004 「召喚術研究」1回目(フィールドワーク)
どうぞ。
学校に着いた。夜遅くまでゲームをしていたのに、不思議と眠気はない。
「おはよ」
「おはよユノ」
出席番号がひとつ前の梶木ユミナちゃん(漢字は弓鳴ちゃんだけど、書くと長くなるから省略)が眠そうにしていた。いつもより制服のリボンがさらに傾いている気がする。髪の毛はいつも通りだけど、ぜんぶがきっちりしてない分、すごくアンバランスだった。
「いつもと逆じゃない? どしたのユノ」
「遅くまでゲームやってたんだけど、不思議とよく寝られてさ」
昨日は、今日の分の準備を終わらせていたこともあって、いい感じに疲れたまま寝られた。初日からいろいろあったけど、今日こそまともにゲームができるはずだ。
「いつものパズル?」
「ううん、やっと買ってもらえてVRのゲームやってた。アーグ・オンラインってやつ」
「あー、VRかぁ。いいなー……なんちゃって」
ゲーム用デバイスがすごく高くて、高校生にはなかなか買えない。お金にはわりと厳しいお父さんとお母さんを、バイト代足すから誕生日プレゼントに買って! と説得するのにかなりかかった。ちなみにアルバイトの面接で履歴書に「デバイスを買うため」と書いていたら、「金額としても目標としても、いいと思うよ」と言われた。
「アルバイト、このためだったんだ」
「うん。初日から面白かった」
「あ、そういや私も買ったんだよ。私も昨日インした。何時くらいだったの?」
「あれ、そうだったんだ? 十時くらいだけど」
ちっとも気付かなかったな、と思ったけど「九時くらいかな?」と言われて納得した。一時間もずれていたら、とっくに勧誘されたあとだろう。
「どこか入った?」
「うん、召喚術を研究するとこ」
大規模な召喚術の準備をしているところで、いろいろ入用だから人手が欲しいらしい。初心者にも声をかけてくれるなんていいところだな、とちょっとだけ思う。あの人に付いていくのは、いろんな意味で難しそうだ。
「なんか伝説の龍を召喚するとか言っててさ、魔法陣がめちゃくちゃ大きいんだ。街が若干かぶってるくらい。すごいでしょ」
「それ、すごいけど街に被害出ない?」
「でもさ、ロマンあるよね!」
「うん、ちょっと分かるかも……」
言っていたところで、橋川周祐がやっと来た。目の下にクマがなければもうちょっとまともなのに、いつも眠そうな顔と目の下のクマがいろいろを台無しにしている。
「橋川ってアーグやってるかな?」
VRゲームをよくやっているのは知ってるけど、ひとくちにVRゲームといってもいろいろある。
「どうだろ。聞いてみたら?」
「うん」
やっぱり、本人に直接聞くのがいちばん早い。
席について、思いっきりあくびをしている橋川に「おはよ」というと、「はよ」と今にも寝そうな声であいさつが返ってきた。
「どうしたの、樫原さん。俺なんかしたぁ、あ、ああぁ……」
疑問形なのに、声から抑揚が消えすぎて疑問形に聞こえない。おまけに言葉が終わった瞬間あくびになっていて、会話する気がゼロっぽい。
「橋川君ってアーグ・オンラインやってる?」
「うん、やってるやってる。何か聞きたい」
もしかして、アーグ・オンラインのやりすぎでいつも眠そうなんだろうか。
「初心者だからいろいろわかんなくて。いつになったら眠くなくなる?」
「昼休みくらい。図書室で話そうか」
ちょっとだけ目を覚ましたように見えたけど、橋川はすぐにぐてっと倒れた。
午前中ずっと眠そうだった橋川も時間が過ぎていくごとに覚醒の度合いを引き上げて、昼ごろには確かに目もぱっちり開いていた。お弁当があるのにわざわざパンを買いに行ってむさぼり、たぶん私二人ぶんくらいを平らげてからどこかへ消える。図書室に行ったかと察して、私は橋川のあとを追った。
いつも開いている図書室だけど、利用することはそんなにない。どこにいるのかと視線がさまよっていたところで、奥の方で手を振る男子が見えた。
「早くない?」
「一人で食べたらこんなもんだよ」
それで何が聞きたいの、と言われて、私は「職業のこと」と単純に答える。
「歴長いからそれなりに知ってるけど、漠然としすぎじゃないかな」
「あ、じゃあ昨日聞いた職業診断のこと」
「ああ、あれね」
歴長いから、というだけあるみたいだ。
「例えば、モンスターが怖いと思ってる人に対して、直接ぶつかり合ったり殴り合ったりするような職業の適正はまず出ない。逆も同じ。暗い気持ちを抱えていたり、表には出たくないけど力が欲しい人には暗殺者系の職業がおすすめに出てくる。こんな感じ」
樫原さんは魔法使いタイプじゃないかな、と橋川は言った。ぴったりだよ、というと「けっこういろんな人見てるからね」とかすかに笑う。
「あとは、本人の生活。もともと好きなことやゲームの中でよくやることがさらに上手になるような職業がおすすめになる。薬剤師目指してる人がほんとに薬師になるなんてことも、アーグじゃよくあるよ。あとは、おばあちゃんに言われたことが手掛かりになる」
「あ、あのおばあちゃんかぁ。夜と月と氷……だったかな」
「だいたい分かった」
「早くない!?」
以前にも似たような答えを聞いたんだよ、と橋川はつぶやく。
「初日には「答えは出ない」が普通なんだけどね。戦ったの」
責めるような言い方に聞こえたけど、さすがにここまで話していたら分かる。ただ聞いてるだけだろう。
「最初から北の森ってとこに行っちゃって、フクロウに襲われてね……〈ナイト・ファントム〉だったと思うけど、ユニークハンターって人に助けてもらって」
「……へえ。エヴェルって人?」
「うん、知ってるの?」
橋川は、ちょっと縁があってね、とそっぽを向いていた。
「じゃあ魔法使いなったんだ」
「うん、今日からは梶木ちゃんとやろうかなって思ってる」
「手伝えることがあったら、手伝おうか」
固まった顔が返事待ちだと気付くのが、一瞬だけ遅れた。
「じゃあさ、今日の九時くらい、花時計のとこで待ち合わせしよ。街の機能とかいろいろ聞いてないことあるんだ」
「うん。あ、でも外せない用事ができたら無理だよ」
「いいから。誰かに言伝とか頼んで」
「分かった。今日の九時くらいだね」
初めて見る笑顔がすごくいいやつ的雰囲気を持っていて、私はちょっと得意だった。
「いい顔するね、橋川」
「そうかな」
「見たことなかったよ、笑ってるとこ」
「まあ、いろいろあるから」
兄や誰かがよくやるような、思いっきり下手なのに突っ込むのが難しいごまかしだ。私はそれ以上は聞かないことにする。
「じゃ」
「うん」
橋川は、本棚の森に入っていった。
家に帰ってだいたいのことを済ませ、VRIDが壊れたりしないように風呂上がりの髪を乾かしてから、約束通りの時間にゲームにログインした。夜でも魔法の街灯で綺麗な、春らしい花の時計がガッチンと音を立てて九時を示す。
(……おかしいなぁ)
制服もきっちり着ている橋川が約束を破るわけがない。というか、待ち合わせの十分前には来ているくらい几帳面だと思う。自分で言っていた「外せない用事」だろうか。
「あ、もしかして」
「ん、えっと……」
ユミナに似た顔が、けっこう近くでこっちを見ていた。ユキカです、と名乗ると「キューナです」と丁寧にお辞儀される。お互いの声を聞くと、やっぱりそうだと確信できた。学校の制服みたいな藍色の服の上に、大きな灰色のマントを重ねている。
「人待ち?」
「うん、橋川待ってた。でも来ないんだ」
大切な用事があるみたいでさ、と言うと「強いボス狩りじゃない?」とばりばりゲームに馴染みまくった答えが返ってくる。こんな子だっけと思ったけど、私だっていつもとはかなり違う。
「じゃあ、一緒にやろうよ。アイテム集め、わりとノルマあるんだ」
「初心者にノルマ課すってすごいね」
詳しい人がいないのが困ったところだけど、アイテムがある場所は微に入り細を穿ってすっごく詳しく書かれていた。おまけとして似たアイテムとの見分け方、基本的な効能の説明まである。
「この紙、情報量すごい」
「コピーできるらしいけど、原本は手書きなんだよ」
「この量、手書きしたんだ」
とても正気とは思えない。
「東の草原でだいたい集まるみたい。行こ」
「護衛は任せて、魔法使いだし」
「頼みましたよ、ユキカさん」
「頼まれましたよキューナさん」
あはは、と笑い合いながら、門をくぐる。目に飛び込んできた光景は、北の森より目に優しくて、最初にここに来たかったな、と思わせるものだった。
「広いねー」
「すごいよね。昨日来たときもすごかった」
足元が見えないほどの草原じゃないけど、さやさやとなびく様子がきれいだ。がさがさと動いているゆるやかな背中が見えて、キューナが声を抑えてささやく。
「あ、あれモンスターじゃない? 倒しとこっか」
「いずれ見つかるよね。先に……」
杖を呼び出して、ちょっと遠いけど〈アイスブレット〉を放った。ぎゅいっ、と声を上げたのは大きな芋虫だった。
「うわ、なにあれ」
「大丈夫、そんなに強くないよ」
もう一発同じ魔法を撃つと、ぎゅう、と芋虫は倒れて光の粒になり、消える。二重で習得した魔法は強制的に熟練度が上がる、とエヴェルさんが言っていた通りで、早くも熟練度が二になった〈アイスブレット〉は思ったより強かった。……逆に芋虫が弱いのかもしれないけど。
「東の草原城壁近く、腐りかけの木や立ち枯れの木に生えてるキノコ……」
条件が厳しめに思えたけど、事前にリサーチ済みなのか、ちゃんとそれらしい木がある。紙に書かれたとおりのキノコがあって、不思議なくらいスムーズにキノコ狩りが終わった。
「ん? いま何か音しなかった?」
「うん、したよね」
さっきの音に似てるな、と思ったら、やっぱり芋虫だった。ここは任せて、とキューナが地面に手を当てて、魔法陣を広げる。
「召喚、〈ウィンドカナリア〉!」
「え、カナリア?」
かなり小さい、鳥の召喚獣だ。ピィッ、と鋭くさえずって、羽の色と同じ清らかな緑色の風が強く吹いた。
「すご……く、ない」
びゅおっ、とすごい風が吹いたはずなのに、あんまりダメージになってない。私もきちんと〈アイスブレット〉を撃って、カナリアがピッ! とつっつくと芋虫は倒れた。
「あんまり強くないね……」
「だって最初の子だし。ぜったい強くなるから大丈夫」
よっぽど好きみたいだ。
「じゃ、次のとこ行こっか」
「次何だっけ」
話しながらキノコを採って薬草を刈って、芋虫も倒した。何枚かある紙のうちの一枚には近くにいるモンスターの一覧表というのもあって、とことんマニュアル化されているみたいだ。
「それにしても、モンスター多くない? 芋虫もそうだけど、コウモリとかあんまりいないって聞いてたんだけど」
「へえ、初耳…… ちょっと強かったよね、確かに」
飛んでいるので攻撃が当たりにくくて、倒すのが面倒だった。
「にしてもさ、橋川もこのゲームにいるんだよね。クラスメイト、けっこういるんじゃないかな? デバイス無理そうな人ってあんまりいないし」
「大丈夫そうだよね……キューナがいるのは予想外だったけど」
VR酔いは慣れで治るし、ゲーム機ひとつが買えないって家も少ないはずだ。もしかしたらそれ以外の事情もあるかもしれないけど。
「レベルも上がったし、アイテムも集まったし、これくらいにしとこっか」
ちょうど街の入り口に戻ってきたあたりで、私はキューナと別れた。
そのままログアウトしてもよかったけど、なんとなく街を散策してみる。
ファンタジーというには少し物足りない、ただ石造りの街だった。石材も近くで取れるのを適当に使っているんだろうか、べつだん美しくもなくて、磨かれているわけでもない。住むために整備されたらファンタジーでもこうなるかな、というくらいの「適当な」街だ。
すごく澄んだ不思議な音に吸い寄せられて、私はその方向へ歩いていった。
それは鍛冶屋のハンマーの音で、真っ赤になった金属の板を叩いているところだ。その前には、私よりかなり背が高い鎧兜の男がいた。
「……あ」
「む? ゆっちゃん、昨日ぶりだね」
全体的には見覚えがあるけど、胴体の鎧が違う。
「これか。ちょっと用事のせいで傷んでね」
「用事?」
「あ、いや。今日もユニーク狩りをしていたのさ」
「鎧が傷むくらい強かったんですか」
そりゃ尋常じゃないさ、とエヴェルさんは大げさな身振りをする。
「自慢じゃないが、あの鎧は大枚はたいて作ってもらったものなんだ。今のトップ集団だってすぐには用意できないくらいだよ、あれが傷付くなんて相当なのだ」
代わりの鎧はそんなにない、とエヴェルさんはちょっと落ち込んだ声を出した。ちょっとでもあるのがすごい。
「ざっと昨日の五倍は強かったかな。つい本気を出すところだった」
「五倍!?」
初心者でも一撃では倒されなかったから、よく考えてみれば、たしかにあのフクロウは弱かったのかもしれない。それでもあの五倍と言われると、初日からデスペナルティーは絶対いやぁという恐怖を思い出してしまう。
「どんなのだったんですか?」
「竜人喰らいの大ムカデだ。特殊進化を遂げたせいか、本物のドラゴンまで餌にしていた。幸い大きさは百メートルにもなっていなかったがね」
「ひっ」
甲殻を使えば竜や龍に対して攻撃力が上がる装備が手に入るよ、と言われたけど、あのムカデが大きくなったと言われるだけでぞっとして、素材を見る気にもなれなかった。
「しかし、あの進化は異常だな……」
ムカデ怖い状態になっている私は、言葉を聞くこともなくログアウトした。
「ユニークハンターさんの討伐記録」
002:〈メルティピード〉
種族:節足動物
懸賞金:なし
備考:竜人の街に定期的に起こる「奈落の巣穴」からの襲撃イベントで出現。ほかに類を見ない戦闘力を持つ「ユニークボス」に分類されるが、突発的に出現してその日のうちに処理されたため、懸賞金は計算されていない。
超大型ムカデ型モンスター〈カラハシピード〉をベースにすべての性能が強化された、四半期ごとに起こる「ルグーニオン襲撃イベント・春の部」のラスボス。装甲がさらに強化され、毒液だけでなく酸性の唾液を噴出、噴霧する凶悪な特殊能力を手に入れている。またもともとの特性として「龍・竜からの攻撃を受け付けにくい」「龍・竜へのダメージ大幅アップ」を持つ。
珍しく「奈落の巣穴」の恣意的な強さ調整(イベントからさかのぼって一か月、昆虫や節足動物型モンスターの討伐を制限すること)が行われなかったため、でたらめに凶悪化し、高い知能を持つうえ圧倒的な攻撃・防御性能を誇るボスになっている。ユニークハンターに討伐され、さっそく武器になる予定。