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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏日林

作者: 御星海星

 初めてホラーを書きました。稚拙ですが、どうぞよろしくお願い致します。

 青く蒼く澄んだ空と縁日の綿菓子のような入道雲。

 鼓膜を占領する蝉時雨も、じんわりと脳を焼く暑さすらも心地よく感じるような、そんな夏。

 脇に置いた瓶入りのラムネを一気に呷り、仄かに湿った雑木林の空気を胸一杯に吸いこむ。

 昨夕のにわか雨の香が漂う中、透明なビー玉が、瓶の中でカランコロンと揺れていた。


「ねぇ、お兄ちゃん。鬼ごっこしよう?」


 古びたベンチをギシギシと軋ませながら、■■がつぶらな瞳を向けてきた。

 


「暑いからダメだ」

「お兄ちゃんのケチンボ」


 プイとそっぽを向く■■。……………………そうだ。


「じゃあ、かくれんぼでもするか?」

「や~あ!鬼ごっこがいいの!!」


 わざとらしくジタバタと暴れる■■。


「なら俺はもう帰るぞ?」

「ヒドイ!?」

 ■■が大袈裟に泣き崩れた。

 真っ白いワンピースに茶色い泥と木の葉がつく。

 母さんが鬼になるな。


「…………わかった、鬼ごっこでいいんだよな?」

「………………やっぱりかくれんぼにする」


 不貞腐れたように■■が言った。いつもの通り、我が家の暴君は健在な模様。


「どっちが隠れる?」

「わたし!絶対に見つからないんだから!」


 小さな拳を胸の前で握り締め、「フンスッ!」と可愛らしい気炎を上げる■■。


「あまり遠くに行くなよ?」

「わかってる!!」

「ならよし。………じゅ~う……きゅ~う……は~ち……な~な……ろ~く……ご~……」

「お兄ちゃんズルい?!」


 短い足を懸命に動かして、■■が走る。

 いつものパターンなら、皆吊り松の洞か、ヨモツ灯篭の下に行くはずだ。

 暑くなってきたし、早いとこ終わらせて帰って、かき氷でも食べよう。


「よ~ん……さ~ん……に~……い~ち!も~ういいか~い!!」



























 頭を砕かれる様な激痛に叩き起こされた。

 死にかけの豚じみた、無様な呻き声をあげて体を起こそうとして─────────喉の奥から酸っぱい物がせり上がってくる感覚。

 堪えきれずに口元を手で覆い、慌てて便所に直行して。


「うっ、おぼぅろおえぇぇえぇぇぇ………………」


 胃の内容物を盛大にぶちまけた。

 薄汚い茶色い染みのついた壁に手をつき、ぜぇぜぇと荒い息を繰り返す。

 食品衛生法ガン無視の居酒屋はマズすぎた。

 二重の意味で。

 まさしく息も絶え絶えといった惨状のまま、埃塗れのベッドに倒れ込み、何とか手の届く範囲にあったリモコンでクーラをつけ………………………


「………嘘だと言ってくれ」


 沈黙したまま、うんともすんとも言わないクーラー。

 リモコンの電池は一昨日入れたばっかり。

 クーラーも、昨日までは盛大に埃を吐きながら動いてた。

 まさかと思って台所(汚物溜め)の蛇口を捻るが、水は一向に出る気配が無い。

 部屋の明かりも点かない。

 と、なると……………………


「あの大家(クソババア)、やりやがったな」


 水と電気を止めやがった。

 このクッソ熱い時期に。俺を殺す気なんじゃなかろうか。

 いくら俺が、生活保障暮らしの家賃未払い常習犯とはいえ、やっていい事と悪いことがある。

 締め切ったカーテンに、ほとんど開けたことのない窓。

 うず高くゴミの積み上げられた、ブタ箱紛いの部屋。

 …………ああ、うん。本当に………………


「……………俺は何をやってるんだろうなぁ………………………」


 どうにもならないとわかっていながらも言うこの言葉が何回目なのかも、わからなくなった。

 いっその事、なるようになってしまえと目を閉じて。



























「………………………………あぁ、そうか行かないと」




























 襤褸切れのような一張羅を着込む。

 饐えた臭いの漂う部屋を漁り、とっておきの諭吉3枚を引き摺り出す。

 ポケットの中には一円玉が六枚。

 コレが俺の全財産か………………………クッソ虚しいな。

 擦り切れたクロックスを引っ掛け、無慈悲な炎天下と罅割れたアスファルトに焼かれつつ、駅の近くで退屈そうに紫煙を燻らせるタクシードライバーに行き先を告げる。

 どうせそんなに離れていないんだ、これだけあれば足りるだろう。

 ふと、窓に映った自分と目が合った。

 死んだ目をした、情けない無精ひげの薄汚れた生ゴミ。

 否応なしに突き付けられた現実から目を逸らし、目を閉じた。

























「……………懐かしいな」


 久し振りに帰ってきた故郷。

 あの頃と同じ風が、あの頃と同じ青稲穂を揺らす。

 何処までも真っ直ぐに広がる、舗装もされていない土道。

 相変わらずの寂びれた田舎町。

 どこか謳歌的で、それでいて陰鬱な雰囲気の漂う場所。

 …………………いやなところだが、それでも懐かしい。

 憂鬱を抱えたまま、畦道を歩く。

 重く、暗く、腐敗しきった澱が、ただひたすらに胸の内に沈んでいくような感覚。

 正直、もうこれ以上進みたくないが、泣き言に意味はない。

 遠くに見えるのは、あの日の雑木林。

 いつかと同じ入道雲が、青く透き通った空を暢気に泳いでいた。
























 鼓膜を苛む蝉時雨と脳味噌を焼く陽炎が、ひたすらに苛立ちを募らせる。

 吐き気を催すような熱気と列島特有の湿度は、俺の体から遠慮容赦なく水分と活力を奪い去っていく。


「クソ喰らえだ」


 思わず口をついて出た悪態に意味はない。

 売店で買った天然水を飲もうとして、しばらく前にそれを飲み切った事を思い出した。

 舌打ち一つ、軽いペットボトルを投げ捨て、汚らしい林道を歩く。


「確か、皆吊り松からヨモツ灯篭………だったなぁ………………」


 あの日の事は考えたくもないが、かといって忘れられる筈も無い。

 ………………奇妙に節くれ立った老松を通り過ぎ、注連縄の巻かれた灯篭を右に回る。


「………それで……お社の下を覗いて…………」


 今はもう朽ち果てた社務所を突っ切り、鬱葱と生い茂った森に踏み込む。

 あの日と全く同じ木々を掻き分け、古ぼけた小さな鳥居を潜る。

 あの日、■■の後を追った時と、同じ道。

 切り立った崖に彫られた、崩れかけの地蔵の群れ。

 風化したそれの前を歩き、僅かに獣臭い道を横切る。

 由来もわからない倒れた道祖神を踏み越えて───────────────















































 急速に意識が浮上した。

 俺を取り囲む無数の木々。

 口が、喉が、鼻が、焼けように痛く、熱い。

 ひりつき、粘つく口腔。

 視界がチカチカと瞬き、殴られたように頭が痛む。

 世界が回り、足がふらつき、後ろに倒れ込む。理解できない。

 動悸息切れがおさまら。


「オッ、オボロオェエエエッ!!」


 四つん這いになり、腹の奥から酸っぱいモノがせり上がり、盛大にぶちまけた。

 ビチャビチャと不快音がして、半分消化されたナニカが、黒土を汚す。


「何が……………っ、あった………」


 それに、俺はこの場所に見覚えがある。

 明滅した視覚が、五感が、記憶の中のあの日と重なって………


「………■■?」


 後悔と焦燥。

 仰向けで倒れる■■。

 見開かれたままの瞳孔と、半開きの口。

 五月蠅いぐらいに静かな林。

 鉄錆と赤が、黒々とした岩の上に広がり。





























 世界から音が消えていた。

 心音だけが、無駄に、やたらに、大きく響く。

 世界がグルグルと狂ったように回り、胸が痛む。

 モノクロの景色の中、白いワンピースが見えて。


「■■?」


 消えた。ふっと、蜉蝣が死ぬように。

 肩を叩かれて振り返る。

 木々の向こうへ消えていく白い布。


「なぁ、■■なんだろ?なぁ?」


 ズキズキと軋む頭蓋を抱え、後を追う。

 追憶の中、あの頃と全く同じ、鈴を転がすような笑い声。

 何かに足がとられ、靴が脱げる。

 だからどうした。

 飛び出た木の枝に皮膚を引っかかれる。

 それがなんだ。

 朱が走り、感覚が熱を帯びる。

 鼓膜と網膜の中で乱反射する■■を、追いかける。

 ぐらりと体が傾き、グシャリと何かを踏み抜く。

 プンと漂う血錆の香り。

 足元を見て、俺の靴の裏で潰れた■■の頭。


「………ぅ、ぁ」


 声にならない呻きが漏れて、後退る。

 粘つく赤の感触。

 ドクン、と大きく心臓が高鳴り、■■が消えた。

 吐き気を堪え、切れずに吐こうとして、空っぽの胃袋が、ジクジクと虚しく、痛む。

 世界が赤く滲み、■■が過ぎる。

 指が震え、呼吸が浅く速くなり、万物がグニャリと粘土細工の様に歪んで捻れる。

 目の前に佇む■■の頬に触れようとして、掻き消えた。

 耳鳴りの中、「お兄ちゃん」と静かに、それでも確かな声。

 振り向いた視野を掠める■■。

 ゆっくりと、先導するように歩く■■の後を追う。

 いつかのラムネ瓶。

 蝉時雨。

 入道雲。

 かくれんぼ。

 アイツの笑い顔が見えて──────────────────ズルリと音がした。

 

















 





 一瞬の静止。

 浮遊感。

 粘質化した世界の中、■■が優しく、そして何処か寂しげに微笑んで。

 













 嗚呼、でも。やっと。









「………………■」





 







 








 静寂の中、グシャリと湿った音が夏日林に響き、蝉が哭き出した。


























ハッピーエンド。

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