Chapter 018_天使のお仕事
「…フォニア様は冒険者でもおられるのですよね?」
「・・・ん。」
「それじゃあ…」
カトリーヌちゃんが目覚めてからひと月半。
不安定だった彼女の意識も日を追うごとにはっきりとした物となり、長時間の会話が出来るまで回復した。
彼女の回復を願い、待ち続けた彼女のお父様とも感動の再会を果たし、今はリハビリの真っ最中だ。
「何かすごい魔法を見せて下さいませ!…バーンッ!ってなる魔法!!」
「・・・う?」
「まーほーおっ!…私、実はあまり魔法は得意ではないので…憧れているのですわ!」
「・・・見せるのは構わないけど・・・治癒院では、ちょっと。」
「むーっ…」
「・・・今度、お散歩の時に見せてあげる。」
「ホントですかっ!?」
「・・・ん!そのためにも頑張ろうね。」
「はいっ!!」
彼女の治癒術は成功したものの・・・心と体へのダメージは大きく、回復には長い時間を要した。
目覚めるまで半月。まともに会話が出来るようになるまで1ヶ月。王都にある実家に戻るには、さらにあと半月くらいかなぁ・・・
リブラリアの1年は360日だから異世界太陽暦とほとんど同じだけど、“ひと月”の数え方は全然違う。
まず“月”の数は8つ。
1年のはじまりは春からで、治月と萌木。夏は金海と星火。秋は恵土と風雨。冬は水鳥と白約・・・例えば“治月の月”“萌木の月”・・・と呼ぶ。
そして1ヶ月は45日間もある。
だからカトリーヌちゃんの入院期間は、異世界の感覚では3か月近く。
楽しみがないと続けられない・・・
「・・・今日も折り紙をしようね。」
「はーいっ!」
この間、彼女にできるだけストレスが溜まらないように私とイレーヌは精一杯の配慮をした。
折り紙で遊ぶのもその一環。
考えながら指先を動かすからリハビリにもなるしね!
「・・・今日は何を折る?」
「今日は…チューリップ!」
「・・・ん!『理の願い』ヴァージンリーフ!」
「わー!」
折り紙はリブラリアにおいて、とてもポピュラーな子供の遊び。
理由は・・・言わずもがな。
パチパチと拍手をする彼女の前に出来たての製紙を並べると、さっそく彼女は手に取って・・・
「赤・橙・黄色!色紙を生み出せるだけでも凄いのに…裏表で色が違うし、1回の行使で何色も生み出せるなんて…相変わらずフォニア様は凄いですわ!」
「・・・ありがと。それより折ろ!」
「うんっ!」
私は今まで、1日おきくらいのペースで治癒院に来ていたんだけど・・・今年の夏はほとんど毎日来ている。
理由は勿論、彼女の為。
以前、お父様の畑の土作りをお手伝いするためにお休みしたらカトリーヌちゃんが物凄く寂しがってしまったので、それ以降はできるだけ彼女の傍に居るようにしている。
「ここから…?」
「・・・こう。かな・・・」
「………そっか。そうだったかも……」
彼女に行った治癒術は完璧だったと自負している。
イレーヌも非の打ち所がないと言ってくれた。
体力も戻ってきたので、日差しが柔らかくなったらお散歩に行くつもりだ。
たまに物忘れや記憶違いもあるけど・・・回数は減ってきたし、一度やり直せば思い出せる。
骨折は当然、全部直っているから毎日楽しそうに体操もしてくれる。着替えも自分で出来るようになった。
でも・・・
「あ…」
「・・・う?」
「おとしちゃった…」
「・・・あ。うん。・・・今取ってあげる。」
「………ごめんなさい。」
・・・でも、彼女のこの先の人生は・・・簡単な物ではないだろう。
「・・・んーん。・・・カトリーヌちゃんのせいじゃないの。私の・・・」
「ちがうっ!!フォニア様のせいじゃない!!全部私のせいなの!!間抜けな私があの時…
っ…っっ!」
「・・・・・・」
彼女は、もう・・・歩けない。
原因は脊椎損傷・・・なのだと思う。
診断魔法でその事には気付いていたから勿論、その治癒も行っている。
抜かりはなかったはずだ。
でも・・・ダメだった。
原因は分かっているけど、理由は分からない。
理由は分からなくても、結果はそこにある。
言い訳なんて出来ない。
私の力が及ばなかったが・・・故だ。
「…ねぇ。フォニア様。」
「・・・う?」
「やっぱり私…ご迷惑…ですよね?」
「・・・カトリーヌちゃんは・・・ここに居たいんでしょ?」
「…」
治癒魔法は奇跡みたいに便利な魔法だけど・・・万能じゃない。
ほとんど全ての怪我や病気に効果があるけど、生まれつきの病気は治せないし、老衰も治癒できない。発症から時間が経つと行使しても効果が薄くなる。
また、一度行使してしまうと同じ組織・同じ病気には大きな効果が望めなくなる。
カトリーヌちゃんの障害を治せないでいるのは、このせいだ。
リブラリアでは異世界のようにバリアフリーなんて考えられていない。身分制度のお陰で差別意識も高い。
お金と地位があるとはいえ、彼女は・・・
「・・・大丈夫。前にも言ったけど・・・巫女長は許してくれている。カトリーヌちゃんのお父様もここにいていいって言っている。私もカトリーヌちゃんと一緒にいて楽しい。イレーヌも話し相手がいて楽しいって言っている。だから・・・ここに居て。ね?」
「………うん。…ここがいい。」
彼女には生きる喜びが必要だ。支えが必要だ。
私がそれになれるというのなら、せめて・・・
「・・・ん!・・・さ、続き折ろ!」
「…うん。」
実はちょっとだけ・・・彼女に嘘をついている。
彼女のお父様は彼女を出来るだけ早く王都の自宅に連れて帰りたいと思っているのだ。
本人がここでの療養を強く希望しているし、体への負担を考えて当面移動は許可できない旨伝えてあるから強くは言って来ないけど・・・本心は違う。
現に、カトリーヌちゃんの前では言わないだけで、私やイレーヌ、巫女長にはその話をする。
王都の自宅であれば使用人もいるし、美味しくて滋養がある物も用意できる。王都の自宅は大聖堂にも近いから、いつでも治癒術師を呼べる。魔道具などの設備も揃うし、田舎の治癒院より環境はいい・・・それは間違いない。
・・・私とイレーヌは、ここまでやったのだから退院まで面倒を診ようと決めている。
巫女長はいいようにやれとしか言わない。
カトリーヌちゃんはずいぶん私を気に入ってくれたみたいで、傍に居たいと言ってくれるけど・・・最近は悩んでいるみたい。
正直言って、なにが正解なのか分からない。
だから、こう思ってしまうのだ
あの時私が・・・って。
・・・
・・
・
「…ねぇ、フォニア。あなた…何時までこんな事を続ける気なの?」
「・・・う?」
それはカトリーヌちゃんの入院が2ヶ月目に突入した日の事だった。
患者様が捌けた後カトリーヌちゃんを寝かしつけ、そろそろ帰ろうかと思い始めた時。話があると外に出たイレーヌが開口一番、そう言った。
鎌のような三日月が輝く、晴れた秋の夜だった・・・
「あの子…もう十分回復しているでしょ?あんたが毎日来る必要ないわ。明日は休みなさい。」
「・・・う!?なんで!?」
「なんでって…今言った通りよ。」
「・・・でも、カトリーヌちゃんがまた寂しがって・・・」
「あんたねぇ…あの子より5つも年下のくせに、何言ってるのよ?」
「・・・でも・・・」
イレーヌが言う通り、彼女は順調に回復していた。
体力は戻り、自力で車椅子(錬金術師が作った特注品)で移動もできるし、乗り降りも出来るようになった。
最近では物忘れも全くないし、手先の器用さも元通り・・・どころか、本人は前より折り紙が上手になったと喜んでいる。
不自由な体にも徐々に慣れてきたようで、前みたいに落ち込むことも少なくなった・・・
「このままじゃ…あの子、帰れなくなるわよ。」
「・・・」
「ちゃんと鏡を見てる?あの子があなたに依存しているように、あなたもあの子に依存しているって…?」
「・・・」
「あなたはあの子の世話をする事で罪滅ぼしをしようとしている…そうでしょ?」
「・・・そんなこと・・・」
「分かるわ。あなたの気持ち…痛いほど分かる。私もそうだったもの…」
「・・・」
「…」
「・・・」
「…」
「・・・」
「…」
「・・・わかった。・・・休む。」
「…えぇ。」
「・・・」
「…」
「・・・ねぇ、イレーヌ。」
「…なぁに?」
「・・・私、やっぱり治癒術師にはなれそうもない。」
「………そう。」
「・・・」
「…」
「・・・ねぇ、イレーヌ。」
「…なぁに?」
「・・・イレーヌなら、どうしたの?」
「あなたと同じことをしたわ。」
「・・・・・・う?」
「…フォニア。あなたがしたことは何も間違っていなかった。最善だったわ。…何度も言っているけど、あなた以外にはあの子を救えなかったのよ?あの場にあなたがいなかったら…呪文を知っていても宿せなかった私じゃ、きっと、あの子を救うことすらできなかった。仮に一命を取り留めたとしても、あそこまで…不便でも日常生活を送れる程回復するなんて無理だった!!あれはミスなんかじゃない!絶対に違うっ!!あなたがしたことは…奇跡よ、、、だってそうでしょ?全力で挑んだ結果だったんだから…それが理だったのよ。そして、リブラリアに綴られた以上、もう、どうする事もできない…。だから…」
「・・・」
「だから、もし私があなたの立場だったら…同じようにできる限りあの子の傍に居て。そして、明日休むとおもうの。彼女の為に…次の患者様の為に…」
「・・・」
「…それとね。フォニア。」
「・・・う?」
「治癒術師は…成りたくないからって、成らなくていいものじゃないの。」
「・・・」
「魔法使いよ。唱えよ。…でしょ?」




