Chapter 010_憧れの街
カレント2,177年 萌木の月 2日
卒業からひと月経った今日、私達はようやくこの街にたどり着いた。
「へぇ〜っ!なかなか栄えてるじゃない!」
「だなー!途中の集落はとんだ田舎だったが…ここは人も多いし、デカイ建物もあるな!」
「流石は有名な冒険者の街だけありますねぇ!ますねぇ!」
学園のあるエディステラからは汽車で3日、馬車を乗り継いでさらに40日
移動だけでひと月もかかってしまったけれど…
この街は、時間をかけてでも来る価値がある!
私達はここで…
「…さぁ、みんな!早く宿をとってギルドへ行きましょう!」
この春に学園を卒業した私達パーティー…仲良し4人組と保護者1名…は
冒険者として活動すべく。新人冒険者御用達として有名な、
憧れの街へとやって来た!
「「「おぉーっ!!!」」」
冒険者の街は沢山有るんだけど…私達は、“始まりの街ルボワ”を選んだ。
実入りがいいとか、施設が整っているとか、腕のいい治癒術師がいるとか…
この街を選んだ理由は沢山あるけど。1番の理由は、なんと言っても…
「ねぇ、ヴァル兄!あのお宿はどこかしら?」
「【茜の水面亭】か?たしか…中央広場から2本入ったところのはずだ。」
「行こー行こー!!魔女様の宿に行こー!!」
「ちょっ!ちょっと、アリョーシャ!!声が大きいわよ!」
「そ、そうよアリョーシャ君!ヒミツって言ったでしょ!」
この街にはお母様が若い頃にお世話になった冒険者向けの宿がある。
娘である私は本人から直接聞いたからもちろん知っているけれど…騒ぎになって
迷惑をかけてはいけないというお母様の配慮でその事は秘密だ。
アリョーシャ君にもその事は説明したはずなのに!
「あり?そうだっけ?」
「そうですよぉ!ペチュカ様が何度も説明してくれたじゃないですかぁ!…まったく。君は困った人ですねぇ、ですねぇ…」
「はぁ…。騒ぐと目立つ。とにかく行くぞ。」
「う、うん…」
「はーい!」
「おうっ!」
「はいはい…」
私達は周囲の視線に気付かないふりをして
お宿に向かったのだった…
………
……
…
「ここが…」
「冒険者ギルドだぁぁっ!」
「ちょっ!?先行くなぁ〜!!」
「ま、待ってくださいよ〜!くださいよぉぉ〜!!」
無事にお宿の帳簿にサインした私達は荷物を置いて、
改めて街にでた。
通りのパン屋さん、広場の串焼き屋台、敷物の上で怪しげな小物
(魔道具?呪術道具??)を売るオジサマ、地方にしては立派な教会の尖塔に、
騒がしい冒険者ギルド!
憧れの景色に思わず鼓動も速くなる!
「…オレたちも行くか?」
「うんっ!!」
ヴァル兄とともにギルドの戸をくぐると、そこには・・・
「わぁ~っ!すっごい人人人〜…」
「見ろよあの掲示板!すっげー依頼の数だぜ!!なになに…5級5級5級4級5級…ははっ!3級すらねーでやんの!?レベルひっくー!!」
「そういうボクらは。全員5級冒険者なんですけどねぇ、けどねぇ…」
「ペチカ。はぐれるなよ…」
「う、うん…」
夕暮れ時にも近い時間。
ギルドの中は人でごった返していた。
「デュランさん!納品に来たよー」
「おー!お疲れぇ!!どれどれ見せてみろ…」
「初めての4級クエスト達成を祝してぇ!!」
「「「「「かんぱーーーい!!!!!」」」」」
「ねぇ…ホントにソレ受けるのぉ?」
「まだそんな事言ってるのか?…いつまでも採取依頼ばっかじゃツマラないだろ?」
「そうそう!討伐だって経験しなきゃぁ!」
「まだ私達には早いよぉ…」
カウンターには依頼を終えた冒険者達が殺到して
長い行列が出来ていた。
ひしめくテーブル席では皆が飲み食いし…入りきらない人達が通りにまで
机を持ち出して大騒ぎ!
掲示板の前では仲間と共に明日の計画を立てているパーティー。
「同行者募集ー!」と声を上げている人もいる。
ギルド員たちは忙しなく動き回り、喧嘩の騒ぎがあれば注意していた。
「す、すげー…」
「王都のギルドとは、ぜんぜん…」
学生時代に登録した王都の冒険者ギルドはこんなに騒がしくなかった。
窓口に待つ事はないし、飲み食いするような場所も無い。
依頼内容も仕事の手伝いが殆どで、討伐依頼となると1級や2級が対象の
難しいものばかりで…
「【梢の誓い(新人冒険者の少年少女が仲間を集め、少しずつ難しいクエストに挑み成長していく物語。明言されていないけど、ルボワ市がモデルと言われている…)】そのまんま。ですねぇ…ですねぇ…」
「うん………」
その景色は、憧れの冒険者の街そのものだった。
夢見た世界が、瞳の前に…
「「「「…」」」」
「…ふっ。…顔見せは今度にするか?」
…見とれていると、
1人冷静なヴァル兄がそう言った。
かお…みせ!?
「っ!そうだだったわ!顔見せ…拠点登録しなきゃ!!」
「…だそうよアリョーシャ!!いけー!!並べー!!」
「がってん承知!!」
「わっ!?アリョーシャ君違う!そっちはクエスト依頼の列!!ボクらは手続きだからコッチだよ!コッチの列だってば!!」
冒険者ギルドは世界組織のため、
登録証さえ持っていれば全国何処でも活動できる。
けど、依頼を受けるためにはそのギルドで【拠点登録】という事務手続き…
通称【顔見せ】をする必要がある。
長旅の疲れを押してギルドへ来たのも、そのためだ。
「リーザの嘘つきー!!違うじゃないかー!」
「誰が嘘つきだアリョーシャ!焦ったアンタが悪い!!」
「こっちの列に指さしただろー!!」
「…い、いいからさっさと並ばんか!!」
いつも通りの痴話喧嘩をするリーザとアリョーシャ君。私達も、
周りの人たちも苦笑いだ。
「…ほらほら!じゃれるのは後にして2人とも!」
「そ~ですよー!ですよ!」
「…黙って並べ。」
どきどきっ、キョロキョロしながら。
受付に並んだ…
………
……
…
「つぎー」
「は、はいっ!」
「ほらアリョーシャ!私達の番よ!」
「へ〜い?」
「ア、アリョーシャ君!ボクの頭を肘置きにしないでくださいよ!重い…重いよ!」
「早くしろよー」
「…ほらっ。言われてるぞ。」
待つこと十数分。
やっと私達の番が来た!!
窓を見れば黄色だった太陽が茜色に変わり…列に並ぶ人は減り。逆に、
ご飯やお酒を楽しむ人が増えた。そんな時間だった…
「こ、こんにちは!顔見せに来ました!!」
「ほいよ、ごくろーさん。あれ?君…」
受付に立っていたのはソコソコかっこいいお兄ちゃん。たしか…デュランさん。
ギルド職員のその人は私の顔をじー…っと見つめてきた。
この反応は…
「…なにか?」
彼が何を言いたいのかは…経験からわかる。
でも、あえて気付かないふりをしてそう答えると…
「…あぁ、いや。綺麗な瞳だったからね。」
「///…えっと…」
私の瞳はちょっと珍しい色をしている。
大体の人は驚くけど…冒険者だと言うともっと驚く。
それには慣れているんだけど…
さすがに。大人の男性に見つめられてソンナコト言われると…
「顔見せだっけ?パーティーかい?…なら、全員分の冒険者証とパーティー登録書。あと、あれば推薦状と引継状出して。」
そんな私を知ってか知らずか、デュランさんは普通に言葉を続けた。
むぅ…。別にいいけど…
「は、はい!みんな、冒険者証を!」
「せーいっ!」
「やぁーっ!」
「うりゃうりゃ!」
「普通に出せんのか?お前らは…」
「はははっ!みんな元気だねぇ!」
「パーティー登録書は並んでいる間に書いておきました…」
「はい。他の書類は持っているかい?」
「いえ。前のギルドでは登録だけだったので…」
冒険者証は冒険者登録するときに1人1枚発行される身分証明書だ。公文書扱いで出入国にも使える。ちなみに、複製不可能な特別な製紙で出来ている。
パーティー登録証は1つの依頼を複数人で受ける時に、その全員に実績を記録させるために必要な書類。1つの依頼で解散できる【臨時】と、そうでない【固定】がある。私達は当然、後者。
推薦状は貴族や上級冒険者から評価された時に実績に加えるための書類。ギルドの評価に繋がるんだって。
引継状は拠点を移す時に、それまでいたギルドでの活動記録を次のギルドに引き継ぐための書類。私達は学園時代、何の活動もしていなかったので発行していない…
「おー、そっかそっか。君たち新卒かぁ!いやぁ、季節の巡りは早いねぇ…。これから君たちみたいな若い子がいっぱい来るのかぁ…」
学園を卒業したかどうか?なんて
冒険者証には書いてないんだけど…
エディステラで登録したせいだろうか?デュランさんには分かるようだ。
それより今は…
「あの。それで登録は…」
「あぁ、そうだったね!ちょっと…数分で終わるから待っててねー!」
そう言っカウンターの奥へ向かったデュランさんは、分厚い本を取って何やら書き込み始めた。
残された私達は…
「ふあっ…」
「また待つのか…」
「初日は仕方ありませんよーませんよー」
「…酒買ってきていいか?」
「ダメよ!!」
できる事も無くて…
大人しく。そのまま待つことにした…
おはようございます。林檎です。
見直して、誤字脱字修正・ルビ振りなど行いました!
・・・よろしくね(22/08/20 -8:00)