第32話 残された者の思い
サブタイ変更しました。
――ジッポ村・北門。
数日前、村の北門に大きな氷の壁ができ、一時は騒然となっていたが、訪問していた二人のハイエルフの協力の元、現在は元の形を取り戻していた。
二人のハイエルフが魔法で少しずつ破壊し村人が運ぶ。
その様にして何とか村の入口は確保されたといったところだが、ハイエルフの内の一人――サティナの姉であるラティナは未だに動揺している様子でいた。
「ここまで氷の破壊に手間取るとはな……。これほど魔力の込められたアイスウォールは里でも出せるものは少ないだろう」
「そうですね、お姉様。二人がかりでもこんなに時間が掛かるなんて思ってもみませんでした……」
ラティナの言葉に、妹のユティナが同意した。
姉と同じく動揺している様子ではあるものの、その碧眼の眦には涙の跡と、少しばかりの笑顔が宿っていた。
「商人には南へ廻って貰ったから良いものの……落ちこぼれのアイツに……余計な手間を取らされるとはな」
実際、サティナの作ったあの氷の壁は、ただの氷ではなく、濃密な魔力が凝縮された強固な壁である。
火を当てたからとすぐに溶けるような代物でもなく、天才と呼ばれた二人のハイエルフが全力を出しても、数センチメートルの範囲ずつでしか破壊が出来なかったのだ。
「……お姉様。その様な事を仰ってますが、口元がニヤけていらっしゃいますよ」
「馬鹿を言うな。……ただ、あいつも『ハイエルフ』だったのだな、と。そう思っただけだ」
ラティナの顔は相変わらず険しい表情をしているが、本人でさえも気付かない程度に、その口角を上げていた。
姉の顔をよく見ているユティナからしてみれば、その変化に気付かないと言う方が無理がある。
「――はいっ!」
金髪のポニーテールを揺らしながら、ユティナは満面の笑みでそう答えた。
「猫様の事は気になるが、今は奴らに任せておこうと思う。――異論は有るか?」
「有りませんっ」
「そうか……」
「はいっ」
北門の先を見据える銀と金のハイエルフは、姉妹の旅路に何を思っているのか。
「『私も愛してる』って、言いそびれちゃったな……。お姉ちゃん、どうか良い旅を――」
横にいる妹の様子に、ラティナが横目に気付くが、前を見据えたまま、
「ユティナ、少し泣き虫になったんじゃないか?」
「……うっ……うぅぅ……」
「まぁ……良いか」
フンッと最後に一息吐き、ラティナは空を見上げる。
まるで目から零れそうな『何か』を抑えるように。
「……いつか、また里に顔を出せ。――サティナ」
……………………
………………
…………
――ジッポ村・ディーク邸。
「ヨシタカのやつ結局少ししか持っていかなかったな。……まぁ、しゃあないか。状況が状況だったもんな」
男――ディークの目の前にはヨシタカに持たせようとしていた道具の数々が未だに残っていた。
「服と靴は……着替えたか。……ナイフと火打石も持っていった様だな」
残ったその道具を確認しながら、棚に仕舞っていく。
自分の妻との思い出の詰まった家で、思い出の詰まった道具のその一つ一つを。
「ディークおじちゃんっ!!」
ディークがしんみりと道具の整理をしていると、場違いなほど元気な声で訪ねてくる者がいた。
その来訪者は綺麗な桃色の髪を揺らしながら、
「ねこさまっ! どこっ?」
驚いたディークは目を見張り、その手を止めた。
玄関まで歩いていき、桃色の頭に手を乗せながら、
「元気だなぁモモちゃん! 猫様はヨシタカお兄ちゃんと出掛けたよ」
「えぇ〜! すぐかえってくるの?」
「う〜ん。そいつぁ難しいかなぁ」
「やだぁっ!」
その来訪者はヨシタカ達の旅立ちを未だ知らされていない様子で、駄々を捏ね始める。
そこへ、初老の男性が続いて入って来た。
「こらっ! モモ! 騒ぐんじゃない!」
「まいにちオトナシシしてたのにっ! ねこさまいないじゃん!」
「だから言っただろう。旅に出たのだと!」
いや、知らされてはいたようだ。それでも、信じられずヒナタを探しに来ていたのだ。
「まぁまぁ村長。俺で良ければ話し相手くらいならなれるんで」
「すまないな、ディーク……」
モモを追って尋ねてきた村長に対しディークが声を掛けた後、彼はモモへと向き直り、
「モモちゃん。良い子にしてたら、いつかまた猫様は帰ってきてくれるよ」
「ほんと?」
「もちろん! だから次来た時のために、もっともっと良い子にならないとね」
「わかった! ……でも」
「うん?」
「どうした? モモ」
その表情に少し影を落としたモモ。
大人二人は心配そうに聞き返した。
「パパとママも、そうやっていってたのに。かえってこなかったもん」
「「………………」」
「モモ……それは――」
「――だから」
言葉に詰まった二人に、モモは続ける。
「パパとママよりもつよい『ぼうけんしゃ』になって、ねこさま、むかえにいくっ!」
「「なっ……!」」
「ちゃんとかえってこられるように、むかえにいく!」
モモの言葉に、良い歳の男二人が動揺し頭を抱えたが、少女の小さな瞳は決して冗談を言っているような輝きでは無かった。
彼女は真剣に。
――その小さな手を、淡く輝かせながら。
決意した。
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