第24話 心を読む猫
「ラティナ姉様……」
サティナは目の前の女性へと、その冷たく悲しそうな顔を向けた。
彼女の綺麗な金色の瞳は半分程しか見えていない。
その下から抱きついたままのユティナがサティナの顔を見上げている。
サティナよりも頭一つ分、身長の低い妹ユティナは、姉から見えないように目を伏せていた。
この状況を見れば、一番上であるラティナには二人とも頭が上がらないような、逆らえないような関係なのだと、誰もが想像するだろう。
「ワイバーンを倒したのだな? それは本当か? ……落ちこぼれのお前が」
ラティナと呼ばれた銀髪エルフの最後の一言に、ヨシタカとサティナの目元がピクリと動く。
「……私だけの力では有りません。ヨシタカの協力の元――」
「そうだろうな。お前が単独でワイバーンを倒せるわけが無い」
「――はい」
(……なにこれ? なんで、村を救ったサティが落ち込む要素が生まれるの?)
先程までの姉妹のやり取りとはまた違う姉妹のやり取り。同じ姉妹でもその温度差は激しい。
妹を抱き締めるサティナの手は、震えていた。
「まぁ、剣と弓の腕だけは里の中でも良い方だったか。……回復魔法しか使えないお前の事だ。そこのヨシタカとやらを含めた村人達を囮にして……犠牲にしながらどうにかといったところか……」
「それは……」
「いい、別に興味は無い。倒したのが本当かどうか聞きたかっただけだ」
「はい……。あのっ。姉様、私は旅に――」
「そろそろ商人が来る頃だろう。村長、準備を宜しく頼む。何か手伝う事が有れば声を掛けてくれ」
サティナの言葉を最後まで聞かずに、ラティナは村長へ向き直る。
「ラティナちゃんよぉ、それはあんまりに――」
「あの……お言葉ですがラティナ様……、サティナ様は――」
「…………何か?」
ディークと村長は同時に言葉を発しようとしたが、ラティナの態度に圧倒され黙ってしまう。
「いえ……かしこまりました。――皆、テーブルの準備をしてしまおう」
「わかりました」
エルフ達との関係を悪化させる訳にはいかないと、悩む村長やディークはそれ以上は何も言えず、悲しそうな顔をして倉庫のような場所へと歩き始めた。
だがそんな中ディークだけは、ヨシタカへ『頼んだぞ』といった顔を向けていた。
他の村人も居づらくなったのか、散り散りに各所へ移動を始めた。
残されたのはサティナたち姉妹とヨシタカの四人、それとカバンに入ったヒナタだけだ。
「――ヨシタカとやら、妹が世話になっている様だな」
ラティナはサティナへは一切目を向けずに、唐突にヨシタカへと声を掛けた。
「いえ。俺の方が助けられています。サティナさんが居なかったら俺は今頃ここにいません」
「ほう? それほど妹を買ってくれているとはな。喜ばしい事なのだろうが、嘘まで吐く必要は無い」
「嘘じゃないですよ。全て本当の事です」
「ヨシタカ……」
「こいつは何の役にも立たない。――まぁ見て呉れ『だけは』はハイエルフだ。容姿だけで選んでいたら後悔するぞ?」
「確かにすごく綺麗ですね。『サティは』外見も中身もとても」
(なんだろう。大人気ないけど、ちょっとイラついてきた……。同じ銀髪エルフなのに、この……人を見下す目。それにサティへ向ける冷たい目……)
「サティナ。よく騙せているじゃないか。だが、ちゃんと教えてやらないとヨシタカが可哀想だ」
ラティナは鼻で笑いながら、サティナへと向き直った。
「ラティナお姉様、少し言い過ぎでは――」
「お前は黙っていろ。今は私とサティナ、ヨシタカが話している。お前は取引の見学に来ただけであろう」
「――申し訳有りません。お姉様」
あまりの口撃に、見兼ねたユティナが口を挟むが、ラティナから強く止められてしまう。
――ヨシタカは悩んでいた。
ここで自分も強く口を挟んで良いものか。家族間の問題に赤の他人が――それも、出会って間も無い人間が首を突っ込んで良いものか。
(こうなった経緯はわからないけど、エルフの里のエルフは固いって言葉はこういうことか……いや、サティに対するこれはまた違うな)
――その時、サティナが肩から提げていたカバンの蓋が開き、何かが飛び出す――否、何かはわかっている。ヒナタだ。
「!!!」
その場にいる全員が一様に目を見張る。
特にラティナとユティナの驚き様は、森で出会った時のサティナを思い出させる。
飛び出したヒナタは地面へと音も無く着地し、サティナの足にスリスリと身体を擦り付け、鳴きもせずに彼女の顔を下から見上げていた。
――読心スキルを持つヒナタ。
まだその詳細はヨシタカにすら全てはわかっていないが、今この時、彼は推測した。
サティナの心を読んだのだ、と。
「なんだ! この生き物は――っ!」
正体のわからない、高速で飛び出た何かを警戒し、ラティナは腰の剣に手を掛けた。
「きゃっ…………え……?」
同時、サティナに元々抱き着いていたユティナは、すぐ下――サティナの足元に驚きの表情を向け、たたらを踏んだ。
「ニャ〜」
ヒナタはヨシタカの方へ一度向き、再度サティナへと向き直る。
それを見てヨシタカは更に確信を得た。
――ヒナタはサティナの心の中を知って行動したんだ、と。
サティナの心の細かい声までは理解しているかはわからないし、自分が神獣で、姿を見せれば相手は驚くだろうなどと、そういった考えから来た行動では無いだろう。
ただ、辛い、悲しいという心の声が聞こえ、『大丈夫?』とでも言うかのように。
(わかったよ、ヒナ。――なら俺はそれをサポートするね)
「……ヒナタ様……ッ? ヨシタカ、どうしたら……」
サティナは困惑していた。
姉からの口撃と、ヒナタを隠さなくてはという焦りと、様々な思いがある事だろう。
「大丈夫。『猫は』気まぐれだから、大好きなサティに甘えたいんだよ」
ヨシタカは敢えて『猫』を強調した。
この世界では絶滅し、神獣とまで呼ばれている猫が、サティナに懐いている姿が目の前にある。
彼はそれを敢えてサティナの姉妹に見せたままにしている。
サティナは神獣に好かれる程すごい子なんだぞと、そう言ってやりたいヨシタカの、せめてもの抗いだ。
既にバレてしまった村人には隠す必要もそこまで無いが、なるべく隠そうというのがヨシタカ達の結論だった。
驚かれるだけならまだいい、人攫いならぬ猫攫いなどの被害に合わせない為だ。
にも関わらず、ヨシタカは足元にいるのが猫だと強調して伝えた。
勿論、ラティナが剣を振るおうものなら、体当たりしてでも止めるつもりだ。
これもサティナと初めて会った時と同様。
「ねこ……だと……!?」
「へ? ねこさま!?」
ラティナとユティナは変わらず驚いたままだ。
加えて、手足が震え出している。
(この反応も慣れてきたな……さすがに)
「猫です。――攻撃はしないで下さいね」
あくまで冷静に。
恐らくヒナタは、サティナの心を読んで行動した。
だがそれは口にせず、甘えているだけだ、と。ヒナタのスキルまでは公言するつもりは無いのだ。
「攻撃などするものか! 本当に……ねこ……猫様なのか? 信じられん……本物か?」
「猫様……神獣様……お姉ちゃん凄い……」
ラティナとユティナの二人は跪き、サティナの足元――ヒナタへと体を向けている。
ヒナタは、二人のその様子に少し警戒し、サティナの後ろへ隠れたが、そこに金色の瞳を見開いたままのラティナが立ち上がりながら声を放つ。
「我がエルフの里で保護しなくては――人族の手に余る。今すぐ猫様を連れて里へ帰るぞ! ユティナ! 準備しろ!」
――猫攫いに早速遭遇しました。
読んで頂きありがとうございます!
宜しければブックマークや、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎クリック頂けると凄く喜びます。