第33話 ウンディーネ
「――じゃあ弱ってたから姿を見せられなかったの?」
「はイ。その通りでス。ご主人様」
「その癖、ちょいちょい俺の肩、濡らしてたよね?」
「……はイ。すみませんでしタ」
今、ヨシタカは目の前の人型で淡く輝く水塊――水の精霊『ウンディーネ』へと事情聴取を執り行っている。
事情聴取というと聞こえが固く感じるが、それは彼が今までに何度か驚かされていた事へのちょっとした仕返しである。
加えて、経緯を知りたいのも事実。聞かなければならない事が幾つも有るからだ。
「我々精霊ハ、精霊界とこの世界――テイルワールを本来自由に行き来できルのですガ……。ある日突然、精霊界へ帰れなくなっテしまったのでス。――精霊ハ精霊界にいないト魔力の回復ガ出来ず、消耗していク一方で……」
「なんで帰れなくなったのかは、一先ず置いておいて……。魔力が無くなるとどうなるの? 消えちゃうって言ってたけど……」
「はイ……。他の生き物と違イ、我々精霊は魔力を失うと消滅しまス……。それデ諦めかけテいた時、ご主人様達ガこの森へ近付いてくるのが見エ……」
「でも、俺が魔力を他人に渡せるのなんか分からなかったよね? この世界では魔力を渡す事は出来ないらしいし」
「はイ。なのデ、消滅する覚悟をした上デ『最後に』誰かと話したかっタ。初めはそれだけでしタ……。でモ、既にそれすら出来ない程に弱ってしまっておリ……」
「なるほど……。大変だったんだね。……それで、俺やサティに気付いてもらおうと必死だったと」
「その通りでス。水滴ほどのサイズで移動するのが精一杯デ……。そんな時、ご主人様ガ魔力をハイエルフに渡していル光景を見ましたタ。ワタシは可能性に賭ケ、消える直前に最後の魔力で体温を低下させ、声を絞り出した次第で御座いまス」
「はあ〜なるほどねぇ。経緯はわかった。無事でなによりだよ。……にしても、凄いなぁ」
普通に会話している様に見えるが、ヨシタカは相当驚いている。目がキラキラしっぱなしだ。
何せ精霊である。
今までにもファンタジー要素はこれでもかと言うほど目の当たりにしてきたが。
特に後ろで跪いている銀髪のハイエルフ然り。
だが、目の前には物理法則的に有り得ない。有り得てはいけない水の塊があり、更に淡く光を放ちながら喋っているのだ。
頭に響くような喋り方であるため、少しばかり聞き取りづらくはあるものの。
日本育ちでオタクの彼が喜ばない訳が無い。
異世界だ、と。
「凄イ……ですカ……?」
「うん。凄く綺麗だし、精霊を初めて見たからさ! 助けられて良かったよ。……ねぇサティっ」
彼は後ろで何故か跪いているサティナに同意を求める。
これほどの凄い事を、誰かと共有したくて堪らないからだ。
そんなヨシタカの言葉を受け、サティナの体がビクッと震える。そのまま彼女は、
「私に振るな……ッ!」
下を向いたまま小声で怒っていた。
「えぇ……」
彼女へ求めた同意を弾き返され、ヨシタカは次にヒナタへと目を向け様子を確認。
そんなヒナタはというと、先程からウンディーネの事をジッと見つめている。
何か思うところがあるのか、それともこの不思議な光景に目を奪われているのか、ただひたすらに見つめていた。
ヒナタが怯えていないのを確認したヨシタカは、そのままウンディーネへと向き直る。
「……さて。一番聞きたかった事を聞くよ」
「……はイ?」
ヨシタカの改まった言葉に、ウンディーネは首を傾げた。
「……なんで『ご主人様』なの?」
「はイ。ご主人様二救われたからでス。他の人とは違ウ能力にも興味は有りますガ、ワタシを救ってくれタご主人様にお仕えしたイ……そう思いましタ」
「大袈裟だよ。たまたまだから。……でも、精霊界に帰れないと魔力が無くなるなら、帰れるまでは俺と居た方がいいのも事実か……?」
「命ヲ救われルというのハ、それほどノ事なのでス。……もちろン、魔力を頂けるト助かりますガ、その為では有りませン。お仕えした上デ消滅するなラ本望でス」
「いやいや……ここまで来たら消えさせなんてしないよ。魔力ならいくらでもあげるからさ。なんでそんな全力なのさ……」
「…………ありがとウございまス。本当二……」
「でも、ご主人様はやめない? 一緒に旅をしてくれるなら、対等な立場でいたいしさ」
「嫌でス」
「なんでよ。気軽な感じでいいって……」
「お仕えするト決めているのでス。有り得ませんネ」
「……うーん。『仲間』って感じでいかない?」
「無理でス」
「ご主人様って言う割に俺のいう事全然聞かねぇじゃねえかっ!」
「これだけハ譲れませんのデ」
「譲れよ……。呼び捨てでいいって」
「呼び捨てルくらいなラ消えまス」
有言実行。
ウンディーネはスーッと半透明になり始めた。
(何その脅し方。斬新ッ)
「待って待って消えないで! わかったよ……。でも、いつか慣れたら気軽に接してね。俺は精霊を使いたいんじゃなくて、友達になりたいんだから」
「有り得ませン。――ガ、承知しましタ」
「はぁ……。まっ、宜しくね」
(冒険の序盤で精霊が仲間になってしまった……。す、すごい……っ!)
ウンディーネとヨシタカの会話が一段落着いたところで、次の話題へと進む。
ヨシタカは後ろで跪いて俯いたままの銀髪ハイエルフへと声を掛けた。
「サティ……」
「なんだっ」
「顔を上げなよ……なにしてんの……」
「おまっ……精霊様の御前だぞ!」
サティナの反応に、ヨシタカは笑いながら、
「ヒナといいウンディーネさんといい、サティはどんだけ下の立場なんだよ。うちらはみんな対等の立場! 仲間内で誰が上とかは無いから。――なんなら俺はサティに助けて貰ってばかりなんだからさ」
「……そうは言ってもな……。微精霊の方々であれば、割と人前に現れるので気軽に接せられるが……。上位の存在である精霊様は滅多に現れず人々から崇められる立場なのだぞ! そのお姿を見られただけでも奇跡に近いというのに……ッ!」
(え? そうなの? ファンタジーではよく精霊っているから普通だと思ってたけど……)
怯えとも喜びとも違う、焦ったような表情をしながらサティナは答えた。
その答えにヨシタカは不思議に思いつつ、
「ウンディーネさん。そうなの?」
横の、これまた跪いたままのウンディーネへと声を掛ける。
(というか、二人とも跪いているせいで、なんか俺だけ立ってんの気まずいわ。なんだよこの光景。俺も跪く? ヒナに?)
ヨシタカの考える通り、今は彼を中心に二人が跪き、一匹が座っている状態だ。
まるで儀式の生贄にされているような図である。
「ご主人様、ワタシの事ハ呼び捨てデ構いませン。……そうですネ。我々精霊ハあの子達――微精霊と違イ、あまリ人前にハ出ませン。こちらノ世界二来てモ、透明化しタまマ人々を眺めたリ、自然の生き物ト触れ合うくらいですネ。――たま二、困っていル人に力を貸すくらイでしょうカ」
「じゃあ遠慮なく、ウンディーネ。そうなんだね。……でも、ん〜、立場は同等でいいよね? もし一緒に来てくれるなら、仲間なんだし」
「問題有りませン。仰せのままに。――そモそモ、人々が勝手に崇めていルだけですのデ」
「だってさ、サティ。顔を上げなよ。あとウンディーネも! 今度は俺らの自己紹介をしよう」
ヨシタカの言葉に、漸く二人が腰を上げる。
二人が立ち上がったのを確認した彼は、ここまでの経緯と、ヒナタやサティナの事を紹介した。
案の定、ウンディーネはヒナタの存在に驚愕していたが、今までは動揺しない様に意識していたらしい事がわかった。
「本当二……猫様だっタのですネ……。九百年前ヲ思い出しまス。神獣様のお陰で今の我々が居ますのデ……」
「人の崇める精霊が様付けするって……猫の存在どうなってんだ……。本当に神獣なんだなぁ」
「魔王ガ滅ぼされた後ハ猫様も絶滅してしまわれたのデ、お礼を伝える術が有りませんでしたガ……、こうしてお伝えする事が漸く出来まス……。精霊を代表して深く……深く感謝を申し上げまス」
「ニャ〜」
渦中のヒナタはそれを知ってか知らずか、呑気に欠伸をしながら応えるように鳴いた。
「ヒナは当時の猫じゃないけどね。――ヒナ、新しい仲間のウンディーネだよ。宜しくね」
「宜しクお願イ致しまス」
「ニャ」
ヨシタカとウンディーネの言葉に一声鳴くと、ヒナタはウンディーネの元へと近付き……
――その身体を舐め始めたのだった。
「アッ……ンッ……ヒナタ様……ッ!」
その水のような――否、水そのもので出来た身体を捩りながら、ウンディーネが悶え。
水とはいえ、その女性らしく起伏のある身体が捩れる姿を見たヨシタカは、顎に手を付け言葉を発する。
「ほう……。続けたまえ」
「おいヨシタカ! 止め……いや、ヒナタ様のやる事を止めるなど……! いやでもウンディーネ様が! うっ……。どうしたらっ!」
どちらも崇める存在だと認識するサティナは、そのどちらへ着く事も出来ずにアタフタと揺れている。
ヒナタは慌てるサティナを横目に、水を飲むようにウンディーネの足首付近を舐め続け……。舐められ続けるウンディーネは震える声で、
「ご主人様……ッ! ワタシはどうしたラ……ッ!」
「嫌かな?」
「嫌じゃ有りませン」
キリッという効果音が書かれそうな程の凛々しい即答であった。
「……ンッ……伝説……の……舌ッ……!」
「あ〜……。うん」
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ウンディーネの言葉が読み難いのは、作中にも少し書きましたが「頭に響く聴き慣れない音声」の表現です。
ずっとでは無いのでご安心ください。