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アルバイトの連絡係とスパイさん

作者: 沼スノキ

 

 僕はごくごく平凡な家庭に生まれ平凡に生きているただの一般人Aだ。



 夢も希望もない現実的なことを考えて、僕はお縄についた方がいい職業についている。



 どんな職業かというと、少しぱしられて手紙を届ける職業だ。

 手紙には紙しか入っていないから変なものを運んでいるわけではない。

 ただの手紙だ。


 宛先と行き先がおかしなだけで。



 ついでにいうなら、中身は恋文だ。


 多分。


 世で言うところの遠距離恋愛とかいけない恋とかそういうのだろう。


 僕はただの届け人なのにこの手紙お届けの仕事一つでまるでどこかのヤクザが幹部にやるのような量の給料をもらっている。


 正直いってもらいすぎだ。

 危ない事件の予感がするから、辞めたいのだけど世の中そういうわけにもいかないらしい。


 僕は偏見がないけど、男同士とかそういうのも含めて全部黙っていてくれという条件を飲んだ珍しい人材だった僕が適任の仕事らしい。

 今時そこまで偏見持ちはいない気がするんだけど。


「今日もこれをよろしくお願いします」


「あっ、はい」


 とりあえず、もし職質されたら個人限定郵便局です、とでも答えておこう。


 ――――――――――――――――――――――――


 個人限定郵便局の職員は僕だけだ。

 そして頼まれる依頼も毎日一件だけだ。

 距離も毎回同じ。バイクで数時間の場所だ。

 中身は手紙が数枚だけ、怪しいものも何もない。

 これだけで食べていけるどころか余裕のある生活ができるなんて。

 誰かにこれ、なんか危ない仕事なのかな、僕ってお縄についた方がいい?と聞きたいのだが、聞く相手もいないくらいのぼっちには無理だった。


 これは本当にただの郵便なのだろうか。

 今日も不安がりながら仕事をこなす。



 ある日バイクが壊れた。

 仕方ないので電車とバスで行った。

 そしたら帰り道がわからなくなった。


「どうしましょう山竹さん」


「どこから山竹って名前になったのか知らないが。俺は玉之江です」


「名前にかすってもいませんね。すいません」


 彼はため息ひとつだけしてから、解決策を教えてくれた。


「貴方には、文明の利器、インターネットにつながる四角い石板があるでしょう」


 こんな簡単なことも思いつかないなんてなんて僕は頭が悪いんだ。

 僕は四角い石板(スマートフォン)を全力で使いながら帰った。


 ――――――――――――――――――――――――


 玉之江はある犯罪組織にスパイをしているおまわりさんだ。

 そんな彼の連絡係はバイトのにーちゃんだった。

 訳がわからないが、一般人の青年なのである。

 こんな危ない事させるなんて上司はどうかしている、とクレームを入れたところ、彼は連絡員の病欠で仕方なくバイトにしているらしい。


 せめて身内(警察内部)から出してほしい。


 そして、そのバイトのおにーさんは、とても真面目だった。

 毎日毎日、怪しいであろう手紙を懇切丁寧に手渡しでくれる。

 いい人だ。

 そのせいか、彼はもう連絡員として内密に仲間にされていた。

 本人は未だ気がついていない。


 一度、組織のチンピラに絡まれていた。

 以降彼のセリフの抜粋である。



「あ、僕。個人限定郵便局の一人しかいない職員です。お金? あ、あれ? すいません、財布置いてきました。取りに入ってきますね!あっ、いかなくていい? そうですか。あ、玉竹さんいません? いない? あれぇ? 場所間違えたみたいです、親切にありがとうございました」



 彼の中でどういう化学反応をしてそうなったのかしらないが、彼は自称郵便局の人になってしまったらしい。

 確かに個人限定とか間違ってはいないのだけど、決定的に何かが違う。

 そして玉之江の名前は玉竹に進化していた。惜しい。

 でもおかげでスパイバレは免れた。よかった。


 ――――――――――――――――――――――――


「こんにちは、神楽之宮(かぐのみや)です。今日のラブレッ………お届けものはこちらでよろしいですか」


「ら……? いつもすみません。はい。今日もお願いします」


 今日も僕はお手紙を取りに行く。今日は燕宮さんから玉竹さんに愛の手紙を送るらしい。

 心なしか嬉しそうな眼鏡の大人。

 一見サラリーマンである彼となんだかヤンキーみたいな真面目さん玉竹さんは恋仲だ。


「燕谷さんなんか嬉しそうでしたよ」


「あ、そうですか」

 ヤンキーみたいな見た目と反比例して玉竹さんはクールだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 今日はバレンタインだ。

 僕は愛しのお母様くらいしか貰ったことがないけれど、彼らアツアツカップルは両方ともイケメンなので大人気だろう。

 そういえばお互いに送りあったりするのだろうか。

「これ、今日の分です」


「あっはい」


 早速渡しに行こうと思ったが、なんだかチョコがきになる。

 もらった感じ、今日も手紙のみだ。


 出て行こうとしない僕を怪訝に思って燕谷さんが声をかけてきた。


「どうしましたか」


「あ、いえ、チョコ送らないのかなって」


「チョコ?」


「今日バレンタインですから」


「あ、ああ。そうですね」


 どうやら仕事で忙しくて忘れていたらしい。


「よければ、板チョコお渡ししておきますけど」


 善意でそういうと、今度甘いもの差し入れしときますから、大丈夫です、と断られた。

 もしかしたら別の人の選んだのじゃ嫌だとかそういうあれなのかもしれない。


 渡しに行ったら玉竹さんも仕事(もしかしたらヤンキーとかそういうの)で忙しくて忘れていたらしい。

 もしやこれが噂の似た者カップル。


 ――――――――――――――――――――――――


「こんにちは」

 今日仕事に行ったら燕谷さんと同じ職場の人であろう会社員たちが会議でもするみたいに輪っかになった席に座っていた。

 ここへどうぞ、と僕も座らされる。

「神楽之宮さんにお話がありまして」

 はぁ? なんでしょ、ととりあえず席に座る。

「実は今までやってもらっていたアルバイトは、危険な仕事でして」

 駆け落ちってそんなにヤベー仕事なのか。

 僕は戦々恐々としながら話を聞く。




「犯罪組織に潜入中の警察官との情報のやり取りの連絡係をやってもらっていて」




 What ?



 僕は今阿呆みたいな顔していると思う。


 あれ?



「あの、玉竹さんが、ですか」



「はい。いや、玉之江さんですけど。多分、そうです」



「じゃあ、燕谷さんと玉竹さんの遠距離恋愛とか駆け落ちのお手伝いじゃなく?」



 What ?



 今度は燕谷さんたちがフリーズした。


「私たち男同士ですけど?」


「いや、そういうご趣味で、公にできないから、内密に恋文のやり取りをしているのかと」


「こ、恋文」


「あ、最近じゃこんな言い方しませんか。ラブレターのことです」


 ポカーンとしているのは僕だけじゃなくて燕谷さんたちもだった。


「なんだか壮絶な思い違いをしているようです」



 結果から言うと、僕が今までやっていたお仕事はお縄どころかよく貢献してくれたぜ、はははってくらいいいことだったらしい。しかも、これからもこういうお仕事をしてほしいそうだ。


 僕は犯罪者(仮)から公務員(仮)に進化した!


 よかった。





 おまけ



「あ、神楽之宮さんって仕事受けてくれたの?」


「受けてくれましたが、私の心が重症になりました」


「なんで?」


「彼の中では私たちは恋仲だったそうです」


 スパイが終わって元の職場に帰ってきた玉之江は両膝をつけて嘆いた。

 心が廃れた燕谷はしばらく玉之江に近づかなかった。



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