優しい魔王様
久しぶりの投稿です。
いや、色々考えて書こうと思ったのですが、本当に時間がなくて……
この作品も半年前に形は作れていたので情けない限りですよ。
「遂に追い詰めたぞ、魔王よ!」
勇猛果敢なる勇者は高らかにそう叫んだ。
「平和な世にする為、今は亡き戦友達の為にも、私はこの聖剣アルタイルで貴様に勝負を挑む!」
「威勢だけはいいな。……よかろう、望み通り命を懸けて戦おうではないか、勇者よ」
私は勇者の激を嘲笑う様に返した。
勇者は大剣を強く握りしめて私に向かってくる。
私は勇者の攻撃を受け止める態勢をとり、心の中で呟くのだった。
(いや、魔王じゃないんだけどなぁ~)
申し訳ない気持ちで一杯だった。
そう、私は魔王ではない。魔王の幹部クラスなのだ。11柱いる幹部悪魔の1柱である。
勇者殿は盛大に勘違いされている。私はそれを言えないまま攻撃を一つ、二つと防ぎ・避けていく。それが暫く続く。
反撃しないと失礼だと思い、私は4本ある腕で大剣を掴み、勇者ごと振り払った。
「くっ!流石は魔王、幹部どもとはレベルが違う。だが!この程度で屈する私ではない!」
(だから、魔王じゃないんだってば。私が幹部だから。君達が幹部だと思っていた悪魔は神殿の掃除長さんだよ)
「こんなものか、勇者よ。これでは私は倒すことは不可能だ。出直してきても良いのだぞ?」
私は勇者殿に挑発的な発言をしてしまった。この場合、返ってくる返事は勿論……。
「ふざけるな!敵に背を向けて逃げる奴がいるか!」
やっぱり。わかっていたことだが、一定の知識・力を持った悪魔は相手を上から挑発しなければいけないという、暗黙のルールがあった。
このルールには、高位なる悪魔は敵対する者の意図を酌む事、相手に嘗められてはいけない。といった感じで、悪魔側にも事情があるのだ。
それを理解してもらいたいが、それを言えないのだからしょうがない。
勇者との戦いはまだ続く。相手は大分疲弊しているようだ。……私は無傷である。
「はぁ、はぁ。……これしきで諦めるものか。我が友、ルイスに笑われてしまうわ」
勇者は自信を鼓舞するように声に出してそう言った。
(……ルイスって人間知ってる。私達の神殿の罠で命を落とした者の名だ。それもすごくしょぼい罠で……)
私とは違う幹部の部下が作った罠で、廊下の隅に大きな箱を用意して、中に偽の財宝を入れて蓋を開けておいて、財宝に触った途端宝箱が襲い掛かるという罠である。
こんな見え見えの罠に引っかかる奴がいるのか?と幹部達で笑いあっていたくらいだ。
だが、ルイスという者はまんまと引っかかり、命を落とした。
そのことを聞いた時は、皆苦笑いしか出来なかった。嘘だろ?といったレベルである。
「そんな連中ならオレが行きますよ!掃除の邪魔ですしね」
そう言ったのが、勇者が幹部と勘違いしていた掃除長である。結果、掃除長は二人の勇者の仲間を倒し、そして力尽きた。
綺麗好きでいい奴だったのに……人間はこれだから困る。
悪魔だからって、全員が人に害を為すわけではないのに。
人間達の言葉で言えば、『正当防衛』というものだ。ただ、私達の膂力は人間よりも優れているというだけだ。
人間の自分よりも力を持つ者を妬み、拒絶する精神は全くもって理解が出来ない。
私達の様に、上下関係を心から持っていれば争いも消えるだろうに……。
前のめりに倒れている勇者を眺めながら、私は虚しく考えていた。
「もういいか?」私は勇者にそう告げる。
戦っていると心が荒んでいく。
返り討ちにした人間の遺体を、毎回の様に故郷に帰してあげる使い魔の事を考えてくれ。
「まだだ!魔王よ!!貴様を倒さなければ平和にならない!!聖剣アルタイルよ!……最後の力を!」
勇者は今にも崩れ果てそうな身体を起こし、大剣に自身の生命力を注ぎ込んでいる様だ。
これは凄い。剣に肉眼でも解るくらいに力が集中しているのだ。
勇者自身は隙だらけではあるが、そこに茶々を入れる私ではない。最後の一撃なのだ、紳士らしく受けようではないか。
その時だった。
『騒がしいな』
私の脳にだけ伝わる声。本物の魔王だ。
不味いぞ!今魔王が来ると、勇者の心が折れる。確実にだ。
本物の魔王は戦いよりもおしゃべりが好きなのだ。
この勇者の性格ならば立ち向かう気力はあるだろうが、自分が幹部クラスで、幹部だと思っているのが城の掃除を任されている戦闘能力の低い掃除長だと知ってしまったら!
「どうした?私の奥の手に怖気づいたか魔王よ……」
(違ぇよ、馬鹿が……)
私は心の中で溜息をする。
勇者は私の顔が不安そうに見えたのか微笑を浮かべた。お前の事を気遣っているのだ。
『もしかして勇者が……』
魔王がこちらに意識をむき出したのを肌で感じ取った。もう待てない。
勇者が大声を上げ突進してくるが、私はそれよりも速く、勇者の喉元・心の臓をえぐる。
私は指の爪を長く鋭利にして、勇者に致命傷を与えたのだ。
一瞬である。
勇者は眼をカッと開き、驚きの顔をしていた。
気が付いたら眼の前に私がいるのだ、無理もない。今、この瞬間のみ全力で戦ったのだから……。
私が爪を引っこ抜くと、勇者はゆっくりと床に横たわった。見開いた眼の先には、勇者をここまで導いたであろう聖剣があった。
『勇者か』
魔王の声が頭上から聞こえる。私が上を見るとそこには魔王の眼が部屋から大きく浮き出ていた。
魔王はこの城の景色を自室から自由に見ることが出来るのだ。
「はい。只今始末致しました。お休みの所申し訳ない」
『よい、寝ることにも飽きた。元々寝る必要もないのだ。ところで、その勇者。力はどうであった?』
「勇者殿には失礼でありますが、私に傷を負わせられる事も出来ない力でございました」
『そうか』
魔王は冷めた声で返す。余程暇らしい。
「ですが、勇者殿が持っていた剣。これには凄まじい力を感じました。勇者の力を高める魔力でも籠っているのでしょう」
『そうかもしれんな。しかし、貴様を倒す程の物ではないのだろう?』
「……そうなりますな」
勇者が力を込めて振るっていたら多少は違っていたのだろうが、魔王に見られるのが嫌がった為、振るう前にケリをつけてしまった。とは言えない。
『……そうか』
またも魔王は冷めた声でそう言うのだった。
『どこかに我を楽しめる者はいないのか……』
***
それから数年後のことだった。
私達幹部全員を倒し、魔王をも退治した真の勇者が現れた。
私は魔王の間にて、消えゆく意識の中で真の勇者を見つめていた。
真の勇者は顔色を変えず、ただ一点、魔王を見下ろしていた。笑う事もなく、喋ることもなく、たった一人で戦った。
ただひたすらに強かった。これが真の勇者であると感心させられた。
暫くして、町の者達が真の勇者に集まり、栄光を称えた。その時、初めて勇者が笑みをこぼした。眼は笑ってはいなかったが……。
町の者達は城を滅茶苦茶にごった返していた、忙しない者達だ。まあ、私にはどうでもいい。
そろそろ寝よう。
そう思った時だった、眼の前に真の勇者が現れた。
真の勇者は小さな声で私に囁いた。
………そうか、そういうことか。納得した。
真の勇者は細身の剣を鞘から抜き出していた。
そこから先は見ていない。だが、やることは大体解る。
※※※
その日から真の勇者は覇王となった。