Chapter 006_前線基地のマーチ
「万象様にー…最敬礼っ!お待ちしておりました!」
「「「「「お待ちしておりました!!!!!」」」」」
「・・・皆様。ご機嫌麗しゅう。」
カレント2,184年 星火の月 24日
お天気は土砂降り。
「万象様!!」
「・・・レオノールさん。ご無沙汰しております。ご機嫌麗しゅう御座いますか?」
「はい…はいっ!!ご快活そうなお顔を拝見でき、勇気がわきました!!まさか、こんなに早く来てくださるとはっ!」
「・・・頑張りました。」
「流石でございます!…さ。陛下が今か今かとお待ちです!!こちらへ…」
「・・・ん。」
エディステラに着いてすぐに登城した私は、翌日の汽車で王都エディステラの南、ラトラブール駅へと向った。
敵軍が占拠したリアン領との境になるこの場所が前線基地で、陛下もここに詰めている。とのこと・・・
「斥候の報告はまだか!?」
「教会に連絡がついてないだぁ!?治癒術師無しで戦えと言うのか!!?ふざけるなっ!!」
「馬が足りないじゃない!!今の汽車で補充されるハズじゃなかったの!?」
陛下が控える作戦会議室(ラトラブール駅併設のお宿の食堂)はピリピリムード。
特に・・・
「はぁ!?1,400ぅ?…聞いてた話と違うじゃない!?」
「そ、それが!戦線南方の警戒に…」
「そんなの最初から分かってた事でしょ!?今言うんじゃないの!!」
「も、申し訳…」
「…報告通り1,800。意地でも集めなさい。二言は認めない。」
「………そ、それは…」
「いーいーわーねぇーっ!?」
「………はぃ…」
「だーいたーいぃっ!!1,800って数字も…」
「…」
特に陛下の周りは修羅場ってて・・・
「…さ。万象様」
「・・・」
・・・ホント。
近付きたく無いんですけど・・・
・・・
・・
・
「フォ〜ニアちゃあ〜〜ん!!まぁ…ってたわぁぁ〜!!」
「「「「「ウォォォーーーッッッ!!!」」」」」
「・・・ど、ども。」
ラトラブール騎士団長セリーヌ様を半泣きにさせて振り返った陛下はクマのある目で妖しくねっとり。
中途半端に両手を上げて私を迎えた。
周囲の歓声(そもそも歓声を挙げること自体が謎だ)もドスが効いているし・・・
締め切り間際の貫徹部屋のよう。
深夜27時のテンションがここにある・・・
「・・・ご無沙汰して・・・」
「挨拶はいいわぁ!それよりぃ…」
挨拶は遮られてしまった。
迎えに来てくれたレオノールさんも速足だったし・・・よほど急いでいるのだろう。
続きを待っていると・・・
「…」
「・・・」
「…」
「・・・」
「…」
「・・・う?」
暫く待っても陛下は何も言わなかった。
「………くー……」
「・・・」
ひょっとして・・・
「ひ、姫様っ!?万象様がお越しですよ!?」
「…へ?フォ…フォニアちゃん!?どこ!?どこどこ!?!?私の君はドコ!?」
「・・・“陛下"。“私”はここに。」
“私の君”呼ばわりは止めてください。
大問題発言です。
「君いたー!!発見発見!!」
「・・・陛下。ご無沙汰しております。」
「ひさひさー!チャオチャオ〜!!」
「・・・チャオです。」
「チャオる?チャオればっ!チャオるとき→ぃ↑」
「・・・」
コレは相当・・・キてるな
「・・・陛下。もしよろしければ治癒を致しましょうか?」
「わほぉ!黒天様じきじきぃ!?」
「・・・・・・はい。」
【黒天】というのは治癒術師としての私に付けられた称号(あだ名?)だ。
治癒魔法において最高位だと考えられていた【天使サリエル】が「ロードぉ、ロードっ!」と言いながらついて来るものだから・・・
「天使を“使う”存在って…“神様”か。あるいは“天そのもの”しかなくね?」
みたいな発想で誰かが呼び始め、いつの間にか広まったらしい。
因みに“神様”にならなかった理由は
900年程昔。魔法研究機関である【オクタシア】に魔法属性を神様として擬人化した一派があり、その神様が大衆にウケて信仰を集め【オクタシア】という名の多神教に成長した。
歴史で言えばヒナ教の方が断然古いけど・・・現在の、所謂【ヒナ様】のイメージも実は、この【オクタシア】という宗教が作り上げたモノだったりする。
【オクタシア】の神様の中には勿論、治癒属性を司る神様(【アガペラ】という。ふくよかな、おじいちゃんの姿をした神様。ヒナ教会が治癒術師を抱えていることもあり、全8柱いる神様の中では一番影が薄い。両手を前に出して薄っすら微笑む[“治癒術”を表しているらしい]姿は、なんていうか・・・ヤラシイ。)がいる。
だぶん・・・これが理由。
・・・たぶんだけど。
天使にしろ神様にしろ。「もう、好きに呼べば良いよ・・・」とは思うものの・・・
さすがに【黒天】はいかがなものかと。
密教の邪神みたいな呼び名で、すっごく不本意なんだけど・・・
「…お願いしようかな?」
「・・・はい。」
ま。私の呼び名はこの際いいとして・・・
陛下が大変そうなので
「・・・『右手を右手に 左手を左手に 手と手を合わせて 祈り込めて給る』ケア。」
下級内科治療魔法を行使。
内科治療魔法は体力を取り戻したり、体の抵抗力を高めたり、増血するための魔法。
ま。イメージとしてはゲームの【HP回復】に近いかな。
ゲームと違って怪我は治らないし即効性に難があるものの、疲労回復効果があるから唱えれば「ハツラツゥ!」になれる。
もっとも、やり過ぎちゃうとテンション上がって逆効果なんだけどね・・・
もちろん私は【上級】内科治癒魔法も宿しているんだけど・・・
今回はソコまで重症というワケじゃないから。
【下級】にして、効果もほどほど。
けどその分、魔力を一気に注ぎ込んだ!
こうすれば・・・・
「ふわっ!?…うにゃぁ………」
発現した途端、緊張の糸が切られた陛下は骨抜きになり。
椅子に『クタァ…』と凭れかかって・・・
「あ…まだ…やること…が…」
だんだんと、瞼が・・・
「・・・陛下。どうぞ今は楽に・・・」
「ふぇ…あぅぅ………キ…ミィ……」
うっ・・・また“君”呼ばわりを・・・
ま。でも・・・
今は“患者様”でもあるから、目を瞑るか・・・・
「……………くー…」
「・・・お休みなさいませ・・・・・・・・・」
・・・
・・
・
「・・・ん。もう、連れていって大丈夫。」
「そうですか…ありがとうございました。万象様…」
「姫様…どうか。ごゆっくり…」
陛下の深い眠りと疲労回復を確認すると、
アリスさんはじめ、お付きの侍女さんが彼女を抱きかかえて寝床へ向かった。
そして私はレオノールさんに振り返り・・・
「・・・レオノールさん。ごめんなさい。」
謝罪を述べた。
治癒の為・・・とはいえ。予定していた会議は自然消滅。
集まった皆様の予定を大きく変えてしまったはず・・・
「いえ、まさか!」
けど、予想に反してレオノールさんは両手を振ってそう唱えた
「・・・う?」
「姫様ったら…。もう3日も働き詰めで一睡も摂ってなくて…言っても休んでくれなかったんです。むしろ、その機会を与えてくれた万象様に感謝を…」
「「はぁ〜…」」
「やっと。か…」
「陛下…無理してたもんな…」
「万象様、ありがとうございました!」
レオノールさんの声に続き、会議室に集まった皆様からは安堵の声が漏れ
感謝の言葉まで聞こえた。
陛下。そしてご関係者の皆様方・・・ほんとご苦労様です。
今夜はゆっくり、お休みください・・・
「…よし!とりあえず書類を片付けろ!」
「「イエッサ!」」
「情報のとりまとめもしておけよ!!一晩で。な!!」
「「い、いえっさ…」」
「・・・」
そして。いよいよする事が無くなった私。
片づけを始めた皆さんを、その場で『ポケーッ』と眺めていると・・・
「…お嬢様。今夜のメニューは、“ひよこ豆とひき肉のトマト煮込み”だそうですよ?」
いつの間にか傍に控えていたローズさんが、そう呟いた。
そういえば・・・
私も移動が続いて疲れちゃった。
「・・・食べる。」
「スグに準備させますね!」
「・・・シュシュもおいで。」
「にゃんです!ごっはんーっ、ごっはんー!」
「・・・んふふふっ。」
今夜はお腹いっぱい食べて。さっさと寝よっ・・・と。




