Chapter 032_父と子
「何をやっとる?わしは写し紙で複写しろと言ったんだ。その製紙、何に使うつもりだ?」
あぁ・・・うん。まあ、そう思うよね。
リブラリアではまだ、印刷技術が発展していない。
複写はもっぱら手書きの模写で、お金をかけるならトレーシングペーパー。大量発行するなら版画・・・というのが現状だ。
だた、おばあちゃんによると、エルフは複写魔法なる便利な魔法を知っているという噂があるらしい。
ただの噂だけどね・・・
お祖父様が私を呼んだのは、安く・・・というかタダで・・・トレーシングペーパーを準備できると思ったからだろう。
異世界でトレーシングペーパーの手紙なんて届いたら何事かと思うけど、ここリブラリアにおいてトレーシングペーパーは高級品だから、むしろ好感を持たれる・・・らしい。
それに、たとえ模写や複写でも著者のサインさえ直筆なら命令書として問題ない・・・というのは異世界と同じ。
でも・・・ちょっと考えてみてよ。
トレーシングペーパーを使って模写・・・ということはつまり、残り24枚もある命令書も・・・なぞるだけとは言え・・・手書きしないといけないって事だよ?
すごく面倒。
だから・・・
「・・・複写します。」
「はぁ?…そんな魔法ないだろ!真面目にやらんか!!」
お祖父様の怒号にビクつく・・・けど!
「・・・だ、大丈夫です!ちゃんと複写できます!!」
私には秘策がある。
それは、魔法によるコピー技術だ!!
「…はっ。なら自由にしろ。その代わり、全部で26枚。間違いなく用意しろよ!」
「・・・はい。」
何で私がやらないといけないのか・・・そんな、根本的な部分が理解できないけど、ここまでやって今更投げ出すのも性に合わない。
ちゃんとやりますとも、えぇ。
「・・・すー、はぁ~。」
それでは、始めます。
「・・・『灯よ 静寂を穢す者』スカルボ!」
火属性第2階位 鬼火魔法は灯り取りの魔法で、具体的に言うと空中に灯となる火を浮かべて操る魔法だ。光源となるのは燃焼現象を起こしている“火”だから調整を誤ると危険だけど・・・ま、慣れかな。
「…」
「フォ、フォニアちゃん。鬼火魔法で何を…。そ、それに紫色の炎だなんて…」
突然、火魔法なんて行使したから二コラさんも驚いたようだ。お祖父様も黙ってはいるけど・・・ピクッと動いたから多分、ちょっと驚いて、そして物申したいのだろう。
とはいえ、止められたわけじゃないからこのまま続けてしまおう・・・
「・・・んしょ。」
まずは、特性2色刷り製紙の、黒い面を表にして、トレーシングペーパーをその上にぴったり合わせて重ね、隙間が無いように均して・・・
で、
「・・・フラッシュ!」
終わり。
「…?」
「…ん?…何かしたのかい?…って!?」
「・・・お祖父様。これでいいでしょうか?」
トレーシングペーパーの下に置いた、黒かった紙を持ち上げる・・・と。
もちろんそこには・・・
「…!」
「ぶ、文面が…写されている!?」
黒かった紙の表面は白地になり、お祖父様の手紙を写したトレーシングペーパーの文字だけが残されていた。
「…何をした?」
何をしたかと聞かれれば・・・
「・・・文字を焼き付けました。」
原理は青写真と同じ。
トレーシングペーパーの上から鬼火魔法によって紫外線のストロボを焚くことによって、トレーシングペーパーを透かした場所は感光性を持たせた製紙の黒い部分が白く変色。文字を書いた場所は紫外線を透かさないから黒のまま・・・という訳。
普通は感光紙っていう別の紙を挟んで、感光した後に化学処理して定着させないといけないんだけど・・・面倒だから魔法でアレンジ。
感光紙とコピー紙を一体型にして、さらに、感光する光を遠紫外線・・・自然界ではごく僅かしか生じない光・・・にすることで定着作業を省いている。
太陽光には紫外線が含まれているから、さすがに何年も天日に曝すと文字は消えちゃうだろう。けど・・・その場限りの文章なら、構わないはずだ。
「焼き付けた??」
「・・・版画のようなものです。」
「そ、そんな技術があったとは…さ、さすがお嬢様です…」
説明しようにも、光触媒とか紫外線とか、この世界に無い言葉だから難しい。
だからこういう時は・・・出来るから出来る。と言ってしまう。
そうすれば・・・
「…何でもいい。続けろ。」
「・・・はい。」
魔法や魔物、魔道具といった不思議が溢れているせいか・・・この世界の人々は理解しがたい物事と接しても、案外ケロッとしている。余程興味を持った場合を除き、深く追及して来ない。
私だったら「なんでなんでなんでー!?」って聞いちゃうのに。
「フォニアちゃん。今のって…その。僕にも出来るかい?」
そう聞いてきたのは二コラさん。
便利な技術だから興味があるのだろう。でも・・・
「・・・難しいと思う。」
「そ、そう…だよね…。そもそも、鬼火魔法の意味も僕には分からなかったしね…」
鬼火魔法で焚かれたストロボは遠紫外線だから人の目には映らない。私がストロボを焚いたことすら気付かなかったはずだ。そもそも鬼火魔法で閃光を起こすこと自体、普通の使い方じゃないらしい(発現時に目くらましとしては使えるけど、発現後の任意のタイミングで閃光を起こすことはイレギュラーらしい。)からね。
でも、実は・・・
「・・・でも、この技術を魔道具に出来ないか相談している所。」
「本当かい!?それは楽しみだなぁ!!」
エマール商会の支店長さんに話したところ、ぜひ商品化したい!!と強く迫られたため、錬金術師さんと相談している最中だ。いつか商品化できるといいなぁ・・・
・・・なんて、二コラさんとお喋りしていたら、
「…喋っとらんで、さっさとやらんか!」
「ごめんなさい!」
「も、申し訳ございません!」
怒られちゃった!
「お、お嬢様…」
「・・・んーん。大丈夫だから。それより・・・」
怖い人が睨んでいるから・・・
「…」
「・・・すぐやります!・・・・・・フラッシュ!」
さっさと終わらせて、さっさと帰ろう!!
・・・
・・
・
「・・・という事がありました。」
長い話の間に食事は終わり、今はみんなで食卓を囲んでお茶の最中。
途中から魔法の話になった為ロティアが傍に寄って来たけど・・・さすがにちょっと長かったせいか、今はお父様の肩を借りて馬車に揺られている(舟を漕ぐ。の意)。
ちゃぶ台の上では、私の鬼火が温かな色の光を放ち、緩やかに揺れていた・・・
「…親父は」
私が話し終えた後、最初に声を上げたのはお父様だった・・・
「…親父はその後、何か言ってたか?」
「・・・出来上がった手紙を手に取って見てから、帰れ。とだけ・・・」
「そ、そうか…」
問題なかったとは思うけど、いいとも悪いとも言わないから困っちゃうよね・・・
「それじゃあ…フォニアちゃんは、お義父様に与えられたお仕事を立派に果たしたのね?」
「・・・問題は無かったと思います。二コラさん・・・衛兵隊長様もお疲れ様と言って下さいましたし・・・」
「そう!…よく頑張ったわねフォニア!!えらいわ!」
「・・・ふに」
目尻に涙を浮かべながら、お母様は私を抱きしめてくれた。
ちょっと大袈裟な気もするけど・・・色々と思う所があるのだろう・・・
「親父は…」
ややあってから、お父様はずり落ちかけたロティアを膝に乗せ換えて、再び話し始めた。
私もお母様の胸から顔を離し、膝の上に座り直す・・・
「フォニア。親父は…な。仕事ができるヤツにしか、仕事を振らない。だから…俺なんていつも暇だったもんさ。」
「・・・」
「テオ…」
それは、初めて聞くお父様の、お祖父様への恨み言以外の思い出話だった・・・
「オレの兄姉は…俺を除いてみんな優秀だった。だから猶更、親父はオレが目障りだったんだろうな…もっとも、オレがフォニアみたいにいい子じゃなかった。ってのもあるけど…。…すまんな。カッコ悪い親父で。」
「・・・いいえ。お父様は最高にカッコいい、私の自慢のお父様です。」
「ぐっ…そ、そんな真直ぐな目でそんな事を…」
「・・・だって本当の事だもん。」
「ふふふっ…よかったわね。テオ。」
「ぐぐっ…///」
赤くなったお父様は暫く悶えた後、再び顔を上げて話し始めた…
「…と、とにかく!親父が仕事を渡したという事は、その時点でフォニアをある程度は認めていたという事だ。」
「・・・そういえば、トレーシングペーパーの事を知っていました。」
「やっぱり…お義父様は私達を…娘を!ちゃんと気にかけてくれていたのね!!」
お母様は本当にうれしそうに、私を抱きしめる力を強めてそう言った。
「それとな…親父はとにかく嫌味な奴で、仕事を熟しても大抵文句を言うんだ。あれはもう…趣味だな。」
悪趣味・・・
「だがフォニア!お前は…言われなかったんだろう?」
文句?
う~ん・・・
「・・・帰れ。だけでした。」
非常にシンプルな命令でしたよ。えぇ。
「それだ!フォニア。…あの親父は本当に面倒な奴だがそういう所は案外わかりやすい。何も言わない時は…想像以上に満足した時だ。」
「・・・満足・・・していただけたのでしょうか?」
「あぁ。間違いない!!親父は嫌味か文句を言うのが普通で、何も言わないのはその必要が無いほど満足している時だけだ!だからフォニア。オレはお前を…あの親父を黙らせたお前を誇りに思うぞ!!本当に凄いぞ!!フォニア!!」
そう言って腕を伸ばしたお父様は・・・
「よくやった!」
「・・・んふふっ///」
大きな手で私の頭を撫でてくれたのだった




