040 救済のスイッチ
今回で完結です。
どうぞ。
黒い髪がさらりと流れた。魅了されたように、対するクモの動きが少しだけ止まる。
空中にきれいな川みたいに揺れたそれが落ち切らないうちに、二丁拳銃型の法銃が赤い魔法を何発も撃ちだす。消費魔力を極端に軽減された代わり、一発の威力はかなり落ち込んでいる。それでも魔法は、攻撃直後だった大グモを仕留める。
「すごいよキューナ! 完勝じゃん!」
「えっへへー、すごいでしょ!」
ちょっと気にかかることはあったけど、キューナは私設闘技場で自分の倍はある巨大なクモに完勝していた。あれの数分の一のクモならダンジョンで出会ったけど、一人であんなに早く倒すのは無理だと思う。ものすごく大きな敵を一人で素早く倒すなんて、すごいな、という月並みな感想しか出てこない。
キューナのテイムしているモンスターがちっともかわいくない、なんだかざらざらした感じのものに変わっている――というのが、私の気になるところだ。
「キューナ、そのモンスターは?」
「この子は〈ウェットサンド・ゴーレム〉。濡れた砂を固めたみたいな感じで、ものすっごく強いよ。いざとなったら液状化できるんだ」
変わってしまったんだな、と私は思った。
これはこれなりに可愛らしさがあるのかもしれないし、絆も育んでいるのかもしれない。でも、「なんでもいい」とか「かわいいから」なんて言葉は、もうキューナの口から出てくることはないのだろう。
「もう一体は〈シューター・ロブスター〉でね、ハサミと口から水魔法を吐くんだ。甲羅の色がすごく綺麗で、めちゃくちゃ固いよ」
「いいのが仲間になってよかったね、キューナ」
「うん。前衛をすなーにやってもらって、ぶつりんは殴る係。私が中距離から弾丸をめっちゃくちゃたくさん撃ちこむんだ……私のパスキル、分かったでしょ?」
見ていて分かったけど、キューナはすごいパスキルに目覚めていた。
味方ごと撃っているように見えたんだけど、ゴムみたいにぼよんと跳ね返って、空中でまた跳ね返って敵に当たる、というスキルだ。
「えっと……ゴーレムが「すなー」で、ロブスターが「ぶつりん」?」
「うん。すなぁーっ! て感じだし、魔法よりハサミで殴った方が強いんだよ、ぶつりん」
「物理ん……打つりん? どっちだろ」
「魚のぶつ切り大好きだからだよ」
……人間用の食べ物も好きみたいだ。
「いずれ化身も覚えてもらうんだ!」
「人間の姿になれるんだ?」
普通のモンスターにできることなんだろうか。
「ぶつりんは擬態スキル持ってるから。専用のオーブに入ってるときはがんばって鍛えてるみたいだし、言葉も通じてるから……たぶん、絶賛がんばり中だよ!」
ちょっとそっぽを向いて、触覚を左右に「ないです」って感じで振っているように見える。どうなんだろう。ハサミを振ってくれるとありがたいんだけど。
「すなー、ぶつりん、戻って」
ざざぁあ、と言葉っぽい感じで何か音を出しつつ大きくうなずき、すなーはオーブに入っていった。ぶつりんはキューナが何人か背中に乗れそうなボディーに見合わずぴょいとジャンプして、オーブの中に消えていく。
「銃って、高くなかった?」
「武器は出世払いで、すなーとぶつりんは相性がいい子を選んでもらったんだ。扱いやすくて値段も安い、スプラッシャーⅡって銃だよ」
生産会社の回し者かなと思うくらいの宣伝口調だ。
「ほんとは別のやつを使いたかったんだけど、予算がちょっと……分割払いでも間に合わないし出世払いもダメなくらいだったから」
やっぱり高そうだ。
「ユキカにキューナ、二人とも調子良さそうだな」
「あ、お兄ちゃん」
家では普通にしていたし、へこんでないかなと思ってたんだけど、なぜかディーロさんと個人的に親しくなったみたいだ。何があったのかはよく分からないけど、エヴェルさんとも楽しそうに話していた。
「うちの職人が渡した装備だからな、性能は保証するよ」
「ありがとうございます、アヤトさん!」
で、ユキカはどう、と聞かれてみると、キューナとは違う意味で、私もけっこう迷うタイミングだった。
「私はもうしばらく、防具は変えなくて大丈夫なんだよね。でも杖は変えないといけないみたいで。殴って使えるやつにしないと、痛みが早くて困るから」
「え、殴って使うんだ? 法銃も銃剣部分あるけど、バグが起こるみたいだし、怖くて使ってないよ。いいバグだったらいいんだけど、悪いバグだったら怖いし」
いいバグって何だろう。
「エヴェルさん、見ないね。今日来るんじゃなかったっけ?」
「そうは言ってなかったけど、ふつう来るよね? どうしたのかな」
キューナが突然切り出したのにはわけがあった。
「昨日の試合、見てたんだけど……あの調子ならエヴェルさん、今日も絶対ユキカと一緒にいるなって思ったんだ。だからちょっと動きを見てもらおうかなって思ってたんだけど、来ないでしょ」
「うん。来てほしかったんだけどな……」
「ひゅーひゅー」
「うぎゅう……」
いくら鈍くても気が付くと思うし、キューナの反応も分かる。
「もしや武器を変えられるのは、見せるためですかな? おじょーさん?」
「違うよ。って、武器見せてどうするの」
キューナは笑っているけど、どうやればいいんだろうか……いや、やる気はないけど。のんきにいろいろやっているうちに時間は過ぎて、もう深夜だった。
「この杖どう? MPとSP自動回復付いてるよ」
「いいけど、全財産だよ……」
なかなかうまい具合にマッチするものは見つからない。そんな感じで探しに探していると、いい人や信頼できそうな人だけじゃなくてうさんくさい人も湧いて出てくる。
「お嬢ちゃんたちぃ、こっちゃどうだい」
どこかで見たような海パンのお兄さんとかぼろぼろローブのおじいさんに混じって、下心がありそうなおじさんたちも近付いてきた。
「そいつに付いて行くな」
同年代の青年が、とても怖い顔をしている。
「……あっ、失礼しましたー……逃げるぞティム」
「了解です」
そそくさと走って行ったあたり、何かしら因縁があるみたいだ。
「ああ、あんたがユキカ・ルゥス……。候補生か。情報を買うのはいいけど、あれから物を買っても得する人は少ない」
「あの、どちらさまですか?」
「最近、英魔の仲間になったビヨール・アンコーン。テュロさんの配下だ」
キューナもテュロさんとはちょっと親しかったらしく、「へー、そうなんだ」と意外そうな顔をしている。
「ともだちを待ってたんだが、以前倒した相手がいるのを見て、つい。あの海パンの人からならきちんとしたものが買えるはずだ。あまり買う気がなさそうだけど」
「あはい、実はそうです」
だったら帰った方がいい、と無表情で不機嫌そうで言い方も怖いビヨールさんはぼそりとつぶやいた。
「奥まったところに女二人は危険だから。あ、いた」
「あ、あの……」
駆けだすというか瞬間移動みたいというか、ものすごいスピードで走って行った。友達らしい男の人たちと一緒になって、さっきとはうって変わって楽しそうな顔で笑っている。
「テュロさんの配下かぁ……確か、すっごく特殊な条件があるから、そんな簡単には仲間が増えないのよって言ってた気がするけど」
ヴェオリさんたちは条件があったんだろうか、と思いつつ、聞いてみた。
「その条件をクリアしてるんだろうね。で条件ってなに?」
「ユキカはそのあたり聞いてなかったかぁ。えっとね、何だっけ……そうだ、二つ以上の姿がある人、って言ってた。ちょっと分かんなかったけど」
二つ以上じゃなくて、たぶん三つ以上のことだろう。つまり、人間に擬態した姿があって――化人族の姿が「ふたつ」以上ある。エヴェルさんにも橋川にも、混成種が混じったらどうなるかは聞いていたけど、化人族に進化した後どうなるかは聞いていない。
「じゃ、私はそろそろログアウトするね。なんかちょっと体調悪いし」
「それってゲームしてていいの? お大事に、キューナ」
「だいじょーぶ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
◇
その翌日、橋川はまた質問攻めに遭っていた。いつものことで、加えて彼にとっては楽しい時間であるため、よほどのことがない限り質問を退けたりはしない。
「テュロさんの配下になる条件ね……。そっか、これまでの二人はそんなに特殊だったんだね。てっきり気の合う人を選んでるだけだと思ってた」
「エヴェルさんともう一人だけ、配下がいないんだよね」
刃のような質問だが、彼女はそれを狙っているわけではない。単なる無邪気から出ているのだと、ずいぶん前から知っている。
「まあ、エヴェルさんの理由は知ってるよね」
他人事のように言うのにもずいぶんと慣れた。
「レェムさんの場合はね……強すぎて怖いから、なんだよね。そうだな……オリンピック出場者って、多くの人が目指しているものだし、なれる可能性があるものだよね。でも、たとえが難しいんだけど、占いの天才ってどうだろう、なりたい?」
彼女の力は、憧れるようなものではない。
「どういうこと?」
「見えやすくて分かりやすい、目指せる目標なら人は近付きたがる。それがディーロとかゼルなんだ。でも確実に本人の才能に依存してるな、とか分かりにくかったりすると、人はそれを目指したがらないし、怖がる」
ちょっと親しく言いすぎたかと思うが、樫原はそこに突っ込まない人間だった。
「怖いチカラ?」
「うん。正体が分かりにくくて、不可解な力。それにレェムは他人を指導できるような感じじゃないってこともある。逸話も怖いよ」
「どんな感じ?」
客観的に言うのは難しい。逸話そのものが恐怖を増幅させるために誇張された部分を含んでいるからである。
「――『白い霧が湧きだしてあたりを包み、取り囲んでいた人もすべて飲み込まれた。何の物音もなく静かに霧は消え、そして中心にいた彼女以外のすべては消滅していた』みたいな感じ。攻撃が決して当たらないとも言われてるね。何が起きているか分からずにめちゃくちゃになって死ぬってところはユイザと同じだけど、あれほど分かりやすいことも起きない」
「へえ……」
理解しているのかしていないのか分かりづらいところも彼女の特徴である。
橋川は彼女を見やって、わざとらしくあたりの景色を見た。
季節は新緑を少し過ぎ、深緑へ近付いている。葉芽の鞘がそこかしこに落ち、伸び切らない若葉もそれに混じる。木々に囲まれているとも言えないが、高い樹が並ぶ場所はやや薄暗く、木漏れ日も柔らかい。
「樫原さん、なんて言うかさ」
「ん、なに?」
どこから、どう、どのように伝えればいいのか分からない。
「連絡先とか交換しとかない?」
「うん、そうだね。休んだら連絡できるし」
橋川って友達少なそうだし、と刺さることを言われるが、事実だったので否定せず「うん、そういうときはぜひお願いするよ」と笑顔で答える。
「アーグ、楽しい?」
緊張して、あらぬ言葉が飛び出た。
「楽しいよ。ちょっと大変な目に遭ったけど、基本的にいい人多いし」
「本気?」
ちょっと、というレベルではないように思うのだが、樫原は本気らしかった。召喚の儀式に巻き込まれるという事態は本当はなかったはずのもので、エヴェルとディーロの賭けの対象になるようなことも、小さな事件ではないはずだ。
「なんか、本当の自分になったみたいで……おかしいよね、紺色の髪とか、いかにも魔法使いって感じのファッションとか……現実とはかけ離れてるのにね」
「いや、なんて言うか……普段とは違う姿を手に入れて、こっちが本当の自分って言いだす人は多いから。普通だと思うよ。どっちかというと、そうあるべきだと思う」
雑音を無視して、橋川は彼女の返答を待つ。
「そっか、そうかな?」
「そうだと思うよ。まあ、混成種を本当の姿って言いだすとちょっとヤバいかもしれないけど、あのプレイヤーの姿こそ本当って思っても、あんまり問題ないと思う」
「えへへ、そっか」
橋川は、彼女が笑顔になるならどんな答えでもするつもりだった。少し取り繕っていても、期待外れのひどいことを言わない限りは、彼女にとって都合のいい答えをするつもりでいる。やや困った決意だが、好かれたくて必死だったのである。
「いつもこういう顔だったらさ、もっとモテるんじゃないの?」
「え? ああ、えっと。別に不特定多数からモテたいわけじゃないよ」
そっか、捧げるタイプかぁ、と彼女はにやけている。
「いい人見つかるといいね」
「そう、だね」
自分では鈍いなどと欠片も思っていないに違いない。
がさり、という音は先ほどから二、三度聞こえていたが、それが近付いて樫原の耳にも入ったらしく、辺りを見回す。
「じゃあなんでそれが私じゃないの」
「普段の自分を振り返ってみて、どうだったかな」
目が血走った順川だった。断ってそんなに日にちが経っていないが、何かが深まるまでそこまでの日数は必要なかったらしい。
「いいじゃないそんなの私を選んで」
「相手がどんな人か分かってれば、事前知識として頭に入れておくよね。ゲームじゃないから自分の性格をねじ曲げるのは無理だし、行動も簡単には変えられない」
「ゲームゲームうるさい」
茂みから現れた順川はところどころに木の葉をくっつけて、手にはカッターナイフを持っている。ちきり、ちき、ちきと伸ばす刃は、少し錆びていた。
「錆びって菌がいて危ないそうよ。ちょうどいいわよね」
「ふうん……まあ、切れ味はよくなさそうだけどね」
「あァッ!!」
大振りで切りつけたカッターは、ギュルィ、と異音に受け止められた。
「橋川、だいじょうぶ!?」
「うん」
受け止める左手をそのままに、橋川は右手を順川の首に伸ばした。動脈をぎゅっと押さえて、白目を剥いたところで突き飛ばす。
「……え、っと……? 切れてないの? というか」
「それはね、よいしょ」
橋川は左の袖から金属定規「のようなもの」を取り出す。
「これ。入れてたんだ」
「いつも……じゃないよね」
樫原の目に、少しの恐れが見える。
「人目を忍ぶ暗殺者じゃないんだから……。近々こうなるってだいたい分かってたから、自分の癖として防御に使いそうなところに入れておいたんだ」
癖なのは本当だが、防御に使い「そう」ではなく、絶対に使うだろう。
「通報しといて。強制院行きだね」
「ああ、矯正院……大変だよね」
ぐにゃぐにゃになっていた順川は、数分で到着した白い車に連れて行かれた。
「どうなるんだっけ? 矯正院って大変らしいけど」
「強制院に入ると、いろいろやらされるんだよ。まあ何のどういういろいろかは、ちょっと知らないけどね」
恐らく学校の中で一、二を争うレベルで詳しいだろうが、橋川は不都合な事実は伏せておきたいタイプである。
「じゃ、僕はこの辺で。ちょっと約束があるんだ」
「友達?」
「に、なるかも」
「行ってらっしゃい」
にこりと笑顔を向けながら、橋川は樫原を見送って、曲がり角に消えたのを確認する。そして、木の陰にいる何者かに誰何した。
「君がナチュラルの?」
「……、を知ってる君はカルチャーの方か。さっきのトラブル、あんな馬鹿な解決をしなくて良かったんじゃないかな。見せないべきだった」
「いきなりいなくなると不安になるだろうから」
木の陰に、橋川も座り込む。向かい合ってこそいないが、じゅうぶん友達同士の会話に見えるだろう。
「あの子が候補の?」
「そうだよ。いろんなところを連れ回して、それにふさわしい力を付けてもらってる最中なんだ。いずれ二つ名以上を倒してもらう」
「そうは見えなかったけど。ユキカ・ルゥスだったっけ? 受け入れる準備こそできてるけど、まだまだそのための力が足りない……受胎能力だけある中学生みたいだ」
例えが気持ち悪いよ、と言いながらも橋川はうなずいていた。
「ハザードも大変だ、本当に。強制院なんかでむりやりなるくらいだったら、カルチャーで育つ方がずっといい。まあ、ナチュラルで気付いてる方がずっといいけど」
「そりゃそうだね。カルチャーも大変だよ、気付いた瞬間、発狂しそうになるし。彼女の精神がそれを受け止められるか……そこは樫原さん次第」
頼まれてたやつ、と橋川が差し出すと、木陰の手はそれを奪い取って開く。
「……うわあ、ほんとだ。なんてスコアだ……みんなが見たら笑うね」
「笑えないよ。というか、なんであんなところへ逃げたんだろうね」
だよねえ、と笑う。
「丸ごと作ったはいいけど、夾雑物が多すぎる。異界をわざわざもうひとつ作る必要があったあたり、その弱さは保証されてるけど。我々(まぜもの)がどんどん増えてるせいで削られていくし、博愛主義者は何をやってるか気付いてない。滅亡宣言からもう千年以上経ったらしいから、そろそろ――」
橋川と彼は、互いの顔を見て笑みを深める。
「**の真の絶滅を見ていいはずだよね?」
「化人族組織図」
森王ルチーム・エルタイン
英魔第一位:ディーロ・メルディウス
ルギス・クラット
ヴェオリ・ルルミウム
シュールーム・セリィタ
英魔第二位:エヴェル・ザグルゥス
英魔第三位:レェム・ティンヴェル
英魔第四位:ユイザ・ガラストゥラ
ウェンザイト・サリウム
シュリーファ・クロセルコール
スペイ・クリームベッタリ
英魔第五位:テュロ・クフィシア
ルクス・キツジツ・イディウ
ノミー・ザラ
ビヨール・アンコーン
英魔第六位:グリローザ・ユイルフェート
桜・ベスチノ
英魔第七位:ゼル・クウィルム・ヘルヴスィルム
アビスルーム・アクアリウム
シウル・クラット
英魔の組織図はこんな感じ。それぞれ何を混ぜているかとかそういう情報は、ちょっと情報過多になりそうなのでやめておきます。六位だけ出てこなかったな……すっごい人なのに。




