Chapter 003_ブルーホール
「予定通りでいいね?マシェリー…」
「・・・ん・・・」
巨大な生き物の瞳のような・・・
砂浜を割って海とつながる
群青色の円・・・所謂【ブルーホール】・・・
それが、現在の
【影の森】だ。
ブルーホールの縁に辿り着いた私達は
まず、周囲を警戒し
しばらく時間を置いてから、慎重に水に顔をつけて覗いてみた・・・
「お嬢様。よろしくお願い致します…」
「・・・んっ、願われた!」
「ね様!頑張れー!!」
「・・・んふふっ、がんばるね!」
水の透明度は高く。
揺れる海面を通った陽が、海底に光の波を映し出していた。
そして、
よく澄んだ海の中では、魚たちが自由に泳ぎ回り
海草が穏やかに揺蕩っていた・・・
「・・・潜り始めたら。私とフルートは殆ど何もできなくなるから・・・方向の指示と周囲の警戒。あと、イザという時はお願いね。」
「…あぁ。願われた。」
「お願いされましたです!」
「…ヤレ、ヤレ。…っと。」
例の魔物はブルーホールの真ん中にいるようだった。
「…漁をするにしても。安全の確認が先だろう…」
というゲオ様の言葉を受け、
私達はまず、魔物の確認に向かうことにした。
このブルーホールは巨大で、しかも深いので
その中心に生身で向かうことはできない。
波も穏やかで、透明度もものすごく高いけど、
例の魔物と共に。鮫やクラゲなどの危険な野生生物
もいる(らしい)ので油断ならない。
水中での呼吸はフルートの風魔法が、
移動は私の【力王魔法】でなんとかなるけど、
警戒や迎撃に対応する余裕はない。
だから、最低2人は護衛が欲しい。
でも、そうなると。
ローズさんとティシアの護衛は・・・どする?
そんなワケで結局、
全員で魔物の確認に行くコトになった・・・
「準備いいかい?マシェリー」
「・・・ん。セトもいいね?」
フルートに促され、
帽子の先に意識を向けると・・・
『…!』
頭に被っている帽子が離れ、
フワフワと上空に浮かび上がっていったのだった
「…フォニ。召喚獣を離していいのか?」
その様子を見ていたゲオ様は、
疑問符を添えてそう言った。
・・・いつもセトは、
“被ったまま”の帽子の上で力を行使しているからね。
でも、今回は
「・・・人数が多いから・・・」
セトは・・・見た目は、リング付きの透明ボール・・・
“引力と斥力”を司る召喚獣だ。
焔山で戦った時はマグマを飲み込んでいたから気付かなかったけど・・・
実は、効果範囲とは別に。中心に“本体”とも呼べる“透明な球体”が浮かんでいる。
この球体は伸縮可能で、セトの魔法の効果が及ばない“安全域”となっている。
私1人を包むダケなら。
頭の上でもできるんだけど・・・
「・・・いったん、全員を上空に持ち上げてから包むの。そうしないと、地面も付いてきちゃうから・・・」
「…ほぉ…」
「・・・みんな。セトでいっかい、上空に持ち上げるよ。『ふわっ・・・』って、なるから。気をつけて」
ゲオ様への説明に続き、
みんなを見回し伝えると・・・
「はいっ!」
「にゃんですよ!」
「はーい!」
「り!」
「…へーへー」
理解を得られたので
『パチィンッ!』
すると、
「わあっ!?」
「魔法印です!!」
リング状の多重魔法印が『わっ!』と拡がり、
ジンバル式にクルクル回って・・・
「浮いたー!」
私達の身体を『ふわっ・・・』と持ち上げ・・・
「おぉー…か、風魔法で飛ぶのとは違うね…」
「くっ…み、妙な感覚だ…」
「…速度は遅いが…頭から“落ちている”感じに近いか?」
空気抵抗を考えて加速度を調整しながら・・・ゆっくりと、
上空で待つセトの元へ向かい
「ね、ね様!ぶつかっちゃうよ!?」
巨大化したセトの本体に近づいたため、
ティシアが焦って声をあげた。
「・・・ティシア」
でも・・・
「・・・大丈夫。ガラスみたいに見えるけど、そのまま入れるから。」
「そ、そなの…?」
それでも不安そうな妹の
「・・・ほら。」
手を握って・・・
「う、うん…」
いよいよセト本体が目の前に迫ると
「お嬢様!」「ご主人様っ」
「わ」
ローズさんとシュシュが前と後ろからくっついてきた!?
「も、もぉ・・・」
さらに・・・
「マシェリー!ぼくとも手を繋ごう!」
と、フルートが。
「むぅ…」「にゅう!」
ローズさんとシュシュの鋭い視線も気にせず
手を伸ばした!?
「・・・メよ!この手は指パッチンを・・・」
けど彼は、
「じゃあ、腕を組もう!」
「わぁっ!?」
私の空いた腕をギュッと引き寄せ
「ほらっ!ココからは2人で“共同作業”だろう!?結束を高めなきゃ!結束を!!」
・・・なんて。
無重力のセト内部に風を生み出し、
夏の日差しを和らげてくれる、涼しい風を生み出しながらそう言った。
(※風魔法で空気を生み出さないと、二酸化炭素が溜まって窒息しちゃうの!)
「・・・も、もぉっ・・・」
私達に抱え、降下まで始めていたセトの中。
フルートの急な行動に、ため息を突くと・・・
「ゲオ様ゲオ様!反対のお手手ー!」
・・・と?
ティシアが(自分の)空いた手をゲオ様に伸ばした。
「…」
それを見たゲオ様は一瞬、
「…ったく。」
「ふっ…」
ルクスを瞳に写し
「…ほら。」
「わーい!」
妹に応えたのだった。
「・・・んふふっ!」
みんなの行動と、妹の無邪気な笑顔につられ、
緊張していたコトも忘れ、微笑むと・・・
「えへへっ///…ゲオルグお父様とフォニアお母様だ!」
・・・なんて?
ティシアが唱えた??
「…は?」「・・・う?」
顔を見合わせる
私とゲオ様
「「…」」
ローズさんとシュシュは・・・む、無言!?
その、タマシイが抜けたような顔はナニ!?
「ぶふっ…!」
ルクスは吹き出し、
「ぇ〜…」
フルートは・・・
「…い、妹ちゃん?お、お父様は。ぼくじゃ…」
・・・なんて、呟いた
「…う?」
すると、ティシアは・・・
「フルート君はおにいちゃ…ん〜ん。弟かな…?」
・・・と。
「そ、そんなぁ〜!…い、妹ちゃん!せめてお兄ちゃんって呼んでぇ!」
「フルート君はフルート君だよ!」
「お兄ちゃ…」
「弟!」
「・・・」
なんかデジャヴュ・・・
・・・
・・
・
『ザブゥンッ…』
セト本体内部の重力場は
外部のソレから完全に分離され、0G・・・つまり、無重力空間になっている。
セトの体表(?)は重力ポテンシャルの“特異点”だといっていい。
でも、分けているのはあくまでも“重力場”であって。
その間にある物質を分断する訳じゃない。
簡単に言うと、セトの体表はそのままじゃ、
「バリアー」になってはくれない。ってコト・・・
だから、セト本体をグルっと囲む、薄い斥力(中心外向きの力)空間を
生み出し。海水の侵入を防いでいるのだ!!
・・・ま。
“透明な風船”と思えば、間違いないんじゃないかなぁ・・・
「ふわぁ…」
私達を包んだセトは立体的に魔法印をくるくる回しながら、
ゆっくりブルーホールへ沈み込んだ・・・
「・・・キレイ・・・」
紺碧の海・・・
光射す海中はまるで、
空の上にいるようだった・・・
無重力空間であるセトの中にいると
上も下も関係なくて、
ブルーホールの遥か底・・・
“群青”を目指す私達の星はまるで、
宇宙の彼方を目指す舟のようだった・・・
「お魚です!」
「海藻もいっぱいですね!」
「う〜む…ゴーレムちゃんから聞いた通り。資源は豊かみたいだね…」
突然空からやってきた正体不明のお星様に魚達は逃げ惑い・・・
けど、興味でもあるのかな?
少し離れて、私達の星の周りを泳ぎだした。
そして、ブルーホールの縁では色とりどりの海藻が
そよ風に撫でられるように。柔らかく揺れていた・・・
「…他に魔物がいなくとも…デカいサメくらいいるかもしれん。
警戒しろよ。小僧。」
美しく、穏やかな海でもゲオ様は警戒を怠らず、
慣れない無重力空間の中
剣の柄に手を置き、いつでも戦える様に備えていてくれた
「…へーへー」
そしてルクスも・・・
「…しかし、やりづらいな…」
「…どっちが上だが、下だか…」
「・・・」
・・・事前に。無重力ってこんな感じ・・・と。
説明はしておいたけど・・・
実際に、7人が浮かぶボールの中で周囲を警戒するというのは
とても難しいコトだろう。
体の向きを変えようにも、足を着くこともできないし・・・
「・・・ごめんね2人とも。全員を運ぶとなると、どうしても空間が広くなっちゃって・・・」
「あ、ゲオ様だ。ヤホー…」
左手のティシアとふわふわ浮いたまま、
首を回して2人に謝ると・・・
「まぁ…仕方あるまい。フォニ、テー。異変を見つけたらスグに言うんだぞ。」
「・・・ん。」
「んー…」
ゲオ様に続いて
「…おい、チビ。お前も警戒しろよ…」
ルクスはフルートに声をかけたけど・・・
「…」
フルートからの返事はない・・・
と、いうか。
「・・・フルートはローズさんのサーベルを顎に。シュシュの両手ストレートを後頭部にキメられたから。当分、目覚めないよ・・・」
白目を向いたまま宙を漂う
フルートに
「…またか…」
ルクスは、
呆れた声で呟いた・・・
「…またナニカやったのか?」
ゲオ様の質問に
「このエロフは畏れ多くもお嬢様のタワワにしがみつこうとしたのですっ!」
「たっ///・・・へ、ヘンな表現しないでよ・・・///」
「しかも、“ご主人様が海に飛び出しちゃいそうだっから“…なんて。言い訳までしてたのです!そんなエロフにはテンチューなのです!」
「んもぉ~・・・」
殺人未遂犯の2人が答え
「…なら、空気の維持は…」
再びのゲオ様の質問には
「・・・私がやっている・・・」
私が答え・・・
「「…」」
海中を潜航するお星様の中、
白目を剥いて無音でスピンする残骸に
2人は呆れた視線を送り・・・
「「…使えねーチビだ。」」
声を揃えて
唱えたのだった・・・
王子様・・・




