ヘルチキン・イン・ザ・ヘルズキッチン
「クックドゥルドゥー♪ クックドゥルドゥー♪ おいしいよ♪ おいしい、安全、『とりの門』♪……」
空虚な電子合成販売促進ソングに渓は足を止めた。
焼き鳥居酒屋チェーン『とりの門』の巨大ニワトリ型回転看板はけばけばしい電飾に彩られ、目に痛いほどの光を放っている。
夜道を這いずるように歩いていた渓の姿が明かりに浮かび上がった。
安物のOLスーツ、土気色の顔、化粧でもごまかし切れない目の下のくま。
店から漂う油っぽくスパイシーな香りをかぐと、彼女のボロボロに疲弊した胃袋から苦い胃液が込み上げた。
(ウッ! でも何か食べなきゃ……)
彼女は手で口を押さえ、自分を強いて店に入った。
せそうな家族連れが夕食を共にしているが、どんより濁った眼の渓がその光景に心安らぐことはなかった。
彼女は疲れていた。
「イラッシャイマセー! オヒトリサマデスカー?」
ラバーマスクのように無機質な笑顔を張り付かせた店員に「はい」と返事をしようとしたとき、後から来た客が割り込んできて、彼女を押し退けた。
文句を言う気力すらなく場所を空けた渓は、眼を見開いた!
「エッ」
百八十センチ以上の長身、見事な逆三角形の上半身、長い足にピカピカの革靴。
黒い背広をすらりと着こなし、真っ赤なネクタイがワイシャツに映えている。
そしてその男は……頭部がニワトリだったのだ!
(エッ! なんなのこの人? 仮装?!)
男は渓には眼もくれず、腕を組んだまま店員を凝視した。
「メニューは?」
くちばしの動きにあわせて鶏冠が揺れる。
その生々しさ、リアリティ、とても作り物には見えない。
「お席に見やすいものがありますのデー」
「俺を見ろ」
「エッ」
ニワトリ男は地獄から噴き出すような声で言った。
「俺を見ろと言っているんだ。俺に焼き鳥を食えというのか?」
「あっハイ、あの当店は焼き鳥専門……」
言葉の最後が紡がれることはなかった。
「オラァ!!」
「オボォ!?」
店員はニワトリ男のパンチで後ろの壁に吹っ飛び、トマトのように弾けて潰れたのだ。
眼球の片方がテーブル席の地鶏水炊き鍋に飛び込み、家族連れが悲鳴を上げる。
店内はたちまち阿鼻叫喚と化し、客たちはいっせいに出口に殺到した。
手洗いのあとのように手を振って平然と拳の血を払うニワトリ男に、渓は床に尻もちをついて口をパクパクさせた。
尋常の沙汰ではない!
注文を取っていた三人のホールスタッフ店員がこちらに駆けつけた。
年齢性別はバラバラだが、いずれもラバーマスクめいた笑顔を顔に張り付かせている。
「イラッシャイマセー!」
「イラッシャイマセー!」
ニワトリ男はボクシングポーズを取り迎え撃つ。
最初の店員が素早く突き出したのは店内清掃用モップ……否! 房の中から鋼鉄の穂先が飛び出した!
仕込み槍だ!
ニワトリ男はダッキングでそれをくぐり店員の顎にアッパーカット!
パギョォッ!
顎を粉砕された衝撃で浮かび上がり、空中で一回転し床に叩きつけられる店員!
別の店員! 先端が尖るよう割った割り箸で連続目突きを繰り出す!
ニワトリ男は驚くべき精妙な手さばきでこれを次々にいなし、店員の手首を掴んで引っ張った。
その箸の切っ先が、ニワトリ男の背後に周り込み土鍋で脳天を叩き割ろうとしていた店員の喉に突き刺さる!
「ヴォゲエッ?!」
詰まったトイレのような音を立てて血を吐き倒れる土鍋店員!
同時にニワトリ男は割り箸店員を正面から抱きかかえ、渾身のブリッジ! バックドロップの要領でカウンターに脳天から落とした!
ズドゴォォオン!
カウンターをぶち抜き、逆さに突き刺さった店員は足をばたつかせ、すぐに動かなくなった。
「アヘェ……」
渓の意識はシャットダウンした。
****
ニワトリ男、その名をブロイラーマンは速やかに店内厨房へと侵入。
やはりラバーマスクじみた笑顔をした板前制服姿の従業員が武器を手に殺到する!
「イラッシャイマボゴェォ!?」
「イラッシャイマボボベ!!?」
ストレート! フック! アッパー! ボディブロー!
ブロイラーマンの超人的筋力により放たれる鉄拳により従業員は頭部を砕かれ即死!
あるいは水風船ごとく内臓を叩き潰され即死!
「家畜野郎が! この支店に来たのが運の尽きよォオ!」
店長名札バッヂをつけた男が悲鳴のように叫び、支店防衛用に支給された銃を乱射する。
だがブロイラーマンには当たらない!
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
相手の拳筋を見切った歴戦のボクサーのごとく、上半身を前後左右に振って銃弾をことごとくかわしているのだ。
店長はすぐ近くにいた男店員の背を蹴飛ばした。
「お前、行け! 給料ぶん働いて死ね!」
「ヒイイ! できません!」
「貴様! 俺は正社員だぞ! 俺と非正規のお前、社にとってどっちが重要なのか明白だろうが!」
その店員は人間的な表情と感情があった。
手にしていた包丁を取り落として悲鳴を上げ、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「いやです! できません!」
「ええい、ゴミクズめ!」
バン!
店長はその店員を撃ってから巨大冷凍庫へ逃げ込み、スチールのドアを閉ざして鍵をかけた。
電話を取り出し急いで本社に連絡を入れる。
「応援要請、応援要請! こちら『とりの門』錆釘駅前店、ヤツが、ヤツが来ました! そうです、こないだ脱走したあの怪人です!」
そのとき反対側からドアに鉄拳が叩き付けられた!
ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガドガドガドガドガドガァァアン!
一発ごとに大きく凹み、とうとうドア板ごとぶち破られた。
ドアを踏み越え冷凍庫へと侵入してきたのは当然ブロイラーマン!
厨房の明かりが差し、冷凍庫内の悪夢的光景が明らかとなった。
ブロイラーマンと同じ人間の体にニワトリの頭を持つ異形の生命体が肉吊りフックにぶら下がっている。
全身の羽毛を残らず抜かれ、うつろな眼で中空を見つめるその数は数十体もあろうか?
すなわち『とりの門』に提供されている格安鶏肉料理の正体とは……!
それらを一瞥したのち店長に向けたブロイラーマンの眼は、氷河も溶かすほどの怒りを孕んでいた。
店長は恐怖のあまり引きつった笑顔のような表情で銃を向ける。
「ウワアアア! 待ってくれ! 俺はただの雇われ従業員なんだ!」
ブロイラーマンは物言わぬまま店長に急接近!
店長が引き金を引くゼロコンマ数秒前、強烈なボディブローが胴体を突き上げた!
「ゴボォッ!」
店長は体をくの字に折って嘔吐、悶絶!
「き、貴様ァ……! すぐに別の怪人が来るぞォ……屠殺されろォ……」
外で甲高いブレーキ音がし、ブロイラーマンは店を出た。
店先に商用ワゴン車が数台停まり、『とりの門』制服姿の男たちがずらりと並んでいる。
そのラバーマスクめいた笑顔の列前に悠然と立つのは……スタジアムジャンパーにジーンズといういたってカジュアルな格好ながら、ハクトウワシの頭を持つ怪人!
腹を押さえながら店長がよたよたと彼のほうへ走って行く。
「おお、早かったな! さっさとあいつを……オヘェッ!?」
ドゴォッ!!
その怪人、アックスビークはくちばしで店長の頭蓋骨をスイカのように砕いた!
血飛沫を上げて倒れる死体には一瞥もくれぬままブロイラーマンを見据える。
「ブロイラーマン! 『とりの門』は我々を作り育てた故郷、その支店を襲撃するなどと!」
ブロイラーマンは腕組みし決然と答えた。
「退職届の代わりだ。わかりやすくていいだろ?」
「ウヌゥ、もはや問答の余地もなしか。不良品め!」
ピューーーイーーー!!
アックスビークは甲高く鋭い鳴き声を上げ跳躍、空中で逆エビに仰け反ったのち、ブロイラーマンへ琥珀色のくちばしを振り下ろす!
ブロイラーマンはとっさに店内へ下がって回避する。
バキイィィイン!
アックスビークのくちばしがコンクリート地面を砕き、破片を撒き散らす。
その名、〝斧のくちばし《アックスビーク》〟の通りだ!
続けざまにアックスビークは後ろに仰け反りくちばしを振り下ろす! 振り下ろす! 振り下ろす! 水飲み鳥じみた単純な動きだが恐るべき速さ!
ドガァァ!! バキィィン! ズゴォォオ!!
店カウンター、壁、床、客席などが次々に破砕されていく!
「アグェーーーッ?!」
ほかの客が置き去りにした財布を拾い集めていた男が頭をスイカのように潰され即死!
ブロイラーマンは後退一方だ。
アックスビークの超人的背筋力が生み出す勢いに加え、ゲノム強化されたそのくちばしはチタン合金以上の硬度があり、つけ入る隙がない。
ブロイラーマンはとうとう店内奥へと追い詰められた。
限界まで仰け反った状態のアックスビークは爪先立ちになり、狙いを微調整する。
この間合いではどちらへ回避しても一瞬早く脳天を叩き割られるだろう。
「打つ手なしか、ブロイラーマン! コナゴナになって死ね!」
ピューイー!
アックスビークのくちばしがブロイラーマンの脳天へと振り下ろされる!
だがブロイラーマンは逃げも防ぎもせず、素早くアックスビークに抱きついた。
自ら敵の懐に入ることで攻撃をしのぐボクシングの技術、クリンチである。
そのままぐるりと体の位置を入れ替え、逆に相手を壁に突き飛ばした。
壁に背をつけてしまっていては仰け反ることができない、つまり斧くちばし攻撃に必要な「ため」を作ることができない。
ブロイラーマンは最初からこの形に持ち込む作戦だったのだ。
アックスビークが目を見開く。
「アッ……」
「ウオオオオオオオオオオオオ!!」
右ジャブ! 左ストレート! 右フック! 左アッパー! 右ストレート! 左フック!
猛然とラッシュを放つブロイラーマン!
左右の拳が蒸気ピストンのごとく繰り出される!
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴォオオ!!
「グワアアアー! ウオオ!! ま、待てブロイラーマン!」
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴォオオ!!
「ゴボォ! ガハァッ! 待て! グオ……!」
必死に制止を乞うも殴打は止まらない。
数百発の拳を受けたアックスビークの体が突如、ブクブクと膨れ上がり始めた。
怪人ゲノムに組み込まれた証拠隠滅因子が宿主の死を察知したのだ。
瀕死のアックスビークが血とともに言葉を吐き出す。
「に、逃げられんぞ、ブロイラーマン! 組織は……必ずお前を……ガ……! ヘ……! ボッ!」
ボム!!
水風船のように破裂し周囲に血と臓物をバラまくアックスビーク。
それらはシュウシュウと音を立てて蒸発し、消えていく。
「「「イラッシャイマセー!」」」
控えていたラバーマスク店員たちがなだれ込んでくる。
返り血まみれのブロイラーマンはこれを迎え撃つ。
その目からは闘争心はいささかも衰えていない!
****
数十分後。
渓は『とりの門』店先の道路で目を覚ました。
隣で肩を撃たれた従業員がうめき声を上げている。
誰かがここまでふたりを運んでくれたらしい。
『とりの門』の店舗はごうごうと火柱を上げて燃え上がっていた。
それは巨大な鶏冠のように見えた。
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未来の日本は複数の巨大企業によって支配されていた!
人々は企業に盲従することでのみ生存を許される暗黒社会の到来である。
各企業間ではいさかいの種が尽きない。
これを闇で解決するのが、狂気のテクノロジーによって生まれた企業怪人たちだ。
証拠隠滅! 破壊工作! 人材拉致! 暗殺!
超人的パワーを持つ彼らは、昼夜人の目の届かぬ場所で熾烈な争いを繰り広げているのだ。
彼らは基本的に所属企業に洗脳支配され絶対服従である。
だがここにひとり、その支配から逃れ孤独な戦いを挑む男がいた。
それこそが彼、ブロイラーマンなのだ!
(*気まぐれにその場のノリで書いたものですので続くかどうかはわかりません)
ニンジャスレイヤーが大好きです。
忍殺を読んでいるうちにテキトーに思いついたものを気まぐれに形にしてみました。
書いててすごく楽しかったです。