Chapter 016_ダンジョン【カタコンベ】-第2層- ①
「・・・もにもにもに・・・」
2つ目の扉を閉じた私はハンマーを手にしたまま警戒を続けていた。
けど・・・10分ほど待っても何も起こらかったため緊張を解き、立ったままクリストフさん特性のサーモンフライサンドを『もにもに・・・』と食べる事にした。
いつまた魔物に襲われるか分からないけど・・・とりあえず、目の前に危険は無さそう。それなら「食べられる時に食べる」を実践するに限る。サバイバルの鉄則だ。
『…』
「・・・もにもに・・・もっくん。・・・んっく、んっく。・・・もにもに・・・」
2つ目の扉の先は静かで、そして不思議な場所だった。
先程までの広い一本道とは違い、人が2人、ぎりぎりすれ違えるほどの狭い通路に狭まり、しかも目の前でいきなり3つに分かれていた。正面に続く道もその先で折れ曲がり・・・先がどうなっているのか分からない。そもそも、真直ぐの道は・・・正解ルート?
簡単に言っちゃうと、これは・・・
「・・・迷路みたい。」
さて。どうやって攻略しようかな・・・
・・・
・・
・
…
……
………
魔女様は行ってしまった。臆することも無く。私達を残して…
「フォニア様…」
カトリーヌちゃんは車椅子の上で指を組んで、瞳を閉じて。あの子が行ってしまった岩の扉に向かって一心に祈っていた。
あの子がこの扉を開けようと決めたのは他でもない、彼女の為だ。彼女自身、それを一番自覚している。だからこそ、祈らずにはいられないのだろう…
「…」
侍女の…ローズちゃん…だったかしら?あの子は腰に佩いたサーベルに手を置きジッと扉を睨み続けていた。
魔女様がいなくなって数分も経たないうちに聞こえたくぐもった衝撃音にもたじろがず、ただ剣を握る力を強めた。彼女は魔女の従者としての心構えができているのだろう。
誰よりも大事であろう、あの子を帰還者0のダンジョンに送り出し、それを待つことが出来るだなんて…
2人とも、かわいいくて…そして一途ね。
ローズちゃんとは初対面だったけど…この子達の想いはここまでのわずかな会話と態度で十分理解出来たわ。
これは…アレね。カトリーヌちゃんと同じアレ。
恋する乙女のアレ…
「…」
とてもじゃないけど「上に戻って待ちましょう」なんて声をかけられる雰囲気じゃない。
この2人はきっと、何日でも…何か月でも……何年でも………
この場所で待ち続けることだろう。
だから…
「…早く帰ってきなさい。フォニアちゃん…」
私達には祈る事と待つ事しか出来ない。
だからどうか…
…
……
………
・・・
・・
・
「・・・そーれっ!」
『ドゴォォォ―ン!!』
食事を終えた私は早速、ダンジョン攻略へと乗り出した。
時間もないことだし・・・真面目に迷路踏破なんてやっていられない。だから、真っ直ぐ進もうと目の前の壁にハンマーを打ち据えてみたんだけど・・・
『パラパラパラッ…ッ』
扉と同じく、無傷では無いものの・・・壊す事は出来なかった。
「・・・むぅ。」
さ、て・・・
幅10cm程しかない壁はマジカルな理由なのか分からないけど・・・壊せそうもない。
この迷路は壁が天井まで届いているタイプだからよじ登ってズルする事もできない。
ゾンビゾーンと同じように地面を掘る事はできそうだけど・・・壁も続いていたら意味が無い。なんとなく、そうなっているような気がする・・・
左手をついて・・・の攻略法は1番時間がかかる方法だから選びたくない。
ずっと右に曲がる・・・の攻略法も上と変わらない。
「・・・仕方ない。」
正攻法で行くしかないか・・・
「・・・すー『蝶よ 華から華へ 悪戯に 諍い散らして 舞い踊る 災禍の化身』バタフライ!」
炎舞魔法は火属性第6階位に位置する精霊召喚魔法だ。
指パッチンをすると目の前に蕾型で空色の魔法印が発現。
花が咲くように魔法印の上部が解けると・・・
『…』
「・・・んふふっ。・・・よろしくね。蝶さんっ。」
『…!!』
中から32頭の、空色の美しい蝶が現れ。私の周りをヒラヒラと舞った・・・
この蝶は【炎舞蝶】と言う名の・・・リブラリアに実在する【精霊】・・・らしい。
リブラリアにおける【精霊】という存在は、個を持たない(自我が無い。あるいは薄い)妖精(ただし、ツィーアンとツィーウーがそうである様に自我が強い精霊もいる。リブラリアでは“その辺りの理屈”がまだよく分かっていない・・・)だと言われており、炎舞蝶は召喚者・・・つまり術者・・・の魔力を吸ってその望みを叶えてくれる存在だ。
名前の通り炎の化身で、全身が火で出来ている。
この時点で“物理よサラバ”な状況なんだけど、術者が望めば敵に特攻して自爆までしてくれるので、生物学とか行動学とか哲学的にも“なにそれ美味しいの?”である。
・・・要するに、マジカルな存在。
「・・・空気の流れる方向に案内して。」
『…』
炎舞蝶は他の召喚獣と比べ、とても気紛れで・・・言う事を聞かせるのが難しい精霊だ。師匠から教えてもらった火魔法の中でも最後の最後まで〇を貰えなかったのが、この魔法。
与える魔力量がちょっとでも少ないと召喚に応えてくれないし、多過ぎると暴走して術者に特攻してくる危険な存在。
「・・・んふふっ。どっちかな?」
その代わり、上手くいくと本当に優秀な魔法。
まず何より、見ためが綺麗!
鱗粉のように火の粉を散らしながらヒラヒラと舞う空色の翅は「美しい」のひと言。
『…!』
次に、とってもお利口!!
術者の言葉を理解してくれるし、気を使ってもくれる。喋ることは出来ないけど、意思を伝えようといろいろな工夫もしてくれる。その姿も健気で可愛いんですよ。コレが!!
今回、私がしたようなお願いも聞いてくれるし、待ち伏せや偵察も引き受けてくれる。燃えているから灯り取りや囮にも有効だし、特に用がなくても周りでヒラヒラ美しく舞ってくれる。
ついでに、自己判断で火力調整出来るから、機嫌が良ければ手に乗ってほんのり温めてくれる事もある。
「・・・こっちね?」
『……』
「・・・ん!ありがと。」
この子たちは火で出来ているが故に空気の流れ・・・酸素の存在にとても敏感。
迷路の出口から吹いているであろう僅かな空気の流れを感じて教えてくれるのだ!
万が一に備えて、毒ガスの検知にも有用だしね・・・
・・・
・・
・
『…!』
「・・・う?」
蝶に誘われて狭い通路を歩くこと1時間。
角を前にした蝶達が、急に忙しなく飛び交い始めた。
『…!』
『…!!』
角の先に行っては、すぐに戻り・・・を繰り返す蝶達。
「・・・角の先に何かいるの?」
そう尋ねると・・・
『『!!…!!…』』
「合っている」・・・とでも言いたげに、くるくると円を描いて飛び交い始めた。
「・・・ん。」
ここまでの道のりには何もなかったし・・・目の前の角も、これまでの曲がり角と違いがあるとは思えない。けど・・・蝶達が言うのだから、たぶん“何か”はあるのだろう。
短剣を抜いて(ハンマーは大きいので狭い通路では扱いづらい。魔法を切って指輪に戻してある)警戒しつつ蝶の後に続いて、
「・・・」
そ~っ・・・と。角の先を覗き込むと・・・
『…』
鬼火が照らす仄暗い通路の先に
『…!!』
警戒する蝶達の輝く鱗粉に縁取られた・・・
「・・・スケルトン・・・」
骨格標本があった・・・




