Chapter 029_報告会
「あら?ジュリーは…寝坊?」
記念すべき初勝利を飾り、晴れて大人の階段を昇ったその日の昼下がり。
「そ…そうなんだよ!あいつ、ぜんっぜん起きなくてさぁ!!」
私は東門の4人・・・いや、3人と共にギルドの前に集まっていた。
「お前…体力あるな。」
何のためかというと、もちろん調査依頼を受けた東門の皆さんの報告会に参加する為だ。
「体力?あっ///…ば、バカじゃないの!!アベルも…ジュリーも!!」
メンバーじゃない私が参加するのも難なんだけど・・・ここまで関わっちゃったし、いまさら知らん顔も、ね・・・
「…自分でもそう思うよ。なんか、すまん…」
でも・・・ほんと言うと、治癒院にお手伝いに行きたいんだよね。
一昨日から3日間も連続で休んでいるからイレーヌに申し訳ない。彼女は笑って許してくれたけど・・・
「・・・」
だから、こんなところで無駄話をしている暇なんて無い。さっさと終わらせて、イレーヌのもとに向かおう。
「わっ!フォニアちゃん待って!1人で行かないで!…ほ、ほらっ!2人も早く!!」
「お、おうっ!…ったく。アベルも行くぞっ!」
「すまん…」
謝るくらいなら爆発すればいいさ!
・・・
・・
・
「さて、それじゃあ…って、ジュリー殿はどうした?それに、なぜフォニア殿が?」
ところ変わってギルドの2階にある応接室。
東門3人と私は、お馴染みのデュランさんと、冒険者の彼氏が別の街に行っちゃって寂しい受付嬢のセリアさん。そしてギルマスさんと向かい合っていた。
「・・・ジュリーさんは昨夜お楽しみでお疲れのようです。「フォ、フォニアちゃん!?!?」私は4人と一緒に帰ってきたので。」
「は?あ…ご、ごほんっ!…おいアベル。お前、子供に何を教えとるんだバカもん!これが終わったらちょっと来い!」
ちなみに、ギルマスのロドルフさんはアベルさんのお父様だったりする。
「はぁ!?」
「素直に従いなさいアベル!!…もう、ほんっと信じられない!!助けてもらったその日に…あぁっ///」
「…言い訳できんな。」
「まったく…疲れたから報告は翌日にしろと言ったのはお前だろうに!!」
「オレか!?オレが悪いのか!?」
「「「お前が悪いに決まっているだろ!!!」」」
「なんでだぁー!!」
窓から吹き込む秋の風が気持ちいいなぁ・・・
「ごほんっ!そ、それでフォニア殿は……?」
「ふ、フォニアちゃんには4人の救出をお願いしました!それで…」
「お、おぉ!そうだったな!!ご苦労だった。」
「・・・ん。依頼通りに。」
気を取り直して報告会が再開された。
そういえば、私は私で依頼達成の報告が必要だったね・・・すっかり忘れていたよ。
「フォニアちゃんがいなかったらオレ達は今頃…」
「ほんと、彼女のお陰で助かったわ!」
「改めて礼を言わせてくれ…」
「そうだったのか…ワシからも礼を言わせてくれ。…度し難いバカ者「ぐっ…」とはいえ、息子夫婦を助けてくれた事、感謝する…どうか、受け取ってくれ。」
「感謝を受け取って」・・・という行は、深い感謝を伝えるために謝辞を製紙に綴って相手に渡す・・・という風習に因る言葉だ。
「・・・ん。確かに受け取りました。」
実際に製紙を渡すのは稀で、今回みたいに言葉だけで済ませちゃう事が多いんだけどね。
ま、それはともかく・・・
「…で、アベル?森の異変の原因は分かったのか?」
臆病な筈のタランテラが人を襲い、深部から出ない筈のジャイアントタランテラが森の入り口も間近に迫った・・・これほどの事が起きたんだから、当然、その原因があるはず。
それは一体・・・
「あぁ。勿論だ。原因は………アラクネの出現。」
アラクネ。
【万軍の蜘蛛姫】という異名を持つ災害級の魔物。
見た目は蜘蛛の頭から人間の女性の腰から上が生えている異形で、どこか作り物めいた美しさを供えているという。
「ア、アラクネ!?アラクネと言ったのか!?本当に!!」
「…あぁ。あの特徴的な見た目…見誤るはずがない。」
アラクネの最大の武器は万軍・・・すなわち自らの子供達だ。
日に数百とも言われるほどの卵を産み、短期間で手が付けられない程の戦力を準備してしまう恐るべき魔物。虫系統の魔物は単独行動したり、群れても自分勝手に動く種が多いのにアラクネから生まれた子供たちは統制の取れた戦術的な動きが出来るという。
今思えば、私達に襲い掛かってきた蜘蛛たちも所謂【ゲリラ戦法】をして来たんだから・・・その通りだったのだろう・・・。
「まさか、主が進化を…」
「おそらく…。見かけたのも深部の…遺跡の前、だったからな………」
「そんな…災害級魔物がこの街に…」
もう一つの武器は知識。
アラクネは自らが摂食した人間の記憶や知識を引き継ぐらしい。戦術に秀でているのもこの為だというし、言葉を解するのもこれが由と言われている。
知識の中には、当然、地形や街のありか。その戦力も含まれる。
そして、なにより厄介なのは・・・
「ま、まさか。魔法を…」
「行使されたわ…」
「アラクネ本体は唱えなかったが、取り巻きが…な。」
「何ということだ…」
アラクネは捕まえた人間を摂食すると、その人が生前行使していた魔法を自ら行使できるようになるという。
さらに、捕まえた人間に蜘蛛・・・自らの子供・・・を宿し、その力を意のままに操る・・・【糸繰】という技まで出来ると言う。
因みに、生態のほとんどが分からない筈の魔物・・・それも災害級・・・の情報が、なぜここまで分かっているのかというと・・・
「くそっ!アラクネ!?アラクネだと!?!…最悪だ!」
「ど、どうしましょう!?マスター!?デュランさん…」
「そうだな…とりあえず森への立ち入りは無期限で禁止!市長とも…騎士団とも相談が必要だろう!…すぐに手配を!!」
「行方不明となっている冒険者をもう一度洗おう!!それと、アラクネに関する過去の資料を徹底的に調べよう!確か資料庫に“コキュラスキノのアーラ姫”の資料が入っていたはずだ!!急いで!!」
実はこのアラクネ。人間の言葉を話し、その記憶と知識を引き継いでいるが故に、人間と文化的な交流がある数少ない・・・というか、ほとんど唯一の・・・魔物なのだ。
お隣ルスクェルト王国の人里離れた、魔物蔓延る森の中。湖の畔に・・・美しい古城【コキュラスキノ】がある。
その城主こそ【アーラ姫】という・・・アラクネ。
驚くべき事に、発見されてから400年以上経っているという。
このアーラ姫は発見された当時、すでに人の手に負えない強大な軍と知識を有していたらしい。冒険者ギルドの警告を受けたルスクェルト王国は混乱の禍に陥り、厳戒態勢を敷いた。
しかし。アーラ姫の方はといえば・・・わざわざ人間を襲わなくても周囲に餌となる魔物が大量にいるし、時々、無謀なオヤツも手に入るため困っていなかった。そして暇だった。
そのため、偶に来る人を・・・無謀にも敵対しない限り・・・友好的に歓迎し、お喋りに興じるというのだ。
彼女が魔物の生態に関する貴重な知識を齎してくれたおかげで、それまで遅々として進まなかった魔物研究は大きく発展したというし、冒険者の行動指針にも繋がったとか。
それに彼女は、こちらから手を出さない限り人間を襲うことは無かった。コキュラスキノ城は人里からかなり離れた場所だったし、犠牲者は自己責任が基本の冒険者に限られており・・・事実上、無害だった。
そしてなにより、一国一城の主である彼女に誰も敵わなかった・・・
そんなわけでアーラ姫は未だに存命。
人間を敵だと思っていない・・・どころか、時々やって来る研究者や、無謀な冒険者を“お・も・て・な・し”する事を楽しみにしているとか何とか・・・
「は、はいっ!!すぐにっ!!」
だから・・・アラクネについては、その生態が良く分かっているのだ。
必要とあらば人間も餌にするという事も・・・
「蜘蛛…タランテラは?子供は何匹いた!?」
「分からない。数えきれない程としか…」
「くそっ…他の魔物が減っていたのはそのせいか!?」
「レ、レッサーとの比率は!?ジャイアントは増えていたかい!?」
「ひ、比率と言われても…ひ、比較的小さいのが多かったかもしれないけど…」
「ジャイアントは明らかに増えていた!最低でも…5匹。」
「うち1匹は葬ったがな。」
「葬った!?お前たち…倒したのか!?」
「あ、あぁ…一応…」
「よくやった!!後で戦闘記録をくれ!!」
「巣の状況はどうでした?あの遺跡は、そこまで大きくなかったはずだけど…」
「たしか、マザーだったころは1室に閉じこもっていたはずだが…」
「遠目でチラッと見たダケだけど…酷い事になっていたわ。」
「酷い事…?」
「遺跡の周りは全部…十数mに渡って…糸で埋め尽くされていた。」
「まるで…でかい繭みたいだったな…」
「い、いったいどれほどの戦力が…」
「わからない…」
「アラクネの…そ、そうだ!瞳は見なかったかい!?せめて、どの属性を宿しているかだけでも…」
・・・へぇ。
アラクネは魔物なのに、人間と同じように瞳の色で適性属性が分かるのか・・・
そう言えばアーラ姫も、コキュラスキノ城で幽閉されていたお姫様だったらしい。・・・もっとも、幽閉とは名ばかりで毎日のように拷問を受けていたとか。それを哀れに思った1匹の蜘蛛が彼女を楽にしてあげて、勿体ないから食してあげて、自分の素体に・・・とか何とか書いてあったかも。
「あぁ。…覚えてるぜ。」
「か、彼女の瞳の色は…」
「…銀」
ち、治癒属性!?!?




