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Chapter 008_ホテル【裁鋏】

夜の(とばり)が下りた壺の街…


「ばいばーいっ!孫弟子様~!!」

「…」


見えなくなる門で立ち止まり、手を振ってくれた彼女に大きく振り返してから…



「…じゃ、帰ろっか?」


振り返って。

私のボディーガードである、豹人(ひょうじん)族のジャナに提案すると…



「あぁ…」


言葉少なに応えた彼は、そのままホテルへ向かって歩き出した。


その大きな背中を追って…大きな歩幅の彼に合わせて歩調を早め『トテテ…』と付いていくと…



「孫弟子…あの子、あんなに小さいのに錬金術師なのか?…何者だ?」


おぉ?

あまり周囲の人…まして人間様に…興味を示さないジャナが、珍しくそんな事を聞いてきた。



「なになにぃ?気になる??孫弟子様、可愛かったもんねぇ!!…ジャナってば、もしかしてぇ…ロ・リ・コ・ンゥ!?…いやぁ~ん!ヘンターイッ!!(リリ)というパートナーがありながらぁ~!?」


からかってそう聞くと…



「珍しい…初めて見る魔力の色をしていた。ただ者じゃないな…」

「…」


私の言葉を無視してジャナはそんな事を言った。

むぅ、ツマラン…



「…魔女様らしいわよ。」

「マジョ?」

「そう。正真正銘の…名のある魔女…【万象の魔女】様ですって…」

「なにっ!?…た、確かに聞いた通り亜麻色の髪をしていたが…だ、だが瞳の色が…」


万象の魔女…その名はもちろん、ここ壺でも有名だ。

史上最年少で魔女に…そして騎士位になった神童だと…


…その事を、妖精たちの話(“噂話”という意味よ!)に(うと)いジャナが知ってたことに驚いた!…なんて言うと話がこじれちゃうから言わないけどっ。



「なんかねぇ…瞳の色は、あの眼鏡…魔道具…で変えているんですってぇ?」

「ま、魔道具…あれが!?」

「うんー。本当は噂通りの色なんだけどぉ、そのまま出かけると騒ぎになっちゃうからって…昔いた(らしい。私は知らないけど…)マイスターのお弟子様…ウソ様とか言ってたかなぁ?…が、彼女の為に作って下さったんですって!」

「な、なるほど…分からんでもないが…」

「それでぇ…彼女は魔女様だけど、錬金術師様でもあるんだってぇ!いま流行りの……」


これを言っていいのかは、ちょっと考えちゃうけど…



「…いま流行りの魔道具【卵】の生みの親…ですって。」

「んなっ!?」

「か、勘違いしちゃダメよ!!あの子は開発しただけ!!何も悪くない!!とっても便利な道具なのは間違いないでしょ!?悪いのは…使い手よ。そうでしょ…?」


マイスターは何も言わなかったけど…


【卵】


これは今、壺でちょっと問題になっている魔道具だ。



「そう…だな…。」

「孫弟子様はこれからアトリエに出入りするみたいだから…きっと、マイスターもそこは気にしてくれるわ。だから…私達は何も言わず。…任せましょう?」

「………そうだな。」


【卵】という魔道具は数年前に登場した魔力を蓄える魔道具で、ここエディステラでも大流行。爆発的に普及しており、生産が追い付かないと聞く。


そしてこの魔道具は…まあ、当然なんだけど…魔力を使ったら“充填(じゅうてん)”しないと使えない。

きっと孫弟子様は、魔道具を使った人がこの作業をするものだと思ってこの魔道具を作ったに違いない。


けど…現実は違った。


卵に充填しなければならない魔力量は多くはないけど…その“多くはない”魔力を注ぎ込む作業すら苦痛に感じる人もいるし、そもそも面倒がってやりたがらない(そのくせ、魔道具の恩恵には預かろうと考える…)人もいる。

そういう人が何を考えるかと言うと…



「しかし、卵か…。…あの子が【孵化(ふか)し屋】の存在を知ったらどう思うか…」


…人にやらせるのだ。例えば…壺の獣人に。


獣人は魔“法”を唱える事が出来ないだけで、魔“力”を持ち魔“術”を行使する事が出来る。種族ごとに違う“固有魔術”という…まあ、特殊能力まである。


例えば…私に歩幅を合わせ始めてくれた…隣を歩く豹人族のジャナは【暗歩(あんぽ)】という、気配を消す固有魔術を行使できる。

赤狐(あかぎつね)族の私も【変化(へんげ)】という固有魔術を現在進行形で行使している。

ジャナはこの魔術の力で紡歌の護衛を務めているし、私もマイスターのモデルとしてお役に立つことが出来ている。


獣人だから…と、バカにされがちだけど。私達にだって魔力はあるし、魔纏(まてん)術に関してなら人間様より自信がある。

固有魔術に至っては、人間にもドワーフにも。エルフにだって真似できない専売特許だ。

でも…



「悲しむんじゃ…ないかしら?工員の獣人にも声をかけたりして、優しかったから…」


でも、私達獣人は…奴隷だ。


約220年前に綴られた【永久隷属(れいぞく)法】によってアドゥステトニア大陸に上陸した獣人は(すべから)く奴隷になってしまう。永久隷属法は魔法…契約魔法だと言われているけど、詳細は分かっていない…の力で綴られており、誰一人逃げる事は出来ない。


これまで一度も奴隷商人に会ったことがない私が親から生まれた瞬間に奴隷印を刻まれてしまったのも…パド大陸から攫われてきたジャナが、2つの大陸を渡る【ウィルトゥースの橋】を越えた瞬間に奴隷印を刻まれたのも…すべて、この魔法の力による。


奴隷の生活は過酷だ。特にこの、壺にいる…主人を持たない、いわゆる【名無し(アノニマス)】の奴隷は、その日の食事を見つけるのも危ういほど。

私達はまだ、マイスターにお仕事を貰えているから何とかなっているけど…



「連日の魔力酔いによる体調不良なんて…想定外だろうな…」


そうじゃ無い仲間たちは…なけなしの報酬しか貰えないと分かっていても…それに頼らざるを得なかった。

ただでさえ食事量が少ないのに、それで得た魔力を全て魔道具に注ぎ、気を失い。さらに空腹に(さいな)まれる…


魔力酔いは一時的な症状に過ぎないし、その結果生まれる空腹はただの“欲求”であって、実際にお腹が空く訳じゃない。

だから、魔力酔いそのもので死ぬ事は無い。


でも、たとえ…それで死ぬことは無いと、本当の空腹では無いと

分かっていても…


毎日気を失い、毎日空腹に苛まれたら

どうなるか…






私達も注意しているんだけど…

孵化し屋によって正気を失った仲間は少なくない



「ここに通えば、あの子もいずれ知る事になるだろうな。その時…」

「私たちは見守ることしかできないわ…」

「そう…だな…」


………

……






「おっ、と…リリ。」


この角を曲がればホテルの灯りが見える…ジャナが私の肩を掴んで停めたのは、そう思った時だった。



「…うん?なに?…チューしたくなった?」

「…」


私の冗談にあきれ顔になったジャナは、角の先に親指を向けて…



「…チューはアイツにしてやるんだな。…客だぞ。」


その言葉を受けて、彼の大きな体の横から“ちょん”と瞳を覗かせると…



「げぇ………レオン様…」


ここ何年も、私を指名してくる…まあ、上客が…ホテルの入り口の前で門番をしていたダラという犴人(かいじん)族(草原に住む、犬人族の仲間だよ!)と何やら言い争っていた。



「早く行ってダラを助けてやれ。」


壺に…しかも、獣人である私達を抱きに来るお客なんてロクな奴がいない。無茶な要求をされるのなんて日常茶飯事。暴力を振るわれる事も…最悪、殺される事だってある。


もっとも、レオン様はかなり上から目線なものの、情けない男だから客としては扱いやすいんだけどね…



「また、銅貨一枚すら持っていないんじゃ…」

「…なら、門前払いするはずだろう?………早くリリを出せ。金ならある!………だ、そうだぞ?」


人に化けている私より聴力が優れているジャナには、角の向こうの会話が聞こえているようだ。



「金ならある。ねぇ…?じゃあ、まず…お財布の中身から見せてもらわないとねぇ。…えぇと、あの人の好みは確か、中性的で忠実な犬人属で…」


そう言って私は、変化の術で姿を変えて…っと。そうだった…



「…ジャナ。こ、これ…預かって、て…」

「は?コレ?…って!?し、下「う、うるさい!…し、仕方ないでしょ///ふ、服はともかくコッチは…マイスターから預かってた試着品に尻尾の穴開けるわけにはいかないし…」お、おぉ…」


裁鋏(たちばさみ)】は【紡歌】に勤める工員が自主的に開いている“獣人の娼館”だ。


マイスターは優しいから…本当にたくさんの獣人を工員として雇っているため、正直言ってお給金は多くない。もちろん、それでも生活は出来るんだけど…仲間の中には、病気の家族や子供を抱えている者も多く…それだけではやっていけないのが実情だ。

このホテルは私たちの先輩が築いた物。

マイスターは反対しながら…自らを情けないと罵りながら…それでも。そんな私たちのために、いつも綺麗な服を用意してくれる。


…それがこのホテルの自慢。


私たちの自慢だ。











「じゃ、じゃあ…行ってくるから。い、いざとなったら、ちゃんと守ってよね?」


そう言って振り返えると、既に彼の姿は既に無く…



「…任せろ。」


屋根の上から…わ、私が履いてた布を片手に持って!?

“そう”言い残してサッと闇に紛れてまったのだった…



「………ヘンタイっ」

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