Chapter 014_憧れと現実
「ごめん…ごめんね。みんな…」
蝋燭を灯した仄暗い部屋の中、口をつぐんだままの私達。
どれくらいそうしていただろうか…
喉を振るわせたのは、沈黙に耐え切れなくなったリーザだった…
「本当にごめんなさい…」
「…」
そんな言葉は、あの、味気ない夕食の時間に散々聞かされた。もう…
「…しゃーねぇって。リーザ。」
「アリョーシャぁ…」
「そうですよぉ…仕方ありません。ありません…」
「ポタぁ……うぅぅ…」
あの後…あのフォニアという女の子は「・・・ごはんがあるから・・・」とか言って、すぐに帰ってしまった。集まった人たちが、そんなあの子を見送っている間に私達は…逃げた。
皆に見つからないようにコッソリと…気配を消して…大通りを避けて。宿の帳簿係への挨拶もそこそこに、逃げるように部屋に駆け込んだ。
「初めての夕食は豪華に!」なんて意気込んでいたはずなのに。部屋を出る勇気も無い私達は暗い部屋の中で、馬車の中で摂ったのと同じ保存食で済ませてしまった。
もっとも、食欲なんてぜんぜんわかなかったけど…
「ペチュカ様ぁ…お、怒ってる…よね?………ごめんなさい…」
頭を下げるリーザに、私は…
「ううん…。怒ってない…よ。仕方なかったんだよ…」
ふざけるな!
もうギルドに行く事も…この街で活動する事だって出来ないじゃないか!!
私の夢を、憧れをどうしてくれる!
「うん…うんっ!ありがとう…。そう言ってもらえると…救われる…」
「…」
…なんて。
言えるはず無かった。
リーザは思った事をそのまま口に出してしまう子だ。
それは彼女の大きな欠点であり…大きな魅力だった。私に無い物を持っているからこそ、彼女に惹かれたんだ。
彼女を最初に誘ったのは…唱えた通りの出来事だ。
「これからどうしよう…」
「うーん…もう、あのギルドに行くのは難しそうだしなぁ…」
アリョーシャ君が言う通り、もう、あのギルドに私達が行くのは難しい。
ギルドのアイドルのような女の子を否定して、非難されて、論破されて、言い返せなくて、挙句の果てに当の本人からフォローされ、コッソリ逃げ帰るだなんて…
それも相手は私達よりずっと年下の子供。情けなくて、瞳も見せられないよ…
「…もういっそ、他のギルドに行っちゃいませんか?ませんか…?」
「まあ、そうだよなぁ…それしかないかぁ…」
「来たばっかりなのに…ね…」
3人が言っている事が、恐らく最善策だ。
この街のギルドで活動するのは絶望的。他の冒険者はもとより、ギルド員にも覚えられたに違いない。まともに取り合ってもらえないだろう…
ダンジョンも、冒険者の街もルボワだけじゃない。新たな土地で心機一転やり直すのが理想的だろう。
でも…
「…ごめん、みんな。それは無理なの…」
「「「えっ!?」」」
でも出来ない。
出来ないのだ…
「ど、どうしてですか?ですか…?」
「お金が…無いのよ」
…そう。理由はとっても単純だ。
「え?えぇ!?…お金!?で、でもでも!往路ではリッチに汽車まで使って…」
「街に着いたときも、装備や生活費も心配無いって聞いたような…」
「そ、そうよ!早くこの街に来たかったから汽車を使ったの。それはみんなだって納得してくれたでしょ?」
「それは、まあ…」
「当面の生活費や装備…何だったら予備の剣を買えるくらいのお金は残ってるわ。本当よ。でも…移動にいったい幾らかかると思ってるの!?乗り合い馬車だってタダじゃない。その間の食費は?街での滞在費は?次の候補地を選ぶなら情報屋さんから情報を仕入れる必要もある。場所によっては馬車をチャーターしないといけないかもしれない。ついでに私達は5人パーティーなのよ!?」
私達が暮らす、このアドゥステトニアの大地はとにかく広い。隣の集落にたどり着くのだって1日がかり。今回は汽車を使ったから早かったものの、それが無ければ倍以上かかったはずだ。
冒険者をやる中で、何に1番お金がかかるかと言えば。それは…圧倒的に交通費。
馬を持っていたり…あるいは、徒歩で良いのならもっと早く、安く移動出来るだろうけど、お金がかかるのは変わらない。
だから1度拠点を決めたら、そこで暫く…少なくとも次の拠点に移るための費用を稼ぐまでは…活動しなければならない
「わ、私達…貧乏だったの?」
「そんなぁ〜…」
「そ、そこは…ほら!またペチュカ様のお母様に…」
「な、何言ってるの!!?幾らお母様に出してもらえば気が済むのよ!!私達がここまで来られたのも、滞在費を手元に残せているのも、全部お母様のおかげなのよ!!どうしてこんな事になったのか…みんなが1番分かっている筈でしょ!!!!」
「「「…」」」
私達はみんな…私とヴァル兄を除いて…親に反対されて、それでも冒険者になった身だ。
特にリーザとアリョーシャ君は長女と次男だったから将来は良家との縁談を期待されており、親の反対は大きく、半ば勘当されるような形で家を飛び出した。
ポタはハーフリングだから、どういう文化か詳しくは知らないけど…とりあえず。里を出るなら身一つで生きていかなければならなかったらしい…
だから3人とも、活動資金なんて持っていなかった。
私達5人が使えるお金は、既に成人していたヴァル兄の資産と、唯一私達が冒険者になる事に賛成してくれたお母様がくれたものだけ…
しかしそれも、そこまで潤沢というわけではない…
「ご、ごめんなさい…」
「ごめんなさい。」
「で、でしゃばりました…すみません。すみません…」
でもそれは…そんな事は初めから分かってて。それでも良いと…それでも仲のいい友達と一緒がいいと思って………
決めたのは…私。
唱えたのも…わたし。
「………私こそ…ごめん。余計なこと言って……ごめんなさい…」
今更そんな事言うなんて………
最低な、わたし………
「…うっ…ひっく…ご、ごめんねペチカ…ごめんねっ…」
「…っ…なっ、ながない゛でよぉぉぉ〜」
「あぁ〜〜〜んっ!」
な、泣きたいのは…
「うぇぇぇ〜〜〜っ!!」
わ、わたし…も………
………
……
…
「…落ち着いたか?」
「うん…」
「あ、ありがとうございました。…お、お水美味しいです…ヴァルラム様…」
数十分後…
泣き声を聞きつけたヴァル兄が部屋に戻り、慰めの言葉をかけてくれたおかげで私達は落ち着きを取り戻した…
「………ごめんなさい///」
泣き晴らした顔のままでいる事を思い出して、今更恥ずかしい自分がいる。
とりあえず手で顔を覆っておく…
「…はぁ。…謝罪はもういい。それより、これからの話をするぞ。」
これからの…話…?
涙の跡と上気した頬を気取らせないように、指の隙間から瞳だけ覗かせてヴァル兄に話の続きを促す
「下でいろいろ聞いてきた。それによると…さっきの子供…フォニアという女児だがな。あの子が冒険者として活動しているのは有名で、宿の受付の小僧すら承知していた。…出身はこの街。親は農家。歳は6つか7つだそうだ。」
「む、むっつかななつって…」
そ、そう…なんだ…
「あの子の才能は、それはもう凄まじいそうだ。まるで…お伽噺の、黒の魔女のようだと…」
黒の魔女…黒の物語の主人公の総称だ。
黒の物語はバリエーションも多くて、主人公の名前も出身も、国や地域や時代によってバラバラ。
だから誰にでも伝わるようにまとめて、黒の魔女と呼ぶ事が多い。
「狩りの話は冒険者のマナーで聞く者がいない上、彼女も語らないそうだが…街の近くや森の中で魔法の練習や狩りをしている姿を見た者もいるし、食い物渡して訊ねればアドバイスもくれるそうだ。…宿の親父が夕食と引き換えに魔法のコツを教えてもらったとか自慢していたな。…彼女の指導は的確で分かりやすいと、なかなか評判だそうだ。」
「まだ子供なのに…」
…ズルい。
「どれほどの魔法を宿しているのか分からんが…治癒属性を含めた全属性に適性があるのは、確実だそうだ。」
「ち、治癒魔法も!?」
「あぁ。教会のセコンドらしい…」
「セ、セコンドですって!?」
林檎です。
見直して、ちょこっとだけ修正させてもらいました。
・・・よろしくね。(2022/03/13 12:25)