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第5話 猫とエルフと



(失敗した…)



 挨拶に失敗した善隆。


 会社で仕事上の交流ももちろん有るが、善隆はそこまでコミュニケーションが苦手ではない。

 苦手ではなかったはずだ。


 こんなに下手くそな笑顔で、下手くそな喋り方になるとは思いもしなかった。


 恐らくこの状況は、別の世界に来た困惑と、森探索の疲労と、ひなたダッシュの焦りと、推しキャラに出会うという夢のような状況に脳が着いていけず起こした、発作の様なものなのだ。


 更に、どこか曖昧だった世界観の仮定が、目の前の少女の存在に、「異世界だ」という確信に変わった動揺もあるだろう。


 引き攣った笑顔、両手は上に、服装はTシャツとハーフパンツ、足首から下には葉っぱ。追い討ちで、(ども)った喋り方。



(どうみても不審者です。本当にありがとうございました)


「………………」



 互いに硬直。



「………………」


(つらい…この空気…)



 だが武器はこちら側にある、急に切り掛かられる心配は一先ず無いとして、改めて声を掛けてみようと気を引き締める。



「あ、あの…」


「動くな!」


「あ、はい」



 銀髪の綺麗な髪の少女は、ボクシング選手の構えの様にいつでもパンチを繰り出せる体勢のまま、善隆を睨み付け警告する。


 

(あああ! 警戒されてるぅ! そりゃそうかぁ……。でも、日本語だ! 良かった。あ〜声かわいいなぁ。いろいろドストライクだなぁ。これは何としても味方だと信じて貰いたいな)



 後半の心情はさて置いて、善隆がもう一つ心配していた事、言語の問題である。

 よくアニメやラノベでは、言葉が通じず苦労する場面もある為、これはかなり嬉しい結果だった。



 善隆は再度気を引き締める。



「動きません!敵意は有りません!」



 伝えたい事を伝える為に、言い返される前に言い切る作戦。



「…………」



 それが功を奏したのか、目の前の少女の表情が一段、緩んだ気がした。



「お前は何者だ。何故人間がこの森に入れる」



 怒声では無いようだ。

 善隆は会話が開始されたと判断する。

 ここで間違えると恐らく敵意は解けない。



(あぁ! こんなにかわいくて綺麗な見た目なのに……強気な口調……! ギャップ!)



 別の意味で心拍数を上げながらも、表情は真剣に目の前の少女へ



「それは…」



 手を挙げたまま、善隆は正直に話した。

 日本という国の自宅で過ごしていたところ、光と共に気付いたらこの森の近くの草原に居た事。

 訳も分からず歩いていたらこの森に着いた事。

 水場を探していたらこの場所を見つけ、少女を見つけた事。



「ふむ……迷い人……か?  いやあれはただのおとぎ話だ。本当にそんな事が起こる訳が無い。だが、ニホンなどという国名も聞いた事が無いし、まずこの森に入れている事が……」



 目の前の銀髪少女は動揺を隠せないでいる様子で、何やらボソボソと独り言を呟いている。


 善隆は目の前の少女の信用を勝ち取るために集中しているが、もう一つの懸念がある。先程ビックリして逃げてしまったひなたの事だ。

 だがそれでも今はここでの選択を間違える訳には行かない。



(ひな、遠くに行かないでいてくれ。この子から信用されたらすぐに迎えに行くから。本当に待ってて……)



「すみません。話した通り、逆に俺はここの事が何も分かりませんので、この周辺の事を教えて頂けると助かるのですが……」

 


 依然、手は挙げたまま善隆は告げる。

 

 本当に何も知りませんというのをアピールする為と言うのもあるが、

 せっかく人と出会えたのだ、少しでも情報を入れたい。

 一度に世界全体の事を沢山言われても覚えきれないので、一先ずは近くに村や街が有るか、よそ者でも生活の出来そうな場所が有るか等、最低限聞いておきたい所だ。



「む……そうだな。お前に敵意が無い事は分かった。まだ完全に信用は出来ないが、とりあえず信じることにしよう」



 少女はその切れ長でとても綺麗な目尻をさらに一段と下げ、落ち着いた声でそう答えてくれた。



「ありがとうございます」



 善隆は感謝を告げ、ゆっくり両手を下ろすと、続けて少女へ



「えっと……まずは自己紹介を……」



 そこで善隆は思考する。

 そのまま本名を名乗っても良いものかどうか。

 誠意を見せるには本名に限るが、アニメやラノベの世界では日本人名というのは目立つのがお決まりだ。黒髪黒目の人間がどのくらい居るかもわからない。

 

 目の前の少女を疑う訳では無いが、どこから漏れるかもわからない為、この世界での名乗り方、偽名を考えた方が良さそうなのか、と。

 そこまで考えたが、やはり目の前の少女には誠意を見せたい。そんな男のプライドの様なものが善隆の中で芽生える。



(ただ苗字を名乗ると、よく「家名持ちだ」などと言われて、貴族と間違われるパターンがあるしな。ここは下の名前だけにしておくか)



「ヨシタカと申します」



 少女の目が見開かれる。

 その金色の瞳は相変わらず美しいが、驚きに満ちているようだ。



「そう……なのか。ふむ……ヨシタカか、宜しく頼む。私の名前は……」



 そこまで言いかけた時、少女の後ろ……草むらから


 ガサッ


 と草を揺らす音がした。



「「 !? 」」



 少女はヨシタカに背中を見せるように後ろを振り返る。

 振り返った拍子に少女の銀髪が揺れる。木漏れ日に反射したそれはとても綺麗で、花の香りがした。


 合わせてヨシタカも少し警戒した体勢を取る。



「ああ……そうだった。ヨシタカ、私がここで倒れていたのには理由が有ったのだ」



 少女はヨシタカに背中を見せ、正面を警戒したまま語り掛ける。

 どうやら背中を見せてくれるくらいには信じてくれている様だと、ヨシタカは少女の緊張感とは逆に喜んでいた。



「……倒れていた理由? 寝ていただけではないんです?」



 ヨシタカは第一印象をそのまま告げた。



「なっ……違う!  理由が有るのだ!  私はここへは水浴びに来たのだが……そこで何者かに襲われた」


「襲われた!? え、大丈夫なんですか?」


「あぁ、そいつはどこかへ行ってしまった様でな、幸い怪我は無い」



 少女は自分の身体を見下ろし、またすぐに正面へと向き直る。



「この森には本来、許可された者しか入れない結界が有るはずなのだ。なのにヨシタカといい、変な生き物といい。今日はいったい何だというんだ…………もうヤダ……」



 最後の方はヨシタカには聞こえなかったが、本来は有り得ない状況なんだなと、理解する。

 更に、”結界”という、如何にもなファンタジー用語が出てきた為に、゛エルフ゛と合わせてヨシタカは心の中で歓喜した。そんな場合では無いというのに。


 そこでヨシタカは思い出したように、後ろに置いてある剣を取る。そのまま少女へと渡すように差し出すと



「あぁ……すまない……いやなぜお前が持っている」


「あ、いや……他意は無いんです。俺の状況が状況だったので、起きてすぐ敵対されても怖いなと……すみません」


「まぁそういう事にしておこう。悪かった」


「いえ……」


「これが有れば大丈夫だ。負けることは無い」


(え? 気絶していたのに)



 と、心の中でツッコミつつ、ヨシタカは予感していた。

 逃げた飼い猫ひなた、湖の周りにもいない。

 そんな中で聞こえた、小動物が動くような物音に。



(たぶん、これは)


「出てこい! 化け物め! たたっ斬ってやる!」



 少女が剣を構える。



(ちょっ! やめ!)


「あの! ここは俺にまかせて下さい!」



 ヨシタカが腕を広げ少女の前に出る。

 その行動に少女は焦った様子で



「おい! 相手は凶悪だ! この私を一撃の元に沈めたんだぞ!」


(かなり焦っているな。さっきから強いのか弱いのかわからない感じになってる)


「大丈夫です!」



 仮に本当に凶悪な化け物だったとしたら、やばいかもしれない。だが、ヨシタカは(ほとん)ど確信していた。

 それを確かめる為に、そのまま叫ぶ――



「ひな!」



 ガサッ


 ダッ


 草むらから出てきたそれは、目にも止まらぬ速さでヨシタカと少女の間を駆け抜ける。



「くっ……早い……!」



 少女は驚く。予想よりも速かったのだろう、剣を振ることさえ出来なかった。

 そもそも剣を振っていたならば、ヨシタカがそれを体当たりをしてでも止めるはずだが。


 少女はヨシタカを睨みつけている。

 だから言ったのに、と言わんばかりに。


 ヨシタカはそんな事はお構い無しだ。

 いやお構い無しっていうのには語弊が有る。

 睨んだ顔もかわいいとすら思っているようだ。


 そのまま、ヨシタカと少女の見つめる先、湖のすぐ目の前にいる存在に声を掛ける。



「ほら、大丈夫。ね? ひな」



 おいで、と付け加えてしゃがむ。

 湖の前にいる存在――ひなたに手を差し伸べる。



「ニャ」



 それに答えるように、ひなたはゆっくりと近付いて来る。少しでも警戒している時の猫は、いきなり近付くと逃げてしまう。それは飼い猫でも野良猫でも同じ、もちろん多少は猫によって違いは有れど。

 だから、近付いてくるのを待つんだ、と。

 ヨシタカは待つ。

 ひなたは歩きながらヨシタカと、その後ろの少女を凝視している。


 そこで、後ろにいる少女の(まぶた)が、大きく開き始める。

 畏怖や喜びなどの感情的な動揺では無く、ただ純粋に、ただ真っ直ぐに



「……ねこ……さま?」



 何とか絞り出した声で、少女が言う。

 ねこさま、と。



「は?」



 その反応にヨシタカは怪訝な表情をした。



「え? ちょっと待って…」


「…………」



 あれから少女は黙ったまま、ひなたを見つめている。



「え、どういうこと?」



 ヨシタカは改めて質問した。



「ニャ〜」



 そこで返事をしたのは、エルフの少女ではなく、

 ひなただった。


 

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