Chapter 012_憧れの景色
「えっと…?」
東から昇ってきた夜と西に沈む今日に挟まれたこの時間、家路に向かう人々で広場は賑わっていた。
そんな中、ギルド前の広場に集合した冒険者たちは人だかりの中央を、唖然とした表情で…見つめていた。
「「「「…」」」」」
「ちょ、ちょっと…みんな黙って。何が…?」
皆の視線の、その先にある物は…
「・・・これ。」
「わ、わぉ…」
ゆびを指す小さな女の子と、大きな驚きを抱えたギルド員。そして…
「なに…あれ?」
「でかっ…」
「魔物…ですよね?何ですか?何て魔物ですか?」
濃紺色の巨大な…事切れた魔物が…そこにはあった。
「なっ!?…ルーフベアだと!?」
「ルーフベア…?」
「ペチカは知らなかったか?…まあ、珍しい魔物だからな。あれは…」
ヴァル兄の説明によると…
目の前に横たわっている魔物の名は【ルーフベア】
深い森に生息する凶暴な熊型の…
「ちゅ、中級魔物!?」
「獲物を見つけると高い木から飛び降り、手足の間に生えた“あの”特徴的なヒダで音も無く滑空して頭上から襲いかかるそうだ。」
「何それ怖い…」
「ヒダを含めた全身の皮は柔軟で防御力も高いらしい。斬撃も打撃も、火にも水にも強いとか…。だが、個体数が少ないうえ慎重で、単独の獲物にしか襲い掛からないらしくてな。滅多に市場に流れないらしい…」
「超強そうじゃないっすか…。ないっすか…」
「どうやって仕留めたのか皆目見当も付かないが…あの死体には外傷もない。売れば幾らになるか…」
「すっげー…あんな大物が、この森に…」
「お、おい!やっぱりルーフベアだってよ…」
「マジかよ…。しかも、あんな大物…」
「1年もこの森に入ってるけど、あんなの見たことないよ…」
「バカ。お前なんかが遭遇したら、そのまま食われちまうって…」
ヴァル兄の話が起点となり、徐々に周囲の人達も声を取り戻し始めた。
誰もがその姿に驚き、同時に興奮もしていた。
でも、1番気になる事は…
「アレ…やっぱり、あの子が…?」
「ど、どうやって倒したっていうのよ…?」
あの魔物を“誰”が“どうやって”倒したか…
「3m…55cmだとぉ!?スッゲーな、おいっ!!」
「うぉぉぉーー!!」
「キタコレ!!!歴代新記録キタコレ!!」
「おめーら細部までしっかり綴って、勉強させてもらえよ!!」
「「おうよ!親方!!」」
拡げた魔物を計測していた…たしか、エドモンさんと呼ばれていた…お爺様とお付きの人たちが歓声を上げると、周囲がドっと沸いた!
「キャーキャー!!凄い凄い!!」
「さ、3.5メートルゥ!?」
「え?新記録…!?」
「綴れ!と、とりあえず綴っとけ!!」
「さすが俺のフォニアちゃんだ!!」
「「「あ゛ぁ゛っ!?」」」
「てめぇ、あれは私のフォニアちゃんだろうがハゲ!」
「いつからテメーのフォニアちゃんになったんだぁ!?!テメーこそ死ねやババァ!!」
「ふざけんなコノヤロー!!」
いやいやいや、おかしいでしょ!?
3.5m!?
絨毯じゃないんだから…
「…去年はパラレルテール(山猫型の小型の中級魔物。常に番で行動し、槍のような鋭く長い尾を突き立てて攻撃する恐ろしい魔物。)だろ?先月は…」
「サブヘルアント(蟻に似た中型の中級魔物。地面を掘って地下に潜伏し、獲物が頭上を通りかかると流砂を起こして捕える非常に恐ろしい魔物。)!」
「これでフォニアちゃんが倒した中級魔物は…3種。」
「ルボワの森に生息する中級以上の魔物は4種だけだから…ついにリーチか。」
「リーチってか…事実上のゴールだろ?」
「…」
周りの人達は…本気でそう思っているのだろうか?
あんな小さな女の子が…
「そ、そんな…そんな事っ!し、信じられるわけ無いでしょ!?あんな子供が…倒した!?適正冒険者ランク3級以上の中級魔物を!?そんなの嘘に決まってるでしょ!?」
そう思っていたのは私だけじゃない。
そう疑いたくなるのも当然だ。
でも…
「「「「「…」」」」」
「な、なによっ…」
でも、周りはそう思っていなかった。
リーザは、そして私達は…この場の全ての人達からの、厳しい視線に曝された
「だ、だってそうでしょ!?あんな子供が…。そ、そもそも冒険者なの!?」
「ちょっ、ちょっとリーザ!」
「なによペチカ!?あなただっておかしいって思っているでしょ?」
「そ、それは…」
「あんな子供が魔物討伐?ぼ、冒険者をバカにしてるの!?」
「まあなぁ…確かにちょっとなぁ…」
「だいたい、あの子が倒したって証拠なんて何1つ無いじゃない!!」
「そ、それはそうですが…ですが…」
「それ以前にあんなデカイ魔物、どうやってここまで持ってきたのよ!!」
「普通は無理だろうな…」
「でしょ!?みんなもそう思うでしょ!?」
そんなリーザに、人垣から冷ややかな声が投げかけられた…
「…フォニアちゃんは3級冒険者だよ。」
「…さん…きゅう!?」
冒険者ランクは5級から始まり1級まで(一応【特級】という級もあるけど、それは引退した凄腕冒険者に付けられる名誉職だから…)あり、実績と依頼主・そしてギルド員からの評価でランクが決められる。
級の落差は激しくて、1つあげるのに通常数年。短くて半年かかると言われている。
特に落差が激しいのは4級と3級の間。冒険者ランク3級から対人依頼(護衛や賞金首)を受けられるから…というのがその理由らしい。
3級冒険者ともなると、冒険者として。そして人として…一人前だと評価されたことになる。
重要なのは実績で。年齢は…関係ない。
「そんなに疑うならギルド員に聞くといい。」
「じ、じゃあ…マジで!?」
冒険者は騎士と人気を二分する職業であり、その斡旋と補佐をする冒険者ギルドは信頼ある国際組織だ。
冒険者登録には身分証が必要だし、依頼に失敗すれば責任を取らされる。誰かの財産や…時には命を預かる仕事なのだから、そんなのは当然だ。
冒険者ランクは冒険者自身と、その決定を下したギルドの信頼を示す重要な評価基準だ。だからギルドは注意深く取り扱っている。
特に3級以上は本部の責任者のサインが必要だという。候補者の名前も伏せて、実績だけで評価するとか。選考には外部の人を招くという徹底ぶり。不正は…まず無い。
「獲物がここにあるんだ。これ以上の証拠が必要か?あぁ!?」
「それは…それは…」
「魔纏術があるし、何なら魔道具を使ってもいい。運び屋に運ばせてもいい。どうやって運んだかなんて些細なこと…どうだっていいだろう!?」
「…」
みんなが言う事は最もだ。
何より…
「…おい新人。お前ら…白紙の分際でナマ言ってんじゃねーぞ!」
「っ!?」
私達はこのギルドで誰よりも後輩。
実力と経験が全ての冒険者ギルドで、その両方が無い…実績記録が真っ白な私達に唱える権利なんて…
「・・・みんな、そこまで。」
「フ、フォニアちゃん…」
そんな私達を弁護してくれたのは、他でもないあの子。ただ1人だった…
「・・・私みたいな子供が魔物討伐なんて信じられなくて当然。・・・みんなだって、何も知らなければそう思うでしょ?それが普通。それが理。・・・むしろ私がイレギュラー。」
「そ、そんな事っ…」
「・・・んふふっ。ちゃんと鏡を見つめてる。」
鏡を見つめている…自覚しているという意味だけど…
そんな言葉を出せる、あの小さな女の子の事が気になって、顔を上げて見ると…
「………………っ!?」
「あ、あの瞳…!?」
「うそっ…」
「ま、まさか…あの子は、あの子は!?」
「…なんだと?」
夜に追われた夕日の最後の赤に照らされて、茜色の輝きを放ったのは…亜麻色のみつ編み。
小さな顔に大きな瞳。
見た目の幼さに似合わぬ落ち着いた佇まい。
知性ある眼差しと柔らかな笑顔。
そして瞳に宿すのは…理の色
「・・・はじめまして、こんにちは。3級冒険者の・・・フォニアです。ご機嫌麗しゅうございますか?」
「「「「「…」」」」」
小さな女の子が、小さくカーテシーを決めただけ。ただ、それだけの筈なのに…
「・・・んふふっ。・・・冒険者さん。ようこそ故郷へ。歓迎します。・・・願わくば、私の大好きな故郷をあなたが好きになって下さることを・・・」
宵闇にあって、なお輝く彼女の姿は。それはもう…幻想的な。舞台の一幕の様だった…
林檎です。
ちょっと気になる箇所があったので修正させていただきました。
・・・よろしくね!(22/07/18-9:45)