Chapter 016_魔女の街①
『ヒュブァ…ブファ…ッ!』
カレント2,184年 星火の月38日
「きゃあっ!?」
「ご、ご主人様っ!?チェス!!?」
今日までの8日間、空にはいつも厚い雲があり
1日も・・・ホンの、1時間たりとも。
晴れる事はなかった。
『ゼヒューッ…ゼヒューッ…』
「っつつ・・・っ!?チェ、チェス!あぁっ、こんなに・・・こ、こんなに走らせちゃって・・・ほ、本当にゴメンね!!」
『ヒュブブッ…ブフッ…』
「「行けっ!」って…そう、言ってるです…」
チェスは本当に頑張ってくれた
ラエンからノワイエまでの・・・
普通なら12日間もかかる道程を、ほとんど休み無しで
私の治癒魔法を受けながら、必死に走ってくれた
「っ・・・チェス!後で必ず迎えに来るからね!ここで休んでいて!!」
『ヒュ…』
「ありがとうっ・・・チェスっ」
『ヒュフッ………』
「ご、ご主人様っ!」
「・・・ん!」
『ッ………』
「…バイバイ。チェス……。…ご、ご主人様っ!待ってくださーい!!」
ここまで付いてこられたのはシュシュ一人だけだった。
ローズさんや、途中で追いかけてきてくれたジュリアン分隊長達の馬は力尽きた。
けど、止まるわけにはいかなかった。
ルボワに先回りしたレイブンの報告を聞いていたから・・・
止まることは許されなかった
「お、おい!あの子供…」
「え?ま、まさかっ!?」
「せにゃーっ!!」
「ぎゃっ!?」「がぁっ!!?」
ルボワの襲撃者は約100人。そのうち、人間の正規兵は僅か30名程。
残りは獣人の奴隷だ。私の敵じゃない。
けど・・・
「・・・シュシュ・・・」
「ご主人様っ!ツユバライはシュシュにお任せくださいです!今はっ!」
「・・・んっ」
連中は我が物顔で街を占拠し、家々に広く散らばり
街の人々のすぐ側にいた。
レイブンは信じられない精度でピンポイント射撃が可能だけど、絶対じゃ無い。
万が一があっては取り返しがつかない。
けど、情報はドンドン送られてきて。
何もできない歯がゆさだけが積もって。聞いていられなくて。
・・・途中で指輪に戻してしまった。
「そんなっ・・・ルボワがっ・・・っ!」
故郷は夕闇を背に燃えていた。
遠目にも分かっていた筈なのに・・・
門まで来て、その現実を突きつけられた私は冷静じゃいられなくなって・・・
「・・・みんなっ!!」
「ご、ご主人…様っ…くっ…このぉっ!!」
隣で戦ってくれていたシュシュを置いて、街へ走った。
「スグに・・・スグにっ」
ずっと隠れていたクセに・・・今更っ
愛する故郷を染める夕日を、私は呪った
・・・
・・
・
「すー・・・『茨の願い 花の森を這う』ニードルニードル!」
「ぎゃっ!?」「ぐわっ!!」
街を穢す泥の臭い。
家々を焦がす火の臭い。
汚らわしい欲望の臭い
不愉快な事、この上ない
「えっ!?あっ…あ、あなたは…」
「・・・大丈夫?」
「え、えぇ…」
「・・・怪我してる。・・・治癒するね」
「…ありがと。」
「すー・・・『右手に針を 左手に糸を 祈り込めて縫い合わせる』リカバー」
「っ…あっ………ありがとうっ…っ…ぅっ。」
瞳を焼く夕日の茜
見慣れた街並みを崩す破壊の紅
同じ時間を過ごした仲間が流した・・・赤
大っ嫌いよっ!!
「・・・立てる?」
「え、えぇ…」
「・・・シュシュ。予備のコートをこの人に。」
「にゃんです!…どぅぞ。」
「っ…ありがとっ…ひっぐっ…」
「・・・」
ルボワは冒険者の街だ。
アラクネの時がそうであったように、街の人たちは勇敢で
やってくる冒険者たちも腕に自信のある若者が多い。
簡単にやられるほど軟じゃない。
「ひっく…えっく…」
「・・・ごめんなさい。先を急ぐの。」
「城門の外に無事な人たちが集まっているです!そちらへ…敵さんは全員、ご主人様が倒したですよ…」
「…ぐすっ………え、えぇっ…あ、ありがとっ…」
けど・・・それは魔物に対しての話だ。
王都からも。争いが頻発する西部からも距離のあるこの街は、
戦争を含めた対人戦を想定していない。
加えて、人の出入りが多いから
衛兵さんたちも、やって来る人たちの素性を念入りに調べているわけでもない。
要するに・・・ルボワは“ヒト”に対するセキュリティが甘い。
もっとも、それはこの街に限ったことじゃ無いけど・・・
「きゃあっ!?た、助けっ…」
「ご主人様!あちらにも…」
「う!?んっ!!・・・『林の願い 北の森を往く』ブレス!!」
「ぎゃぁっ!?」「きゃっ!!」
とはいえ、武器屋さんや防具屋さんもある。
戦って戦えないことは、無かったはず。
「・・・大丈夫?」
「あ、あり…っ!アナタは…」
「・・・今、治癒を・・・」
侵入者が、暗殺や潜入・陽動を得意とする特殊部隊じゃなければ
もっと抵抗できたかもしれない・・・
「っ!…け、結構よ!!」
でも、そんな事・・・
「・・・う?」
「誰の…誰のせいでこんな事になったと思っているの!?」
「っ・・・」
「全部アナタのせいじゃない!!アナタが…れ、連中が言っていたわ!!この街は魔女の街だって!だから…だからっ」
遅れてやってきた私が、今更そんな事言ったって・・・
「・・・・・・ゴメンなさい」
何の意味もない・・・
・・・
・・
・
…
……
………
魔女、まじょ、マジョ…
シュシュのご主人様は綴られし魔女様だ。
それは特別なすっごい事だし、シュシュの自慢だ。
「返して!ねぇ、返してよ!!私の家を、家族を!!私のっ…っっ…か、返せっ!!返せマジョ!!」
「・・・・・・ゴメンなさいっ」
「っ…あ、謝ったからって…ゆ、許されるなんて思うな!!」
「…ご、ご主人様は!」
だからシュシュは、そんな自慢のご主人様に泣いてなんか欲しくない。
頭なんて、下げて欲しくないっ
悪いのはご主人様の大事な物を奪ったヘーシ達だ!ご主人様じゃないっ!
だからご主人様が謝る必要なんて、ちょっとも無いっ!
でも…
「・・・シュシュ。止めなさい。」
「で、でもっ」
「…な、なによ!?私が悪いって言うの!?」
「・・・いいえ。そうじゃなくて・・・ゴ、ゴメンなさい。ゴメンなさいっ!!」
それでもご主人様は、その女の人に頭を下げ続けた。
スグにでも家族の待つお家に帰りたい筈なのに…それを我慢して。
涙をいっぱい流しながら、お手手が真っ赤になるほど握りしめながら。
その女の人に頭を…
「っ…ゴメンなさいですっ!」
だから、せめて
シュシュにも出来る事を…
「ど、どうしてアナタまで謝ってるのよ!?」
「ご、ご主人様がシュシュのご主人様だからです!」
「っ…ひ、必要ないわよ!」
「・・・」「…」
「っ…」
「…いいっ!!もういいわよ!!いい加減にしてっ!!………」
「・・・あ、ありが・・・」
「勘違いしないでよね!!許したんじゃない!!ただ…埒があかないからよ…」
「・・・・・・はい。」
そう言いながらご主人様は、やっと顔を上げてくれた。
とっても短くて… とても長い時間だった。
「・・・街の外に無事な人が集まっています。そこまで・・・」
「…じ、自分で行けるわよ!」
「・・・」
「…ふんっ!」
その女の人はそう言い捨てて、それきり振り返りもせず向こうへ行ってしまった…
「・・・・・・シュシュ。」
しばらくしてからシュシュに振り返ったご主人様は、とっても悲しそうなお顔で…
「…にゃん。です…」
シュシュは…
「・・・一緒に謝ってくれてありがと。」
シュシュはとっても…
とってもとってもとってもとっても
悔しくてっ…
「………ひゃい…れふっ…」
悲しくて…
「・・・すー・・・はぁ〜・・・・・・・・・行くよ」
「ひぐっ…うにゅ…にゃ、にゃん…れふっ…」
ご主人様の周りの全部が…ゼンブが!
だいっきらい!!




