前まで存在しなかったドアの、その向こう・・・
だった。
たぶん・・・カルマート様は造ったのだ。
この【客間部屋】を私達の為に。私達と出遭った
その後に・・・
「…カルマート様?つかぬことをお伺いしますが…」
「…なに?侍女君…」
「頂いたお食事の食材って…何処から手に入れておられるのですか?」
思い返せばアドゥステトニアの大図書館司書
森羅ちゃんこと、スタカッティシモ様も
本を漁っていた私の横に突然、現れたり。
本棚と本棚の間という、不自然な位置にある扉の先が
彼女の私室に繋がっていたり・・・
同じような“不思議”を経験させられた。
一般に【大図書館の魔法】は
出版された本が自動的に収蔵されたり、
収蔵された本が【不滅】になったりするダケのモノだと
言われているけれど・・・
「…【釣り場部屋】とか。【畑部屋】から…」
「ソレって部屋なのですか…?」
「…部屋よ。大図書館の。部屋…」
「…う?畑が…図書館にあるの?」
「…うん…」
「…うぅ?…畑はお外にあるんじゃないの?」
「…お外は。海の底…」
・・・どうやら、
そうじゃ無いらしい。
もし、【大図書館の魔法】の効果が私が思っている
通りのモノならば、“魔法が発現しない”という状況にも
いちおう、説明がつく。
だから・・・
「・・・カルマート様。」
「…?」
警戒しているとか、探りを入れたいとかじゃなくて。
単純な、知的好奇心として・・・
「・・・もし、よろしければ。釣り場や畑・・・他の部屋も。拝見させて頂くワケには、いきませんか?」
・・・ぜひ、
この瞳に映したい!
「………いいよ…」
・・・
・・
・
「ね様。ね様!…コレが畑なの?あの草…水に濡れちゃってるよ?」
カルマート様の案内で
やって来たのは【水田部屋】
「・・・アレは【水田】って言うのよ。」
「スイデン…?」
「・・・あの。小麦に似た植物は【お米】っていうの。・・・ほら、今朝頂いた白いつぶつぶ・・・あの植物を育てるには沢山お水が必要で。若いうちは足元を水に浸してあげるの。」
「ふ〜ん…葉っぱは似てるのに。小麦とは違うんだね…」
青い空
美しい畝
風に揺れる稲穂の群・・・
「…さすがに太陽は無いのか。」
「…忘れたの…」
「太陽って…わ、忘れるモノかなぁ…?」
図書館の扉を抜けた先に田園風景が広がっているのは
斬新である。
褐色で銀髪。琥珀の瞳をしたカルマート様が
【釣り場部屋】で釣り糸を垂らす姿も斬新だった。
彼女が麦わら帽子を被って田植えをする姿は
もっと斬新に違いない。
もの静かでミステリアスな図書館司書様・・・と、いう
カルマート様のイメージが今、音を立てて崩れ去り。
海にも近い、地方の農村に暮らす
ナチュラルライフな褐色エルフが爆誕した瞬間だった。
「オコメも茶色くなって。穂が膨らんだら収穫するの!?」
「…うん。収穫は、風雨の月の始め頃かしら…」
「へぇ〜…。小麦は萌木の月の終わり頃だから…刈り取る季節も。違うんだね!」
リブラリアには
火山で養蜂や酪農をしていたドワーフもいるし、
沈没図書館で漁業と耕作に勤しむエルフもいるらしい。
みんな、与えられた環境で生きるために試行錯誤し、
結果的に。はたから見れば摩訶不思議な解にたどり着いたのだろう。
ドワーフもエルフも。そして私達、人間も。
食べるのに必死ということだ。
「…それじゃあ次は。お醤油とお味噌を作っている【蔵部屋】に案内してあげる…」
「はーい!!」
「お、お邪魔いたします…」
「にゃんですよ!」
「・・・ん!」
食べるコトは、生きるコト!!
それが理だ!!
「…はぁ~…。まったく。何しているんだか…」
「ま、まぁまぁ…いいじゃないか。貴重な経験には違いないし…」
「…ヤレ、ヤレ…だ。」




