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第34話 称号



 水分補給の様にウンディーネの身体を舐め続けたヒナタは、満足したように前足で顔のお手入れをしている。

 そのフワフワの前足で、フワフワの顔をクシクシと。


 逆に、舐められ続けたウンディーネはというと、放心状態といえばいいのか、直立不動のまま何も喋らない。

 


「ウンディーネ……大丈夫?」


「…………」


「おーい!」


「…………」



 ヨシタカが手を振りながら声を掛けるも、水の精霊ウンディーネは一切反応を示さない。

 いや、よく見ると身体の内部が少し泡立っているので何かしらの反応を示しているのであろうが、精霊の生体に詳しい者はこの場にはいない為、結局は何も分からないままだ。



(身体の内部が泡立っているのが見えるって、字面やべぇな。マジで異世界なんだよなぁ……)



「ど、どうしたら……。ウンディーネ様。お気を確かに!」



 放心状態のウンディーネに対し、サティナが焦った様子で声を掛けているが、それでも反応は無い。



「え、なに。どうしたらいいのこれ?」


「ニャ〜」


「ヒナどうしたの?」



 ヨシタカとサティナがウンディーネを見ながら焦っていると、足元のヒナタが二人の顔を一度見た後、再度ウンディーネの元へと近付いて行った。



「ニャ」



 ウンディーネの足元に辿り着いたヒナタが、ヨシタカへと振り返り、短く鳴いた。

 何かを訴えるように、合図を送るように。



「……ん? なに? ヒナ。なんかある?」


「ニャ〜」


「何かすればいいのかな?」


「ニャ」



(せめて首を縦や横に振ってくれると助かるんだけどな。なんだろう……?)



 ただ返事の様に鳴くだけで、ヒナタが何を訴えているのかはヨシタカ達には分からない。


 ヒナタにはスキル『読心』が有る。

 そのお陰でヨシタカ達の言葉はヒナタに伝わっているのかもしれないが、逆にヒナタが彼らに言葉を伝える術は無いのだ。

 ヒナタの表情や鳴き方、動作を見て飼い主側が察してあげる事しか出来ない。

 いくら読心があっても、それは喋る事の出来ない動物であれば当たり前の事である。

 

 当たり前の事なのだ。

 ――が、その時。



 コクン。


 ヒナタが首を縦に振った。



「へ? 今……。サティ、今ヒナが……」


「あぁ! 見た! ヒナタ様は今、頷かれた!」


「え……。本当に? ヒナ、頷いた?」



 コクン。



「ニャ」



 驚愕。

 

 猫のヒナタが反応を示し、人と同じように首肯したのだ。


 日本でも、呼んだ時に反応を示すペットの猫は多く居るだろう。

 どのような意図があるかは不明だが、少なからず鳴いて反応する子は多い。

 鳴かずに行動で示す子もいる。

 甘えたり怒ったりとその反応は様々だが、それを飼い主側が汲み取り、猫の為に行動し、関係を築いていくものなのだ。

 それはヒナタも例外ではなく、あくまで『猫』としての反応は今までにも多く有ったが。



 だが、今ヒナタは明確に『肯定』の反応を示した。

 ――そして。



「ヒナ? お腹空いてる?」



 ……フル……フル……。



「首振った!! サティ!」


「あぁ! 見てた!」



 肯定の次は否定の首振り。

 動作はゆっくりであるものの、これまた明確な『否定』の反応を示した。



「まじか! ヒナ! ……あぁ、ヒナ!」



 ヨシタカは、過去にヒナタのスキル『読心』が発覚した際、気持ちが伝わっている可能性に打ち震えた。

 それはそうであろう。ペットを飼っている人であれば誰しも一度は憧れる事だ。



 大好きなペットと意思疎通が出来たらいいな。



 そう憧れるのだ。



 日本にいる時も、『何となく』意思疎通が出来ていた気はするが、今回のこれとは別物だ。


 『お腹空いたのかな』『甘えたいのかな』


 そんな風に気持ちを察する事は出来ても、あくまでそれは人間側の推測でしかないからだ。


 だが今、彼の目の前にはそれが形として。

 明確に『肯定』と『否定』の反応を示す猫がいる。


 これ程に嬉しい事が有るだろうか。



「喋る事が出来なくても、十分だ……。ヒナに俺の言葉が伝わっていて、ヒナがちゃんと応えてくれる。こんなに嬉しい事は無い……。何度夢に見たことか……」



 目に涙を貯めて話すヨシタカに、サティナが笑顔を作った。



「驚いたな……。だが、良かったなヨシタカ。本当に。――私も嬉しいぞ」


「ありがとうサティ」


「ニャ〜」



 そんなヒナタとの意思疎通に感動しているのと同時、目の前のウンディーネの状況にも意識は持っていかれる。

 ヨシタカはヒナタの元まで歩き、ヒナタを抱き上げた。



「ヒナ。時間がある時、沢山お話しようね? 話したい事が沢山あるんだよ。――でも、今はウンディーネをどうにかしようか」



 コクン。

 ヒナタが頷く。

 その頷くかわいい姿にヨシタカは込み上げるものを抑えつつも、



「うっ……。あぁだめだ。泣くわこんなん。……ヒナが答えてくれるの嬉しすぎる」



 ――否、抑えられてはいなかった。

 結局また話は進まない。



「フフ。気持ちは察するが、しっかりしろヨシタカ」



 彼の反応に呆れつつも、サティナのその表情は満面の笑顔だった。

 彼女も嬉しい事に変わりはないのだ。



「うん。そうだね。ごめんごめん。――ヒナ、ウンディーネに何かしたらいいの?」



 コクン。



「うっ……。わかった。ん〜……頭を叩く?」



 フル……フル……。



「うっ……。じゃあ、魔力を流す?」



 コクン。



「うっ……。わかった」


「おいヨシタカ。その毎回毎回『うっ』って泣きそうになるのどうにかならんのか」


「いやだってさ……」


「わかったわかった。――それで、ウンディーネ様に魔力を?」


「うん。もしかしたらヒナはスキルでウンディーネの心を読んだのかも知れない」



 ヨシタカが説明したと同時、サティナが口を開けたまま固まる。

 


「…………」


「サティ?」


「いや……。スキル……? 心を読む? どういう……」


(あっ……)


「あっ……。ごめん、言い忘れてた」



 焦ったヨシタカは、ヒナタのスキルが読心である事を改めて説明した。

 ヒナタに鑑定を使い、そのスキル欄に『読心』とあったことを。

 


「……村の外でヨシタカとヒナタ様が見つめ合っていた時か!!」


「はい」


「そんな大事な事を……」


「はい。すみません」


「ニャ」



 事情を聞かされたサティナは驚いたが、その直後、顔を見る見る内に赤く染めていった。

 尖った耳は項垂れるように下がり、両手で顔を覆うようにして言葉を発する。



「ということは、私の心の中も読まれっぱなしか……?」


「サティ。手で顔を覆ってるせいで微妙にモゴモゴと聞き取りづらいよ」


「う、うるさい! 聞こえなくて結構だ! ……あの時も、あの時も……? はぁ〜恥ずかし……ッ!」



 彼女は何やら思い出している様子で、その度に『うっ』だの『はぁ』だのと悶えていた。

 その反応を見てヨシタカは、頭にクエスチョンマークを付けながらも会話を続ける。



「と、とりあえず。ヒナを信じて魔力をウンディーネに流してみるよ」


「……そうだな。頼む」



 サティナの同意を得てから、ヨシタカは先程と同じ様に手のひらに魔力の玉を作る。

 それをそのままウンディーネのお腹付近へと近付け、身体の中に入り込ませた。

 瞬間、ウンディーネの身体の中の泡は無くなり、ゆっくりと動き出した。



「ハッ……?」



 そのままヨシタカの顔を見据えた後。


 『また』跪いた。



「――お恥ずかしイところヲお見せしましタ」



 (ようや)く言葉を発してくれた事にヨシタカは安堵した。

 安堵はしたが、謎は謎のままである。



「行動が謎過ぎて、何がどう恥ずかしいのかわからんけど……。ヒナに舐められて、何かあったの?」


「恐れながラ……その……」



 モジモジとしながら、ウンディーネは言葉に詰まっている様子だ。



「どうした? 仲間なんだし、今後のために言ってみ?」


「……ましタ」


「うん?」


「興奮してましタ」



「「…………?」」



 ウンディーネからの説明に、二人して唖然とした。



「ん? ……身体に異常は?」


「特に有りませんネ。ただノ興奮でス」


「はい?」


「ただの興奮でス」


「…………」


「魔力を刺激しテ頂いたお陰デ我に帰りましタ」



 何か生体に関わる重大な事を聞かされるのかと、真剣に耳を傾けていたヨシタカとサティナ。

 そこへ降ってきたウンディーネの言葉は、二人の表情の温度を数段下げるのに時間は掛からなかった。



「――ヒナ。喉乾いてない? もっと『ウンディーネを飲んで』いいよ」


「ヨシタカ……。ウンディーネ様にそんな……。それに、さすがにその字面は色々とまずい」


「知るかっ! サティだって少し『イラッ』って顔してたじゃん。……心配して損したわっ!」


「ニャ〜」


「あ、あノ……ご主人様……? ちょっト……まダ今は身体が……。アッ……チョッ……ヒナタ様……ッ!」



 ヨシタカの意思を尊重するように……いや、もしかしたらヒナタも同じ気持ちだったのかもしれないが、何せ『読心猫』なのだ。

 初めから分かっていたのかもしれない。

 そんなヒナタはウンディーネへと再度向き直り、足を舐め始め――水分補給を再開した。



「アッ……伝説ノ……舌触り……ッ!」


「もういいわっ!」



 ……………………


 ………………


 …………



「ウンディーネが俺らと来てくれる事は本当に頼もしいんだけどさ。――でも、精霊界へ帰る事が出来ないのは不安だと思うし、ウンディーネの為にも先ずはそこを解決してみない? 俺らに何が出来るかはわからんけど」


「フフ。ヨシタカらしいな。――賛成だ」



 ヒナタの二度目の水分補給が終わり、今は今後の事について話を進めていた。――漸く進められていた。



 旅を続けるのもいいが、それはいつでも出来る。

 まずは、新しい仲間であるウンディーネの懸念を無くし、気持ちよく改めて冒険をスタートさせようという事だった。

 人間とハイエルフに、精霊の世界に関わる事を解決出来るかは分からない。――が、仲間の為に出来る事はしたいという意志をヨシタカは言葉にしていた。



 彼の言う事にウンディーネは俯き、サティナは笑顔で力強く頷いていた。



「あノ……。お気持ちハ本当に……有り難イのですガ、ワタシにも何モわかりませン。一年前、いつもノ様にこの森へ遊び二来て、いザ帰ろうと思ったらラ帰れなかっタ。本当ニそれだけなのでス……」



 ウンディーネは俯いたまま、自信無さげにそう呟いた。



「一年前か……。ウンディーネの魔力は、過ごし方にもよるけど一年くらいで枯渇するって事だね」


「恐らクは……。たダ、最初のうちハ気にせズ魔力を使っていたのデ、節約しながラ過ごせば或いは……」


「なるほど。了解。出来る事が有るかはわからないけど、こうやって一歩一歩進んでいこう」


「……本当に有り難ウ御座いまス」


「それじゃあ……。いつもはどうやって精霊界に帰ってるの?」


「精霊魔法『ゲート』を使用シ、それで行き来しまス」


「ふむ。……どこ〇もドアみたいな物か……。今それって出せるの?」



 この世界に来てから何度もお世話になっている『オタク知識』に、今回もお世話になる。

 例に挙げたのはオタクじゃなくとも知っている人は多いだろうが、ヨシタカは別の空間同士を繋げる門を想像した。



「どこで――何でス? 出せますけド……入ろうトしても何かに阻まレ、ただノ壁のよう二なってますヨ。この一年、何度モ試したのデ……」


「とりあえずやってみてくれる? 実際体験すればヒントになるかもしれないし。ここには魔法に長けたハイエルフもいるんだから」



 ビシッと手をサティナに向けて差し出すヨシタカ。

 顔を赤くしたそのハイエルフは、慌てながら言葉を返す。



「精霊様の前で魔法に長けたなどというな! 精霊様には到底適うはずもない! それに、私はヨシタカがいなければ何も……」


「何言ってるの。魔力はそうかもしれないけど、誰よりも勉強してきたんでしょ。それでわからなくても誰も責めないし、ただ、何か分かればラッキーだってくらいにさ。少なくともサティの知識に沢山助けられてきたよ俺は」


「ハイエルフの、サティナと申しましたネ。――自信を持ちなさイ。全ての王級魔法を使えるというのハ、精霊にだって中々出来るものではありませんヨ。それ二『魔法理解』まであるとハ……」


「は………………」


「え? ウンディーネわかるの? サティの魔法のこと」



 何も説明していないのにも関わらず、ウンディーネはサティナのスキルを間違いなく言い当てたのだ。

 その言葉にヨシタカは驚愕し、ウンディーネへと聞き返した。



「我々精霊の眼はそのまま『精霊眼』と言イ、魔力は使いますガ、その人物を少しだけ『知る』事が出来まス……」


「俺の鑑定と同じような事が出来るのか!」


「鑑定……。人間であるご主人様ガ……? 有り得ないイ……ですガ、やはリ……さすがデ御座いまス」


「良かったねサティ! 精霊様からのお墨付きだ!」



 ヨシタカとウンディーネの会話に、金色の瞳を見開いたサティナは、



「本当に……。お前と出会ってから私は……嬉しい事ばかりが起こるな。ウンディーネ様も……ありがとうございます。私に出来る事であれば全力でお手伝いいたします」



 声を震わせながら、そう言葉を発した。



「助かりまス。宜しクお願いしますネ。――サティナ」


「それで、その精霊界へのゲートを今ここで出してもらえる?」


「承知いたしましタ。――頂いタ魔力、使用いたしまス」



 会話が一段落したところで、ヨシタカは改めて精霊界へのゲートをお願いした。

 

 ヨシタカのその言葉を聞き、ウンディーネは即座に腕を上げ……そして、意識を集中させること数秒。


 目の前に渦巻く光が現れた。

 その光は、白や青、黄色や赤など様々な色が混ざり合いながら勢いよく渦巻いている。

 大きさ的には人が一人入れる程だろうか。



「うお。すっげ。アニ――本とかでは散々見てきたけど、生はやばいなこれ。綺麗だ」


「お褒め頂キ嬉しい限りでス。――ですガ、この様に……」



 ウンディーネがその光の渦に手を差し込もうとしても、壁に手を付けるように阻まれているのがわかる。

 ウンディーネはそのまま軽く握り拳を作り、叩いてもみるが『ゴンゴン』と音を立てるのみで、入れる気配が微塵も無いというのがわかる。



「本当だね。ん〜……何かヒントはないかな……。サティどう思う?」


「ふむ……。魔法の勉強はしてきたが、精霊様の固有魔法についてはそもそも資料が少ないのでな。初めて見るが……。こちら側から作成が出来て、それでも入れないとなると、内側から何かで蓋をされているような気はするな……」


「なるほど。……俺も初めて見たけど、本では見た事がある。確かにサティの言う事がしっくりとくるな」


「はイ……。ワタシにも何もわからなくテ。千年以上も生きていながラお恥ずかしイ事なのですガ」


「千年!? すっご……。そんなめちゃくちゃ年上の方にご主人様とか呼ばれるの尚更気が引けるんだけど!」


「アッ、お気になさらズ」


「わ、わかった。――それにしても不思議な光景だなぁ」



 そう言いながら、ヨシタカはゲートに向かって歩き出す。

 そのまま近付き、ウンディーネと同じくゲートに触れようとしたのだが。

 彼の手は光の渦に触れることなく、通り抜けた。



「あ、あれ?」


「ヨシタカ!?」


「ご、ご主人様!!」



 サティナとウンディーネがヨシタカへ手を伸ばすも、虚しく空振りをする。


 誰にも掴まれず勢い付いたヨシタカは、そのまま腕の半分まで入り込んだところで前倒しになり、そのままゲートの中へと転ぶ様に入ってしまった。

 壁があると思って寄りかかろうとしたら、壁が無くてそのまま倒れてしまうアレだ。



(えぇぇぇ! まじか。何で入れた? 異世界人だから? ちょ……! 目が回る……。視界がグワングワンする! なんだこれ!)



 光の渦に入り込むヨシタカ。

 その視界を青や赤、黄色や緑などの様々な色が支配していた。

 全ての景色が湾曲しているような、常人であれば酔って吐いてしまいそうになる程の異空間に一人。

 


「ずっと回りながら落ちていく感覚! まじで吐きそう! どうなってんの! もっとウンディーネに聞いておけば良かった! 入れた場合の注意点とかぁぁぁぁぁ!!」



 ヨシタカの叫びが辺りに響くが、カラフルな景色以外には何も無いこの空間で誰かに届くはずもなく。

 そのまま渦の中へと飲まれていく。




 ぐるぐる……ぐるぐると……。



 『世界を渡る者』は世界を渡って行く。



 ぐるぐる……ぐるぐる……。


読んで頂きありがとうございます。

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序盤で自分を鑑定した際に表示された称号。

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