Chapter 003_魔法は便利
「・・・『湧水よ』スプリング!・・・ん。水桶いっぱいにしたよ。デシさん。」
「ありがとうございますぅ、お嬢様ぁ!」
ハッキリ言って魔法の存在は受け入れがたい。
何もない空間から紙だの水だの生み出したり、反作用無しで風を吹かせたり、熱源も無いのに燃焼反応を起こしたり・・・物理法則を完全に無視して現れる癖に、物理現象として物体に干渉するなんてワイルドカードに過ぎる。
【魔力】と呼ばれる一種のエネルギーを消費しているというけれど・・・呪文を媒介にして物質の生成・干渉をするエネルギーなんて聞いたことが無い。
ご都合主義もいいところだ!!物理舐めんな!!
私が今まで頑張って覚えた理論や方程式は何だったというのか!?
尊敬する物理学者たちの汗と涙と苦労と苦悩は無駄だったとでもいうのか!?
フォニアは怒っているのだよ!!責任者出てこーい!!
「フォニア―!ちょっといいか?」
「・・・う?なに、お父様?」
「これなんだけど…」
「・・・鎌?研げばいいの?」
「あぁ。最近切れ味が悪くてな…頼めるか?」
「・・・もちろん!すー・・・『砥け』シャープネス。・・・んっ。これでよし!」
「おっ。ありがとうっ!」
とはいえ・・・
「フォニアちゃん。今日もお願いしていい?」
「・・・もちろん!すー・・・『火種よ』インジェクション!」
「きゃっ!…も、もうっ!ちょっと火が強いわよ!?」
「・・・ごめんなさい。ご飯が楽しみで・・・」
「うふふっ…。それじゃあ…ご期待に応えられるように張り切ってご飯を作りましょうかね!」
・・・とはいえ。だ。
こんな便利なもの使わない手はない。
そもそも何でそんな事が出来るの?とか、魔力って何?とか、疑問は尽きないけど・・・魔法は存在する。それは間違いない。
どんなに受け入れがたくても、目の前にある物・起きた事象こそが世界の真理。
それに、魔法抜きにすればこの世界(ちなみに、この世界の言葉で【世界】を意味する単語は【リブラリア】という。前世の【世界】という言葉とは、ちょっとニュアンスが違うんだけどね・・・)で起きる物理現象は・・・見聞きした範囲では・・・私が学んできた物理法則に従っている。
魔法アリで考えた時も、私の知識やイマジネーションは魔法行使において大いに役に立っている。
だから決して、私の知識や経験は無駄じゃなかった・・・
パルプの製造工程を知っているから丈夫で真っ白なA4サイズの製紙を効率的に生み出す事が出来るし、
水分子の構造や水素結合の影響、ベルヌーイの定理を知っているからリアルな水を生み出す事もできる。
展性や延性、結晶構造や精製技術、バンド理論を知っているから金属を魔法で思いのままに操れるし、
燃焼反応のメカニズム・・・酸素と燃焼物の化学反応やプラズマの性質を知っているから、ちょちょいと炎を熾せる。
魔力は目に見えないし計測する事もできないけど、体感的に、物理法則を逸脱した時により多く消費するみたい。だからそれを最小限に抑えるように・・・つまり、できるだけ自然な物理現象に則した形で魔法を行使すれば魔力消費も減るということになる。
お母様曰く、魔力には限りがあって魔法を連発し過ぎると気持ち悪くなり、最後は倒れてしまうとらしいけど・・・今の所そんな不安は無い。
やっててよかった物理学!!
「・・・ごちそうさま!」
「はぁ~…食った食った!」
「うふふっ。お粗末様でした…」
「すぐにお片付けいたしますねぇ。」
私はどうやら、前世の記憶と知識というアドバンテージに加え魔法に適性がある人間として生まれたらしい。
まあ確かに・・・これまでお母様に教えてもらった魔法はすべて初見で行使出来ちゃったし・・・それに纏わる前科もあるから、その通りなのだろう。
でもそのお陰で日々の生活は充実している。
何しろ魔法は便利だ。
まだ3歳の私だけど・・・家事でも、お父様のお仕事でも力になれる。
家族の役に立てるのは素直に嬉しい。
「さ~て!…今日も畑に行くかな!」
「・・・ん!」
「はいさ!旦那様ぁ!」
けど・・・どんなに便利な事だとしても、物事には2面性がある。いい事ばっかりでも無かった・・・
「さぁ、フォニアちゃん。お帽子被りましょうね。」
「・・・・・・ん。」
私の髪の色はお母様からもらった遺伝子で亜麻色をしている。艶やかなのにサラサラ。手櫛で簡単にまとまるのに、解けば跡も付かない自慢の髪だ。
お耳の形はお父様に似て少し細長くてかわいい。なんでも、御先祖様に森の耳長族・・・所謂エルフがいたから!だとかなんとか。ほんとかなぁ・・・?
口は小さくて、目は大きくて・・・両親のいいとこどりした可愛い顔って、3人は褒めてくれる。けど・・・
「おぉ!テオドールさん!奥さん!今日もご機嫌ようございますか!?」
「よっ!今日も絶好調だぜ!」
「おはようございますオーバンさん。アナベルさんもダミアン君も、ご機嫌麗しゅうございますか?」
「こんにちはチェルシーちゃん!今日もいいお天気ねぇ!」
「…ちわー。」
「あら?今日は娘ちゃんも一緒なのね?えぇと…」
「ふぉ、フォニアだ。」
「そう、フォニアちゃん!こんにちは!」
「・・・こんにちは。」
「うふふっ。かわいい声ね。ねぇ、瞳を見せてよ…」
「・・・ぅ」「す、すまんな!娘は、その…」
「ちょ、ちょっと今日は体調が悪いっていうのよ!ごめんなさい!」
「えっ?そうなの?…今日も?」
「おいテオ!いい加減、自慢の娘を紹介しろよぉ!いつまで紙で包んでおく(【箱入り】の意味)つもりだ、このヤロォ!!?…さてはあれかぁ?オレの息子を警戒して…」
「お、おい親父!オレは別に…」
実は私・・・未だに家族以外に顔を見せたことが無い。
外に出る時は目深に帽子をかぶって下を向いていたり、お父様かお母様に顔をうずめて隠しているからだ。
「そ、そんなんじゃないって!」
「ご、ごめんなさいね!急いでるからこれで!!ご機嫌麗しゅう!!」
理由は瞳の色のせい。
でも、最初はそうだと知らなかった。
ただ、お父様とお母様から言いつけられていたから、そういう文化でもあるのかと思って守っていただけで・・・
「・・・ごめんなさい。お父様。お母様。」
「はは…いいって事さ。」
「フォニアちゃんのせいじゃないわ。」
「お嬢様ぁ。さぁ、行きましょう!」
「・・・・・・ん。」
その事を知ったのは魔法の存在に気付き、いくつか呪文を覚え始めた頃。
魔法で庭に作った水鏡を見て、気が付いたのだ・・・
・
・・
・・・
「・・・お母様。」
「なぁに?」
「・・・お父様の髪はブロンドで、お母様は亜麻色。」
「そうね…。でも、それがどうかしたの?」
「・・・だから私は、お母様に似て亜麻色。」
「えぇ。そうね!フォニアちゃんは私の娘だもの!!そっくりで当然よ!…あなたのお耳はテオに似て細長いわ!」
「・・・なのに・・・お父様の瞳は琥珀色で、お母様の瞳は青緑なのに・・・なんで私は黒いの?」
「え………」
「・・・ねぇ・・・なんで?」
「……そ、それは…」
・・・
・・
・
「やぁテオ!奥さんもご機嫌ようございますか!」
「お?えっと…」
「か、快調にございますコームさん!…ほらテオ!フォニアが生まれた時お世話になった…」
「…あーっ!その節はどうも!」
「ははは!お久しぶりですねぇ!ひょっとして、この子が…」
「はいっ!あの時生まれた…」
「・・・フォニアです。ご機嫌麗しゅうございますか?コームさん。・・・よく分かりませんが、お世話になりました。」
お母様は教えてくれた。
この世界でも生まれた子供は親に似るそうだ。
たぶん、DNAが存在するのだろう。
「おや、まだ小さいのに礼儀正しい子ですね!えぇ、元気ですよ!!えぇと…瞳を見せてはくれないのかな?」
「・・・」
けれど例外がある。
それが瞳の色。
原理は全く分からないけれど・・・魔法の適性属性は遺伝せず、生まれ持った運に依存するという。
生まれも、育ちも、貴賤も問わず平等に・・・これは、この世界の人々が経験的に見いだした真理・・・つまり、統計的事実だ。
さらに、こちらも理解不能な事だけど、その適性属性は瞳の色として現れるという。つまり、瞳を見れば相手がどの属性の魔法に適性を持っているのか一目でわかるというのだ。
属性は全部で8つ。
このうち、瞳の色として現れるのは7色。
さらに2色3色が混ざるのが普通だという。
色の組み合わせの違いに加え、濃淡の違いがあるから同じ瞳の人に出会う事などほとんどない。
要するに、リブラリアの人々の瞳は八人七色(分かると思うけど、十人十色の意味)ということ・・・
「…ご、ごめんなさいコームさん!今、急いでるの!!」
「す、すみません!また今度―!!」
「えっ!?え、えぇ…また今度…」
だからこそ、この世界の人々は初めて会った人の瞳を覗き込もうとする。
それが何よりもその人を象徴するから。これはもう、リブラリア人の性だ・・・
・・・
・・
・
「…フォニアちゃん。あなたの瞳の色は特別なの。だから…あまり人に見せちゃダメよ。」
「・・・特別?・・・病気!?」
「違うわっ!それだけは絶対に違う。そうじゃなくて…」
「・・・う?」
「はぁ…そうね。いつかは話してあげないといけないものね…」
「・・・」
「聞かせてあげるわ。【黒の物語】を…」