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第17話 王級魔導士




 今、ヨシタカ達の視界には、二メートル程の蠢く黒い塊がある。

 彼とその隣にいるサティナは、その黒い塊の近く、木造の家の影に隠れるように様子を見ているが、中々に足の竦む光景だ。



「……いるな」


「アレが……ワイバーン……」


 

 黒い塊――ワイバーンと呼ばれる竜種は今、何かを夢中に喰らっている。

 ワイバーンの周辺には血溜まりが出来ており、ゴリゴリと不快な音が響いている。



「うっ……。予想以上にきつい光景だ……臭いもきつ……」


「大丈夫か、ヨシタカ? 私も慣れている訳では無いが、きつそうなら私が先陣で……」



 サティナの話では、戦闘に慣れたエルフで最低でも五人掛かりで討伐をするとの事。

 皆で移動し惑わしながら、火や風などの魔法で倒すらしい。

 あくまでサティナも聞いた話でしかないとの事だ。



「大丈夫。初めてだから……少し、驚いただけ。注意さえ引き付ければ、サティの剣で倒せるんだよな」


「それは間違いない。私の剣の腕は里の中でも上位だ。ただ実戦経験が無いだけで……」



 サティナが言い終わる頃、ヨシタカは彼女の肩に手を掛ける。



「まじで信じてるからな! 食事中で油断してる今が好機だ! やってやろう!」



「……私もお前を信じてる……!」



 ヨシタカには戦闘の経験など無い。

 だが、そんなヨシタカでも思いつく限りの戦闘、それが囮役だ。

 囮役は囮役でも、ただ逃げ回るだけにするつもりは無い。少しでもサティナが戦いやすくするために動くつもりだ。



(……俺の唯一の……)



 ――ヨシタカは飛び出す。

 地面に落ちている野球ボール大程の瓦礫を拾い上げ、食事に夢中になっているそのワイバーンへ目掛けて、



「唸れ! 俺の肩! 三十五歳運動不足の全力投球ぅ!」

(ひいぃぃぃぃ! こえぇぇぇぇ! でけぇぇぇぇ! 屈んでて二メートルかよ! 全長でか!)



「……え?」


 どこかから微かに疑問の声が上がるが、今は無視をする。




 ヨシタカは全力で叫んだ。

 叫んだ事にも意味が有る。注意を引くためだ。

 その間に逆側の家の裏からサティナが回り込む。


 ヨシタカの叫びに、ワイバーンが気付く。

 その口に咥えた「命」だったものを落とし、ベチャッと不快な音が響いた。


 ワイバーンがヨシタカへ振り向くと同時、その顔面に瓦礫を叩き付けた。



「グルルルルルルルオオオオオォォ!!!」



 突如襲ってきた音と衝撃にワイバーンが怯むが、怯みながらも、その獰猛な眼球が明確にヨシタカを視界に捉えるのがわかった。

 ただし、その鼻だと思われる二つの穴の片方から、真っ赤な血を流しながら。



「おぉっし! 上々! そして輝け! 俺の唯一の! 魔力の光ぃぃぃぃ!!」



 ヨシタカの唯一の魔法と言っていいのかはわからないが、異世界に来てからの能力。身に秘めた高魔力である。

 

 サティナに魔力の感じ方を教わったあの時、ヨシタカの手の先からは目が眩む程に輝いた光が有った。

 魔力を持つ者が魔力を感じ、手から放出するイメージをすると、その魔力の強度、量に比例して輝く。

 サティナから魔導師以上だとお墨付きを貰ったその魔力を、手の先から放出する。


 魔法が使えないヨシタカの唯一の魔力の使い方である。


 魔力を放出し、空気に触れると魔力は霧散し輝く。

 それが、この世界の常識というのは、サティナの言だ。



 ――じゃあ、その空気に触れる魔力の量を増やしたら?

 

 ――魔力だけを垂れ流す人はこの世界にはいない。なぜか? 魔力があるなら魔法を使うからだ。


 ――だが、ヨシタカは魔力がある癖に、魔法は使えない。



「俺に出来るのは! 魔力を放つ事だけ! 全力のただの光を、その目に喰らえぇぇぇぇ!!」



 ヨシタカはその手をワイバーンに向け、光を放つ。

 光るのを確認して止めるのではなく、全力で集中し、放ち続けた。


 身体が熱い。身体の中から湧き出るような熱。

 それが滝のように手の先から放出されてるのが分かる。




 ――白。



 今の状況を一言で言うと、その色だけだ。

 辺り一帯が真っ白に輝いている。


 ヨシタカの予想通りか、予想外かはわからない。

 ただ白く……空間が染まる。



「俺も目を瞑るの忘れてた! うお! まぶし!」



 遅れて目を瞑るが、確実に目が眩んでいるだろう。同時に、念のため後ろへバックステップだ。



「グルルルルルルルオオオオオ!!!!!」



 何か大きな物が、ヨシタカの目の前を通過する、その風切り音だけが聞こえ、遅れて風圧がヨシタカの顔を叩く。


(ひいいいいぃぃ! い、今なにか通った! 手!? 爪なの!?)



 恐らく奇襲は成功しただろう。

 更に言えば、初撃の回避に成功した。目眩しからの適当なバックステップだ。


 ヨシタカのやる事は一先ず終了し、あとはサティナを信じるのみ。



「サティィィ!!!」


 ヨシタカは、見えていない目のまま空を仰ぎ、その名を叫ぶ。






 ――――――キィンッ



 甲高い金属音が一つ、響いた。



「グルル……ル……」



 瞬間、ドサッ……と。何かの落ちる音。



 その直後に、トンッ と何かが着地する音。





 ワイバーンの首が、完全にその胴体から離れたのだった。




……………………


………………


…………

 



「はあ……はあ……はあ……」



 ヨシタカは、だらしなくも大の字になり、地面に寝ている。



「別に……大して動いたわけじゃないけど……緊張とかいろいろ……限界……」


「私が……ワイバーンを……」


「さっすが、サティ! 一撃とかやばいな!」



 心から嬉しそうにするヨシタカと、放心しているサティナ。仰向けに倒れたヨシタカと立ったままのサティナが見つめ合う。


 その脇には、首と胴体が切り離された大きな黒い物体。トカゲを数メートルの巨大で凶悪な姿へ進化させた様な、見るだけで震え上がるような竜種――ワイバーンが横たわっている。




「……やったな!」



 そうヨシタカから声を掛ける。


 それにサティナは、満面の笑みで、



「……うん!!」



 眦に雫が有ったように見えたが、眩しい笑顔のせいで、ヨシタカにはわからなかった。



「っていうか! 一撃とか、俺いらなかった気すらするわ……サティつっよ」


「……ヨシタカのお陰だ。うまく気付かれずに後ろに回れれば、可能性は有るが……確実性は無いし。なんせ私も初めてで不安だったからな。気付かれた場合、防がれる可能性が高い」



「そう言って貰えると、勇気を出した甲斐が有るよ! 良いコンビネーションだった!」



「ああ!」




「……後は他にウルフ共が残ってないかを確認しないとな……よっと……」



 ヨシタカが立ち上がり、

 そのままワイバーンの死骸へ近付こうと歩く。


 その時――



「ヨシタカ!!!」


「え?」



 ヨシタカはサティナに突き飛ばされた。

 ヨシタカは訳もわからず、吹き飛びながらサティナを見つめた。

 瞬間、上から影が落ちてくる。

 そのままヨシタカが立っていた場所を大きな爬虫類の様な鱗の有る腕が振り下ろされた。



 ガキイイィンッ、と。



 金属音が響いた。

 先程の、刃が骨を断つ音とは違う。刃と刃がぶつかり合う様な音だ。



「……へ?」



 ヨシタカは目の前の光景に唖然とする。



 空から大きく蠢く黒い塊が降ってきていた。




 ――ワイバーンは、もう一体居た。




 振り下ろされた腕とその爪を、サティナが剣で受け止めている。




 ヨシタカは立ち上がりながら、


「サティ……!」


「下がっていろ!」


「……わかった。目眩しは必要か? 俺は何をしたらいい!?」



 奇襲の時は、シンプルな囮が出来たので分かりやすかったが。交戦中の場合、ヨシタカの経験の無さが露呈する。

 目眩しをして、逆にサティナの足を引っ張るかもしれない、瓦礫を投げてサティナに当ててしまったらと。

 身を呈しての囮くらいしか思い浮かばない。

 だが、今ワイバーンはサティナに的を搾っている。

 


「……それなら、ぐっ……私の後ろから、魔力の……」


「サティ!」



 ワイバーンが、もう片方の腕を振り上げた。


 更に言えば、ワイバーンには、その凶悪な口に凶悪な牙も有る。


 ヨシタカは絶望する。


 ――どうすればいい? どうすれば切り抜けられる? ついさっきまで平和だったのに、なんでだよ、と。

 ――これが異世界か、と。


 ヨシタカは念の為、唯一の武器である魔力を全身に巡らせ、いつでも手から光を放てるように準備をしておく。


(木の棒でも何でも、持ってくれば良かった。村なら、斧のひとつでもあるだろうし。くそっ! なんでもっと考えない! 物を投げることと、目眩しの事しか考えてなかった……!)



 一先ず建て直さなくては何も進まない。

 普通に戦ってもサティナなら勝てる可能性もあるが、即死級の攻撃を喰らわないとも限らない。

 それだけは避けなければと、自分なりに判断したヨシタカは、



「俺も下がる! サティも一旦退こう!」


「わかった!」



 ヨシタカが体の向きを後ろに変え、走り出す。

 ワイバーンのもう片方の腕が振り下ろされる前に、サティナも一度剣で薙ぎ払い、後ろに跳ぶ。

 そのまま彼女もヨシタカと同じ方向へ向かって走り出した。


 ワイバーンの腕はそのまま空を切った。



「逃げると見せ掛けて……もっかい魔力の光! サティ、目を瞑ってこっちに走れ!」


「わ、わかった!!」



 ヨシタカは振り向きざまに、手をワイバーンに向ける。

 今度はしっかりヨシタカも目を瞑る。

 その間もワイバーンはこちらに向かうだろうが、一度目を眩ませれば少しは時間が稼げる。


 ヨシタカの手から、先程と同じように光が溢れ、辺り一帯を再度、白に染めあげる。



 一体目のワイバーンとの戦闘を見てたのかはわからないが、この二体目もまんまと目眩しが成功したようだった。

 ただ、なりふり構わず暴れる可能性がある為、間違いなく後ろを取った時じゃなければ攻撃は仕掛け難い。



 短めに光を抑え、魔力を絞り始めたところで思考を巡らせる。

 光らせすぎても自分たちが見えないからだ。

 そのまま視界を回復させていき、目を開け始める。


 案の定、ワイバーンはその場で様々な方向へ腕を振り回していた。



(どうする、どうする、どうする、どうする)



 目を開けた瞬間……サティナが躓いて転倒しそうになっているのが見えた。

 ヨシタカは咄嗟に身を乗り出し、サティナを受け止め抱き締める。



「大丈夫?」


「あ、あう、すまない……先程の戦闘の緊張で、脚が(もつ)れて……」


「……うん。無事なら良かった」


(初めて抱き締めた。くっ! 喜んでる場合じゃ柔らかくて良い香りするスーハーッ)


 

 頭が昇天しつつも、ヨシタカは思考は続けている。



(何か方法……、当初の予定通り囮とバックアタック? それしかないか? もう時間も無いから決断しないと!  女神の涙は口に含んだままだ。だから最悪俺は瀕死でもいい。生きて隙さえ作れれば! ここで死ぬのだけは絶対いやだ! ひなを置いて行きたくないし、せっかく出会えた『サティ』の事をもっと『知りたい』!)




 腕の中にいるサティナを見つめながら、ヨシタカがそう考えた瞬間だった。



 ヨシタカの視界に光の文字が羅列する。



―――――――――――――――

 名前:サティナ・スー

 種族:ハイエルフ

 称号:王級魔導師

 スキル:王級魔法(全属性)

     魔法理解(詠唱省略)

―――――――――――――――



(……え? サティの情報? 物だけじゃなくて他人にも使えるのか!? いや多少は予想してたけど、忘れて……って、……え?)



「……あ、あの。……ヨシタカ?」


 サティナは顔を赤くしてキョトンとしている。



 腕の中からサティナを解放したヨシタカは、彼女の両肩に手を乗せて、真っ直ぐにその金色の瞳を見据える。




「サティ。……俺を信じてくれる?」





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