第14話 曇り時々晴れ
中央大陸。
南東にあるエルフの森から北東方向、ジッポ村への道中。大草原の真っ只中。
あれからサティナの表情が少し曇ったままな事に、サティナをよく見ているヨシタカが気付かない訳もなく、心配した彼は声を掛ける。
「それにしても、ここは本当に何も無いんだなぁ。見渡す限りの草原だ。気持ちが良いな!」
「……そうだな。この世界では数少ない安全な草原だ。まぁ、村に近付くと少し凶暴な野犬が出るらしいが、過去に一度、村に行った時は一匹も遭遇しなかった」
サティナがジッポ村に行ったのはつい二日前の事であるが、それは特に語らず淡々と答えるサティナ。
「あ、サティも一回しか行ったことないんだ?」
そのヨシタカの言葉に、更に陰を落としたサティナが申し訳なさそうに
「……実はそうなんだ。すまない、頼りないかもしれないが、しっかりお前を……」
「何言ってんの。慣れてる人に安全に送って貰うのもいいけど、実は俺……結構ワクワクしてるんだよ! ひなも居るしね。サティも慣れてないなら……これ、冒険みたいじゃない? うおぉぉぉぉ!」
童心に返ってはしゃぐようなヨシタカ。そんな場合じゃないというのは、彼自身 百も承知だが、せっかくなら楽しもうとする。もちろん、安全が第一というのが前提だ。
そんなヨシタカの言葉を聞いて、サティナが目を見開く。
「……はぁ。ヨシタカと居ると、なんか自分の悩みがどうでも良くなってくるよ。なんだったんだ、今までの人生は」
「え? 人生?」
いや……と、サティナはそう苦笑した後、陰を取り払った様に、その美しい金眼の輝きを変えて
「そうだな! これは、冒険だ!」
前を向いた。
……………………
………………
…………
「ところで、ヨシタカ?」
少し沈黙の空気が流れていたが、唐突にサティナが破る。
「ん?」
「……敬語。無くなったな」
「あっ」
ヨシタカは焦った。何となく気付いていたが、それが自然過ぎて、当たり前になっていた。
だが、馴れ馴れしすぎたか、と指摘を受け今更不安になり始めた。サティナに嫌われたくない、ヨシタカはその一心だ。
焦ったヨシタカに、笑顔でサティナは続ける。
「まぁ、結構前に気付いていたがな。その方が私も話しやすくていい。私には敬語は使わないでそのままで頼む。それが言いたかった」
その言葉を聞いてホッとしたヨシタカ。
「そ、そっか。良かった! じゃあそうさせてもらうね!」
「うむ」
……………………
………………
…………
「ところで、ヨシタカ?」
「な、なに?」
(え? なに、何でこんな小出しにして何か言ってくるんだろう。ドキドキする。こちとら嫌われないように必死なんだよっ)
「あ〜……その格好は……寒くないか?」
何度も言うようだが、ヨシタカの格好は上は半袖のTシャツ、下は布のハーフパンツ、足首から下は葉っぱを巻いただけである。
「ん〜気を張ってたからかな? 少しは寒いけど、我慢は出来る程度だよ?」
「そうか……これでも、今は冬なんだがな」
「えっ……そうなの!? ああぁ、寒いかも……!」
気付かされた途端、である。
実際、ここは大陸の中でも南の方であり暖かい方ではある、寒い地域に比べるとその寒さには天と地程の差があるが。
だがそれでも、寒い事に変わりは無いはずだ。
道理で、ひなたもヨシタカの脇に頭を突っ込む形で胸に収まってるわけだ、とヨシタカも納得する。
サティナは寒くないのかなと、ヨシタカが少し彼女の格好を確認すると。
和服を動きやすくしたような服、その上から胸当てと小さめの腰当て、更にその上から長さでいうと肘辺りまでをすっぽり隠せるような、何かの皮っぽい外套を羽織っている。
「なるほど、サティは割と万全にしているな」
「それはそうだろう。冬だからな」
えっへん、とでも言うようにサティナが胸を張る。
そしてそのまま顔を少し赤くしたサティナは、カバンから大きめの布の様な何かを取り出し、無言でヨシタカに差し出す。
「え? これは……外套? いいの?」
「……風邪でも引かれたら足手まといだからな! 私が先日まで使っていたお古で悪いが。私は今は遠出用に新調してた物を使っている。だから遠慮なく使え。別に他意は無いぞ? 純粋に足手まといになられると、お互いに大変だし、なによりひなた様に……」
「わかったわかった! じゃあ遠慮なく……お! 結構暖かいんだな! それに何処となく、サティっぽい花のかほりが……」
スーッと鼻で吸い込むようにヨシタカが外套に顔を近付ける。
ゴッ
ヨシタカの意識は、突然聞こえたその殴打音の様な音と共に、途切れた。
(あぁ、真っ赤な顔も……可愛いなぁ……)
……………………
………………
…………
「はっ!!」
ヨシタカは目を覚ます。
頭の下にはグルグルに巻いたタオルの様なものが枕代わりにされている。日本のタオルより作りが雑でゴワゴワした物だ。
「あれ……俺は……。あぁ、ここ異世界か……」
寝ぼけ眼でそう呟くヨシタカ。
目が覚めたら日本に戻っていて、異世界や銀髪エルフが夢だった、とはならなかった事に、不安と喜びが同時に襲う。
「……目が覚めたか。急に倒れたから驚いたぞ。思えばテイルワールに来てから休んでいないのだったな。遅くなったが、そろそろ昼食にしよう」
微妙に慌てつつ、座りながら自分のカバンからパンやらジャムのようなもの、それと木の実を取り出している銀髪ハイエルフの美少女、サティナがヨシタカに声を掛ける。
「あ〜、目覚めたら推しキャラが目の前で食事の準備をしてる……。し・あ・わ・せ……」
「オシキャラ? 馬鹿なことを言ってないで身体を起こせ。食べるぞ」
「ん、わかった。ありがとう。あと外套もありがとう。暖かいよ」
「うっ……。うむ、問題無い。……あぁあと、勝手で悪いが、ひなた様には干し肉を細かくちぎって水でふやかした物をお渡ししたが、良かったか?」
横をチラと見ると、ひなたがガツガツと干し肉を食べていた。その横には木で出来たお皿の様な器が置いてあり、水が入っている。
「うん、大丈夫。何から何までありがとう。本当に助かるよ。猫は草も食べるけど、一応肉食だから、大体は大丈夫。ただ絶対にダメなものも有るから、聞いてくれたら都度教えるよ!」
異世界の味だ、などとサティナが用意してくれた食事を楽しみつつ。
ヨシタカはふと気になった事をサティナに訊く。
「エルフは肉を食べないのに、干し肉を持っておくの?」
「あぁ、その事か。エルフは人族との交易に通貨も使うが、一部物々交換する場合も有る。その為に狩りもするし、余らせた肉は干して保存する」
「そうなのか。まぁ確かに、こういう世界ならお金が役に立たない事もあるだろうしなぁ」
そこで少しだけ表情を曇らせたサティナは、何かを思い出しながら続けた。
「私は……狩りや家事は……あぁいや、ちょっと役割が違ってて、干し肉は持っていなかったが、妹が居てな。家を出る時に通貨といざという時の干し肉、食料や水など一通り揃えて渡してくれたのだ」
「妹が居るんだね。出来た妹さんだなぁ」
「うむ、本当に……。良い妹だと思う……。しっかりしてて。私とは」
「サティにそっくりだな!」
ヨシタカは、隣に座ったひなたの頭を撫でながら言った。
ひなたは食べ終わったらしく、舌で口周りや手を舐めつつ顔のお手入れをしている。
「え?」
ヨシタカの言葉に驚いたサティナが聞き返すと、キョトンとした顔で彼は続けた。
「え? いや姉妹だなぁって……違った? 優しいとことか、相手の事を考えて行動するとことか、そっくりじゃない? 会ったことないけど……そんなサティの妹なんだから、納得だなぁ……ってさ……あれ?」
「私が……?」
「いやいや、そうでしょ。じゃなきゃ今頃、俺はこんなに安心してここにいないと思うよ? たぶん今頃、まだ森でひなと試行錯誤してたと思う。何度も言うけど、サティが居てくれて良かったよ!」
「そう……か。そう言って貰えて嬉しいよ」
それからサティナは数分間、後ろを向いたまま黙ってしまった。
鼻を啜った音は、ヨシタカには聞こえてないだろう。
(本心だけど、ちょっとクサかったかな。でも、そんなに照れてくれると、言葉にした甲斐が有った!)
ヨシタカは気付かない。
その言葉が、サティナにとってどれ程、大きな言葉だったのか。
……………………
………………
…………
「よし! 休憩も取れたし、暗くなる前に少しでも進んだ方がいいよな!」
ヨシタカがそう意気込み、サティナに同意を求める。
「そうだな。進みつつ、良いキャンプ地を見つけよう。私も慣れてないが、私とお前と、神獣様ならどうにかなるだろう」
サティナは晴れた表情をしている。
ヨシタカはその顔には気付いたが、真意を知るのはまだ暫く先のことである。
「ひなの役目は……あっ、寝る時に抱き締めると暖かい!」
「それは……何とも贅沢な話だな」
「ニャ〜ン」
「あはは」
「フフ」
二人と一匹は、草原を進む。
サティナが落ち込みやすいのは、前話参照頂けると嬉しいです。
自信の無いサティナが、少しずつ心を開いていくお話でした。