Chapter 007.5_チョコレートの森<閑話>
「・・・う?」
王都ダナンを出発した私達はフルート君の故郷があるという
南東のパッセ砂漠を目指した。
当然ながら、砂漠まで一直線に向かったほうが距離は短いんだけど・・・
夏のこの時期、砂漠越えは危険(ま、まあ。私とフルート君で全員にエアコンをかけているので、暑いわけじゃないけど・・・)というわけで
秋になるのを待ちつつ、少しでも砂漠に近づくために針路を南に向けていた・・・
「「う?」…どうかしました?お嬢様?」
王都ダナンの南は暫く草原で、更に進むと森になって
もっと進むと密林・・・つまりジャングル・・・になる。
密林に入っちゃうと砂漠越えより大変なルートになるというので、
密林と森の境目まで南へ歩いて。そこから東に進路を変える予定。
そして今は草原を抜け
木々も疎らな開拓林(人の手が加えられつつある、森の端)に入ったところ・・・
「・・・あの看板。」
私達が歩いているのは密林まで続く未舗装路。
未舗装・・・といっても、馬車の行き来があるため
それなりに整備された道だ。
人通りは皆無だけど、道沿いにはアドゥステトニア大陸の商人が築いた農園や
果樹園が立ち並ぶ。
もっとも今は、
暴徒と化した獣人さんに荒らされ、放置されちゃってるみたいだけどね・・・
「にゅ?えぇと…ラレンタンド…カカオ農園です?」
「ラレンタンドですって!?」
そんな真夏の大規模農園群で見つけたのは、
見知った名前の看板だった・・・
「ラレンタンド…エルフかな?」
そう言ったのはフルート君
“ラレンタンド商会”は有名な名前だけど、
パド大陸出身だという彼は知らないのだろう・・・
「・・・私のお友達の姓よ。たぶん、あの農園は彼女のお家が経営しているの。フルート君が言う通り、彼女の姓はエルフ“っぽい”けど・・・詳しいことは、よく分からないんだって。」
「ふぅ〜ん…」
なんて。
説明していると・・・
「ねぇ、ね様。“かかお”ってな〜に?」
1日の半分をフルート君の召喚獣の上で過ごす
お姫様な妹が尋ねた
「・・・カカオはチョコレートの原料よ。ティシアも好きでしょ?チョコ。」
「ん!ダイスキ!!」
鳩便も隼便もパド大陸に無い(管理していた人間が居ない・・・)し、
彼女の手紙も届かないから分からないけど・・・
・・・カトリーヌちゃん。元気かなぁ?
「ラレンタンドのチョコレート農園という事は…ひょっとして。お嬢様の?」
感傷に浸っていた私に投げかけられたのは
ローズさんのそんな言葉・・・
「・・・たぶん。そうだと思う・・・」
カトリーヌちゃんによると、カカオ栽培はラレンタンド商会がほぼ
独占しており、彼女の家が管理するカカオ農園は90%が私の出資
(残りはカトリーヌちゃん個人)とのこと。
つまりココは、
魔女の大規模魔薬農園!
・・・ルビを振らないとマフィアが運営する南米のカルテルにしか
見えないかもだけど・・・
い、違法性は
ないよ!
「へぇ…おねーちゃん。農園なんて持ってたんだね!」
「・・・経営は商会に。管理は現地の人に任せっきりだけどね。」
「お前…ホントにボクと同い年か?」
「・・・戦争のために領主様を脅したダレカさんに言われたくないし。」
なんて話をしていると・・・
「ふ〜ん…チョコレートって。畑で穫れるモノなんだ…」
とは、
マイ・リトルエンジェルの言葉・・・
「・・・んふふっ。農園・・・と言っても。果樹園だけどね。」
「かじゅ…」
「・・・クルミみたいに、木に成るのよ。」
「キにナる?チョコレートが…気になる?」
「・・・えと・・・」
どうやって説明をしようかなぁ・・・と、
考えていると
「…お前の農園だろ?説明させればいいじゃないか。」
とは、
ルクス君の言葉
でも・・・
「・・・」
道中。イヤになるほど見てきた虐殺現場に
自分の農園がなってたらヤだなぁ・・・
まぁ、仕方無いのかもしれないけど・・・
なんて事を考えていると・・・
「…おや!?ま、まさか貴女は魔女様…オ、オーナー様ですか!?」
「・・・う?」
声がした方に瞳を向けると、
農園の敷地から正装を纏った。あれは・・・
に、人間!?
「ご令妹様!こちらへ…」
「お嬢様もお下がり下さい!」
「…誰だい?」
お城を抜け出したせいか、私達が人間であるせいか・・・
おそらく、その両方の理由で
道すがら何度も獣人さんの襲撃を受けてきた。
「あれ?獣人さんじゃ…ない?」
今回の相手は人間だけど、獣人に命令されている可能性もある
みんなは警戒度を一気に上げて
ティシアを庇うように前に立った。
けど、ココにいるというコトは・・・
「・・・ひょっとして。ラレンタンド商会の・・・」
「仰っしゃる通り!農園の管理を任されておりますアレクシと申します!」
私の言葉を耳にした正装のオジサマは満面の笑みを浮かべ
「いやぁ~!魔女様がダナンにおられるとは聞いていましたが、まさか本当にお会いできるとは思っておりませんでした!!」
「・・・初めましてアレクシ様。フォニア・マルカス・ピュシカです。いつもお世話になっております。」
「や!これはこれはご丁寧に…」
農園の経営も管理も、商会に一任(丸投げ)しているため
アレクシ様とは初対面
挨拶もソコソコに・・・
「・・・その・・・ご無事で何よりです。」
そういった私に
「…?」
アレクシさんは一瞬、キョトンとし
「…あぁ!」
そして・・・
「あははは!この農園は大丈夫ですよ!コレも何も。オーナーである貴女様のご意向のおかげです!!」
・・・と
笑いながら告げた
私の意向というと・・・
「・・・獣人さんとは上手くやれてますか?」
「ソレはもう!…むしろ、ウチで働きたいと言うものが多すぎてどうしようかと…」
「・・・そうでしたか。よかったぁ・・・」
なんて話していると・・・
「へぇ…獣人が自ら奴隷になりたいって言うなんて、よっぽどだね!どういう経営を…」
一次産業経営に興味でもあるのかな?
フルート君に尋ねられた
「・・・経営・・・というか。“こうして欲しい”ってお願いしただけだけど・・・」
「当農園では獣人を“奴隷”として雇っていないのですよ!」
私の話を引き継いでくれたアレクシさんが
説明すると・・・
「「…は?」」
フルート君と・・・
それと、ルクスが反応した。
「…雇うも何も。奴隷は奴隷で…」
「隷属魔法をかけられた方もいらっしゃいますが…一律、“従業員”として雇っております。」
「なにっ!?」
「・・・そもそも。働いてもらっておいて、お給料を払わないなんて間違ってる。労働に見合った対価を支払わないと。」
「そ、そりゃあソウかもしれないけど…それで儲けが出るのかい?」
「…キレイごとだな。」
フルート君とルクスからは厳しいお言葉。
でも・・・
「オーナー様の販促活動のおかげで生産が間に合わない程です!」
「・・・需要は多いし。独占状態だから経営の心配はない。それにチョコレートは原価の割に売値が高い・・・つまり、原価率が低い・・・から。とっても儲かる。」
「対価が出るとあって獣人たちも意欲的に働いてくれます!私をはじめ。人間の従業員がこうして無事で居られるのも。獣人たちと良好な関係を築けたおかげでして…」
「「…」」
別に、そんなの当然・・・と。思ってお願いしたことだったけど
現役で奴隷制度が“ある”リブラリアでは 使う⇔使われる の関係が“あって当然”
むしろ、私がやった事がイレギュラー・・・
「・・・そっ、か。そんなの、私のワガママでしかなかったんだけど・・・結果に繋がったのなら、良かった。」
更にアレクシさんは・・・
「加えて!橋が落ちたと聞き。どうしようかと思っておりましたが…今度は獣人王国の王家や商人が買い取ってくれると言うではありませんか!?本当にオーナー様には何から何まで…」
・・・う?
「王家に…商人?…何かなされたのですか?お嬢様?」
「・・・特には・・・」
ローズさんと私の言葉にアレクシさんは
「あぁ…ははは!…オーナー様。王女殿下に魔薬をご提供なされませんでしたか?」
王都への長い旅の途中
しっぽちゃんや他の獣人さんにオヤツのショコラを渡したことがある
「・・・したけど・・・」
ひょっとして・・・
「王女殿下が“いたく”気に入られましてね!…殿下が王都に到着した!という情報と、殆ど同時に注文が入ったのですよ!王都ダナンでも“殿下のお気に入り”と銘うって好評とか!」
「・・・そうだったんだ・・・」
ダナンにいる間は殆ど幽閉されていたし・・・王都を出る時も深夜の街を逃げるように出てきたから、市井の事は分からない。
なにより、そんなつもりで勧めたつもりは無かったんだけど・・・
「・・・それじゃ。今後も経営は続けられそうね?」
人と人の繋がりって。分からないね・・・
「無論です!…と…」
するとアレクシさんは大きな身振りで・・・
「…それよりオーナー様!こんな所で立ち話も難ですし、お急ぎで無ければ是非、農園…そして原料からの加工を行っている工場をご覧になってください!」
・・・と、
誘ってくれた
「・・・えと・・・お邪魔じゃないですか?」
「まさか!この土地はすべてオーナー様の物です!それに…」
アレクシさんは再び深い礼をしながら・・・
「…“魔女様の農園”で働けていることは、われわれ従業員一同の誇りです!皆にも声をかけてやって下さい!!」
「・・・///」
その後・・・
一泊二日 チョコレート農園と併設工事の
社会科見学をさせてもらった私達は
お土産のチョコレートをタップリもらって
長い旅路に戻ったのでした・・・




