009 社会勉強・「召喚術研究」4回目
どうにかアウルムを更新できました。あっちのほうもあわせてお楽しみください。
どうぞ。
女の子が男にナルシストだとかなんとかいうのは、結局、その目を自分に向けてよと言いたいんだと思う。本当は全然そんなことは言えなくて、女の子の方が自分の体を大事に思っているはずだ。お風呂に入ったとき鏡で毎日しっかり見るし、髪の毛だって毎日ていねいに梳かしている。
だいたいの水気をふき終わって、私はいつものように自分の裸を鏡で見る。なんということもない、白い肌にそれなりの柔らかい曲線、ただの女子だ。下着を付けても、パジャマを着ても、それはとくに変わったように見えなかった。胸はクラスの中では大きい方だし、どちらかというとかわいい方の部類に入ると自分では思っている。ただ、それ以上に評価しすぎるのはイタいかな、と思うのが正直なところだった。
ラブレターをもらったことも、バレンタインのチョコを贈ったこともない。いいなと思ってる男子がいるよ、と言われたことはあるけど、わりと期待して待っていたのに何も起こらなかった。
なんというか、ただの女子だ。もうちょっと何かないかなと思うけど、とくにない。
「結乃、風呂まだあがらないのか?」
「あ、ごめん。すぐ出る」
すでにパジャマで、ぺたんと座り込んでいたところで兄がやってきた。
「最近ずっとアーグやってるみたいだな。面白いのか?」
「うん、ちょっと。友達と一緒だし、楽しいよ」
「だったらいいんだけどな。もう発売二年目だし、新人はすぐどっかに吸収されちまって面白くないと思ってたが。わりと楽しそうでよかったよ」
「私もなんとなくどっかに入るのかなって思ってたんだけどね。なんか友達の入ってるとこ、やな感じするんだ。ギルマスが感じ悪いっていうか」
そういう勘って大事だぞ、と兄は微笑む。
「ま、さすがにリアルに突っ込んでくるアホがいるわけはないが、それでも新人を搾取するヤなやつは大量にいるからな。まともなのは「クレッフェル学園」くらいだ」
「あ、エヴェルさんも言ってたよ」
「あれはいちおう、まともな学校法人がボランティアでやってるんだよ。参加してきっちり仕事ができた人間はリクルートされるって噂だから、あそこから先生になった人もいるらしい……噂だけどな」
魔術師とか生産系はまともじゃないぞ、と兄は続けた。
「伝説の魔法を一発撃つ……って目的のために一年以上かけたアホがいる。生産プレイヤーのなかでも、ゲームのやりすぎで死んだやつが何人かいるらしくてな。ガチで狂ってる連中はけっこう多いんだ。戦争のときに永久BANされたのは、そういう連中だぜ」
「なにやったの? 普通のBANじゃないんだ」
確かいけない取引をしたりしないと「永久」はなかったような気がする。
「結乃はグロ大丈夫だったか?」
「あ、無理」
見るのも聞くのも苦手だ。
「じゃあグロくないように言うか……。召喚の供物は生き物でもいい、というか生き物がいちばんいい。宝石とかアイテムを集めるのは本来非効率だ。ただし生き物のなかでも『強力な力を宿すもの』は、最高の供物になる」
「あ、もしかして」
「詳しいとこ省いて言うと、「プレイヤー」を供物にしたやつがいたんだよ、かなりヤバいやり方でな。ほとんどは問題にならない自由なゲームだけど、あのときはサービス終了もささやかれたっけ……。結局は新聞記事に「問われる仮想現実の倫理」とかさんざん書かれて、当事者の永久BANくらいで終わったけど」
「当事者ってさ、もしかして……」
兄は、首を振って「いや」と言った。
「本当のとこはどうなのか、俺は知らない。あのときは俺もまだ中堅くらいで、戦争には参加しなかったから。明らかに怒り狂ってた彼本人なのか、それとも大事な誰かなのか……。怒るだけの理由はあったはずだ」
これを、本人に直接聞いていいのだろうか。と思って考え込んでいると、兄が深刻なトーンで「そういえばな」と目をしっかり見据えて、口を開く。
「メインメニューからすぐ見られるゲームの説明、ちゃんと読んどいたほうがいいぞ。あれをきちんと読んでおくと、どんな抜け道があるかすぐ分かる。悪いやつらのやりくちも想像できるようになる、いい資料だからな」
兄に言われたように「ゲーム内説明書」を読むと、わりと怖い説明もあった。
――ログアウトに際しては、設定上「光の泉」と形容されるセーブポイントで体力を全回復されることをお勧めします。また現実の感覚を再現するにあたって、負傷による身体部位の欠損は現実世界において重篤な障害を引き起こす場合がございますので、身体部位が欠損している間はログアウトすることができません。何らかの欠損が生じている場合、必ずセーブポイントでHPの全回復、傷病の完全治癒を行ってからログアウトしてください。なおセーブデータに記録された身体の変形などは傷病でないため、セーブポイントに触れても治癒されません。
――何らかの罪を犯すと「犯罪スコア」がカウントされ、当局による捜査が始まります。スコアが貯まると犯罪者に信奉されるようになりますが、一般人からは敬遠されるようになっていきます。顔が知られている場合街に入ることができなくなり、顔が知られていない場合も街に入るとき手続きが必要になります。スコアが貯まるたびにデス・ペナルティーが大きくなり、最大で通常(経験値・所持アイテム0.1パーセントロスト)の二百倍のペナルティーが課されることになります。何度デス・ペナルティーを受けても犯罪スコアは減りません。なお、プレイヤーキルは「犯罪スコア」にはカウントされません。
――特定の職業に就くためには特殊な条件が必要になりますが、条件が具体的に提示されることはありません。また辞めることができなかったり、特定の装備を強要されたり、極端なノルマを課されたり、新人教育が過酷すぎて死者が出る職業団体もあります。所属する団体や職業を選ぶ際には多角的な判断が必要です。
こんなふうにめちゃくちゃなことが書かれているところもあったけど、「バトル編」や「観光紹介編」はかなりしっかりしていて、読んで面白いところもあった。
――戦いの基本として、リーチを覚えましょう。短剣や片手剣は短め、ポールアームは中程度、魔法やボウガンは長め、法銃や弓矢は極長です。それぞれのリーチに似合った戦い方がありますが、どの武器も専用リーチ以外で戦えるようになっています。普通の使い方に慣れたら、ぜひ応用編を試してみましょう。
読んでいる間にキューナとメアが来て、今日のミッションを言ってくれた。
「今日のミッションは!」
「ミッションは?」
「レベル上げだよ!」
「……うん」
ハイテンションだなと思ったけど、大して重要なミッションじゃないような気がする。それよりも大事なのは、別のところだ。
「そういえばさ、メアは装備変わったのに、キューナは?」
メアは、高級そうではないけどしっとりした光沢のあるローブを着ている。ほかは変わってないけど、たぶん大きな進歩のはずだ。
「ふっふぅ、聞いて驚くんじゃーないぜっ、安くていい服を見つけたのさっ」
「なんで買わないの?」
「……まだちょっと足りないし。全身分いっきに買いたいんだけど」
金額を聞くと6000ルトで、初期金額の六倍、大したことはないお値段だ。でもノルマをこなして戦いをあんまりしていないキューナは戦いの時給が低いみたいだった。
「余計なアイテム売ってもまだなんだよね。まーそもそも余計なもの取ってるヒマもぜんっぜんないんだけど。レベル上げがてらお金溜めない? ね?」
「うん、レベル上げには賛成。メアも鍛えられるよ」
「あ、お、お手やわらかに……」
夜のダンジョンはすごく危険だと聞いていたんだけど、私とメアとキューナ、全員分の〈マジックトーチ〉は操作性もよくて思いのほか明るかった。
「モンスター出てこないね……」
「洞窟だし、あんまり強いの出て来られても困るし」
キューナの言う通りで、私たちはまだレベル十にもなっていない。本当に弱くて、攻撃パターン数種類、防御はしないなんてすごく弱い敵としか戦っていなかった。
「……いま何か音が」
「え、どっち?」
メアが何か聞きつけたようで、三人ともいっせいに黙る。きしっ、という虫の声みたいな音が、また聞こえる。
「先制攻撃しちゃう? 虫には火とか雷がいいらしいけど」
火も雷も、使える呪文の中には一属性に最低二種類がある。ただし氷がまっすぐ飛ぶし、いちばんよく使っていて、それ以外にはほとんど慣れていない。
「私は〈ピュア・ライト〉しかないので、それで」
「じゃあ使ったことないけど〈ファイアボール〉でやるね」
弱点属性とか考えたことがなかった。
虫のような声はだんだん近付いてきて、足音も聞こえる。物陰に隠れているけど、小部屋のように広がった洞窟の三方に〈マジックトーチ〉が展開しているので、よく考えると誰かがいるのはバレバレだ。それでもただ光に吸い寄せられているだけなのか、人より大きいと自信を持って言えるくらい大きいクモが歩いてきた。
「うわ、こわっ」
「いくよ、せーの……〈ファイアボール〉!」
「〈ピュア・ライト〉」「カナリア、お願い!」
キューナは本体よりカナリアの方が強いみたいで、キューナが撃った〈ファイアボール〉は私のものに比べて少し弱い。それでも四発の攻撃魔法を受けたクモは、瀕死になって「ギィイッ!!」とものすごい声を上げ、すごい勢いでジャンプして襲いかかってきた。
「〈ラピッドヒット〉!」
振り下ろす一発目はタイミングが早すぎて空を切ったけど、振り上げる二発目はちょうどクモのお腹あたりにばこんっと命中する。かち上げて私の後ろに飛び、地面をこすりながら着地したクモへ、メアが近付いてもう一発〈ラピッドヒット〉を叩き込む。するとクモはぎゅぎぃとうなだれて光に還った。
「あそっか、杖スキルって殴り攻撃あるんだっけ……」
「威力めっちゃくちゃ低いけどね」
説明には「得意とするリーチ以外でも戦えるようになっています」と書いてあった。慌てて半分外してしまったけど、特技がきちんと使えてちょっと嬉しい。
「効率どう?」
キューナに向けて聞くと、「けっこういいよ」と元気な答えが返ってきた。
「経験値もお金も野原より多いねー。ちょっとだけ」
「ちょっとなんだ」
でも、一体だけ倒すんじゃなくて何体も倒すから、掛け算だ。ほんの少ない数なら違いも少ないけど、レベルが上がるほど倒していると話も変わってくる。
「この調子でお金貯まりそう?」
「ここならいけそう。がんばろ!」
キューナがニコニコ笑っている顔を見るのは、久しぶりのような気がした。
「ねえキューナ、だいじょうぶ?」
「え、大丈夫だけど」
何かありそうだな、と私は思ったけれど、無理に聞くのもよくない。
「行こ」
「うん」
楽しそうに歩くキューナを先頭に、私たちはどんどん奥へ入っていった。
このダンジョンのボスは倒されると一定時間出てこないらしい。ちょうどボス帰りのパーティーに出くわして、一言ふたこと交わしてボス部屋にたどり着くと、がらんとした広い部屋が平和に広がっているだけだ。
「ちぇっ、ボス戦初体験かもしれなかったのに」
「や、三人は無理じゃない? 全員遠距離職ばっかりだし」
「私もそう思います」
ボス帰りの人たちはすごく強そうだったから、ここのボスも実は初心者用じゃないんだろうなと思う。ゲーム内からは外の攻略サイトにつなげないから調べることはできない。でも、なんとなく部屋の広さから敵の大きさも分かってきた。
「……プレイヤーがあれだけ……と、ボス一体でしょ? めっちゃでかくない?」
「十人以上いたよね?」
「ここは確か、〈マギアグラム・アルター〉というボスのいるところだったと思います。光る脈が立体魔法陣になって、高位魔法を使いこなすんですよ」
「魔法の祭壇って意味?」
「ええ、たぶん。特殊な儀式に必要な素材を落とすとか」
立体魔法陣と言われても、すぐにイメージするのは無理だ。魔法陣という言葉だって数学の方を思い浮かべる人が多いのに、そこに立体とくると数学脳がさらに燃え上がってきそうに思える。アーグはけっこう有名だし、スクリーンショットもわりと出回っているから、検索したらすぐ出てくるかもしれない。
「お金は貯まりましたか、キューナ?」
「メア、やったよ! もうひとつくらい買える!」
キューナは「何買おうかな、ふふー」とすごく楽しそうな顔をしている。経験値はそれなりに多かったけど、お金はそんなに多くなかった。いや、最初から五万ルトを手にしてしまった私が言うと説得力がないけど。
レベルもやっと十になって、魔法に〈アイススピア〉が追加された。ここでは火ばかり使ったような気がするけど、習得にも順番があるってことだろうか。
「あ、時間すっごい遅くなってる! ログアウトしないと」
「うわ、ほんとだ」
夜の十一時、四十五分くらいだ。女子として十二時には寝たいとこなのに、ゲームに夢中になりすぎていた。私たちは呼び出したマップに道案内機能を起動して、急いでダンジョンから出る。
「明日いよいよ儀式なんだ。ユキカも手伝ってくれる?」
「え、うん……どういう感じで」
儀式の手伝いと言われても、祝詞とかはできない。レベルが低い私たちにできることと言えばちょっぴり魔力を流し込むくらいだろうか。
「大丈夫、近くで見てる人が多いほどいいんだって。いるだけで大丈夫!」
「すごい怪しいけど……ほんとに大丈夫なの?」
「初心者を入れてくれて、育ててくれるとこだよ? 大丈夫だって」
「んー、うん、それもそっか……。わかった、一緒に行く」
わずかの不安を消しきれないまま、私は約束をした。
さて、そろそろときが来たか。