Chapter 016_唱えた通り
林檎です。
今回からしばらく【治癒術師】としてのフォニアのお話になります。
今回に限りませんが・・・本小説では怪我や病気に関して細かな描写を致します。
痛みや苦しみも描きます。
これは【医学】や【生理科学】という科学分野を綴りたい。という林檎の我儘が導き出した最適解です。
それも含めて初めて、この物語が成立すると信じております。
内蔵の破壊とか、四肢の損失とか、出血とか・・・後遺症とか。
そういった言葉が苦手な方は ココまで で。
では、お楽しみください。
「あははーっ!ねぇ、どうよこれ!似てると思わない!間違えちゃいそー!!」
「・・・不謹慎だと思うよ。」
それは、ある夏の日の事だった。
「え~…別に私は間違えないしぃ~…フォニアだってそうでしょ?」
「・・・そうだけど・・・」
「じゃあ、よし!プリモ権限で良しとする!!」
「・・・もう、好きにしなよ。」
その日は朝から激しい雨。雷も落ちる嵐の日だった。
汗ばむほど気温が高いのに、それに加えて嵐・・・時間が経つにつれ、不快指数もうなぎ上りだ。
こんな日は仕事にならない。家に籠るに限る!レッツ・ステイホーム!!
冒険者も市民も・・・誰だってそう思う。そんな日だった。
「あはははーっ!好きにしちゃう!…プリモ様の唱えたとーりぃ!!」
「・・・」
だから、患者様が来るなんて思っていなかった私達はお菓子を並べてお喋りに興じていた。
いわゆる女子会である。
「・・・う!?」
「…う?…どったのー?」
出会った頃はメンヘラだったイレーヌだけど・・・最近は余裕が出て、
明るくてだらしない普通の女の子になっていた。
「・・・・・・イレーヌ。急患来るよ。」
今日だって、助けた患者様からお礼としてもらった飴玉を薬瓶に詰めて劇薬の隣に置くくらいお茶目だ。手伝いに来てよかったと思っている。本当に。
「…了解。片付けるわよっ!そっち持って!」
「・・・ん!」
女子会の主な話題は最近付き合い始めたイレーヌの彼の事。
イレーヌと彼は仕事の打ち合わせで知り合って、彼が一目ぼれしてアタックして、めんどくさがったイレーヌが適当に返事して、適当に付き合うつもりがいつの間にか・・・という、よくあるパターン。
彼はイケメン高身長だけど収入面では遠く及ばない(治癒術師は高給取り)し、パッと告ったくせに気弱な所がある。おまけに甘ったれらしい(これはイレーヌから聞いた)。
私的には絶対ないけど、イレーヌは何だかんだ言いながらも・・・
これはひょっとしてひょっとする?
ヒナ様の唱えた通り?
最近彼が・・・おっと、ここから先は
「「「治癒術師様!!」」」
「む、娘をっ!!た、助けて下さい!!」
「お任せください!」
「・・・ん!」
また今度ね。
「いくよ?」
「・・・ん!」
「「(・・・)せーの!『祈り込めて擁する』ダイアグノーシス!!」」
「お、おいっ!あんな子供が治癒術師だとっ!?」
「商会長!彼女は本物です!ご、ご安心を!!…だよな!?」
「はっ、はいぃっ!…この街では有名な治癒術師であり…冒険者でもあります。」
患者様はカトリーヌ・ラレンタンドちゃん。11歳。
運ばれてきた時、彼女の手足は左足を除きすべて折れ、さらに頭から大量に出血していた。息はしているけれど・・・かなり危険な状態。
「…っ……」
診断魔法をユニゾン(同一の魔法を多人数で同時に行使する事。魔法の出力がUPするけど、術者達のイマジネーションがかけ離れていると失敗する)したことにより、私とイレーヌの知識が共有され患者様の詳細な病状が分かった。
彼女は・・・
「・・・大丈夫。治す。」
「ほ、本当に!?」
「・・・ホント。でもイレーヌの力が無いと無理。・・・お願いします。」
「う、うん…お願い…されました。…がんばろ!」
「・・・ん!がんばろう!」
「治癒術師で冒険者だと!?そんな事信じられるかっ!大体あのような幼子が…」
「大丈夫です商会長!!彼女の…瞳を見て下さい!」
「瞳だぁ?…純粋な銀…とでもいうのか?どれ………は?銀じゃない?あれ…は!?」
診断結果は端的に言って絶望的だ。
右大腿骨骨折。右肩の複雑損傷。脊椎損傷。多臓器損傷。
ここまでだって酷いのに、さらに・・・
「どうする?順当に行けば止血からだけど…」
・・・特に深刻な問題は2つ。
1つは右上腕骨開放骨折部からの出血。開放骨折とは、折れた骨が皮膚を突き破って露出している状態のこと。当然、出血を伴うし筋や神経も痛めている。
全て外科処置魔法で処置できるから怪我の程度より、失われ続ける出血が問題となる。
ここに来るまでの時間を考えると・・・出血量は相当だろう。
心肺機能も極端に落ちている。
まだ生きている・・・というより、まだ死んでない・・・と言った方がいいくらい、深刻だ。
異世界現代医学では即輸血だろうけど、ここは治癒魔法のある異世界。内科治療魔法で増血する事が出来る。
でも、この内科治療魔法による増血は効果が現れるまで時間がかかる。やるならすぐにやらないと間に合わなくなる。
イレーヌが言う通り、こういう怪我の場合、患者様の命を繋ぐために最も優先すべきは止血と増血だ。
でも、今回は・・・
「・・・イレーヌは鎮痛魔法を。」
「えっ!?でもっ…」
「・・・脳挫傷を起こしてる。時間をかけると彼女は記憶を、知識を、生活の術を忘れてしまう。」
もう1つの問題は脳挫傷。
落下の際、右半身を強く打ったのだろう。ダメージは右半身に集中している。特に・・・頭に。
「そ、そんなの分ってるわよっ!!でも、残念だけど…」
現代医学知識を持つイレーヌは違うけど・・・リブラリアでは治癒術師といえども【脳】がどういう機能を持つ臓器なのか、あまり理解されていない。
だからこういう時、とりあえず止血して、増血して、心臓とか肺とか・・・リブラリアでも重要だと認識されている組織を治して、骨折治して、余力があれば他を・・・という治療方針をとる事だろう。
どんな働きをしているのか未知数の脳は最期まで治療されず、結果的に患者様に重い障害を残してしまう。
一刻を争う場面では命を繋ぎ止める事を優先せざるを得ないし・・・脳の機能は複雑で目に見えない上、魔法があるが故に科学技術が後進的なリブラリアで、それは・・・仕方のない事だと思う。
でもだからといって、私は諦めたくない!
「・・・全部治す。増血もする。でも、さすがに鎮痛までは無理。・・・お願いしていい?」
治癒魔法の凄いところは
①人体の構造と怪我の程度、その治療法に関する知識があって
②治るイメージを強く持って
③とにかく大量の魔力を注ぎ込めば
大体治せちゃうところだ。
完全に失われた組織は戻せないから・・・たとえば、右手が吹っ飛んでどこかに行っちゃったり、ぐちゃぐちゃだったりすると治せないんだけど・・・原形を留めていれば“繋ぎ直す”事だって出来る。
・・・神経を繋ぎ直すから、患者様は気絶するほど痛いとか。
骨折の時は骨同士を元の位置に合わせれば簡単に戻せる。
・・・骨を動かすから、悶絶するほど痛いけど。
増血は骨髄を活性化させるイメージに近い。
ちょっと気持ち悪いだけで、痛みは特にないらしい。
組織にダメージがあった時は、程度にもよるけど生き残っている細胞を増殖させたり、死んだ細胞の機能を肩代わりさせたり、あるいは全然別の方法をとる事もある。
患者様への影響は・・・組織によって様々。
「ぜ、全部って…これを全部!?…できるの?」
今回のような場合、普通は開放骨折だけを上級外科処置魔法で治して、後の骨折や組織の治療は都度、下級外科処置魔法を行使。同時並行で下級内科治療魔法による増血・・・
という手順になるんだけど、今回は時間との闘いなので上級外科処置魔法1回で増血以外を全部片付けてしまうつもりだ。増血に関しても、このやり方なら内出血を回収できる(体の内側で起きた出血を、再び血管に戻す。)から少しだけ猶予が生まれる。
全ての治療を同時並行に行う事になるから情報量が尋常じゃなくて、頭パーンになっちゃいそうだけど・・・ま、何とかなるだろう。
いちいち呪文唱え無くて済むから効率もいいしね。
「・・・がんばる。・・・イレーヌの鎮痛も大変だよ?」
「が、頑張るわよっ!」
イレーヌにお願いしたのは患者様の鎮痛だ。治癒属性 第5階位に鎮痛魔法という魔法があり、患者様の苦痛を魔力で肩代わりすることが出来る。要するに、痛み止め。
薬師さんが作ってくれた薬もあるんだけど、全身の痛み止めはハイリスクな上、飴玉そっくりな丸薬だから気絶している患者様には使えないんだよね・・・
今は患者様が気絶しているけど・・・鎮痛しないとショックで目覚めて危険だし、患者様がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に・・・ショック死する危険性すらある(気絶していても体が痛みに耐えきれない)から、絶対に必要。
「ち、治癒術師様!どうか、どうかお嬢様を、お嬢様をっ…!!」
「お願いしますっ!お願いしますっ!お願いしますっ!!」
「イレーヌ様!フォニア様!どうか…どうかお救い下さいぃ…」
「こ、子供でも何でもいい!とにかく娘を…カトリーヌを救ってやってくれ!!金なら…金ならいくらでも出す!!!頼む!!」
「「(・・・)頼まれました!!」」
お支払いは・・・たぶん、ルボワ市に庭付き一戸建て(3階建てで地下室付き。プールもあるよ!)を建てられるくらいになるだろう。
ま、超巨大商会の商会長さんが幾らでも出すって言っているんだから問題ないだろう。奥の部屋では巫女長が記録を付けているはずだしね。
「・・・お願い。」
でも今は、お金の事なんて本当にどうでもいい。
「願われたわ。………すーーっ…『嘆く唇を奪い 震える手を握る 今を閉じ込め 忘れ路へ誘う 祈り込めて閉じ込める』カルマン!!!………いいわよ。」
「・・・ん。」
綺麗な手を真っ赤に染めた相棒に小さく頷き返し・・・
「・・・元気になったら、一緒に遊ぼうね。」
綺麗なドレスを真っ赤に染めた彼女に小さく微笑み・・・
「・・・すーーー・・・はぁ~~~・・・」
・・・唱えます。
「・・・『右手の糸をその首に括り 左手の糸をこの首に括る 1本の糸に命を託し 足掻き藻掻くは生者の業 祈り込めて繋ぎ止める』トリートメント!」
・・・大したことなかったですかね?
ご覧になった皆様がどのようにお感じになるのか、測りかねますが・・・
フォニアの成長に合わせて過激になっていく予定なので・・・よろしくね。