バレンタインデーと片思い
わたしはチョコレートを作っている。
明日は、ついにバレンタインデーだ。
明日に備えて友チョコを十個、本命チョコを一つ作る。
わたしは絶賛、「片思い中」だ。
相手は同じ部活の先輩。今年の四月に出会った。
たまに、一緒に帰るだけで、特になにもない関係だ。あの「ぼくねんじん」は、わたしのアプローチをことごとくスルーしていた。
台所は、幸せなチョコレートの香りで充満していた。
この幸せな香りの中で、彼のことばかり考えてしまう。
恋心は、雪だるまのように少しずつ大きくなっている。わたしは、勝手に彼を好きになってしまって、どんどん抜けられない大きな穴を自分で掘っているのだと思う。
もう少し、、、、、、
もう少し、、、
もう少し
もう少しだけでいい。
「あなたを好きになりたいんです」
甘い香りのなかで、わたしはひとりつぶやいた。
わたしはここにいない彼にむかって、そうささやいた。
部活が終わった。
わたしは先輩を待ち伏せる。たぶん、今日はひとりで帰るだろう。他の先輩には、そう根回しをしておいた。みんな、おまえも大変だなという顔をしていた。
「あっ、先輩。おつかれさまです。今、帰りですか?」
わたしは偶然をよそおう。
「おつかれさま。そうだぞ」
「なら、一緒に帰りましょう。みんな、デートで相手がいないんです」
「しかたないな」
「ありがとうございます」
「先輩は、女の子と帰らなくて大丈夫ですか?」
わたしはシレっと牽制する。もちろん、答えは知っているんだけど。
「愚問だな」
「ですよねー。知ってました」
「先輩、今日は何の日ですか?」
「キャプテン・クックの命日」
「ふざけてますか?」
モテない先輩は、必死に現実逃避していた。
「あの忌々しい日だよ」
「先輩……」
少しかわいそうになってくる。
「ちなみに、チョコレートはもらいましたか?」
「ふたつ……」
「びみょう……」
あまりの微妙な数字にわたしは絶句する。
「ちなみに、親族とブラックサ〇ダーとチ〇ルチョコレートを除いたら……」
わたしは現実を彼に突き付ける。
「……」
「……」
先輩は遠い目をしていた。
「しかたないな。三つ目あげますよ」
わたしは、しかたなくあげるふりをする。実は、○○○なのに。
「いいのか!!!」
先輩の顔がぱぁっと明るくなった。
「かわいそうな先輩に、かわいい後輩からお恵みです」
わたしは彼にチョコを手渡す。
「ありがとう。義理でも、すごくうれしい」
本当にこの人は……。
「そうです、“まだ”義理ですからね。勘違いしないでくださいね」
わたしは嫌味を言う。ここまで言っても、まだ気がつかないようだ。
しかたなく、わたしたちの楽しい帰り道は始まった。