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Chapter 013_天使の涙…それは罪。魔女の微笑み…それは罰。

カレント2,182年 星火の月6日 お天気は晴れ

お祭り騒ぎに疲れた細い月が西の地平で眠りにつこうとしている…そんな夜ね。



「「「「「…」」」」」


最終日を前にして皆に告げた言葉。

それを耳にした一同は長い間沈黙し、そして…



「………ベ、ベルナデット術長様。ほ、本気…ですか?」


やっとのことで口を開いたのは、副術長のマリエットさんだった…



「…もう、決めましたから。」

「し、しかし…」

「教会長が…きょ、教皇もきっと!…黙っていませんよ!?」

「か、考え直していただくことは?」

「どうか今一度…」


当然の反応…か。

でも…



「…ごめんなさいね。みんな。三度(みたび)言うようだけど、もう…決めたのよ。私も。彼女も。」

「「「「「…」」」」」


私が治癒術師になったのは、もう何十年も昔の事…

16歳で上級外科処置魔法(トリートメント)を宿した私は…そう。調子に乗っていたの。

史上最年少のサリエルの使いだって言われて…たまたまタイミングが良かったというだけで、当時の陛下の治癒を担当させてもらって…


あれよあれよ、という間に大聖堂付属治癒院のプリモとなり、30歳という若さで全ての治癒術師の長である【術長】という肩書まで貰ってしまった。

塞げない傷なんて無いと思っていたし、治せない病気なんて無いと思っていたわ。

小領の領主を軽く上回るお金も持っていたし、毎日派手に馬鹿騒ぎをして過ごしていた。

それが当然とさえ思っていた。


当時の私は、自分がまるで天使であるかのように思っていた。

天使サリエルの“使い”じゃなくて、私こそが“サリエル”であると…


…そんな風に思っていた。




だからアレは罰だったのよ。

思い上がった“使い子”に天使様が下した罰…

他人の痛みを食い物にした私への罰…


でも、罰ならせめて、罪を作った私自身に与えて欲しかった…


………

……






「・・・結論から申し上げます。エドメ君の病は急性骨髄性白血病と言います。簡単に言ってしまうと・・・正常に血液を作り出す事が出来ない病気・・・です。」


エドメは私が40を越えてから産んだ子だった。

父親は…分からない。身に覚えがあり過ぎる。


それまでずっと、お腹に出来た子を自分の手で下ろしてきた私だったけど…この時だけは、歳のせいか、不意に…寂しく感じてしまい。


「産もう」と…そう考えてしまった。

それが良くなかった…



「ハ、ハッケッキュウ…コツズイ…イデンシ…い、一体何を…何がっ…あ、貴女の診断魔法を覗かせてもらったけど…わ、訳が分からないわっ…」


エドメは当初、普通の子供だった。

青金色の美しい瞳の男の子…私が初めて生んだ子供だった。


可愛かった。

とにかくもう、可愛くて可愛くて…「瞳に入れても痛くない。」とは、この事かと実感した。

これまで多くの我が子をこの手で(ほふ)ってきた事を呪った。

もう二度と同じ過ちはすまいと、交わりの一切を断った。

これまで(いだ)いてあげられなかった全ての我が子への、せめてもの罪滅ぼしとして…この子に、持てる全てを捧げようと…そう、天使に誓った。


異変が起きたのは5歳を過ぎてからだった。



「よ、良くは分からないけど…わ、私のせいって…事よね?…歳をとってから産んだせい?それとも…」

「・・・違います。この病は・・・後天性です。」

「こうてん…」

「・・・原因は分かりませんが・・・エドメ君は、生まれてからこの病を発症したはずです。恐らく彼が5歳か・・・それくらいの歳の時に。」

「………」


ある日気付いた。エドメは…同年代の子供に比べて異常なまでに病弱だ…と。

少し運動しただけで目まいを起こして倒れてしまうし、ちょっと擦りむいただけでも体調を崩し、体の中に多くの毒を帯びていた。些細なはずの病が猛威を奮い、苦しむ夜も多かった。

勿論、私は治癒術師だからその全てを治療した。


けれど…怪我の1つ1つ、病の1つ1つを治す事が出来ても、病弱…という、根本的な部分は一向に治らなかった。年を()ても、それは変わらない…どころか。年々酷くなっていった…


何か、何か原因が…病が。何かがある事は分かっていた。けれど私の両手はそれを(よう)することが出来なかった。


エドメは“全身を駆けまわる病に侵されている”…それが、この両手の限界だった…


愛する我が子が未知の病に侵されている…その診断結果は私に大きな恐怖を与えた。怖くなって思わず、エドメを部屋に閉じ込めた。

我が子は素直にそれに従ってくれた。

オモチャと本で溢れた小さなリブラリア…そ、そんなっ…つ、綴られもしないそんな部屋に閉じこもる事が幸せな事じゃないって分かってるっ!!


けど…



「つまり…な、治せ“た”はず…と、いうこと。ね…?」

「・・・」

「教えて。天使様…」

「・・・い、いまは・・・それは・・・・・・」

「…そうなのね?」

「・・・・・・・・・・・・はい。」


そしてある日。エドメはそれでも病気になった。

私と、侍女2人しか入らない小さな図書館でエドメは…普通の人なら一晩寝れば終わる程の些細な風邪が原因で高熱にうなされ…光を失った。


度重なる行使が原因で、この子の体はもはや全身が…治癒魔法を受け付けなくなっていた。



「・・・私の優羽魔法で病状が改善したのは・・・おそらく、単純に魔力量が多かったためだと思います。」

「やっぱり…」

「・・・ですが・・・それでも根治は出来なかったようです。だから、時と共に・・・」

「そ、そう…です、か………っ…ぅっ…」


何故もっと…何故もっと早く魔女様に預けなかったのだろう…?


私は思い上がっていた

あれほど過去を悔やんだはずなのに…何も学んでいなかったっ


彼女のカルテを絶賛しておきながら自分の方が…と、考えていた。

彼女が書いて寄こした、理解出来ない言葉を知っている風に気取って、何も分かっていないのに…質問すらせず、偉そうにっ…


チャンスはあったはずだ。

彼女が初めてエディステラに立ち寄った時。

その次も。

その次だってあった!!

天使様がエディステラに舞い降り、エドメの病状が回復した、あの時っ…


何故っ!!


……‥こ、声をっ…かけなかった!?



「…っ……うぅっ…エドメッ……っ…」

「・・・」




今日まで…エドメが私の呼びかけにも反応しなくなったこの日まで。

私は彼女に、この子の存在すら伝えていなかった。


自分の…じ、自分がこの手で。この子を治すのだと…傲慢(ほうまん)矮小(わいしょう)(いや)しい心のせいでっ!!!


この子をぉっっ………



「・・・ごめんなさい。」

「っ…なっ、なぜっ…貴女が謝るのよっ?」

「・・・もっと早く・・・」

「っ…そ、それはっ…いっ………言わないでっ!お願いよっ…お願いっ…っ、っっ…」

「・・・」


………

……
















「・・・サリエルは・・・いると思います。」


私が泣き止むのを待って…彼女は静かに。そっと。そう告げた…


「…」

「・・・優羽魔法を唱えた時に感じました。あの翼は・・・サリエルのモノだと。」

「…」

「・・・そして同時に理解したのです。理は・・・こんなものじゃないと。もっと高みがあると。」

「……」

「・・・私は諦めていない・・・んーん。確信しています。・・・彼女は治ると。・・・貴女の息子さんも治る・・・と。」

「………」

「何か・・・ベルナデット様は何か。・・・ご存知ないでしょうか?」











「……………て、天使様にっ…魔女様にっ………お、お願いがっ…」


………

……






うまく行こうが行くまいが…仕来(しきた)りを破った私を教会は許さないだろう。


良くて左遷。最悪…私に声をかけてきた、どこぞの領主の専属にでもさせられるのかしら?



だから、元気になったエドメは信頼できる兄嫁に託そうと考えている。

きっと、もう…


でも、そんな事はどうでもいい。

エドメが元気にエディアラの大平原を駆けることができるのなら…

この身なんて、どうでもいい!!



それに、それでも行く。と…

そう言ってくれた彼女の方が何倍も重いリスクを背負っているのだ。私が放逐(ほうちく)されるなんて些細な事。本当にどうだっていい。


今はただ、彼女が冗談交じりの笑顔で投げかけてくれた、あの言葉…



「・・・ベルナデット様。勘違いしないで。私は・・・“あなた”のために行くんじゃないの。“私”のために行くのよ。私が唱えた通りにするために。だから・・・罪を犯したと思っているのなら・・・“魔女の口車に乗せられる”という、罰を受けて。」


あの言葉を真に受けるだけ…



「みんな。言った通りよ。明日の星月夜祭最終日…魔女様をお迎えします!」

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