第10話 共に
トボトボと、ヨシタカは肩を落としながら、項垂れるように森の中を歩いている。
隣には銀髪美少女、その胸には愛猫。
この上無い……眼福という名の贅沢だ、と思うだろうが……いや、もちろんヨシタカも本来十分に幸せを感じられる状態では有るのだが、今は肩を落としている。
「まぁ、気を落とすな。こればかりはしょうがない。魔力が多いだけに不思議ではあるが」
隣のトロけ気味の美少女……ハイエルフのサティナがヨシタカを気遣う様に声を掛ける。
「うん、嫌な予感はしてたんだけどね」
(やっぱスキル無しって魔法も無理なのかぁ……)
結論から言うと、ヨシタカは見事にどの属性も適性が無かった。魔法が使えなかったのだ。
この世界の全ての魔法を試した訳では無いので、ゼロでは無いのかもしれないが、サティナの知る属性魔法は初級すら全て使えなかったのだ。
「でも、手の先は光らせられるんだよなぁ。これなんなの? 光属性とか?」
ヨシタカは先程と同じ様に手の先に魔力を集めて放つ。
「いや、それは魔力そのものだ。光の魔法は先程 私が教えたライトという初級魔法がそうだ。その魔力の光よりも自在に動かせる便利なものだ」
まぁ私も使えないのだが、とサティナは付け加えた。
「うわぁ、使いたかったなぁ。まぁ後々使える様になるかも知れないし、今は考えてもしょうがないかぁ。とりあえず手が光るだけでも便利か……」
ヨシタカが諦めの表情をしながら歩みを進める。
彼らが今向かっているのは森の外だ。先程サティナが言っていたように、いきなり身元がわからない人族を里には連れて行けないとの事で、森から抜ける事となった。
「とりあえず、少し遠いが人族の村が有る。そこまで送るから、その村でお世話になると良い」
ん? と、ヨシタカは何かに気付く。
サティナの今の口ぶりは、ヨシタカとは離れるという様な言い方に聞こえたからだ。
「人族のお前は人族の中に居た方がいいだろう。その方が何かと安心出来るだろうしな」
どうやらヨシタカの予想は的中したようだ。
明確に別れるとは言われてないが、そういう事だろう、と。
サティナのその考えは否定したくないし、サティナにも生活がある。なによりこれはヨシタカのただのワガママだ。
それでも一応、可能性が少しでも有るなら
「サティは一緒に来ない?」
「へ?」
村まででは無く、その後も自分達と共に来ないか、というヨシタカの問いにサティナは気の抜けた返事をした。
「いや、もちろん無理にじゃないよ? この世界に来て初めて会ったサティには色々お世話になったし、これからも頼らせて下さいって言うみたい、というか言うけど、サティが居てくれたら心強いなぁ……とか……」
「そう……か。ふむ……」
サティナは考えているようだ。
ヨシタカは半分以上、ダメ元で聞いてはいる。
出会ったばかりの得体の知れないヤツから、今の家から出て、自分に着いてこないかと言われているのだ、普通は断るだろう。
いくらヨシタカとひなたに興味があるとはいえ、ただの興味だけで決断出来るものでもない。
「この森までまた来ればサティには会えるから……本当、もし良かったらなんだけど、ひなもよろこ……」
「……行く」
「え?」
ヨシタカが振り返ると
サティナが決意した顔で立ち止まっていた。
「行きたい!」
顔を少し赤くしたサティナは、そう叫んだ。
「いいの!?」
ヨシタカは嬉しさのあまりその場でガッツポーズを取りたくなっていたが、変な行動をしてサティナの気持ちが変わってしまう事を恐れ、あくまで冷静に
「ん? なんだその手は」
――否。ガッツポーズはもう既に取っていた。
……………………
………………
…………
……
ヨシタカは一人、森と草原の境、そこに有る小さめの岩へ腰を掛けていた。いや、一人と一匹で、だ。
ひなたは座りながら森の奥を凝視している。サティナが去っていった方角だ。
一緒に行くと話していたサティナがこの場にいない事には理由がある。
一度、里に戻り皆へ報告に行ってくるとの事だった。さすがに家族へ黙って出る訳には行かないと、ただヨシタカをいきなり紹介する訳にも行かないので、一人で戻った。
一時間程で戻る。というのが彼女の言だった。
その為、ひなたと暇を潰しているところ。
「それにしても、一緒に来てくれる事になって良かった。ね?ひな〜」
ひなたの頭を撫でながらヨシタカはひなたへと声を掛ける。
「ニャ〜」
「だよね。銀髪だしね」
「ニャ〜」
「かわいいし」
「ニャ」
「ハイエルフだし」
「…………」
そろそろ鬱陶しいようだ。
だが、撫でられている頭と首周り、背中はとても気持ちが良いらしく、喉がゴロゴロと鳴っている。
「ミ〜」
甘えた声で最後にそう鳴いた。
「この森には結界が張ってあるのかぁ。なんで俺らは入れるんだろう。この世界の人間じゃないからかな。サティの言い方だと、害意や悪意とかは関係無くエルフ種以外は入れない様な感じだったしなぁ」
まぁいいか、と考えるのを止めて、視線をひなたから正面の森へと移す。
「エルフの里かぁ。いつか行ってみようね」
そうしてヨシタカがひなたを撫でていると、森の奥から煌めく何かが近付いてきた。
「待たせた!」
それは木漏れ日に反射した銀髪だった。
サティナが戻ってきたのだ。彼女は手を挙げながらヨシタカとひなたへ声を掛けた。
肩からカバンの様なものを下げて。
「おかえりサティ。大丈夫だった?」
「まぁ……ちょっと色々有ったが、大丈夫だ。問題無い」
「そっか。ありがとね。これから宜しくね」
「気にするな。そうだな! 改めて、宜しく頼む。ひなた様も宜しくお願いいたします」
サティナはヨシタカに話した後、その足元にしゃがみ込み、ひなたへも頭を下げた。
「ニャ〜」
色々有った。という、顔に影を落としたサティナの言葉に、ヨシタカは少し心配した様だが、詮索するような事はしない。
サティナから話してくれた時、それを全力で聞こうと決めているのだ。
「それじゃあ、ひな、サティ、行こうか」
人と猫とハイエルフ、二人と一匹が歩き出す。
………………
…………
「あ、そうだ。歩きながらでも良いんだけどさ。サティ、これ何かわかる?」
ヨシタカはそう言ってポケットの中に手を突っ込む。
そうして取り出したのは、ひなたと森に入ったばかりの頃、ひなたの爪研ぎの副産物として森の樹からボロボロと落ちてきた、あの小さな青い石だ。
ひとまず数粒、サティナに見せて確認してもらう。
「………………」
サティナが立ち止まり、合わせてヨシタカも止まる。
ガッ、と
そのままサティナがヨシタカの手を取りまじまじと石を見ている。
(アッ、手……すごい。スベスベ……。初めて触れられた。くっ……またか……静まれ……俺の動悸!)
ヨシタカは日本にいた頃の三十五年間、女性経験が無かった訳では無い。自分からガツガツとは行くタイプでは無かったが、だからと言って免疫が一切無い訳では無いのだ。
それでも、一人の男として女性に手を触られたらドキドキはするというもの。
更に、そんな彼の手を取るのは、日本では目にした事の無い程の美少女で、彼の大好きな銀髪エルフだ。
ヨシタカの人生の中で、間違いなくトップクラスの動揺である。
そんな彼を横目に、サティナはその金色の瞳で、青い石を見続けている。その瞳が見る見る内に見開かれ。
「お、おいヨシタカ。これどこで手に入れた? 樹から取れたとか言わないよな」
「お、わかるのか。さすがだな。そう、森の樹だ!」
「なん……だと……」
サティナが驚いている。
ヨシタカの手を握る力に、より一層の力が加わる。
(アッ……ン。つ、強い……。こんなの初めてっ。お願いだから静まって俺の動悸!)
ヨシタカの心情は無視して話を進める。
「……よく聞け。……これ一粒で……王都に豪邸が何棟も建つ……」
「 !! 」
( !! )
「なん……だと……」
今度はヨシタカが驚く。
サティナ曰く、この青い粒は ゛女神の涙 ゛と言われており、特定の条件下で、特定の樹からしか取れないらしい。
九百年前の魔王軍侵攻後より、世界各地からたまに発見されるようになった。
ある時は、農奴の家庭、家の近くの樹に現れ。
ある時は、財政難の貴族邸、庭の樹に現れ。
かと思えば、王族が病気に罹っても王家の庭の樹には現れなかったという。
女神の涙は、何の変哲も無い樹に突如現れ、そのまま落ちる。
一度に複数出ることは無い。
とても小さい為、落ちている事に気付かない事も有りそうだが、何故か導かれる様に見つけるらしい。
女神の涙は、飲めば如何なる傷も、万病も治癒する。武器の製造にまぜ込めば絶対に壊れず刃こぼれ一つしない魔法の武器となり、アクセサリーに加工して持ち歩けばその身を生涯守り続けるという。
「我がエルフの里にも一粒有るが、里の宝として村のどこかに保管されているらしい……。里のエルフ達でも一部の者しか場所を知らない」
金額が高いだけの問題では無い、金さえ積めば手に入るものじゃないからだ、と付け加える。
「ひ……ひぇ……」
サティナがヨシタカの手のひらの上にある゛女神の涙 ゛を見ている。その手には五粒程が無造作にポロポロと転がり動いている。
ついでにいうとヨシタカの手が何種類かの理由によりブルブルと震えているためだ。
「それを……こんな五個も……」
サティナは、信じられないといった顔で、その手とヨシタカの顔を交互に見続けながら呟いた。
そこでヨシタカが声を出す。
「あ、あのぉ……」
申し訳なさそうに、サティナの手から自分の手を離し、右手の女神の涙を左手に移す。
そしてもう一度右手をポケットに入れる。
「こここ、これは……や、やばいかな……?」
ヨシタカは手のひらいっぱいの女神の涙をサティナに見せた。それでもまだポケットには残っているが。
その手はガクガクと震え、手のひらの青い石を今にも零しそうになっていた。
「………………おまっ」
――サティナが固まった。