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第19話 悲嘆と安堵と猫




 ――目の前には幅二メートル程の範囲で抉られ焦げた地面が、一直線に数十メートルほど村の外まで続いている。

 まだチリチリと小さな火が残るその道のような何かは、先程サティナが放った魔法による跡だ。



 その跡が続く先では、未だに猛々しく燃える炎の残りが見えており、更に言えば村の入口に有る門や木の柵も破壊され見るも無惨な姿となっている。




「………………」



 黙る二人――ヨシタカとサティナは、目の前の光景に唖然としている。



「サティ……」


「…………」


「大丈夫?」



 ヨシタカが口を開くも、サティナは目の前の光景に何か思うところが有るのだろう、黙ったままだ。



「……魔法……撃てたじゃん。やっぱサティはすごいや」



 ヨシタカが追加で言葉を掛ける。

 彼も察してはいる。今まで、初級回復以外の魔法は使えないと思っていたのだ。

 そのせいで、どんな人生を歩んできたのかは、ヨシタカには分からない。だが、それは目の前のサティナの表情を見れば、少しは推し量れるだろう。



「……撃てた……魔法……回復以外の…………諦めてたのに………………うぅ……」

 


 泣き出した彼女は、目を瞑り下を向いてしまった。……堪えきれないのだろう。嗚咽混じりにひたすら泣いているが、それでも、悲しみより安堵が勝つその表情をヨシタカは見続けている。



(良かったね。サティ)



 だが、難が去っとはいえ未だ不安要素がある。あまりゆっくりもしていられないと判断したヨシタカは、



「……サティ。……とりあえず、村の中を見て回ろう、もしかしたらウルフがいるかもしれない。あと残ってる村人に声を掛けよう」


「……そうだな。行こう」



 彼女は一度ズズっと鼻を啜り、ヨシタカに同意する。



「……ありがとう」



 彼女は最後に、そう呟いた。




 ………………


 …………


 ……




 ――結論から言うと、ウルフは一匹も残っていなかった。

 村人も一部は家に籠っていた。ヨシタカとサティナが家の中に向かって声を掛けて回ると、彼らは外の状況を確認しながら家の外に出てき始め、中央の広場に集まりだしている。



「ワイバーンはもういないのか?」


「妻は! 妻はどこに!」


「息子が! 息子がいないの! 誰か見てない!? うぅ……」


「……どうして急にこんな事に……っ!」



 皆それぞれが辺りを見渡しつつ声を挙げている。

 そんな中、一人の中年男性がヨシタカとサティナに近付いてきた。その腕に見覚えのあるカバンを持って――。



「――あんたら、ありがとうな。逃げた奴らにも一人が声を掛けに探しに行ってる。あと……」



 その男は、ヨシタカとサティナに村の危機を伝えに来た本人だった。

 カバンを二人に差し出しながら、暗い顔をしている。


 カバンを目にしたヨシタカは、一目散に目の前まで駆け寄り、最愛の家族が入るそれを持つ男へと、



「あぁ! おじさん! カバンありがとうございます。お陰で安心して戦え……」


「すまねぇ……!!」



 ヨシタカが言い終わるより前に、男は深々と頭を下げた。


「カバンに入っていた生き物……逃げちまった……。二人が離れた後、カバンの中で急に暴れだして、びっくりして手を離しちまった……。そしたら、物凄い速度で……追い掛けたんだが、追い付けなくて……」



 男は頭を下げたまま必死に二人へと起こった事を伝える。



「……は? …………はぁ!?」



 ヨシタカは頭が真っ白になった。

 男の胸倉に掴みかかる勢いで迫るが、それを横からサティナが手を差し入れる。



「何をしているんだ! あれ程言っただろう! ……ヨシタカ、落ち着け、私も探す。ひなた様の捜索を最優先にしよう」



 サティナが代わりに怒ってくれ、冷静にヨシタカへと声を掛けたお陰で、ヨシタカは冷静さを幾分か取り戻す。



「あ、あぁ、ごめん。おじさんも、すみません。わざとじゃないのは理解してます。なので、可能なら探すのを手伝って下さい……」


「……も、もちろんだ! 本当にすまねぇ! あの生き物の種類とか、特徴を教えて貰えるか? 子犬か?」



 ヨシタカは、男のその問いかけに一瞬思案するが、ひなたを探すことを第一に考え、すぐに答えた。



「猫……です。猫の……名前はひなたです。明るめの茶色でトラ柄の……」


「……ヨシタカ。いいのか?」


「しょうがないよ。ひなを見つけるのが優先だから……」


「わかった……そうだな」



 サティナも心配してくれている様だ。

 彼女の心配も最もだが、今はひなたの捜索を最優先に考え、捜索してくれる人は多い方が良いとの結論だ。



「ねこ……? 猫だと? すまねぇ、逃がしちまった俺がこんな事聞くのはどうかと思うが、本当に猫様なのか?」



 男は動揺している。

 話が聞こえていた周りの村人もザワつき始めているが、とりあえず早く捜索をしたいヨシタカは、手短に説明をする。



「猫です。猫は絶滅したと、ここにいるサティから聞きました。でも、本当に猫なので、とりあえず信じて、余裕の有る方は一緒に探してもらえると……ただ、知らない人を見ると逃げてしまうので、目撃情報だけ貰えれば……」



 下を向きながら説明をするヨシタカ、今すぐにでも探しに駆け出して行きたいが、少しでも可能性を上げるため、まずは協力者を増やそうと考えた結果だ。

 更にいえばここは異世界、ヨシタカががむしゃらに探したところで見つかるかわからない。そこへ、



「私はエルフの里のハイエルフ、サティナだ。私も一緒に旅をさせて貰ってる。彼、ヨシタカが言っていることは本当だ。余裕のある者だけで良い。どうか頼む」


「あぁ、この前ここに来ていたエルフの子だね」



 ヨシタカの説明に補足をし、サティナが頭を下げた……



 ――その時だった。



 ヨシタカとサティナ、二人の横にある家の屋根から、何かが、頭を下げたサティナの背中に飛び乗った。



「ひやぅんっ!!」



 サティナが変な声を出したが、さすがのヨシタカもこの状況でいつも通りの思考はしない。

 ただ、何かあったのかと、サティナの方へ視線を向けると、



「――ひなっ! あぁ……ひな! 良かったぁ……」


「ニャ〜!」



 ひなたが、そこにいたのだ。

 頭を下げ腰を折っているサティナの背中に乗り、彼女の頭に前足を掛けるようにしてヨシタカへ向いて鳴いていた。


 ヨシタカは泣きそうになりがら、サティナの肩付近にいるひなたを優しく抱き上げる。



「ニャ」


「うぅ〜、ひなぁ! チュッチュッチュッ」


「………………」


(あ、やべ、サティが白い目で見てる)



「皆さんすみません! 猫見つかりました!」



 ヨシタカは村人に向き直ると、ひなたを抱いたまま、周りに向かって頭を下げた。


 だが、そんなヨシタカ達を冷静に見ている者は居らず、皆一様に驚きの表情を浮かべている。



「猫だ……猫様だ! 神獣様! あぁ、神よ……」


「本当にいらっしゃった! 猫様だ!」


「神獣様が村を救って下さった!」


「……美しい……いや、似てるだけでは……無いな…………猫様だ……」


「わぁ〜! 可愛い〜!」


 

 大人から子供まで、それはもう様々な反応を見せていた。


(いや村を救ったのはサティだけどね)




 ……………………


 ………………


 …………


 ……




 ――猫パニックから二時間ほどが経った。


 村の外の草原や、エルフの森とは反対方向にある別の森まで逃げて隠れていた村人達も、探しに行った青年に連れられて戻って来た。



 どうやら百人程が居た村人は、七十人程に減っていたようだった。

 家族を失った者、友や恋人を失った者、村人達は悲嘆に暮れていた。

 だが、それでも七十人程が生き残った。あのままワイバーンが猛威を奮っていた場合、全滅も有り得たのだ。



 因みに、ヨシタカの格好については、最初こそ不思議に思われたが、王都――都会の服は変わっているなぁとその程度で済んでいる。履物だけは途中で破けてしまい捨てた事にした。



「旅のお方――ひなた様にヨシタカ様、それにハイエルフのサティナ様。この度は誠に有難う御座いました」


 そう言いながら頭を下げる初老の男性は、この村の村長との事。

 村長は最初こそ武器を執り戦っていたが、ウルフからの攻撃で負傷し始めた際に、家の中まで家族と避難したとか。


 ここはその村長の家の中だ。

 村の中央の広場からすぐ近くの木造の二階建てで、今はその一階の広間に居る。

 そこには村長の他その妻や、ヨシタカとサティナに危機を知らせに行った中年の男性など、他数名が集まっていた。


 丸いテーブルを囲むように、床に敷いたカーペットの様な敷物の上に直接座っている形だ。



「いえ、俺とひなは何も……サティがワイバーンを倒してくれたんです。俺は近くに居ただけで……」


「……何を言っているヨシタカ! お前がいなければ私は……!」



 ヨシタカの言葉をサティナが慌てて否定する。

 ひなたはと言うと、いつもの場所――ヨシタカの膝の上で、周りを警戒するように耳と目がキョロキョロとしていた。



「まぁまぁ……。何れにしても、貴方がたが居なければ村はどうなっていたか……犠牲は出ましたが、ウルフやワイバーン、それも二頭に襲われてこれだけの被害で済んだのです」



 改めて頭を下げる村長達だが。

 それにしても、と付け加え村長が再度口を開く。



「聞いた話ではサティナ様は……失礼ですが魔法を殆ど使えないとお聞きしておりまして……それにその……猫様の存在も……未だに信じられないと申しますか……」


 

 村長の言葉にサティナが反応を示す。



「あまり詮索はしないでいてくれると助かる。旅をするヨシタカとひなた様に、私が着いて行く。それだけだ」



 ヨシタカとサティナは、事前に準備していた言葉で、詮索されない様にする事にしていた。

 人がエルフの森に入れた事や、別世界から来た事は、ただ混乱させるだけなので、基本的には口外しない。

 ひなたについては、多少は話を変えつつも、実際の話に似せた伝え方をした。別の大陸のとある森にたまたま一匹で居た所をヨシタカが保護した、といった具合に。


 初めは皆、信じられないといった様子だったが、最終的には納得したようだ。



 そこで、ずっと黙っていた男性が声を放った。


「ヨシタカさんに、ラティナちゃんとこの妹さん……サティナちゃん……今回は本当に助かった。……あと、ひなた様をしっかり見てられなくて、本当にすまなかった!」


 あの中年男性だった。



「いやいや、もういいですって! こうして無事に居るんですから! おじさん……ディークさんも無事で何よりです」


 ディークと呼ばれた中年男性は、ヨシタカの言葉を聞いてホッとしたように微笑むと



「もし、良かったらだが……今日は俺の家に来ないか? お礼もしたいし、部屋も……今日からは空いているしな」


「え……?」


「妻が、俺を庇ってウルフにやられちまって……娘は去年、夢の為に王都へ行っちまった。はは……だから、今はひとりだ」


「……っ! それは……本当に……」


 ヨシタカとサティナは、目の前にいる、家族を数時間前に失った男へと何と言えばいいのか言葉に詰まる。


「ふむ、お前もつらかったな……そうだな。それなら、ヨシタカ様方が宜しければ、ディークの所で今晩は休んでいって下さいませんか」



 村長とディークが話し、結論を付けようとヨシタカ達へ向き直ったところへ、



「えぇ〜! 猫様と一緒がいい〜!」



 小学校高学年くらいの歳頃だろうか、元気な女の子がその綺麗な桃色の髪を揺らしながら頬を膨らませている。

 高学年くらいの歳になると、もう少し落ち着いているイメージが有るが、この子は単純に元気な子の様だ。



「これっモモ! ワガママは言うもんじゃないぞ! ……すみません……これは私の孫でしてな……早くに親を亡くして、うちで面倒を見ているのですが、元気すぎて手を焼いております。気にしないで頂けると……」


「いえ、大丈夫ですよ。子供は元気な方がいいです。……モモちゃん、良かったら撫でてみる?」


「わぁ! 良いのぉ!? やたーっ!」


「はぁ〜……まったく。ヨシタカ様、申し訳ございません。モモ! せっかく許可を頂けたのだ、丁重に……丁重にだぞ!」


「わかってるも〜ん!」



 村長はヨシタカへと申し訳なさそうな顔を向ける。

 ヨシタカはそんな村長に片手をあげると、モモに声を掛けた。



(ウルフやワイバーンに襲われたさっきまでの状況、大人でもきついのに。子供にはさぞ怖かったろうな……元気そうでよかった)



「モモちゃん、いきなり近付くと驚いて逃げちゃうから、そ〜っとね? そ〜っと近付いて、優しく撫でてあげてね」


「はいっ! りょうかいしました!」


 ピシィッと音がしそうな勢いで片手を上に挙げた。


 モモは忍べてない忍び足でこちらに歩いてきたが、さすがの猫であるひなたは、瞬時に首を持ち上げ、モモを見据えた。



「ひな、大丈夫だからね」


 ヨシタカがひなたの頭を撫でると、膝の上のひなたは丸くなり始め、目を閉じた。

 日本にいた頃より物分りの良いひなたに、ヨシタカは安堵したと同時、ひなたも子供相手には大人になるのかな? と不思議にも思った。


 モモが近くに辿り着き、その子供らしい綺麗な手をひなたに優しく乗せた。



「ふにゃあああぁぁぁぁ! モッフモッフだ〜! でんせつだぁぁ〜」








「……猫触るとトロけるのと、伝説って叫ぶのは決まりなの? ねぇサティ」



 ヨシタカに突如話を振られ、顔をその長い耳まで真っ赤にしたサティナは、一秒と待たずに返事をした。





「し、知るかっ!」






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