Chapter 023_救助依頼
「・・・おじいちゃん。本当に来てくれないの?」
カレント2,177年 恵土の月15日。天気は曇り。
東の空の雲間から朝日が顔を出し始めた頃。私はおじいちゃんとチェスに見送られ1人、森の入り口に立っていた。
「何を言っておる…。お前は、こと冒険者稼業に関してはわしより数段上にいるではないか。弱気になっとらんで、さっさと行かんか!」
『ブフフッ、ブフッ…』
「・・・」
冒険者登録をした当時はおじいちゃんも一緒に森について来てくれていたけど「自分は騎士で、対人戦が専門だから」と言って、だんだんと森へは付いて来てくれなくなり・・・私が3級冒険者になってからは一度も、一緒に森に入ってくれない。
キャンプの課題は出すくせに・・・
「…テオ達にはちゃんと伝えたのか?」
そんな事を考えていたら、おじいちゃんから聞いて欲しくない質問が飛び出した。
「・・・」
実は・・・今回の依頼の事。家族にははっきりと伝えていない。
急だったし・・・心配されて「行くな」なんて言われたくなかったから。ただ、夕食の時にいつも通り「明日は森に行く」とだけ伝えた。
「はぁ…。そんな事だろうと思ったわい。」
「・・・だって・・・」
「…ちゃんと夕餉までには帰って来いよ?でないと、わしとて誤魔化しきれんからな。」
昨日、デュランさんを通してギルドから依頼されたのは東門4人の救出と・・・いや。4人の救出だけだ。
救出以外の結果はあり得ない。
ただ、4人が広い森の何処にいるのか分からない。
道に迷って彷徨っている可能性が高い。そうなると、たとえ魔纏術と魔法で加速したとしても探し出すのは至難の業だ。
だから逆に・・・割り切って。夕飯の時間までに帰れる範囲しか調査しない・・・と決めた。
・・・というか、おじいちゃんに決めさせられた。
「・・・」
「…返事はどうした?」
「・・・分かりました。」
・・・そこまで言うなら一緒に付いて来てくれればいいのに・・・おじいちゃんのけちんぼ。
「これ。そう拗ねるな。」
「・・・拗ねてなんて・・・」
私がそう言うと・・・おじいちゃんはチェスの手綱を離して近づき・・・
「・・・ふに」
私の頭にその大きな手を置いた
「いいか、フォニア。お前ならやれる。いつも通り的確に、全力で。いつも以上に冷静に、慎重に。…その若者共を救って、帰って来い!」
「・・・なら、おじいちゃんも・・・」
「まだ言うか…。昨日も言ったが、わしは足手まといになるだけだ。その事は、お前が1番よく知っておろう?」
「・・・でも、まだ私は一度も・・・」
おじいちゃんに勝っていない・・・
「ふふっ…。フォニアよ。わしがお前の思惑に気付いていないとでも…思っておるのか?」
「・・・」
「…やさしい子よ。」
「・・・ふに」
強く、抱きしめてくれた・・・。
「…ふふっ。さぁ、行って来い、わしの自慢の生徒よ!次に会う時は成長したお前の姿をとくと見せよ!」
そう言ったロジェス先生は私の両肩を『パンッ』と押して送り出してくれた!
「・・・///・・・は、はい。先生っ!!・・・行ってきます!!・・・チェスも行ってくるね!!」
そんなことされたら・・・言われたら・・・頑張るしかないよ!
「うむっ!」
『ヒ―ヒュヒュン!!』
行ってきますっ!!
「・・・静か・・・・・・」
森の中に入ると・・・そこはまるで、私の知らない異世界の森のようだった。
『…』
鳥の歌も、梢の音も、虫の声も聞こえない・・・
普段だったら気の早い冒険者たちが居てもおかしくないのに、人の気配は全くない。
でも・・・
「・・・すー、はぁ~」
この森のどこかに・・・絶対にいる!
だから、一刻も早く!
「・・・ん!『鳥の願い 翼に孕みて 影の森を往く』アシスト!」
追風魔法は風属性第3階位で、術者の動作を風の力で支援する魔法。
魔纏術にこの魔法を加えれば、木立生い茂る森の中でも全力で駆ける事が出来る!!
みんな。必ず見つけるから・・・待っていて!
・・・
・・
・
…
……
………
「ぐへっ!」
「ジュリーっ!?…くそっ!『炎よ 侵略者なり』ファイアーボール!!」
「きゃぁぁ~~!!」
「す、すまんっ!!」
森に入って…えぇと…き、今日で何日目だ!?
…そ、そんなこともう、どうでもいい!と、とにかく今だっ!!
オレ達は絶体絶命のピンチを迎えていた。
「あたたた…」
「だ、大丈夫か!」
「も、もうっ…大丈夫じゃないっ!!魔法下手なんだから唱えるなって言ったでしょ!!」
「すまんっ!だが…」
「…分かってるっ!!他に手が無かったって…。…と、とにかく、ありがとアベル。お陰で助かったよ…」
「お、おう…。さ、さぁ!立て!!すぐに出発するぞ!!」
「ふぇぇ…う、うん…」
魔物に追われ、追われ、追われ…
食事も休憩もままならず、水を飲む暇さえなく、とにかく逃げて。逃げて逃げて…
一応、森の出口を目指しているつもりだけど…本当にこっちでいいのか?
自信はない…
「ぜー、はー…ぜー、はー…」
「ジ、ジル!大丈夫か!!」
「ぜーぜー…」
「頑張れっ!!ナタリーを救えるのはお前だけだっ!」
「っはー…っはー…」
だが、そんな事は言ってられない…いや、もはや場所なんてどこでもいい!
あの魔物の群れから逃れる事が出来ればそれでいい!!少しの間だけでいい!!
気絶したナタリーを背負うジルは、もう…限界だ。
彼女を背負ったまま、汗で全身を濡らし、瞼を大きく開いて瞳を小刻みに揺らし、荒過ぎる息を肩でして空気を貪るように吸って吐きながら、ただ無心に顔だけを前に向け…膝をついたまま起き上がれずにいるコイツは、もう…
「よ、よし!少しの間だけ…」
「あ、アベル!そんな暇ないっ!!来たよっっ!!」
「んなぁっ!っくっそぉぉがぁぁーーーー!!!!」
だが、魔物どもはオレ達を見逃してはくれないようだ。
しかも、この期に及んであんな大群を送り込んでくるなんて…
ふざけるなっ!!ふざけるなふざけるなぁぁーーー!!
「どどどどぉするのぉーーー!!」
「迎え撃つぞっ!!」
「えぇっ!?む、無理だよぉ!!」
「やるしかないだろ!!」
オレとジュリーだけなら…。なんて事、これまで何度考えたか分からない。
だがそのたびに胸を叩き、呪われた自分の弱い心を吐き出してきたんだ!!
見捨てるものか!!
決して!決して!!
「は、はわわわ…か、囲まれてる…よね?」
「…かもな。」
「…っ…はうぅ…」
「ジュリー…もっと近くに。」
「う、うん…」
休憩…と言えるほど立ち止まっていた時間は長くなかったはずだが、しかし、
動けないジルを庇っている間に魔物はオレ達を取り囲んだ。
それも…地面だけでなく、木の上にも、岩の上にも…
「アベルっ…アベルぅ…」
「っ、大丈夫だ!!」
ははっ…
八方塞がり…どころじゃねーな。こりゃ…
「…っ…っっ」
「く…来るなら来いよぉぉ!オラァァッッ!!!」
震えるジュリーを抱き寄せ、膝立ちのまま固まっているジルを庇い、オレは今できる精いっぱいの威勢を張ってやった!
奴らめ…オレ達をもう捕えたつもりにでもなっているのか?
距離を離してオレ達を取り囲む魔物どもを睨みつけ…
「おらっ!どーしたー!?かかって来いよオラァァ!!」
せめて最後の瞬間まで…
「アベルぅ…うっ…ぐすっ…」
「泣くなっ!!かっ…必ず帰ってっ………いつも通りっ…エールとアッシェぱ…な、なんだっけ?」
「…ぐずっ………あ、アッシェ…パルマンティエだってばぁ!」
「そうそれだ!!エールとアッシェ・パルマンティエで乾杯するぞ!!4人で!!」
「う…うんっ!うんっ!!!」
…東門で誓い合った、仲間と共に。
『『『『『ギキキキキッ…』』』』』
その瞬間はやって来た。
全方位から、木々の上から、岩から跳びかかるように、奴らは一斉にオレ達に襲い掛かってきた。
「ひっ!」
「こいやぁぁぁぁーーーーー!!!」
精一杯の、全力の…最後の威勢を振り絞った
『『『『『ギキキキキッ…』』』』』
「きゃぁぁぁぁ~~~~~~!!!」
「うぉぉぉぉーーーーーーー!!」
「ゼ―ッ…ゼ―ッ…」
「…」
その時だった…
「『林の願い 北の森を往く』ブレス!!伏せてぇぇぇぇーーーーーー!!!」
「!!ジュリーィィィ!!」
「きゃぁぁっ!?」
倒れ込んだオレ達の上を
『ドグオオオォォォーーーーーンンンッッッ!!!』
一陣の風が吹き荒れた…




