Chapter 045_後に綴られる、真っ赤な誓い事件
「た、托卵機能はまだいいとして…抱卵機能は本当に、一体ゼンタイ!どうやっているんですか!?」
恵土の月のはじめ。
アプデの準備やダウンロード環境の整備がひと段落した時期にヴァーレル君が尋ねてきた。
今回のアプデの目玉は3つ。
そのうち2つは彼が言った新機能(構想はずっと前からあったんだけどね・・・)で、もう一つ・・・そっと挟み込んだのが“孵化し屋”対策の追加機能だ。
彼にもアプデの概要は教えていたけど、細かい仕様や構文については説明していない。
たぶん・・・ずっと疑問に思っていたんだろうけど、忙しくする私を見て遠慮していたのだろう。それでもその間、私の仕事を黙って手伝ってくれた彼には・・・本当に感謝している。
それに、今の質問は・・・
「・・・んふふっ。托卵機能より抱卵機能の方が気になるのは・・・どうして?」
「それは…た、托卵機能は、ユーザーが魔道具を起動して、途中から【卵】に供給を代替えさせる機能だから…そ、それだってボクにはどんな構文か想像もつかないけど…ユーザーが魔道具を操作する行為だから…ま、まだいいとして!持ち歩くだけで持ち主の余剰魔力を勝手に吸い上げる抱卵機能とは、つまり。“受動的”なハズの魔道具が“能動的”に動くという意味に他ならないからです!」
うんうん!
この半年で、彼も本当に成長したなぁ!
「・・・いい所に気が付いた!」
魔道具は人が操作する【道具】だ。
道具とはモノであり、機能を持っても権能を持っていない。
簡単に言えば、道具はあくまでも“使われる”モノである・・・という事。
道具自体が使われ方の判断をしない・・・という事。
例えば・・・【剣】。
もし剣が剣自身の判断で勝手に鞘から出てきたり人を斬ったりしたら怖いでしょ?
例えば・・・【魔法】
魔法はあくまでも道具だ。召喚獣すらその枠に当てはまる。術者が意思を持って唱えない限り決して発現しない。召喚獣であるツィーアンとツィーウーだって、私が敵と判断した相手にしか攻撃しない。
サリエルは例外かもしれないけど・・・
異世界で言えば・・・例えば【無人偵察機】だって。誰かがスイッチを押したとき初めて起動して、あとは“人が組んだ”プログラム通りに動くだけでしょ?
それに、そういう無人機には必ず“有無を言わせぬ強制終了コマンド”が組み込まれている。それは、高度なAIが搭載された無人機だとしても、最終的な判断は「人」にゆだねられているって・・・所詮は1つの【道具】に過ぎないって・・・そういう意味に他ならない。
もし今後、本当の意味で自己判断できる・・・自律的な・・・ロボットが開発されたとしたら。
それはきっと、もう【道具】じゃない。
・・・っと。
これ以上の難しい問題は異世界にお任せするとして・・・本題。
私が開発したアプデファイルの目玉の一つ【抱卵機能】とは彼が言った通り【卵】を持っているだけで勝手に魔力を蓄える・・・言わば【オートチャージ】機能だ。
電子マネーが当たり前の異世界だったら「・・・そ。」で済む事だし・・・
ここリブラリアでも、多くの人があまり深く考えずに「・・・そ。」で済ましてしまう事だろう。
でも、そこに気づけたのは魔道具開発者として重要!
「・・・目の前に【抱卵機能】が搭載された魔道具があって、それに魔力を充填しようと思ったら・・・どうする?」
「どうって…ぽ、ポケットや道具袋に入れるかな?」
「・・・反対に、魔道具【卵】の存在を知らない人の目の前に真っ黒な金属製の卵っぽい形のナニカが在ったら・・・どうする?」
「え、えぇと…興味がある人なら調べてみるかもしれないけど…」
「・・・興味無ければ無視か・・・怖がって遠ざかるかもしれない。」
「そう…かも…」
「・・・抱卵機能を知っている人が「充填しよう」と意識する・・・それがスイッチ。」
異世界のオートチャージ機能に“承諾書”が必要であるように、自動魔力充填機能にも、それを使用者が許可する“スイッチ”が存在する。
卵の場合は、持ち主の【意思】がそれだ。
「い、意識!?どうやって…」
「・・・魔法行使の時と同じように、魔道具を使う時にも使用者は僅かに魔力を表層化するの。」
覚えているといいけど・・・以前言った通り、人間は“魔法行使の気配”に敏感だ。それはこの、表層化した魔力を感じ取っているためと言われている。
単純に「・・・魔力を感じる」と言う事が多いけど・・・専門的なコト言うと、【魔力】と【表層化した魔力】は“別物”である。・・・と、言われている。
身体強化である魔纏術は【魔力】を体の内側に巡らせるから表層化しない・・・というのが通説で、実際、本人以外は感じ取ることはできないんだけど・・・獣人は感じ取ることが出来るらしい。
そして、魔法行使や魔道具を使うときににじみ出る【表層化した魔力】を、人間は“なんとなく感じる”事ができるけど、獣人は“(色付きで)見える”らしい。けど、獣人が“見て”いる色付きの魔力は【表層化した魔力】じゃなくて【魔力】そのもの・・・という研究結果もあったりして・・・
【魔力】とは何か?
【表層化した魔力】とは?
なぜ獣人は感じ取れるのに、人間には無理なのか?
【魔纏術】とは?【魔法】とは??
リブラリア人(もちろん、私も含め)はみんな、“それ”が何か、ほとんど何も分からないまま魔力を利用し魔術を行使している・・・というのが実情だ。
・・・ま。
異世界物理学だってわからない事だらけで、大差ないんだけどね・・・。
「そ、その…表層化した魔力…を?」
「・・・ん。・・・でも、慣れてくると人はそれを怠るようになるから、一回表層化してスイッチが入ったら、次からは同じ魔力の色なら意識すらせずに補充するようになる。」
「な、なるほど…」
「・・・だからこそ【一腹卵数】の機能が必要だった・・・というのもある。」
一腹卵数とは、今回追加した3つ目の機能の事・・・
「…え?ク、一腹卵数は孵化し屋対策の為じゃ…」
「・・・一定以上の魔力を持っている人からしか充填しない・・・一腹卵数は確かに孵化し屋対策の機能でもある。けど、この機能が無いと・・・例えば、充填中の卵を持っていた人が魔法を行使しちゃって・・・魔力の残量が減っちゃった時・・・どうなる?」
「それは…」
「・・・意図せず卵に魔力を吸われて気絶なんてしちゃったら、大変でしょ?・・・この機能はユーザーの危機管理の為に必要なの。だからこそ受け入れてもらえる。」
顧客に商品が渡った以上、それは顧客の所有物なのだからアプデをするかしないかは顧客の判断に委ねられる。
でも、この一腹卵数の機能は考えようによってはダウングレード(満充填できない場合がある。たとえそれがユーザーの魔力残量のせいだとしても)とも取られてしまうから、ユーザーにアプデしてもらうには・・・“理由”が必要なのだ。
なら、孵化し屋の話をすればいいじゃないかって思うかもしれないけど・・・
残念ながら孵化し屋の犠牲になっているのは奴隷身分の獣人が大半だから納得して貰えない。
「な、なるほど!」
「・・・普通に魔道具を使っている人は魔力酔いしてまで道具を使おうとは思わない。だからこの機能は、ほぼ確実に受け入れられる。」
「そ、そうでしょうね…」
「・・・今、ギルドに申請を出している所だけど・・・一腹卵数は今後、魔道具のスタンダードになる。卵から魔力供給を受ける魔道具は、この機能が無くても卵の魔力を空にするだけだから構わないけど・・・人から魔力供給を受ける魔道具でそれは、許されない。許してはいけないっ!!」
「そう…だね…」
「・・・その為にも今回のアプデは絶対に成功させないといけないの!改良型の卵が普及すれば一腹卵数に消極的な錬金術師も受け入れざるを得なくなる・・・た、たぶん・・・きっと!きっと・・・」
「…」
「・・・ヴぁ、ヴァーレル君が言ってた・・・チェン・バル・ツェーンの大時計だって・・・結局。時守の下についていた部下さんや奴隷達が時計の前から居なくなったにすぎない。大時計に必要な魔力量は変わらない。何も・・・何も変わってないの!ただ、見えなくなってしまっただけ・・・都合の悪いことを隠しただけ!!」
「そ、それは…」
頭に血が上った私は・・・
「・・・この間。壺の孵化し屋から出てきた獣人の子供・・・見たでしょ?わ、私っ・・・私の卵はっ、あんな、可愛そうな子供をっ・・・い、今この瞬間・・・も。い、至る所で生み出してしまって!しょ・・・そんなの!!そんなの黙ってみてられないよっ!!」
思わず叫んで・・・
「烏ちゃん!!」
ギュッと・・・
「ふにっ」
されて・・・
・・・
・・
・
「だ、だだ大丈夫!!大丈夫だから!!絶対に上手くいくから!!」
「・・・ほんと?」
「ほほほホントだとも!!リ、リブラリアに綴られた魔女様が唱えたことだろう!?唱えた通りになるに決まっているじゃないか!?」
「・・・ほんとにほんと?」
「本当だ!!だって烏ちゃんは唱えたじゃないか!!今回のアプデは成功させないといけないって…そう、唱えたじゃないか!!なら、あとはもう、現れるだけだ!!」
「・・・うそ?」
「ウソなもんか!!この瞳に誓って…う、嘘じゃありましぇ~ン!!」
「・・・・・・・・・んふふふっ。・・・お、おかしいのっ。」




