Chapter 009_リアン奪還戦①
「ふぁ~ぁ~…」
カレント2,184年 星火の月29日。
地平線の彼方に巨大な積乱雲がかかる。夏の晴れた朝…
「姫様…それでは兵に示しが付きませんよ?」
「見せつけてるのよぉ~」
「か、仮にも決戦前なのですから!それはいかがなものかと…」
「えぇ~っ!?…前回は許してくれたのに?」
「エヴァーナの時とは状況が違います!」
そう…あの時とは違う。
ラヴェンナの正規兵が多く投入されている敵軍の士気は高く、その実力も折り紙付き。
対するわが軍は即席で、数も質も充分とは言えない。
加えて。万象様が…
「だぁ~いジョブよぉー!敵の目的は…たぶん、予想通りだから。案外アッサリ引いてくれるはずよ。…それが分かっているのにマゴマゴしていたら、民の支持を得られなくなっちゃう!そっちの方が問題よ…」
「それは…」
万象様がラエンに向かわれたその日。姫様は領都リアンを奪還すべく、充分とは言えない兵を率いて進軍を始めた。
国王派の領地であるリアン領を奪われた…その事実は、本国にとって手痛い出来事。放置すれば国民感情にも響く。
数年前のエヴァーナ蜂起だって…
“反乱を許した”
“民に不安を齎した”
“彼の国に禍根を残した”
…と。
諸領主の反応は厳しいものだった。
姫様と…そして、万象様に対する“民”の人気は上がったものの、政治は以前より難しいものとなった。
この状況下で再びエヴァーナを奪われた今。“ただの勝利”では支持を得られない。
対処できるなら早い方がいい…
リアン市民の抵抗を受け、敵が数を減らした今がチャンス…
それは間違いない。
けれど…
「それとも…なぁにぃ?レオノール?私じゃ不安だっての?」
「そ、そういうわけでは…」
「じゃあ、どういうわけよ?」
「その…ほ、本作戦は敵の罠と分かって、みすみすそこに入っていくようなモノです!更なる罠…お、落とし穴がないとも限りません。私はそれが心配で…」
ラエンに向かった敵の第2部隊の…狙いは恐らく
予想通りだ。
けれど姫様は。それを分かっていながら敢えて万象様には伝えず…しかも、わが軍に紛れた彼の国の間者を紛れ込ませて…送り出した。
「そ、それに…万象様が上手くやって下さるとも限りませんし…」
万象様は…歳の数など無意味と思えるほどに…優秀なお方だ。
魔法の実力抜きにしても、あれほどの洞察力と思考力。それと知識を持ち合わせた者など他にいない。
けれど…
ほぼ前知識なく…それも、後戻りのできない状況で…現場に放りだされ、国を左右するほどの結果を出せなんて無茶な話だ!
部隊長たちは事情をある程度は知っているものの…果たして。本当に上手くいくのだろうか?
…報告によると、彼女は年相応に子供っぽい…感情的な…一面も持ち合わせているという…
感情に流されて、何か…大きな事をしないとも限らない…
「…ふふふっ。ねぇ…レオノール。魔法って…何のために在るのだと思う?」
「はい?」
姫様に併走しながら遠い空の事を考えていた私は、姫様の声で話をしている最中だったことを思い出し、急いで振り返った…
「魔法はね。“唱えた通りにする”為に在るの。先人達がリブラリアに綴られた理を紐解き、自分達に都合が良いように…自分達でも理解できるように…書き改めた定理。それが魔法よ。」
「…」
何故そんな話を…?とは思うものの。
黙って耳を傾ける私に姫様は前を向いたまま言葉を続けた…
「…みんなね。リブラリアのみんなは勘違いしてるの。定理が先にあったんじゃない。理が先にあったの。魔法は理の一片を解釈しているに過ぎない。なのにみんな…“それ”が。“魔法の限界”が。【理】だと…。そう思っている。…それが勘違いなのよ。」
「か、勘違い…?」
「そうよ。今言ったでしょ?理の中に定理があるのであって、定理の中に理がある訳じゃない。リブラリアの理は…“こんなもの”じゃないのよ。できる事はいっぱいある。…なのにみんな、教科書通りに魔法を行使しようとする。そして“それが理”ぃ~…だなんて。カッコつけて言っちゃっうの。“教科書を書いた人の限界”が、定理の限界だと。そう、勝手に思い込んじゃって…ね?」
「っ…」
「あの子はそれを知っている。きっと…生まれた時にはもう、それを理解していた…。だからこそ、“空色の炎”なんていうワケわかんないモノを生み出したし、【魔弾】なんていう常識を貫く技を開発できたのよ!」
幼いころ。王座に着くために兄姉を平気な顔で屠った姫様然り、エヴァーナで敵部隊を恐怖のどん底に突き落とした万象様然り…
“普通”では魔女にはなれない。か…
「そういう“新しいモノ”はね。凝り固まったオカタイ喉からは出てこないのよ。ふにゃふにゃで、ともすれば潰れちゃうような柔らかい喉から出てくるの。光をもった瞳にしか映らないの。だから…誰も予想してない事を平然としちゃう所とか…精神的に危うい所とか…理詰めで語るくせに、最後は感情で決めちゃう所とか…。そういうところはね。あの子の武器なのよ。だから…ちょっと。冒険させてあげた方がいいの。世界の命運なんてものは、いつだって“鉛筆転がし”で決めてきた。…でしょ?」
戦場に辿り着いた姫様は
自信に満ちた栗色の瞳を輝かせて
「…だからね。レオノール!私は賭けたのよ。私の君に!」
馬から飛び降り
「さぁ、みんな!」
自らの兵を瞳に写し
「綴られる準備は出来たかしら?」
「「「「「ウオォォォーーーッ!!!!!」」」」」
「このページには“こう”綴られるだろう!
…カレント2,184年 星火の月29日。お天気は晴れっ!
エディアラ王国連合軍は野蛮な侵略者を砕き!リアンの街を見事に奪還した!!無様なラヴェンナ兵は命からがら泥まみれで遁走した一方、連合軍は市民の温かい、涙ながらの拍手で迎えられた!!
あぁ、なんと素晴らしい事か!なんと慈悲深い事か!!…この戦いで比類なき活躍を見せたものの名はぁ~…
…ふふふっ。…その名を綴られるのは…誰かしらね?あなた?それとも…あなた?…余に。その名を知らしめなさいっ!!」
「「「「「フラァァァーーーーーーーッッッ!!!!」」」」」
兵達を鼓舞し、
「うんっ!よしっ!!」
王家伝来の秘宝【晶棍アメジスト】を手に、
「アリス!歌うわ!!」
唱えた…
………
……
…
…
……
………
「…まったく。…やはり魔女というのは愚かだな。」
昨日昼過ぎ。
ラトラブールに詰めていた魔女の軍勢がこちらへ進軍して来たと聞き
呆れてモノも言えん。
「閣下!撤退の準備整いました。」
「…うむ。手筈通り奴隷と市民を盾にゆっくりと後退する。皆にもそう伝えろ。」
「イエッサー!」
「ま、魔女の口上も始まりましたが…」
「…なんだ聞きたいのか?「いえ、まさか!?」なら、お前が聞いておけ。命令だ。」
「い、イエッサ…」
リアンの街は…いわばオトリ。“目くらまし”だ。
魔女を釘付けにしてラエンに向った第2部隊を動きやすくする事が本懐であり、この部隊だけでエディステラまで進軍しようと考えている訳ではない。
本来であれば数日後。エヴァーナに詰めている補充部隊がコチラに合流し、万全を期して魔女とぶつかる予定だったが…
…まあいい。
奴隷など幾らでも補充が効く。
それに補充部隊には…くくくくっ
「…閣下。魔女の口上終わりました。間もなく始まるかと…」
「…よし。ではお前を先鋒部隊の部隊長に任命しよう。」
「はっ…は!?はいっ!?」
「勇敢にも先陣を切って魔女の懐に飛び込んだお前の名は綴られるだろう。名誉だな。」
「そ、そんなっ!?…閣下!!」
「では任せた。…行くぞ。」「い、イエッサ………」
「閣下ぁーー!!?」
いきなりヒドイよ。閣下・・・




