第6話 勇者
「どういう事ですか? どうして様付けを?」
金色の瞳を見開いたまま固まっている銀髪の少女に、ヨシタカは質問を投げかける。
「…………いや、すまない。ちょっと混乱している。もしかしたら私が気絶していたのも、この御方に飛びつかれて驚いたせいだったかもしれない」
(この御方……? それにさっき襲われたって、攻撃された訳じゃなくて、急に出てきたひなにビックリして気絶したのか)
少女も混乱している様だが、ヨシタカも困惑している。
(何このひなたが巻き起こす混乱の嵐。ただの世界一かわいい茶トラ猫だよ)
足元までテコテコと歩いてきたひなたを、ヨシタカは抱き上げる。
「えっと……俺の家族のひなたです。ひなって呼んで下さい。ただの猫ですよ」
ひなたを抱きながらヨシタカは代わりに自己紹介をする。
「ニャ〜」
ひなたも空気を読んでくれたようだ。
「ひなた……様……」
少女の目は見開いたままだ。
ずっとひなたを凝視している。
(瞬きして無くない? 大丈夫かな)
「いや、様付けとか要らないですよ。それで言うと何で俺は呼び捨てなんですか」
今までの少ないやり取りで、彼女には敵意が無いと判断した為、少し砕けて接してみると
「…………」
それでも彼女は黙ったままだ。
これでは埒が明かないと、ヨシタカは少し思案する。
「恋人はいますか?」
聞いてみた。
「いな……はっ! いや……待て、今のは無しだ! 何を言わせる!」
少女は顔を、その尖った耳の先まで真っ赤にしながら答え、剣を握っていない方、左手をブンブンと振っている。
「す、すみません。反応が無かったので、つい……」
ヨシタカは小さくガッツポーズをした。
「反応が無いからといって……! いや、まぁいい。とにかく、ヨシタカとひなた様はどういう関係だ?」
「先程も伝えた通り、家族ですよ。ペットと言えばいいかな? 一緒に暮らしてました。日本からここへ来た時も一緒です」
「そうか……。嘘じゃなさそう、か。ふむ、落ち着いて聞いて欲しいんだが……」
「はい?」
少女がそう前置くと、猫好きのヨシタカにとっては悲報となる事実を口にした。
「この世界に猫という種族は存在しない。絶滅した、と言われている」
「え?」
唖然。
異世界なのだから、そもそも゛猫 ゛という動物が存在しない可能性は有った。だが、目の前の少女の言葉からは かつて存在した、という事がわかる。
「伝承されているのは……」
ヨシタカと少女が近くの岩に座る。
ひなたはヨシタカの元まで来て膝に飛び乗る。日本での、いつもの体勢だ。
コホン、と息を整え少女が話し始める。
ちょこちょことヨシタカの質問が入りつつも、話してくれた内容は、
この世界には猫以外……犬や狐、ウサギや鳥など、全てを聞いた訳では無いが、日本にいた動物は大体同じ種族が存在しているようだ。
また、それぞれの血の入った人族、獣人と言われる種が存在する。その中には猫の血が入った猫人族という種族もいるようだが、猫そのものはいないとの事。
他にもエルフやドワーフ、精霊なんかも昔から居るそうだ。精霊だけは人里には来ないみたいだが。
何故、猫だけがいないのか。
その話は千年前に遡る。
かつて、世界は平和だった。
海で分けられた四つの大陸、中央大陸とそれを挟むように東大陸、西大陸、そして北の大陸。
南には海しかない、と言われている。
北以外の三大陸はそれぞれに村や街が栄えており、戦争も無く、皆が平和に暮らしていた。
もちろん、その中でもスラムの様な場所や、犯罪自体は有ったようだが、国同士のいざこざは一切無かった。
(戦争が起きた事ないって、逆にすごいな。信じられん)
そんな折、気候のせいで人が暮らす事の出来ない大陸、常に吹き荒れる雪のせいで魔の大陸と言われている、北の大陸に魔王が生まれた。
(地球でいう北極みたいなものかな。それよりもやばそうだが)
その魔王は百年ほど掛け自分の血族を増やし、大軍でもって人族や獣人族、エルフや精霊達を滅ぼそうとした。
各大陸では阿鼻叫喚、今まで争いの無かった各国に戦闘に長けた者は少なく。精々が犯罪者を取り締まれる組織がある程度だった。
魔王軍の侵攻により、各大陸の人口は半分程にまで惨殺された。
目の前で家族を喰われた者、捕まり奴隷となった者など、その光景は凄まじかったという。
魔王軍には遠慮や手心というものは一切無く、皆笑いながら侵攻をして来たという。遊ぶかのように。
平和から一転、地獄へと変貌を遂げた瞬間だった。
そんな中、中央大陸のとある村の、農奴の家庭で育つ青年が勇者の力に目覚めた。
なんでも、青年の夢の中に女神様が現れ、力を授けたとか。
青年……勇者の力は凄まじく、魔族を次々と倒していく。勇者の持つ武器には太陽の力が宿る゛太陽の加護゛というものだ。
魔族の中でも弱い者であれば触れるだけで消滅した。
魔族が陽の光に当たると少し弱くなる事もそこで判明したらしい。
だが、勇者の体は一つだ。三大陸全てを守る事など出来ない。勇者は直接魔王を討とうと考え、魔の大陸へ向かおうとした。
その時、勇者の存在を自分の血族を通して察知した魔王が、中央大陸へ直接乗り込んできた。
勇者は、これが機とばかりに攻めた。
魔王に直接、その太陽の力が込められた剣を叩き込む。
一瞬だった。魔王は呆気なく消滅したのだ。
魔王の消滅と同時、各大陸に散らばる魔王の血族である魔族達も、一斉に黒い霧のようになって消滅した。
拍子抜け。勇者はそんな心情だっただろう。
魔族が消滅したその後の大陸では、家族や友人、恋人の死に悲しむ者が多く居たが、それでも平和の再来に歓喜した。
だが、話はそこで終わらなかった。
当たり前だ。まだ猫のいない理由には何も触れていない。
魔王を倒したその数日後……
村に戻った勇者が、おかしくなった。