Chapter 037_魔女の庭
「ふぅ…。っと!ゆっくりしてられない。今日中に手紙を書かないと!」
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親愛なるお父様。天国のお母様。ついでに兄きへ…
ベルタは今日も元気にお仕事させてもらっています!
今夜はお嬢様がお友達のお家にお泊りなので…明日の朝、春の彩でお迎えできるように準備をしてから、このお手紙を書いています。
スミレにチューリップ。バラにスズラン…父様なら分かると思うけど、この時期はステキなお花が多くて、どの花を見てもらおうか毎日悩んじゃいます!
そんな中、明日の為に準備したのはマーガレット!
この子達は去年の冬に造らせて貰った温室でずっと育てていたんだけど…さすがにそろそろ植え替え時期かなぁ?…って思ったので、ぜーんぶ刈り取って家中に飾ってしまいました!
お嬢様、喜んでくれるかなぁ…?
ちょっと心配だけど…選りすぐったこの子達ならきっと、お嬢様の笑顔を勝ち取れると思うの!
今から明日の朝が楽しみだな!
務めているお屋敷では、資金に糸目をつけず私の提案を採用してくれるから、とても楽しいけど…ぎ、逆に選択肢が多すぎて困っちゃうね。
お庭の敷地には…あ、当たり前だけど限りがあるし。どうしても諦めなくちゃいけないときもあって本当に残念。
…ふふふ。自分でも贅沢な悩みだな。って思うわ。
でも…
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『トントンッ…』
お嬢様に与えられた部屋の扉が叩かれたのは、まだ手紙も書きはじめの時だった…
「…へ!?あ、開いてまーす!!」
こんな時間に誰だろう?ま、まぁ。畔邸の誰か…だろうけど。
「失礼します…」
「ノエル君!?」
そっ…。とドアを開けて入って来たのはコック見習いのノエル君。
…コック見習いと言いつつも、お嬢様の為にお菓子ばっかり作っているからパティシエっぽいけど…い、一応。そう説明された。
「あー…ごめんなさい。寝るとこでした?」
「へ!?あ///…え、えぇと…だ、大丈夫です!」
寝間着に着替えていたせいだろう…私を目にした彼は視線を外しつつ、そう言った。
ちょっと恥ずかしいけど…ま、まあ。いいか!ノエル君だし!
「だ、大丈夫ですから…そ、それで!?何でしょうか?」
今は夜更け…多分10時過ぎくらいだろう。こんな時間までコックコートを着たままの、仕事熱心(お嬢様熱心とも言う…)な彼に来訪の理由を尋ねると…
「あ、はい。えぇと…これ。どうぞ。」
「…へ?」
そう言って彼は綺麗に包装された小箱を取り出した。
コ、コレって…
「…魔薬の新作です。バレンタインですから。」
「ふぇっ!?」
やっぱりー!?
「こ、ここここっ!?」
「…え?あぁ…勿論、本命はお嬢様に渡しましたよ?…これはその残りですので、どうぞご遠慮なく。」
で、ですよねー…
っというか!?なに取り乱してるのよ私!?
こ、これじゃあ経験無いことモロバレじゃない!?
恥ずかし!!
「あ、ありがとうございます。でも…チョコレートなら、お茶の時間にも頂きましたよ?」
畔邸では毎日、お茶の時間にその日お嬢様にお出しする予定のお菓子と、それに合わせたお茶(むしろ、お茶の方がメインらしいけど…)が家臣全員に具される。
まさか、三食おやつ付きが本当だったなんて…驚きである。
今日、お嬢様はお友達と1日遊びに出ていて居なかったんだけど、お茶の時間はそのまま残り…ブラウニーとか言う、甘〜い焼き菓子が出されたのだった。
あぁ、お母様…
慎まやかな生活を送れと教えられたのに…
ベルタは、もう元の生活には戻れそうにありません。
魔女の家には人をダメにする魔法がかかっているようです…
「アレはアレ。コレはコレ…ですよ!…もしかして、チョコレートお嫌いでした?」
「ま、まさかまさか!?大好きデス!魔薬の虜です!!」
「それは良かった!…ハッピーバレンタイン!」
彼はそう言いながら、その小箱を手渡してくれた…
「あ、ありが…と…」
「いいえ〜!…では、お休みなさい!」
「あっ!」
早々に部屋を出て行こうとする彼の背中に声をかけ…
「…はい?」
「め、女神祭の日にちゃんとお返しするからね!!」
そう言うと…
「あ、はい。ありがとうございます」
…と。素っ気なく答え
『パタンッ…』
扉を閉じた。
「はぁ〜…」
ローズさんといい、ノエル君といい。
畔邸の人達はお嬢様に熱し過ぎだよぉ…
「これが魔女の力…なのかなぁ?」
いずれ私も“あぁ”なっちゃう!?
何だか怖いなぁ…
「でも…」
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でもやっぱり、私を選んでくれたあの子に、せめてものお礼としてご奉仕したいと思うの。
だからいつも何がイチバンいいのかを考えちゃって…
…ねぇ、父様。
父様には反対されたけど…私、やっぱり父様と同じこの仕事を選んで良かったって思っているわ。
お嬢様が食卓の一輪挿しに微笑んだ時、軒先の蕾の綻びに季節の移ろいを感じられたとき、庭木の葉の雫に昨夜の雨を悟ったとき、天気の良い日に私を呼び出して花の名を尋ねて下さったとき、お庭でお茶をしようと誘ってくれた時…
こんな嬉しい瞬間って…ないよね?
庭師冥利に尽きるって…この事だよね!
畔邸のお庭は、父様が管理している宮廷庭園の広さには遠く及ばないし、見てくれる人もお嬢様1人だけだけど…
でも…でもきっと、広さの問題でも、人数の問題でも無いよね?
お嬢様の人生が、彩りある物になれば…わ、私がその一助と成れば、こんな素敵な事ってないわ!
きっと、一介の庭師に過ぎない私の名はリブラリアに綴られることはないけど…
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「もし…」
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もし、お嬢様の物語に…ほ、ほんの一言でもいいから…お庭の草花の事や、お気に入りの“お屋敷に絡まる蔓”のお話が出てくれば…
…本望だよ。
…そ、そそ。そんな感じで!私は元気に楽しくお仕事させてもらってます!
だから心配しないでね!
父様は怪我とギックリ腰に気を付けて!兄きも…と、取り敢えず生きろ!
夏に入るとそっちは暑くてシンドイだろうけど、休み休み頑張ってね!
お嬢様によると、こまめな水分補給と…あ、あと。お塩を舐めるのも大事なんだって!!
そんな話聞いたことないって思うかもしれないけど…て、天使様が言うんだから、きっと間違いないよ!!
試してみてね!
それじゃあね!
あなたの娘ベルタより。
追伸
同封したのは“チョコレート”という、最近流通しはじめた甘いお菓子です!
暑いと溶けちゃうから日陰で保管して、早めに食べてね!
お仕事、お疲れ様!!
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<23/05/19>
ベルタさんが美しく育ててくれた、畔邸の挿絵追加ですっ!




