Chapter 024.5_汞竜<閑話>
カレント2,177年 水鳥の月40日。お天気は雪。
「ローデリア様。ディミトリ殿。ガブリエル殿。フォニアちゃんも…。どうか気をつけてね。」
「ぜ、絶対に…絶対に倒してきて下さいよ!頼みますよ!!…ほ、ほんとー…っに!頼みますよ!!特にお弟子様っ!!」
「よろしくお願いいたします。ローデリア様…」
「がんばれー!」
「お頼みしますっ!」
「魔女様ー!!」
「お弟子様ー!」
「はっ。行ってまいります。」
「・・・お見送り頂いたうえ、優しい言葉まで頂いて・・・お心遣い痛み入ります。王妃殿下。長老様。騎士団の皆様も・・・頼まれました。行ってまいります!」
ローデリア師匠の元で修行を始めた、その年の冬・・・
私は【エチェンバルレ王国(ドワーフ王が治めるドワーフ王国)】の3番坑道の前に立っていた。
目の前には王妃殿下、長老様(ドワーフ王国では、大臣職の人のことをそう呼ぶ)、そして騎士団の方々。それと・・・
「フォーニアー!早く帰ってきてねっ!それでそれでぇ…また一緒に温泉入ろうね、温泉!!その後は…その後は、えぇと…そ、そうだ!ご馳走だよっ!!!」
「・・・ん!・・・王子殿下もお見送りありがとうございます!!行ってきますね!」
「行ってらっしゃーい!!」
ちっちゃくてカワイイ!ドワーフ王子殿下(3歳!)の姿!
それでは、
ドワーフ王国の皆様に見守られつつ・・・
「…いくぞ!」
「アイマム!」
「…!!」
「にゃっす!」
「・・・ん!!」
ヒュドラ討伐へ向けて、しゅっぱーつ!!
・・・
・・
・
・
・・
・・・
「・・・う?1番線って・・・チェン・バル・ツェーン(エチェンバルレ王国の王都)行きだよ?ゴーレ(師匠の故郷でもあるヴィルス帝国の帝都)に行くんじゃないの?」
そもそも、どうして私がドワーフ王国にいるのかというと・・・
事の起こりは11日前。
ターミナル駅でもあるエディステラ駅での事だった
「あ、あれ?説明…してなかったっけ?」
故郷ルボワから馬車と汽車を乗り継いでエディステラに着いた私は、久しぶりに再開したカトリーヌちゃんの家に泊めてもらい・・・師匠達とは一晩、別行動をしていた。
そして翌朝。
待ち合わせ場所であるエディステラ駅の大時計の下で待つガブさんに話しかけたところ・・・
「・・・う?」
先ほどの会話である。
「あっちゃぁ…。それはすま…」
「…それくらい説明しなくても解れ。バカ弟子。」
「・・・・・・・・・ごめんなさい。」
理不尽とはこのこと・・・
「…あ、姐さん。それは、さすがに…」
「…」
「…ふんっ。」
第3大隊の良心。ガブリエル様とディミトリ様が居てくれて、本当に良かったよ・・・
「…あのね。最終的な目的地…ボクら第3大隊が攻略中の【ベズイミアニの森】というダンジョンは帝都よりエチェンバルレ王国からの方がアクセスしやすいんだ。…隊の補給線もそちらから引いているし、ダンジョンの入り口となるギルドもエチェンバルレ王国にあるんだよ。」
「・・・う?そ、そう・・・だったの?」
「…」
「・・・そうなんだ・・・」
修行の舞台となるベズイミアニの森はヴィルス帝国にあると聞いていたので、てっきり、そちらへ向かうのだとばかり思っていた私。
「…もっとも、今の時期は雪に阻まれ攻略休止中だがな…」
「…。」
「・・・う!?お休みは・・・萌木の月まで!?じゃあ・・・それまでは?」
しかも修行は・・・お預け?
「冬季はエチェンバルレ王国内のダンジョンで魔物退治したり、雪山で訓練したり…一時帰国する隊員もいるかな?」
森のダンジョンサバイバルをするのかと思っていたけど・・・実際は雪山サバイバルをすることになるらしい。・・・思ってたんと違う。
もっとも・・・
「…もう十分だろう?さっさと行くぞ。」
「・・・ん。」
師匠の下で修行すると決めた以上、付いて行く以外の選択肢なんてない。
ベルベットローズの髪を靡かせて汽車に向かう、その背中に付いて行こうとすると・・・
「フォニア様…。どうか、お気をつけて…」
お見送りに来てくれたカトリーヌちゃんの声。
「・・・ん。行ってくるね。また会おうね。約束だよ?」
振り返ってその手を取り、
お別れと・・・次の再会を約束して
「は、はいっ!お待ちしておりますわ!」
「・・・行ってきます!!」
「い、行ってらっしゃいませ!!」
ドワーフ王が治める【エチェンバルレ王国】を目指したのだった・・・
・・・
・・
・
「・・・す、すごい。これが・・・」
ドワーフたちの土木建築技術の粋を集めて造られたチェン・バル・ツェーンの街は・・・なななんと!
岩山をくりぬいて作られた巨大なドームの中にある!!
しかも、このドームの天井は至る所から半透明で淡い色の・・・水晶のような・・・明り取りが内側に突き出しており。
それが夕日色に輝いて・・・意外と明るい。
「ははは…ボクも初めて見たときは圧倒されたよ!ドワーフって…すごいよね!」
活気のある宵の街
食堂か、工場でもあるのか・・・あちこちから立ち上る白い煙
ドーム内を流れる小川・・・橋まで架けられている
緑豊かな公園すらある。
そしてなにより、
中央でドームを支えるようにして聳える、塔のような・・・堅牢で巨大な王城。
「・・・///」
壮大でファンタジックな光景に圧倒されていると・・・
「む。あれは…」
「・・・う?」
汽車がカマボコ状の駅舎に入構すると・・・向かいの席で片肘をつき、窓の外を眺めていた師匠が、ふと口を開いた。
「…全員、身を正せ。…バカ弟子。お前もだ。」
師匠は窓の外を見たままスッと姿勢を正して、そう言った。
「・・・うぅ?」
なんで・・・?
そう思って聞くと・・・
「…陛下のお出迎えだぞ。」
「・・・うぅ!?」
かなり予想外の答え。
そして・・・
「王妃の性格のせいか、今の王家は妙に馴れ馴れしいが…さすがに。陛下自らのお出迎えは珍しい。面倒事かもしれんな…」
・・・
・・
・
ドワーフ王の依頼は“こう”だった
この国には数多の鉱山があり、その中には国が直接管理している物もある。
その1つ・・・歴史が長く、そして深く、そして重要な3番坑道に魔物が出現した。
勿論、戦った。
末端の鉱夫まで、須く我々は戦士だ!魔物が怖くて穴掘りをしていられるか!?
だが…
・・・
・・
・
・
・・
・・・
「全身が水銀で出来ている魔物…そのうえ、姿かたちは伝説の【ヒュドラ】だなんて…」
「…伝説とは違い、ソイツは火が効かん…と言うか。炙ると毒を撒き散らすらしいな。…ったく、便利なバカ弟子がいたからいいものの、そんな魔物の討伐を私に頼むなと言う話だ!」
「わ、藁にも縋る思いだったんじゃないでしょうか…」
「・・・」
駅から王城に連行された私達は正式に陛下から依頼・・・という名の、命令・・・を受け、その後、担当の長老様が詳しい説明をしてくれた。
それによると・・・
・・・
・・
・
・
・・
・・・
3番坑道はドワーフ王国で唯一の水銀鉱山。錬金術で必須の重要な金属である水銀を失う訳にはいかない!絶対に!!
だか…い、いくらなんでもあの魔物は強過ぎる!精鋭揃いの討伐隊を結成したり、名のある冒険者を雇ったりもしたが、散々たる結果に…
…あ。
そう言えば127年前。ヴィルス帝国のクレムリン建て替えてあげたよね?あの時の貸し、まだ返してもらってないんだけど…
よ、よし!あの魔物を討伐してくれたら貸しは無しにしてやろう!貴国の帝王陛下にも手紙を出そう!!…ついでに、お前らの面倒も見てやんよ!…あ?飯だ??好きなだけ食わせてやるよ!!
なに?魔女の弟子だと!?…た、確かに黒目!?のようだが…し、所詮は田舎娘じゃ無いか!シャシャリでr…え?魔物にヤられた怪我人…な、治せるの!?マジで!?
…よ、よし!重症の近衛隊長を治してくれたこと、まずは礼を言おう。どれ、褒美をとらせてやる!好きな物を…
…なに?
HAHAHA〜!!なんだオコチャマ!?魔法の知識が欲しいだと!?いいよヤルヨ!!ドワーフの秘技を教えてやんよ!
ただし…魔術書の貸し出しは出来ん!!王城のリブラリア内で閲覧だけさせてやろう!
古代語が読めるモノなら…なが〜い呪文を覚えられるモノなら…難すぅぃ〜理を理解できるなら…宿せるモノなら、宿してみろよ!!
HAHAHA〜…
…は?
え…ちょっ…ま………マジ?
・・・
・・
・
・
・・
・・・
「たしかに1度、汽車の中で古代語に関するメモを見せてやったが…。だからといって、それだけで数千年前に綴られた難解な魔導書を翻訳できる奴があるか?」
「・・・だって、できちゃったんだもん。」
「長老様。青い顔してましたね…」
「・・・教えてくれるって言ってた。何も問題はない。」
「相変わらずデタラメなヤツめ…」
・・・
・・
・
「…よし。着いたな。」
「・・・ん。」
暗い坑道を歩くこと数時間・・・
問題の、3番坑道深部へと辿り着いた。
「コレが。か…」
「聞いた通り…ですね…」
「…」
「にゃぁ…」
ガブさんが(火魔法を行使すると水銀が気化して猛毒なので)長老様に持たされた、ホタルブクロのような照明用魔道具の仄かな明かりが照らす坑道の先には・・・
「・・・水銀の・・・泉・・・」
波一つ立てない、“とっぷり”とした銀の水面が。
そして・・・
「…来たぞ。」
「・・・ん・・・」
波を立てるでもなく『とぷんっ…』と・・・
『シュルルルルッ!!』
まるで、泉から分離するかのようにして現れたのは・・・
「ヒュ、ヒュドラ…」
「………」
「あ、あれが…」
魔道具の光に“しっとり”と照らされながら・・・悠然と。
リブラリアの“不思議”を抱えながら・・・毅然と。
『ブシュルルルゥッ!』
5頭の蛇が這い寄ってきた・・・
「・・・すー・・・」
「…よし。やってやれ、バカ弟子!」
「お嬢。気を…付けるんだよ!?」
「…!!」
「お嬢様!危なくなればスグに駆けつけますにゃ!!」
相手が強力な魔物なのは間違いない。
けど・・・私には覚えたての“秘技”がある!!
「・・・ん!」
唱えます!
「『リブラリアの理第6原理
綴られし定理を今ここに
終焉だ
永劫などは夢見事
鼓動も
音も
光さえ
時間すら
始りという終わりがあると知れ
凍まれ』
アブソリュート・ゼロ!!」
『パチィンッ!!』
他でもない、ドワーフの秘めたるその技を!
指パッチンの合図と共に完唱した私は
「・・・こ、こいっ!」
『ブシュルゥッ!!』
魔物を見つめながら、複雑な魔法印が灯った右手を前に構え・・・
『トトトトトッ…』
早鐘を鳴らす胸を、左手で抑えつつ・・・
『ブシュゥゥゥ!!』
私を食べようと這い寄ってきたヒュドラの上顎の先に・・・
「・・えいっ」
タッチ・・・
・・・
・・
・
「・・・っんはぁ、はぁ、はぁ・・・」
「終わっ…た?」
「…」
「にゃぁ…」
「・・・はぁ~・・・」
「…どうなんだ?」
「・・・んぅ。・・・お、終わり・・・です。」
金属性 第10階位 静魔法・・・
手に触れた金属を【絶対零度(-273.15℃=-459.67℉=0K)】にまで瞬間冷却する。
非常に強力な・・・しかし、使いどころが難しいこの魔法。
普通に使うなら・・・例えば、発動子の剣を冷却剣にして追加ダメージを狙うとか・・・それくらいしか思いつかないけど。
今回のように、相手が金属で出来ているというのなら・・・
「あっけないな…」
「で、ですね…」
「…」
「・・・」
ヒュドラは・・・私を食べようと口を大きく開けた姿のまま、1mmも動くことは無かった。
発見されて以来、数か月に渡って沢山の命を奪った凶悪な魔物だったらしいけど、最後は・・・
「さ、て…。フォニア。仕上げをしてやれ。」
私が腰に刺した短剣を瞳に映しながら、師匠はそう言った。
「・・・ん。」
それに応じて剣を抜き・・・
「・・・えい。」
白っぽくなってしまった冷凍ヒュドラに、それをスッと挿し込んだ。
すると・・・
『サァ…』
・・・っと。
砂のようにあっけなく、その巨体は崩れ。
同時に・・・
「あっ・・・」
今の・・・
ヒュドラを倒した瞬間に感じた。
この感じは・・・
「・・・あ・・・うっ・・・」
「…おい。」
「お、お嬢…?」
ま、まちがい・・・
「・・・・・・・・・宿して・・・しまい、ました・・・」
間違いない・・・・・・・・・
「ヤドした…や、宿しただと!?まさか!?」
それは・・・不思議な感覚だった。
この喉に・・・瞳に・・・この身体に。
もう一つの命が宿ったような不思議な感覚・・・
つい先程まで何も無かったハズなのに、ずっと前からココに在った・・・ここに在るのが当然のような・・・
・・・そんな感じ。
そして同時に・・・
「・・・///」
満たされるような充足感
“守らねばならない”という使命感
理に触れたという恍惚感
これが・・・
「・・・これが・・・こ、これがっ///」
「お、おじょ…」
「ガル。…黙っていてやれ。」
「え?え、えぇ…」
「…?」
「にゃ?」
きっと・・・師匠は分かったんだ。
私の身に何が起きたのか
「・・・すー」
何を得て・・・
「・・・は~」
・・・何を失ったか
『リブラリアの理第6原理
綴られし定理を今ここに
錫金色のその水面
風を殺して自ら靡く
審美な波間に揺蕩うて
永き疼苦の微睡みを
それは水、そして金
大地を涜す5条の汞
蝕め』
マーキュリー・クリーパー!!」
『パチィンッ!!』
林檎です!
お楽しみいただけましたか?
もしそうなら、幸甚です。
ではでは皆様。聖なる夜を!!
読者サンタ様から
ご評価、ブクマ、ご感想のプレゼントがもらえたら嬉しいな~
・・・なんちて XD
・・・よろしくね!




