Chapter 008_ラエン解放戦①
カレント2,184年 星火の月29日。お天気は晴れ。
「ぉーおーじょーさまぁー!!」
「…バカ。偵察が大声出してどうする。」
ラエン領は、ほぼ全域
地平線が見えるほど真っ平らな土地だ。
会議の翌朝の汽車でラエン駅に移動した私達は、
麦が刈り取られた土色の畑と、夏草茂る大平原を代わり番こに横目に見ながら
東へ走った。
エディステラの街がそうだったように・・・道中の集落や村には被害がなく、そこに住む人々はいつも通り平和に暮らしていた。
列を組んでやって来た私達を見て
「…え?なんかあったの?」
「閣下に急用?…お勤めご苦労様です。」
「魔女様唱えてー!」
「嬢ちゃんパン食うか!?採れたてトウモロコシ入りだぜ!!」
「・・・食べる。」
といった反応・・・
この先に戦場が待ち受けているなんて信じられないほど、長閑だった・・・
「・・・んー!!」
「おや?…お知り合いですか?」
「…ノワイエはお嬢様の故郷ですからね。あの二人は幼いころ…ほら。ルボワのアラクネ事件はご存じですよね?あの時からのお知り合いだそうです。」
「なるほど…」
そして今日。
肉眼でギリギリ、領都ラエンが遠望出来る場所までやって来た。
その場所には、
ひと足早くラエンを偵察していたノワイエ騎士団の斥候である・・・
「お嬢様ぁ!!ご無沙汰しておりますっ!」
「また大きくなられましたね!フォニアお嬢様!!」
「・・・ジャメルさん。ロクサーヌさん。お久しぶりです!ご機嫌麗しゅうございますか?」
「「はいっ!!」」
・・・2人に会う為に!
・・・
・・
・
「・・・うそ・・・・・・」
「…本当にごめんなさい。お嬢様…」
「ボク達だけでは、とても…」
2人がラエンに辿り着いたとき
既に戦いは終わり、敵部隊は北東へ向けて進軍していたという・・・
「進軍した!?敵軍の後は…?」
「別の班が追っております。ご安心を…」
いち分隊(部隊の編成は地域と時代。そして兵種で変わるけど、現在のエディアラ王国の騎兵隊は、2人か3人ひと組の“班”を3〜5組合わせて“分隊”とする事が多い。)で行動していたロクサーヌさん達は、
ひと班が敵軍を追い。ひと班が領都ノワイエへ報告に戻り。ジャメルさんとロクサーヌさんがこの場に残ったそうだ。
「敵部隊本体は去りましたが…街にはまだ、それなりの数の敵兵が残っているようです。」
「…兵を残したのは負傷兵を養生させる為と…略奪の為ではないかと。」
敵兵は1万人と大所帯だけど、国境を無理やり跨いで奇襲をかけてきている。
補給路なんて無いだろう。
道中の集落や街を略奪しながら進軍するのが前提だったに違いない。
ラエンの街は・・・
「し、しかし…この状況で、敵部隊は何処へ行こうというのだ?ラエンとの戦いで数も減らしたようだし…」
ジュリアン分隊長が言うとおり、エディアラ王国の真っ只中にいる敵部隊は全包囲されているに等しい。
勢いがある今は良くても、いずれ潰滅させられるのは分かっているはず・・・
「北東というとエンス…」
「そ、それより今は目の前のラエンをどうにかするべきでは!?」
そう言ったのは第10分隊のローラン分隊長と第14分隊のグレース分隊長。
私達の目的はあくまでも敵部隊の調査だ。
敵がいると分かっているラエンの街に向かえば戦いになってしまう・・・
「非常に心苦しいが、この場は…」
「そう…だな。…敵部隊も、昨日出発したのであれば、まだ追いつけるだろう。」
「し、しかし…か、仮に追いつけたとして。この人数で戦えるのでしょうか?魔女様がいるとはいえ…」
「そ、それは…」
「…難しいな。」
微かな煙を上げるラエンの街を見つめながら分隊長達の声を横で聞いていると・・・
「ま、魔女様はいかがお考えですか!?」
「・・・う?」
不意に、グレースさんが私の意見を求めてきた。
「「…」」
他の二人の分隊長も私の意見を待っている・・・
「・・・そうですね・・・」
陛下に言われたことの意味も分かる。けど、
「・・・こんな作戦。いかがでしょうか?」
ラエンを見捨てる事なんて、できるはず・・・
・・・
・・
・
分隊長達はなにも、ラエンを見捨てようとしている訳じゃない。
むしろ、救いたいと思っている筈だ。
けれど、時間的制約があるから、それができないだけ・・・
「・・・それでは行ってきます。」
・・・だったら。
ラエンの街を速攻で攻略すればいい。
「し、しかし…魔女様?本当にそんな事が?」
「…もうっ!クドいですよ!あなたも了承されたではありませんか!?」
「で、ですが…し、しかし…」
ラエンの街は南が湖に向かって開けているものの、それ以外は領都ノワイエに負けない高い壁で囲まれた鉄壁の城塞都市だ。
市民と敵兵が入り乱れたこの街に侵入し、敵兵のみを無力化するなんて完全に特殊部隊のお仕事。
それを未成年の小娘がやろうと言うのだからグレース分隊長が疑うのも無理は無い。
「グレース殿!気持ちは分からなくもないが…侍女殿の言う通り、ここは万象様に任せよう。」
「そう…だな。成功すれば多くの市民を救う事が出来る。それに…残兵から情報を得られるかもしれん。万象様のこれまでの実績を考えれば、我々は従うべきだろう…」
「わ、私はただ…」
「・・・すー、はぁ〜・・・」
意見がまとまるのを待つ余裕もない。
今はただ・・・
「・・・『映せし願い』」
・・・唱えるだけ。
「『黄昏出りて映し替え 曙時に映り去る』」
「風属性…第7階位…」
「『日下に沈みて光吞み 月下に潜みて音を食む』」
「影包魔法…か…。」
「『意識の渚に澱みし影 花の森を往く』」
「ま、まさか。本当に…。その歳で第7階位を…」
「プライベートクローク!!」
『パチィンッ!!』
影包魔法は・・・所謂、隠ぺい魔法。
術者の姿や音といった物理的な気配と、魔法行使と魔力というマジカルな気配。その両方を極限まで目立たなくしてくれる隠密作戦に必須の魔法だ。
リブラリアには【段ボール】や【光学迷彩】といった超科学的な潜入アイテムがないから、これで頑張るしかない!
「わっ!?お嬢様!?」
「・・・ダイジョブ。」
「ご主人様!お気をつけて!」
「・・・ん!行ってくるね。」
魔法が発現すると私を風で包み込むように魔法印が展開。
そしてそのまま。足元から・・・
「・・・皆さんも・・・行ってきます!」
『スー・・・』っと。フェードアウト。
「魔女様!お気をつけて!」
「どうかご無事で!!」
「す、すごい…もう、何の気配もしない…」
影包魔法は既知の魔法(“失伝魔法”では“ない”という事)だからそれなりに、有名ではあるんだけど・・・
物理現象を扱う自然6属性(火・木・土・金属・風・水)の魔法の1つにしては“気配を消す。すなわち、存在感を薄くする”・・・という、抽象的な効果を齎す魔法であるため難解。術者は限られてる・・・
・・・と。
言われているんだけど・・・
「僅か数秒で、何の気配も感じなくなるとは…」
「さすがですね…」
「こ、これが。万象の…魔女…」
でもさ。
“気配”って・・・結局。
“動作時に生じる風”とか、“息遣い”とか、ごくごく僅かな“動作音”とか、
(それを知覚できる人(獣人)がいるなんて、今でも信じられないけど・・・)“熱の移動”とか、
(“ある”と思いたくはない・・・と。言うか!“ない”けどねっ!!)“におい”とか・・・
そういうのでしょ?
それって物理現象じゃん。
別に、“存在を薄くする”なんていう哲学的で抽象的で。物理に喧嘩売ってるワケわかんない事。考えなくていい。
普通に“光学迷彩”と“真空断熱”をイマジネートすればいい。言っちゃえば、“透明に見える(“見えない”という訳じゃない。)魔法瓶”だ。
「うぅぅ…お嬢様の気配がしない…。ね、ねぇ?シュシュちゃん?お嬢様…ソコにいるのよね?」
「………すっっっっ…ごく僅かですが。ちゃんと、ご主人様の魔力の気配がしますです!」
物理現象の方は・・・ま。いいんだよ。物理で解決できるから。
問題は“魔力”の方だよ。
こればっかりはどうしようもない・・・
表層化した魔力は“魔法行使した時”や、発現中の魔法現象を“変化させた時”に多く現れるらしい。
だから、この魔法は必ず“安全圏”で発現し、いちど発現させたら出来るだけ変化させない・・・障害物にぶつかったり、気持ちが揺らいだり・・・しないように気を付けないといけない。
他の魔法を唱えるのもメだし、魔纏術を行使してもメだ。
・・・ま。そうはいっても、魔法の効果で隠ぺいされているから気を抜かなければ大丈夫なんだけどね!
紡歌でテストした時も、獣人さんたちに発見されることは無かっ・・・
「そ、そのまま…ちゃんと、お嬢様の事を見失わないようにね!」
「もちろんです!絶対に見失いません!!」
・・・若干1名。例外はいたけど。
「た、頼んだわよ!」
「頼まれました!…ダイジョブですよ!ジャナさんから“こういうの”のコツを教えてもらってますから!!」
・・・若干2名だった。
獣人チートォ・・・




