大変な一日
MainCharacter:神風連夜
強く地面を踏んだ。物凄いスピードで豚野郎に向かって行っているのが肌で実感出来る。それでも、目を開けてあいつを見る事が出来るのも死界の住人の力のおかげなのだろう。
「くたばれぇ!」
再び下から斜め上への斬り上げの攻撃。このスピードならこの豚野郎ぐらいはアッサリとぶった斬れるレベルだろう。
だが、連夜の渾身の攻撃は虚空を舞う。どうやらあの豚野郎もただでやられる訳でもないらしい。
「連夜ー!大丈夫かい?」
「住人……柚子とあの妖精は?建物も」
「大丈夫さ。守護の治療もしたし、柚子ちゃんもそのうち目覚めるさ。建物は元通りだよ、日没後の死界の住人の力を侮ってはいけないなぁ」
チラッと建物を確認するが、これが見事な事。完璧に元に戻っている(連夜がぶつかった花壇やベンチも)。
「まじかよ……」
感心していたのも束の間、豚野郎はもう一度空高く上昇する。
連夜もそれに続くように空高く飛んでいく。後ろを確認すると住人がついて来ていないことを踏まえるとどうから建物などに危害が加わっても直ぐに元に戻す為に病院の近くからは離れないようだ。
「どこまで行く気だ?なっ!」
追いかけている連夜に豚野郎はやはりクイックターンの容量なのか回転してから空中を踏み台にして向かってくる。
「さっきよりもスピードが上がっている………」
だが、連夜は避ける訳にはいかない。病院に被害が出るからだ。病院を住人がいくら直せると言い張ってても限度があると考えるし、さらに言えば死者を出してしまった場合、蘇生なんて事は出来ないだろう。
連夜は刀を前に構えて三度受け止める。さっきの不意打ちとは違って今度は覚悟を決めていた為、空中で踏ん張る事に成功する。
「けど、効かないな!」
豚野郎の爪を弾き飛ばすと、その右手に斬りかかる。
「ヴォォォォォォ!」
そんな悲鳴を上げながら、豚野郎の右手は地面の方へと落ちていく。そして、その無くなった右手を庇うように左手で右肩を抑えている。
「おい!住人。コイツってどうすれば倒せるんだ?ぶった斬れとか言ってたけど特別な部位とかあるのか?」
「そうだね。身体を斬って死界の気が放出し続けると、現世ではその存在を保つ事が出来ずに消滅する。もしくは何処かにドクロの紋章の貴重品があるはずなんだけど。それを破壊すれば彼らは強制的に死界へと送還される。死界と現世を繋ぐパスポートみたいなものだからね」
「OK!コイツには死界に戻って頂くか」
「でも、どっちでもあまり変わらないよ。現世で消されるか死界で処理させるかの違いだからね」
「だが、それでも身体を傷つけていい気はしない。ドクロを破壊して強制送還させてもらう!」
そう言うと、連夜は豚野郎の左肩に着けられている鎧にそのドクロの紋章が刻まれているのを発見する。
「そこかぁ!」
こっちの攻撃に気づいたのか、豚野郎も右肩を抑えるのを止めて正面から向かってくる。
だが、連夜の斬撃はその爪を間一髪で避けて豚野郎の懐に入り込んで、刀を振りかぶって左肩の鎧を破壊するのだった。
「これで、終わった……のか?」
「ヴギァァァァァ!!!!!」
すざましい断末魔を叫びながらも豚野郎の姿は光に包まれながら消滅していく。
そして何も残らず、虚空の空には連夜と死界の住人だけが浮遊していた。
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午後八時前。203号室。
「んっ…………」
「柚子、大丈夫か?何処か痛かったりしないか?」
「お兄……ちゃん?」
「あぁ。お兄ちゃんだ。明梨ちゃんもいるぞ」
「柚子?大丈夫なの?私目の前で自動車と接触した時
に……………」
明梨の目には大粒の涙が溢れてきて、その涙が柚子の頬へと流れ落ちる。どうやら、この何時間も貯めに貯めた思いが爆発したみたいだ。
「大丈夫だよ、明梨ちゃん。私、ちゃんと生きてるもん。ここでこうしてお兄ちゃんや明梨ちゃんと生きて話しているんだよ」
「うん………」
その返答を聞いても明梨は泣き止む気配を見せない。それもそうだろう。中学生の少女が、目の前で友達が事故に遭って緊急で運ばれたのだからいつも通りに振る舞える訳が無いのだ。
「オレはお邪魔みたいだな。何か飲み物でも買ってくるよ」
こんな雰囲気に連夜が耐えれるわけが無い。なにせ、連夜は今日一日で今まで過ごしてきた中で最も苦労した一日だったのだ。
少し笑顔を見せた柚子を見たら、柚子が手術室にいたときの恐怖と心配で気分が悪くなった事やその後の豚野郎との戦闘の疲れがドッと押し寄せてきて、足はガクガクだし、正直まぶたがこれ以上開こうとせず、むしろ閉じかかっている。
「ダメ!お兄ちゃんもここにいて」
ベッドで布団を深く被りながらも上目遣いにそうお願いしてくる柚子に、連夜はそのお願いを断ることは出来なかった。柚子が一番怖い目に遭ったのだから当然だろう。
ほば痛みが無かった豚野郎の戦闘よりも、とても痛かったであろう自動車との接触………。
「あぁ。分かったよ。お兄ちゃんはここに座っておくから。無理して起きなくてもいいんだぞ」
「ふふ、ありがとね。あ!そう言えば、お兄ちゃんは私が事故に遭ったって聞いてときどうだった明梨ちゃん?いつもはボケ〜としてるから気になってさ」
「連夜さんはね……」
「明梨ちゃん……言わないで恥ずかしい……」
「何?何!明梨ちゃん!」
普段は柚子の事などあまり気にした様子では無い無頓着な連夜の反応が気になったのか、明梨は布団をバッ!と上に上げて起き上がる。
「もう死にかけってぐらいに顔が青ざめてたよ。気分が悪くなって空気を吸いに外に出るくらいにね」
明梨はそう言って、柚子に「そんな急に動かないの」と言いながら再び柚子を布団に寝転がらせる。
「おい!」
その様子を見ながらも顔が火照るのを自覚しながらも連夜ほつっこむ。
「へぇー。見たかったなぁ。あ!顔赤いよお兄ちゃん!」
「へいへい。もうなんとでも言いやがれ」
もう見られたからには観念した連夜はその後も数時間に渡って二人に弄られるのだった。
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「以上から大丈夫でしょう。これからの経過も見たいので、退院は一週間後になると思います」
「ありがとうございます、先生」
午後の十一時を回ったくらいの今、担当医からそのような説明で柚子の容体についての説明が終わった。楽しく話しているのを邪魔したく無かったとかで、明梨ちゃんが帰った十時半から三十分程度の話を聞く形になったのだ。
「さて、帰るか」
喉が渇いたので、自販機で飲み物を購入してから入り口へと向かう。
「ふふ、連夜は普段ってあんな感じなんだね」
突如連夜の横に並ぶようにして現れて話しかけてきた死界の住人は、そのように言葉を発した。
「うるせー。全部聞いてたのかよ」
それに返すように連夜も言い返す。
それから病院から出て連夜はその入り口からふと病院内を見るのだった。今日だけでも印象深すぎる病院だ。そして、その暗い病院で一つ光を放って移動している物体が一つ。そう、あの妖精が元気に飛び回っているのだった。
「柚子を守ってくれてありがとうな」
「連夜?何か言ったかい?」
「あんたには関係無いよ」
「ケチ!教えてくれたっていいじゃないか!」
「へいへい」
こうして二人はこの言い合いを続けながら帰路に着くのだった。