第18話 賭け
「サティ。……俺を信じてくれる?」
ヨシタカは正面に立つサティナへ真剣な表情で言葉を投げる。
「ん? どういう事だ? 信じてはいるが……何を言っている?」
サティナは未だに少し頬を赤く染めながら、戸惑うように答えた。
今、ヨシタカの視界の端には光の文字が羅列している。
―――――――――――――――
名前:サティナ・スー
種族:ハイエルフ
称号:王級魔導師
スキル:王級魔法(全属性)
魔法理解(詠唱省略)
―――――――――――――――
(王級? なんだそれ? 上級の上っぽい感じはするけど……。サティは回復以外の魔法が使えないのでは? 全属性? どういうことだ……?)
ヨシタカは今までのオタク知識を漁り、相変わらず脳をフル回転させている。
「グルルォォ! グルルルルルルルル!」
だが、目の前には視界を奪われ暴れるワイバーン、それもそのうち視界が回復してこちらに気付くだろう。
時間が無いのだ。
再度、魔力の光を当ててもいいが、自分の魔力に限界があるのかも、二度目も効いてくれるのかも、今のヨシタカにはそのどれもが賭けでしかない。
最悪はヨシタカが身を呈して囮になり、サティナにまた後ろから攻撃してもらう方法がある。が、即死級の攻撃を受けた場合、聞いてる限りでは女神の涙には蘇生効果は無いため、単純な――死――だ。
それだけは避けたい。
ひたすらにヨシタカは考える。
この危機的な状況の打開策を――。
「サティ。君は魔法の勉強をしたって言ってたよね。王級までしてたでしょ?」
「は? なぜそれを……? そうだが……」
(……よしビンゴ! とりあえず魔法の階級なのは分かった。上位っぽいな)
「……わかった。しかも、全ての属性を勉強したでしょ?」
「っ! そうだ。だが初級回復以外は何も使えなかった。初級から王級までのどの属性も全てだ! だから私は……」
「――サティ! 今は俺を信じて。大丈夫だから。俺の言葉を聞いてくれ」
「……わかった。すまん」
――時間が無い。
もう、ワイバーンの視界は回復するだろう。
――賭けよう。
これでダメなら、自分が囮になる。
「サティ。中級だろうと、王級だろうと、あのワイバーンを倒せる程の魔法……すぐに思い付く?」
「何を言っているんだ? ……いやすまない。恐らく上級か王級なら殆ど、どの属性だろうと倒せるだろう。エルフ達は殆どが中級魔法使いだ。そのエルフが五人で倒すのだ。上級か王級なら……中でも効果的なのは……」
「いや、そこまで分かればいい。細かいことはサティに任せる」
「……?」
ヨシタカは、賭けに出る。
――もし、サティナが魔法を使えない理由が、適性ではなく、只の魔力不足なら?
――もし、自分の体内の魔力、それを空気中に霧散させず、誰かに送る事が出来たら?
――もし、魔力をサティナに渡す事が出来たら?
ヨシタカは昔、ネットゲーム――通称ネトゲを数年間プレイしていた事がある。そのゲームでは、剣士だろうと魔法使い、僧侶だろうと、魔力ゲージが無くなれば魔法は疎かスキルと言われる剣技等も使えなかった。
ネトゲの中では、魔力切れになった魔法使いに、僧侶が魔力を分け与えたりも出来ていた。
アニメやラノベでも、手を繋ぎあって魔力を渡すシーンだって……と。
ゲームによっては、それでもそのキャラの最大値までしか回復出来ないパターンもあるが、一時的に最大値を超えて回復するパターンもある。後者であれば――
――それを、試す。
もちろん、上手くいく保証など無い。
もし失敗すれば、先にも考えた通り自分が囮になる。
また目眩しをする。襲われても仕方が無い。
自分が死ぬ前にサティナが倒すと信じている。
だが、賭けられるチップが有るなら、賭けてみよう――。
「その魔法をイメージして。詠唱は……しなくていい。ただイメージして……ヒールを使う時みたいに! んで魔法名を唱えてみて欲しい」
(……たぶん。そんな感じよね? 詠唱省略って、アニメとかだと、イメージと魔法名で出来てるし)
「……は? いい加減、意味がわからんぞ! お前を信じてはいる……が。何度言ったらわかる! 使えないのだ! それに詠唱をするなとはどういうことだ!」
傍から見れば、ヨシタカの言っている事は、サティナに対する嫌味にすら聞こえるかもしれない。
魔法が使えないというのが明らかな人に対し、魔法を使ってみろと、そう言っているのだ。
(――もしかしたら、詠唱はした方がイメージは湧くか?)
「……わかった! 詠唱はしてもいい。とにかくやってみてくれ!」
「っ! もうわかった。信じればいいのだな」
「……ごめん。うん。――信じて! でもダメだったら全力撤退だ! 俺が囮になる!」
ヨシタカの言葉に首肯し、サティナは少し先で未だに暴れ回るワイバーンに向き直る。
そのままヨシタカはサティナの背中に手を当て、
「……ひぅっ! ……なんだ!?」
「触ったのは素直にごめん。でも許して信じて!」
「わ、わかった……よし、やるぞ……」
サティナが手を前に掲げ、構えたまま瞳を閉じた。
合わせてヨシタカは体内の熱に集中し始める。
「――猛る炎の神よ……」
サティナの詠唱が始まる。
そしてヨシタカはタイミングを合わせる。ヨシタカは魔力を手の先に移動させる様に集中させ、その熱を手の先から放出させるイメージでサティナの背中へ……。
「――っ!」
サティナが驚き息を吐く。
それでも彼女はヨシタカを信じ、詠唱は止めない。
同時、サティナの身体を白いモヤが包むように、淡く輝き出す。
(お! モヤ……? 光? 成功か? わからん! ……それにサティの反応的に俺の魔力の熱は感じているようだが……あとは撃てるかどうか……)
それからサティナの詠唱が数秒続いた後……
――ボッ……と。
サティナの前方から熱を感じる。
ヨシタカが魔力の放出を継続しながら、彼女の肩口から前を見てみると――。
――小さな炎が、サティナの手の先に浮いていた。
それはとても小さかった。だが間違いなく炎だった。
紅く揺らめくそれは、サティナの詠唱に合わせて物凄い勢いで渦巻くように回転し始めた。
――更に数秒後……。
サティナは詠唱が終わったのか、魔法名を唱える直前に目を開ける。
そして目の前の光景に、
「……へ? ……あれ? なんで? ……ヨシタカ? 私……魔法…………何十年も……今まで……ずっと……なんでぇ……出来てるのぉ……」
「出来たな!」
(……ん? 何十年……? まぁいいや)
ヨシタカは少し気になる言葉を耳にした気がするが、とりあえず安堵する。
――成功だ。
同時に、目の前で声を震わせながら涙を浮かべている、そのサティナの瞳を見て笑い掛けた。
「さっすが! サティナ・スー! どんな魔法かわからないけど! やったれぇ!」
ヨシタカはもう片方の腕で拳を作り、目の前で暴れるワイバーンに向けて吼えた。
ワイバーンは視界が回復してきたのか、キョロキョロと辺りを確認し、――燃え渦巻く炎と、人の声のする方……二人に気が付いた。
気が付いた途端、巨体とは思えない速度で体勢を整え、そのまま身体を後ろへ反らせる。
腹を膨らませ、閉じた凶悪な口からは光が漏れ始めた。
まるで何かを腹から吐き出そうとする様なその動きは……。
(……え、なにあれ。アニメで見たことあるぞ……? ブレスとか火の玉的な……? まずい!!)
「サティ! ワイバーンが……」
ヨシタカの言葉を聞くと同時、サティナも前方の状況に気が付いた。
ズズッと鼻を啜ったサティナは、涙を拭きながら正面のワイバーンを見据える。
「まかせろ。……ありがとう……ヨシタカ! 後で詳しく聞かせてもらうからな! …………《上級火炎魔法》インフェルノ・フレイム!」
――一瞬だった。
小さく渦巻いていた紅く猛る炎が、サティナの声で魔法名が発せられた途端、一瞬にして数メートルの炎の玉へと巨大化した。
その巨大な炎の玉は、小さかった時と変わらず渦巻いており、周囲に物凄い熱風をうねらせている。
「……熱っつ!! 熱い! これやば! サティやば! かっけえええぇ! 魔法すげぇぇぇ!」
ヨシタカの叫びを耳にしたサティナは、その金色の瞳を輝かせた。
――直後、巨大な渦巻く炎の玉はそのまま物凄い速度で、前方に飛び出す。
その勢いは凄まじく、地面を抉り、地面すらも焦がしながら、ワイバーンに迫る。
ワイバーンが目の前に迫る炎の玉に気付いた時には、既にもう身体の殆どが巻き込まれている。それ程の速度だ。
そのまま炎の玉はワイバーンを巻き込みながら、物凄い速度で前方に飛んでいき、数十メートル進んだところで……。
大きな爆発を起こし、天にも届きそうな火柱を出現させた――。
その地響きと熱風は、数十メートル離れたヨシタカ達にも届き、二人は唖然としている。
「「………………………熱っ」」
(……これが……オーバーキルというやつか……)
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