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039 エルティーネの異界門

 どうぞ。

『そ、それは本当ですか!?』


 やはり貴殿もか、とゲザロイベは笑う。


『もちろん、成長し続け、制御しきれなくなることを恐れているのは知っている。わしも迎え撃つだけでなく喰らいに向かえば妻と同じに強くなっただろうとも』


『おじいさま……やはりおばあさまのために?』


 しゅう、とゲザロイベは不満そうに空気を漏らす。


『ニゴォ殿も同じなのだろうよ。情を交わした者に追いつくために……。ニゴォ殿、逸る若者を殺したことは許そう。貴殿の言った通り、負けるならば負けただけの力しかないということ。命のやりとりに情けは無用』


『かたじけない……本当に良いのですか』


 老兵はあごを開く。


『くどい。早く双樹になるがよい、輪切りの干し肉になりたくなければ』

『……では』


 くっついてこい、という意味のことわざを使われて、わずかながら照れながらニゴォはエイラの元へと向かった。




 戻っていないことに落胆しつつも、ニゴォは再会を喜ぶほどの体力も残っていないことを思い出した。鱗は剥がれ血は流れ、エイラからも綺麗だと言われた宝冠のごとき角さえ数か所欠けている。


『おいおいまったく、無茶にもほどがあるだろうが……』

『小言はいいから、寝かせてくれ……。経験を体に染み込ませなければ』


 ガイロの物理攻撃付きの説教を聞くつもりは毛頭ない。エイラの膜の元にぴったりと寄り添って、くるりと巻き付き、ニゴォは眠りについた。



 ◇



 エヴェル・ザグルゥスは案内人に連れられて、王国の宝物庫を歩いていた。宝物庫とはいっても、剥き出しの宝がごろごろ転がっているわけではない。四角い箱が整然と積まれた、ただ大きい倉庫である。


「経歴についてはお聞きしていますよ。あの粗大ゴミのために大変な苦労をされたとか。名前の時点で察することができなかったのがまったく残念です」


「形代のことか」


「形代とは、魂を移した似姿のこと。要するにレプリカです。機能や儀式における役割は同じだが、本物ではなく、完全な性能を発揮できないことがある。彼らがわざわざ作り出したアイテム「異界門の形代」は、制御するための重要なファクターが欠けていた。というより供物が足りなくて、そこまで設定できなかったのです」


 貴族のようだが、戦士のようでもあり、語り口は学者に近い。テュエンと名乗った慇懃な男は、こちらです、と箱を示す。


「これは異界にアクセスし、呼び出すものをあらかじめ設定したうえで、それだけを呼び出すことができるという世界でも最高峰のアイテム。わずかレベル七十程度でここまで辿り着いたことは素直に賞賛すべきですが、ダメですね」


 テュエンが四角い箱のふたを取り、中のものが目に入る。


「箱庭……?」


「これが〈異界門〉です。ユニークモンスターのみが住まう世界である異界を、ある意味でコントロールしているアイテムと言えるでしょう。これに比べれば一千万ルトの賞金など塵芥に等しい。ユニークボスを供物なしで呼び出す……と言えば、どれだけ恐ろしいものであるかは理解していただけるでしょうか」


 エヴェルはものも言わず、ただ見入っていた。


「本当にそんなことが?」


「あなたも幾度か目にしたことがあるでしょう、ユニークボスが消失する光景を? 異界へと迎えられた彼らは修羅の世界で研鑽を積み、真の怪物へと成長する。そして制御できるだけの強さに抑えられつつ、保存される。ここで眠っているのは、かの玉龍と蒼天碧海龍でしょうね」


 初期は図書館で伝承を読みふけっていたエヴェルなので、千年ほど前の記述についてもきっちりと知っていた。


「無限に成長する龍と、すべてを操る青い龍……」


「二体が恋仲になったようなので、危険を察知したユーミア国や竜人族の主だった戦士たちが討伐クエストを発布、自ら受注して大規模な戦闘を行いましたが、完敗。玉龍には傷一つ付けることができず、蒼天碧海龍は空気も水も操るため勝利の可能性がまったく見えなかったそうです」


 凄まじく強大な力を持つ二体が子を持てば、ふたつの力を併せ持つ龍が生まれることになるだろう。それはある破滅をさえ意味している。


「王国がこれを所有している理由は不明です。というよりも、供物として何が必要になるかもわからないような能力を有しているアイテムですから、化人族と争っている理由もなんとなくは想像も付きますが」

「なるほど、人間は骨の髄まで腐っているわけか」


「といって、現代の我々にはその補償などできません。というわけで、どのような内容であれ、将来的にどのようになるか予測が付いていることであれ……このアイテムを「持ち主」からあなたへと譲渡しましょう」


 球体が暗闇を照らすほどの光を発し、その下に敷かれていた小さなものをも照らし出した。おぞましいほど蒼ざめ、血が通わないためか腐りかけているようにすら見えるそれは、どうやら人間の手首であるらしい。


「これは……!?」


「所有者……の、一部です。もっとも小さな端末であり、分かりやすく所有権を示してくれる器官でもあるため、ここへこうして置いてあるわけです」


 いつもはゆっちゃんが驚き役なのだが、とエヴェルはわけのわからないコメントをする。


「手を合わせてください。そのあとこれに触れると供養が終わり、所有者は死にます。正式な所有権の移動は、以前の所有者が一部しか残っていないときはこのように行います。無論全身が残っている、というより生きている者ならば譲渡するだけで良いのですが」


 ならば、とエヴェルはほくそ笑む。


「あなたはこれがどうなるか知っているとおっしゃった。予測を聞きたい」

「エルティーネが世界最高の力を持つ」


「――ご明察」

「簡単なことですよ」


 テュエンはにこりと笑った。


「ユニークハンターであるあなたが分かりやすく忠誠を示すには、何か大きな成果を示すべきだ。だが簡単に功績を追い求めるには人間を狩るしかない……だから今回のハイリスクな決闘を受けられたのでしょう? 人間を殺さず、力を示すこともなく。だが一世一代の力を込めて、付き添う彼女に裏切られる危険さえ冒して。あるいは彼女にはすでに、人でないことを伝えていたのかもしれませんが」


 それはそうさ、とバイザーの奥でエヴェルは低くうめく。


「賢明であらせられる森王ならば、これを役立てることも可能でしょう。幸いにしてこの国の統治者はあなたの正体には気付いていない様子……これまで通りに猫を被っていてください、ハザード」


「その名前では呼ばないで欲しいのだが……。これを森王ルチーム・エルタインに献上することの意味は、もちろん分かっている。だがそれ以外に、これから起こる、起こすことを帳消しにできる功績はないのだ」


「王がどのように振る舞うか、あなたには分かりますか?」

「理性ある強者と対話し、そうだな……化身した四つ名以上を外に出す」


「それは破滅では?」

「いいや。王には王の力がある。王ならば止めることができる」


 ずいぶん信頼なさっていますね、と言ったテュエンに、エヴェルは蔑むような視線を向けて「信頼ではないよ」と手を下へ向けて振った。


「あれが信頼ではないようにね」


「よく分かりませんが……譲渡は終わりました。どのように使用されようがあなた様の自由、そして破滅を呼べば国を挙げての賞金首となることもご承知ください。とはいえ遊生人にはどのような理屈も通じません。自己責任、と申し上げておきましょう」


「分かっている」


 ほかの宝物には興味がございませんか、とテュエンが誘うように周囲を差すが、エヴェルは「残念だが、どうでもいい」と低く冷たい声で吐き捨てる。


「宝物など、ハザードには何の助けにもならない。知っているだろう」

「これは失敬。デリケートな話題に踏み込むのを恐れすぎましたか」


 案内人はそれらしく鎧兜の先を歩き、宝物庫を出る。


「少しは興味を持っていただければ、面白い歴史資料を開陳できたのですが……。図書館にある封印資料はご覧になりましたか」


「ああ。あの男と同時期に見た」


 宝物庫のある宮殿の隅に出た彼は、よく分からない格好の貴族を見やる。


「それは残念……ここにあるものの写しですからね、あれは。まあ魔法で作ったコピー、完全に同じなので閲覧する意味はありませんが」


「思わせぶりなことを……。あそこにはないものがあるのかと思ったよ」


「ありませんね。もともと図書館の方が封印資料をすべて保管していたのですが、研究用ならばオリジナルを使う必要はない、ということでコピーされたそうです。ときに、そろそろあちらへ戻られては? ずいぶんと遅い時間になってしまいましたよ」


 この男は遊生人の事情に通じている、とエヴェルは察するが、考えるまでもないことだ。彼が森王に多くのことを話しているように、王国の人間たちは彼に多くの事実を伝えているのだろう。


「それではごきげんよう、ユニークハンター」

「ああ」


 消え去る瞬間まで、エヴェルはテュエンを見ていた。



 ◇



 声もいつもより低くて、動作も鈍い橋川は、こうやって昼休みに話し始めたころの彼とよく似ているような気がした。


「賭けの対象になる女の子か……。少女漫画みたいだね」

「笑い事じゃないよ、もう」


 笑顔にも元気がないのは、やっぱり夜更かしのせいだろう。こういうところも変わっていないし、優しいような厳しいような言葉とか、内面も変わっていなかった。


「やっぱり勝ったか。僕の見込み通りだね」

「あ、やっぱり? 私もエヴェルさんが勝つと思ってたよ」


 どうしてと聞かれると根拠は言いにくいけど、信じてたから、というと橋川は困ったような笑い方をした。


「期待に応える方は大変だね。期待される分、やる気も出そうだけど」

「うん。私、あの人のこと誰よりも信じてるよ」


 決定的な最後のひとつは、言わない。橋川は信頼しているけど、エヴェルさんのことが好きで、もう言ってあるなんてことは、あんまり言いたくなかった。


「それで、エルティーネに行くことにしたんだね」

「える……化人族の街のことだよね」


 橋川の目は、なんだか試すような感じに見えた。


「あの街に人間が立ち入るのは、ちょっとまずい。ただ、人間の姿をとっている者もいるからだいたいは大丈夫なんだけどね。でも、擬態を見破るスキルを持っていれば……その正体が分かるからね」


「分かっても、連れ込んでる人が……」

「大丈夫じゃない」


 突き刺すような言葉だけど、確かにそうだった。


 確かな人の紹介でしか入れない会員制のクラブみたいなものをイメージしたけど、エヴェルさんは確かな人じゃない。


「本当に大丈夫? もう少しだけ力を付けて、いざというときに備えたり……何なら、頼れる人をもう何人か作っておくべきなんじゃないかな」


「う……。なんか今日は厳しいね」


「覚悟が必要だからだよ。虎穴に入らずんば虎子を得ず……なんて言うから何か得られるのかと思うだろうけど、違う。虎の巣穴に踏み入って、ただで帰って来ようとしてる。得るものも失うものも、何かあるはずなのに」


 橋川の口調は厳しいけど、ひどく心配げだ。


「ディーロさんはどうかな?」

「……ゆ、勇気あるね。突拍子がなさすぎて心臓が止まるかと思ったよ」


 ディーロさんは私をそれなりに認めてくれたので、無理ではないだろう、というのが橋川の見立てだった。


「ただ、それだと樫原さんがどれくらいの力を持つのか知りたがるヤツが出てくるね。そうなるとかなりまずい……み、いや、まだ中級にもなってないのに」


「そっか。じゃあ誰がいいかな?」

「人の力を借りるのもいいけど、まず自分が強くなるべきだよ」


 痛いところを突かれてしまった。


「どれかひとつ選んで、樫原さん。ひとつ……化人族に味方する。樫原さんのパスキルについては聞いてるよ、かなり貴重な力だから、交渉のいい材料になると思う。誰も一個人の行動は気にしないし、人間だから、人間の街に踏み入るのに手間はいらない。これがベスト」


「次は? 化人族の人を見つけて味方してもらう?」


「よく思いついたね……。王国周辺で活動してる人を見つけたらしいから、彼に手伝ってもらうのもありといえばありだ。ただし、個人的に親しくなる必要がある。対価として要求されるものが何であっても、払わないわけにはいかない」


 それはやめておきたい。


「最後には、これはちょっと、と思うけど……。連行される(てい)で入国する。とっ捕まえてきたから見てくれよって感じかな。これだと制限はほぼかからないね。ただし、プライドが傷付くと思うし、まともな扱いは受けられないよ」


 橋川はもしかしたら、故意にどれを選ばせるか決めていたのかもしれない。決めた後ではそう思うけど、このときはそう思うよしもなかった。


「じゃあ……これだけ深入りして、しかもエヴェルさんと仲いいから――私は、化人族に味方する。認めてもらえるまで強くなればいいんだよね?」


 橋川は、くまがくっきりした眠そうな顔で、にこりと笑った。

 紹介する内容をまとめておかないと……。

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