Chapter 033_森の使者
「・・・チェス、襲歩!!」
『ヒーヒュヒュンッ!!』
お祖父様との初対面を果たした翌朝。天気は小雨
おじいちゃんを打ち負かしたことで特訓は終わったけど、早寝早起きの習慣が抜けない私は今朝もまた、チェスと共に朝練に来ていた。
『ッダタンッ!ダタタタンッッダタタタンッッ…』
「・・・んふふっ。・・・ねぇ、チェス聞いて!昨日、お父様に褒めてもらったのよ!・・・さっきも言ったけど。・・・んふふふっ。」
『ブフッ…』
すっかり私に懐いてくれたチェスは、最近では手綱や鐙の操作なしでも私のいう事を聞いてくれるし・・・意思を汲もうとしてくれているのが分かる。
人馬一体とはこのことか・・・これはなかなか快感である。
思わず、何度目か分からない自慢話を披露しちゃうくらいには!
『ヒュブブブブッ!!?』
「・・・きゃう!?・・・う?うう?」
と、言った途端、チェスが急停止!!
首筋にしがみ付いたから平気だったけど・・・
「・・・チェス!?どうしたの!?」
急にどうしたというのだろう?
『ブフフッ…ブフフフフッ…』
「・・・ど、どうどう・・・」
チェスは怯えたように耳を伏せ、鼻を鳴らしながら前を警戒していた。
「・・・何かあるの?」
『ブフフフフッ…』
場所は森と街の間・・・明るくなり始めても涙を溢す鉛色の空の下。暗い茂みをしきりに警戒するチェスに訝し気ながらも・・・前へ
「・・・どう、どう・・・大丈夫だから・・・」
『ヒュブブブッ…』
渋りつつも、私の言葉を聞いて前進してくれるチェス。
その背に乗って、慎重に、さらに進む・・・と・・・
「・・・う!?」
『ヒーヒュヒュン!!』
「わ!」
茂みがガサッと音を立てて揺れたではないか!
驚いて嘶き、踵を返したチェスから飛び降りた私は、纏風魔法の出力を上げて、短剣を抜いて・・・
「・・・何か・・・いる?」
警戒度を上げて、茂みをかき分けてさらに進む。
「・・・」
やがて、茂みの間から見えてきた・・・
「・・・え・・・」
モノは・・・
・・・
・・
・
…
……
………
昨日は最悪の1日だった。
長旅で疲れているというのに面倒な会議に参加させられた挙句、兵を呼び集めるための事務仕事をしなければならず…結局、床に就いたのは日を跨いでからの事。
もっとも、小娘が存外役に立ったからその程度で済んだ…ともいえるがな。
「お、おはようございます!団長!」
そして今日もまた、最悪の1日となった。
「挨拶はいい。どこだ…」
「はっ!こちらに…」
まだ朝も早い時間に、宿に帰るのが億劫で兵舎で夜を明かしたワシを起こしたのは騎兵の一人だった。一瞬沸いた殺意を無理やり飲み込んだワシがそいつに尋ねると、こんな事を言うではないか…
「…団長!!お嬢様が例の魔物の…し、使者なるモノを捕えました!!」
お嬢…あぁ、あのフォニアとか言う小娘の事か。
例の魔物…というと………
使者…
「………なんだと?」
小娘め。また余計な事を………
「・・・あ、お祖父様!・・・おじいさま。」
案内役の兵士について行った先では件の小娘が馬の頭に抱き付いていた…が、ワシを目にすると駆け寄って脚にしがみついてきた。
「…さっさと案内しろ。」
「・・・あうっ。」
脚を引いて振り払いつつ、そう言うと…
「・・・こちらです。・・・二コラさんが見てくれています。」
小娘が歩き出した先には確かに二コラがおり、厳しい眼差しで地面をじっと見つめていた。
「団長。おはようございます!…失礼をお許しください。」
ワシに気付いたニコラはこちらに目配せだけして挨拶をした。
見れば、その手には発動子が握られたまま…
二コラは真面目な奴だ。少々真面目過ぎるところもあるが…しかし、何もない場所で剣を抜くようなやつではない。
「…そのままでいい。」
「はっ!」
何か居るのは、間違いなさそうだ。
「…?」
兵の先導に続くと、
二コラが見つめている先が少々開けている事に気が付いた。
訝しんでいると隣を歩く小娘が口を開いた
「・・・逃げ出さないように捕縛魔法で縛り、さらに孔穴魔法に落としました。」
「…ふむ。」
魔物の使者なるモノがどのような物か分からんが…そこまで対処していれば、逃がす心配は無かろう。
あのクソジジイの入れ知恵か二コラの助言かは分からんが…少なくとも二コラは金属性、前を歩く兵は風属性に適性があったはずだから、その対処を行ったのは小娘だろう。
なるほど、3級というのも間違いではなさそうだ…
「団長。危険は低いと思いますが…用心を。」
傍に寄ると、二コラは視線と剣先を動かさずに体だけ横にずらした。
「…」
その視線の先…人の体が丸々入る程の穴を覗き込む…と…
「………………なんだあれは?」
そこには…異形…としか言えない物体があり…不気味に蠢いていた。
「・・・アラクネの固有魔術【糸繰】で作られた・・・傀儡です。」
「傀儡…だと?」
「・・・診断魔法で調べたところ・・・」
「ちょ、ちょっと待て。治癒魔法を行使したのか!?…アレに!?」
治癒魔法は対象に直接触れて初めて発現する魔法だ。
それを行使したという事は、即ち…
「・・・い、嫌でしたけど・・・一番、確実です。」
「…結果は?」
なるほどな。
「・・・あれは、一種の呪いです。」
「呪い?」
クソジジイが評価するだけはある。
3級になるだけはある。
セコンドなだけはある。
定期報告で、兵たちがわざわざ報告してくるだけの事は…ある。
「・・・傀儡の中には、アラクネの子供・・・つまり蜘蛛が・・・1匹入っていて、アラクネの魔力で編まれた糸で死体と直接的に繋がれ、操作しています。・・・ちょっと変に聞こえるかもしれませんが・・・アラクネは“我が子”に死体と連結する呪いをかけた・・・という言い方が、一番的確です。」
「つまり…あれは魔物か?」
「・・・その通りです。・・・親に呪われた、魔物です。」
魔物の固有魔術は未知の部分が多い。
この小娘は…それを調べ上げたのだろう。
こんな草原のど真ん中で、
おそらく、二コラ達が駆けつけるよりも前に、
いつ襲われるかも分からないというのに1人で…
「人の首が2つ乗っているように見えるが…」
「・・・っ・・・・・・ゆ、行方不明だった冒険者パーティー。ウェヌカ兄妹の2人に・・・間違い、ありまっ・・・せんっ。」
「知っているのか?」
「・・・・・・・・・っ、はいっ・・・っ・・・。」
「そうか…」
わしは気付かぬうちに、べそをかく小娘の頭に手を乗せていた…
「…団長。」
「なんだ?」
ややあってから声をかけたのは二コラだった。
「あの使者は…声を、発するそうです。」
「…なんだと?」
使者の…声?
そういえば、最初に報告を受けた時からおかしいと思っていた。
ただの魔物ではなく…使者?
そう思っていると小娘が声を上げた…
「・・・あ、あの魔物・・・は。・・・人の頭を操作することで、人の・・・こ、声を発することができるようです。」
「なっ…」
「そ、それじゃあ、この穴の中にいる奴も…」
「・・・お、同じ言葉を・・・ずっと、繰り返しています。」
「同じ言葉?」
「・・・はい。故に・・・使者と。」
「何と言っている?」
「・・・・・・」
「…お嬢様。ここには我々も…団長もおられます。絶対に大丈夫です。術を…解いていただけませんか?」
口を挟んだのは再び二コラ。
見れば、穴の底で蠢く…人の体をデタラメにつなぎ合わせた肉塊の、その2つの歪な頭の顎には漆黒の太い枝が絡み付いていた。
小娘の行使した捕縛魔法…だろう。
つまり、二コラが来た時にはすべてが終わっていた…と。
「・・・」
「小娘…心配か?」
「・・・・・・こ」
「こ?」
「・・・怖い・・・です。お祖父様っ。」
そう言って小娘は再び足にしがみ付いてきた。
さすがに今度は、涙を浮かべて震える小娘を払い除ける気にはならなかった。
だがしかし…
3級冒険者でセコンド…ということは、それなりに修羅場は見てきたはずだ。
だいたい、あんな、おぞましいものに素手で触れる胆力があるんだ。いまさら何が怖いというのか…
「・・・っ・・・っっ・・・」
…まったく。世話が焼ける。
林檎です。
見直し中に誤字を発見!訂正させていただきました!!
申し訳ありません・・・
・・・よろしくね。(22/04/18 -13:40)




