Chapter 009_魔女のえーえむ。
「おじょーさまぁ!!おーきーてーっ!!」
「・・・ぅ~?」
それは、爽やか・・・とは言い難い。ある晴れた朝の事だった。
「ほぉ〜らぁ〜!!いつまで寝てる気ですか!?お休みは昨日まで!!今日は学校ですよ!!さっさと起きてぇ!!」
「・・・・・・ふぇ?」
いつもならお茶の香りと柔らかい熱で、そっと誘うように起こしてくれるのに・・・
「もぉ〜っ!!…早くっ!早くぅっ!!起きてっ!!立ってぇ!!」
「・・・わわわ・・・」
今日は随分強引だ。
お布団をひっぺがし、ねぼけ眼の私を引きずり出して無理やり立たせ・・・
「ほんとに…もぉぉ〜っ!!騎士様ともあろうお方がこんな…は、はしたないですよっ!!ほらっ!お、御身を清めますっ!!しゃんとしてくださいーっ!!」
「・・・うぅ〜・・・くー・・・」
「二度寝しないの!!」
「・・・ふぁ!」
ローズさんはそう言うと、ぷんぷんと怒りながら私の身体を温かいおしぼりでゴシゴシと拭き始めた。
肌に触れる手つきこそ優しいけれど動作は荒っぽいし、ワザと音を立てるように動くし、ずっと恨み言を呟いている。
これは相当、オコがきているようだ・・・
「…はれ?うぅ〜……ふぁ……う~…まだ暗いのにぃ~…うるしゃいれすわねぇ…ふぁ~……」
騒いだせいで彼女が起きてしまった。
「・・・おはよ。カトリーヌちゃん。」
「あっ…おはようございますわ///」
この部屋の主であるカトリーヌちゃんはベッドに置かれたクッションを利用して器用に起き上がり、ローズさんに捲られたシーツを引き戻して身体に巻きながら、大輪の笑顔でおはようの挨拶をしてくれた。
「うぅ…もうっ!こっちに集中して下さい!お嬢様っ!」
「・・・わ」
「あらら…」
彼女とのやり取りが気に食わなかったのか・・・激おこローズさんは私とカトリーヌちゃんの間に回り込み、一層激しく体を拭き始めた。
・・・相変わらずローズさんはヤキモチ焼きだ。カトリーヌちゃんの家に遊びに行くといつもこう。
ま。そんな所も可愛いと言えばそうなんだけど・・・
でも、
「・・・ごめんね。」
カトリーヌちゃんには謝っておかないとね。
お泊りさせてもらったのに、うちの家臣がご迷惑をおかけしております・・・
「いえ…フォニア様のせいでは有りませんわ。この侍女の………。ねぇ、フォニア様?やっぱりこの侍女、替えませんこと?主人の意に反して寝室に押入り。こんな横暴に振舞うなんて…どう考えてもけ」
「わるぅございましたねぇ、商人さまぁ!!この侍女は主人の御母堂様からよろしくと仰せつかっているもので!!ご主人様の保護者を兼ねているものでっ!!!」
「・・・」
ローズさんもローズさんだけど、カトリーヌちゃんもカトリーヌちゃんだ。
嫌味まで言わなくていいのに・・・
2人とも大人なんだから、ヒートアップしないでよ・・・
「もうっ…。フォニア様が優しいからって調子に乗って…これ以上の失礼は許しませんよ!入室禁止にしますよ!?」
「えーえー良いですとも!!こんな場所、2度と来ませんから!!私も…お嬢様も!!」
「はぁ!?何を言って…」
「とーぜんですよねぇ!!お嬢様の“専属”を仰せつかっている私が行けない場所には、お嬢様だって行けません!!繊細なお肌のケアだって、サラサラ御髪のセットだって…私にしか許されておりませんーっ!だからもう、こんな不潔な家には立ち入りませんよーだぁ!!」
「なぁんですってぇ!!」
「なによぉー!!」
あぁ・・・どうしてこの二人。仲良く出来ないんだろう?
私は2人とも大好きなのに・・・
「・・・ふわぁ・・・ねむぅ・・・」
「フォニア様ぁ!!」「お嬢様っ!!」
「・・・う?」
「「私とこの女。どっちを取るんですか!?」」
なにこの展開・・・
朝なのに・・・昼メロ?
「・・・う?えっと・・・2人とも?」
「フォニア様の浮気者っ!」「お嬢様の女たらし!!」
これじゃまるで私が悪いみたいじゃないか・・・
・・・いや。
私が悪い・・・のかな?
「・・・んふふっ。大好きよ。ローズさん。・・・約束したもんね。カトリーヌちゃん。」
「!?だ、大…好きっ…だなんてっ///」「っ///…ほ、本当にもうっ!?」
ま。私、魔女だしね。
てへぺろ。
・・・
・・
・
「・・・行ってきます。」
「「「「「行ってらっしゃいませ!お嬢様!!」」」」」
春の河原はうららかで・・・川沿いの土手には誰が植えたでも無い季節の草花が咲き誇り、朝日を受けた水面はキラキラと輝き、青葉を揺らす風には、ほんの少し、夏の香りがしていた・・・
『カッポ、カッポ…』
「・・・」
『ヒュフッ…』
「・・・んふふ。いい天気ね。チェス。」
『ヒュブブブッ…』
こんな穏やかな気持ちで通学できる日が来るなんて・・・あの頃は予想もしていなかった。
目の前にいない誰かの身勝手な言葉に怯えて
失敗しないように気を配って
当り触りの無い言葉で距離を保って
かわいいスタンプでご機嫌を取って・・・
新着通知と電波状況ばかりを気にしていた毎日。
季節の移ろいを感じる余裕も・・・なかった。
『ヒュブブッ…』
「・・・なぁに?・・・走りたいの?」
『ヒュフ!』
「・・・んふふっ。学園に着いたらね。」
『ブフッ…』
生きるのって・・・楽しい事なんだね。
知らなかったよ・・・
・・・
・・
・
「はっ!はっ!…」
「・・・おはよ。ルクス君。」
早朝の学園。
チェスと共に学園に架かる石造りの立派な橋を渡り、兵士さんに挨拶して門をくぐると・・・いつもの空き地でいつもの様に、ルクス君が剣を振るっていた。
幼い頃からの日課・・・だそうだ。
「おはっ!よっ!フォニアっ!ちゃんっ!…」
「・・・今日も行く?」
「もちっ!ろんっ!」
「・・・ん。それじゃあ・・・チェス。駈歩!」
『ヒーヒュブブブッ!!』
学園に着いたら先ず、チェスのお散歩として広い敷地を2周する。
『パカラッ、パカラッ…』
「はっ、はっ…」
チェスのお散歩を始めるといつも、剣を手にしたルクス君が並走してくる。
訓練のツイデ・・・だそうだ。
学園の敷地は・・・そういえば、どれくらい有るんだろう?チェスの駈歩でも2周するのに30分ほどかかるから・・・1周7~8kmくらい?
『パカラッ、パカラッ…』
「はっ、はっ、はっ…!」
その間、彼はずっと全力疾走。
いつも思うけど・・・体力あるよね。
朝から15kmマラソン・・・しかも、馬と並走するなんてホント凄いと思うよ。
尊敬する・・・
「はっ、はっ、はっ…!」
「・・・」
揺れるブロンドの髪
飾り気の無い両刃の剣
汗を流すその姿・・・
「ふぅっ、ふぅっ…」
「・・・」
・・・
・・
・
「やっ!・・・やっ!」
「う〜ん…悪くはないけど…そんな大振りしなくても、いいんじゃないかな?」
「・・・そ、そう・・・かなぁ?」
マラソン(私は走ってないけど・・・)の後は一緒に魔法と武術の訓練だ。
一緒に・・・と言っても訓練内容が違うから基本的には別々の事をやるんだけど、今は剣の振り方を教えてもらっている。
こと、剣術に関して言えば私は彼に遠く及ばない・・・
「フォニアちゃんは…ほら。力じゃなくて、もっとスピードを活かした戦い方をするべきだと思うよ?」
「・・・本当に戦うときは追風魔法を行使する。」
「魔法に頼るばかりじゃなくて、基礎訓練もしておいたほうがいいと思うよ?追風魔法を行使して戦っていると、風の動きで先読みされちゃうから…」
「・・・う!?そ、そうなの!?そんな事できるの?」
「ある程度、魔法の知識と経験が有れば、ね…」
「・・・知らなかった」
彼はセコンドだけあって博識だし、戦いの実戦経験も豊富(「オジさんに教えてもらった…」とのこと)で学ぶ事も多かった。
「ははは…魔女様でも、魔法で知らないことがあるんだね!」
「・・・いじわる。」
「ふふふ…ごめんゴメン。…さ。それじゃあ模擬戦やろうか?」
「・・・ん!今日も勝つ!」
「き、昨日はボクが勝ったじゃないか!?」
「・・・そうだっけ? 忘れちゃっ・・・『火種よ』インジェクション!!」
「わぁ〜!!卑怯者〜!!」
「・・・魔女ですから。」
彼との時間は、他の人とでは味わえない実り多き物だった。
ずっとこんな日が続けばいいなって・・・そう、思えるくらいには。