006 息抜き・「召喚術研究」2回目
やばい、読者様方との約束を破るところだった。これまで破ったことがないのか、というと微妙。確約したことがないので、破ったと明確に言えることはあまりありませんね。何も告げずに削除した作品の場合でも、読者が少なすぎるためだったりとか。約束を破る、ではなく裏切るといったほうがいいのでしょうね。申し訳ない…… っていちばん読者少なそうなところで謝るアホ。
どうぞ。
ログインすると、いつもの広場にエヴェルさんが腕を組んで座っていた。
「こんにちは」
「ああ、こんにちはゆっちゃん。ちょっと耳を貸してくれ」
「こうですか?」
耳を近付けると、「五万ルト、もう使ったかね」と低くて鋭い声が響いてきた。
「ふゅっ!?」
耳がぞわぞわする。
「どうしたね、変な声を出して」
「あ、いえ……どうしてですか?」
「初心者が大金を持っていることが知れたら、困った連中がたかりにくるぞ。私の目の黒いうちは…… と言いたいところだが、とっとと使ってしまうのが安全だ。欲しいものがあれば、それぞれ信頼できる店に案内するが」
ちょっと逃げつつ聞いたけど、わりと重要な話題だ。
いちおうゲームの基礎知識は身に付けていたので、「困った連中」がどういうものかはなんとなくわかった。
「んー……じゃあ、服とか?」
「え……ああ、まあ知っているよ」
あ、ここはポーションとかおねだりすべきだった。
「魔法効果のあるいい品物を扱うところがある。あそこにしよう」
「そこまで本気じゃなかったですけど……」
高額な服はいい効果が付くものだよ、とエヴェルさんは得意げに言った。
「好みの色に染めるのも自由だからね。現実には存在しない、着ただけで裁縫がうまくなる服なんてものまである」
「いいですね」
「さ、こっちだ。ほかのアイテムはまた明日からでも集めることにしよう」
案内されるままに歩いていくと、ほんのり白っぽい魔法の明かりがついた、おしゃれな店があった。
「こんばんはジーナ。開いているね?」
「ええ、開いていますよ。新しいお客様ですか?」
「こんばんは、ユキカって言います」
染み付いたような笑顔の、すごく優しそうなお姉さんだ。口調だけ聞くとおばあちゃんみたいだけど、接客業にすごく慣れた人、というのが正解に近いだろうか。黒いワンピースにエプロンなので、メイドさんに似ているような似てないような感じだ。
「このあいだのユニーク狩りをちょっと手伝ってもらって、懸賞金十万ルトの半額を渡したんだ。ところが使ってないらしい。使っていい金額を聞いて、見繕ってあげてくれ」
「かしこまりました。ユキカさん、お好きな色は?」
「水色とか、紫系の……今の服みたいな色です」
ふんふん、とうなずく声がかわいい。
「お金はどれほど?」
「あぶく銭だから、全部で!」
「えっ!? ちょ、いろいろ買えるのに」
「お客様本人のご意思で動いておりますので」
「へい」
エヴェルさんが折れてるところなんて初めて見た。
「一部位ですか、それとも全部?」
「あらいざらい全部で……」
これだけお金があれば、たくさん買っても問題ないはずだ。
「マントと服とスカート、それからインナーすべてと帽子、靴。予算は五万ルト、色は水色や紫系――で、よろしかったでしょうか。確認しながらお選びになりますか?」
「はい、お願いします!」
「五万……五万ルト……」
「お静かに」
「ごめんなさい、なんでもないです」
エヴェルさんは、がっくり折れて店の外でいじけていた。
あとで聞いたところによると、初心者向けの装備はだいたい最初にもらえるお金で最初のものよりいいものが揃うそうで、エヴェルさんの予定としては戦いやいざというときに役立つアクセサリーがいちばん大事、ポーションを残りのお金で買おうかな、くらいの感覚だったらしい。だからってお金をどぶに捨てた、なんて思っていないけど。
「とてもよくお似合いですよ。髪の色にもよく合っていますね」
「ふわぁ……」
マリンブルーの短めなチュニックに、青みがかったラベンダー色のひざ丈のスカート。マントは夜の青、靴はサファイアみたいに真っ青で、帽子はスカートと同じ薄い青紫色だ。
もう今年で高校生なんだからもっとなんか反応あるでしょ! と理性では思っているんだけど、完全に魅せられていた。
「おお、これは……! ジーナ、よく折り合いをつけてくれたものだね」
「あなたの反応くらい見越しておりますので」
細かいところは見ていなかったけど、戦いにもいい性能みたいだ。
「あまり背伸びしすぎるとお友達から浮いてしまいますので、大人っぽくなりすぎないように。すべて同じ色で揃えると変に見えますから、マントは裏側が「宵の揺らめき色」に見えるものにしております」
「おお、揺らめき色か。よく用意できたね」
「ついてはエヴェルさんに素材三種類の提供、もしくは手紙に乗せるか人に預けるかで届けていただきたいのですが」
ジーナさんがにっこり笑う。なんだか顔が怖い。
「……いや、あれは……もしかして買い手が付かないからとかじゃないだろうね」
「そんなことはございません。当店からの心を込めたプレゼントです」
お買い上げありがとうございました、とスカートの端をつまんでお辞儀をするところがすごく上品だったけど……このマントは、いったい何だったんだろう。
「エヴェルさん、このマントって……?」
「私から説明するのは憚られるな。説明が上手な人に聞いてくれ」
「なにか変なものなんですか?」
「いや、素材が高価で仕方ないものばかりでね。それは君の服すべてに言えることだ。ちょっと失敬……ほらこの素材、中級じゃないか」
なんとぜいたくな、とエヴェルさんは半分怒っているような声で言う。
「下級や初級の服はそれこそ初期金額で全身分が揃うくらいだから、ひとつが百ルト行くか行かないかだね。今回は平均で六千から七千ルトだろう……。一着がだ」
「……わぁ」
初めて深刻なことをしたように思えてきた。
「まあ、お金の使い道は君次第。それに、これでずいぶんいろいろなことが楽になったはずだ。魔法が強化されステータスが上がり、そこらの敵には負けないくらい強くなったことだろう。あとは君自身が強くなるだけだね」
戦いはどうなんだいと聞かれて、私はキューナと一緒の戦いを思い出した。
「そこそこ……」
「何種類くらいのモンスターと戦ったかな」
「芋虫と、コウモリです」
「ふむ、〈キャタピラー〉と〈バット〉か」
モンスターの名前は二単語でできていると思っていたけど、初心者用はそこまでの気遣いもないようだ。
「……オレンジと黒の毛虫は?」
「え、なんですかそれ」
「いや……額が光ってるコウモリは見たかな?」
「ぜんぜん」
そりゃ変だよ、とエヴェルさんは不思議そうに言った。
「オレンジと黒の毛虫は〈パンジー・キャタピラー〉といって、見た目が怖いだけで経験値がちょっと高いお得なモンスター。額が光ってるコウモリは〈ムーン・バット〉という夜限定のコウモリだ。数を倒せば出てくるはずだが」
「そんなに倒してないと思いますけど……」
「あ、いや。初心者向けのレアだから、五体に一体は出てくるはずだよ」
それもうレアじゃないよと思いながらも「そうですか」とうなずいてしまう。
「それに、二種類はさすがに少なすぎる。まるでわざわざ調整されているかのようだ」
「そんなものなんですか?」
「VRMMORPGのメーカーともあろうものが、まさか初期ステージだからってモンスターを二種類しか配置しないわけがないだろう?」
私が思うにこの手のゲーム中毒さんはたぶん二種類に分けられる。
ひとつめは、メーカーを神様扱いしてゲームを心から愛し、怖いくらい入れ込む人たちだ。ゲームの攻略サイトなんかを作ってしまう人たちがこれだと思う。プレイ時間なんか聞かない方がマシで、年単位の練習が必要なことをさらっと要求したりする。
ふたつめは、世界をすみずみまで探索し、なにひとつ残さずすべてを知ろうとする人たちだろう。ストーリーもそうだしモンスターやアイテムのデータ、恐ろしいことにほかの人たちがどれくらいゲームを進めているかなんてことまで知っていたりする。
エヴェルさんは、両方がいい感じに混ざったヤバい人という感じがした。
「……何種類くらいいると思いますか?」
「私がここでプレイしていたころで、十種類はいた。亜種やレアを加えると十五、ボスクラスを加えると二十だ。まあ、レベル帯によって出現率も変化するからね……今のところ深く突っ込むのはやめておこう」
女性向けの装備でもだいたい知っているとか、もうかなり来ていないんじゃないかと思うような場所のモンスターを覚えているあたり、やっぱりすごい人だ。
「あのー……」
「何かな」
自分ではどうにもならないことをどうにかできる方法を教えてもらう、というのが私のやりたい方針だ。キューナに「宝石が欲しい」と頼まれていたけど、レベルが五くらいのときにはまだ無理じゃないかと思っていた。エヴェルさんならどうにかできるかな、と思ったけれど――
「方法はいくつかあるが、どれもおすすめできない」
「ぜんぶ教えてください」
ずいっと近寄ったエヴェルさんの兜が、私の額に当たる。
「ひとつめ……自分を売りに出す」
「ぜったい、やです」
「ブラックジョークだ。ただしNPCの非合法取引の中で、人体の一部を売り払うというものが確かに存在する。ほっとするべきかどうかは分からないが、君はそういう用途にまったく向いていない」
危険な召喚魔術の供物にするらしいけど、人間の体は最低ランクなので、まず買い手が付かないらしい。
「エルフも清浄だからダメだ。竜人か鬼ならまだマシ、混成種がいちばんいい。人間のパーツを買ってくれるのが標本商くらいのものだが、十年に一度も来ないだろうね。おまけに彼らが欲しがるのは死体であって生きた人間じゃない」
怖い世界だった。
「さて、ふたつめ……トレジャーハンターか採掘師、または鉱山の所有者になる。安定的に入手可能だが、君には向いてない。鉱山の所有者になるのは、資金繰りと将来の見通し、労働者の管理という点で難しすぎて現実的じゃない」
「無理ですよぉ……」
スキルには「探知」というものがあって、アイテム探知の方向へ成長させると道端で宝石を見つけられるらしい。二次元マップに描かれた発見アイコンがどの深さにあるのかは、掘ってみないと分からないそうだ。
「みっつめだ…… レアドロップを狙う。一口にレアドロップと言ってもいろいろあるが、宝石を落とすようなモンスターを集中して狩り続け、倒す方法からしてレアドロップが出やすいようにと調整することはできる」
ちなみに私は五千体くらい倒してやっと二個宝石をゲットした、とエヴェルさんは哀しい声で笑った。
「ちなみにもっとも現実的なのは、探知スキルをアイテム探知方面に極振りしたうえで職業採掘師になり、レアが出やすいと分かった鉱床のみを選んでピッケルで砕くことだ。アクセサリーを石に戻す方法もあるが、作った人に見つかったら最悪殺されたうえ悪評を流されて、少なくともゲーム人生が終わる」
どんなのが欲しいのかな、と言われて、そういえば何が欲しいのか知らないことに思い当たった。メールで聞いてみる。
『宝石って何がいいの?』
『属性を含んだやつなら何でもいいって言ってる。琥珀とかトルマリンがいいらしい』
なんか電気っぽい。
「琥珀とかトルマリンがいいみたいですよ」
「琥珀か! それなら楽に手に入る方法があるぞ」
五分後、私は教えてもらった場所に来ていた。
「あ、こっちだよー!」
「遅くなってごめん!」
私のところへ、キューナと……あれ、一人増えてる。
「初めまして……メアです」
「あ、こちらこそ、ユキカです」
公式紹介サイトの「ヒーラー初期装備・差分」というイラストに載っていた服だ。ちょっと色黒だけど全体的に小さくて、よく日に焼けたこげ茶色の髪がふわふわしている。なんだかうつむいていて、礼儀正しいというより、自信なさげな態度だった。
「だいじょぶだよ、この子私のリア友だし。ちょっと抜けてるし、理不尽に怒ったりしないから……ね、だいじょうぶ」
「メアちゃんってどういう人なの」
「えっと、始めてひと月らしいんだけど……」
えっ、という驚きを見て取ったのか、彼女はもっとちぢこまる。
「ね?」
「うん」
友達同士なので、それなりに言いたいことが分かる。音なしで口だけ動かすアレよりずっと精度が高い……んだろうか、自信はないけど、要するに「人と関わるの下手だから」と背中をよしよしと撫でつつ目で言っているみたいだ。
「治療師なんだけど、ギルドは最近入ったばっかりみたい」
「よ、よろしくお願いします」
「そんなに固くならなくていいよ、メアちゃん」
こっちが何か悪いことでもしたような気分になる。
私は、エヴェルさんに言われた「石化の崖」を指差した。
「琥珀を取る方法なんだけど……あそこに向けて魔法を撃つんだって。威力とか等級に応じて性質は変化し、初級の君たちなら琥珀を出す可能性がもっとも高いのだー! だって」
「誰のセリフなの、それ」
それはともかく。
「あの、治療師の必要って……」
「あそこに撃った魔法、たまに反射するらしいんだ。自分が撃ったやつだから属性ごとの軽減とか意味ないみたい。跳ね返って避けられなかったら、回復お願い」
「はい……」
私は、さっそく崖に向かって〈アイシクルブラスト〉を放った。
琥珀、低級アイテムっぽい。まあ宝石の中で何が一番レアリティ低そうかって言ったら琥珀です。現実的にありふれまくっているのは水晶・石英。砂粒の中に混じっている透明な粒、きれいですよねー。ダイアモンドは超レアみたいな扱いですが、エメラルドやルビーと同じで「宝石になる品質のものが」少ない、ってだけみたいで。そうじゃなきゃ研磨剤になんざぁしませんよね。
モンスターの体内から宝石が出てくる理由を考えてみましたが、どれもイヤ。「胃石・砂ズリの内容物」「犠牲者の持ち物」「悪食だから」「土を食うから」…… あかん、どれも汚い。胃石がいちばん説得力がありそうですし最初からいい形してそうですが、何に使われたか考えるとちょっと。