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 どうぞ。


2018/03/27 紫葬鎌撫爪(リーパーズストローク)を→終ト抜ケ・殺ット撫デ(リーパーズストローク)に修正

 エヴェルもディーロも、決して余裕を持っていたわけではない。ならば、魔法が暴発したことにまったく気付くことなくそれを受けたとしても、当然といえば当然の結果だった。とっさに退避しても、属性耐性の高い方がよりダメージが少ないのは明白である。


「ぐ……っ」


 エヴェルには、この攻撃の正体は知れていた。「回復術師」や「光術師」系統が上級職か特級職になると習得できる〈セレスティアル・ジャッジメント〉だ。光の柱が効果範囲内を焼き尽くすという、アンデッドや闇属性モンスターに対して凄まじい効果を発揮する魔法である。くわえて、耐性がないモンスターやプレイヤー全般にもある一定の効果を示す。


「放棄発動は効いたみてえだな。まあ、オレも冷や冷やだったが……。制御できない分、効果範囲が狭くなったり集束したり、自分にだけ当たってるなんて事態も招きかねなかったんだぜ。てめえも運が悪いな」


「別に運が悪いとは思っていないさ。幸運を願うほうが間違いなんだ。そんなことをしたって何のプラスにもならない……自分の力で取りに行かないものが、都合よく落ちてくれるはずもない」


 よく言った、とディーロは笑う。


「そうだ、その通りだよ。だからオレはぶち殺し続けるし、お前は救い続けるんだろうな。王の手を煩わせるまでもねえと思っていたが、どうやら違うらしい」


「……それは勘弁してもらいたいな。勝ち誇らないのか、ディーロ?」

「ぜんぶ終わったら、な」


 油断している暇などない。昨日の戦いでアヤトが見せた「反射返し」は、より素早いエヴェルにも可能だ。逃げに回れば体力はぐんぐん回復することだろう。


 剣と魔法が交差して襲いかかる。このように高い制御能力を持つからこそ、剣を操りながら魔法を操るという凄まじい力を持つからこそ、ディーロ・メルディウスは英魔第一位なのだ。


 闇の短剣が絶え間なく飛来し、光の弾丸と両手の剣がそれに続く。回避し、打ち合う隙間にもエヴェルは特技を発動する間を狙っていた。


(ディザスターは、発動さえすれば必ず勝てる。ただし発動の隙を許すほどの馬鹿ではないし、むしろディーロが使いそうな勢いだ)


 どうやって発動させるか、というその一点にかかっている。相手が油断をした瞬間が最適だが、それを見つけることは困難だ。


 首を狙った一撃を強引に跳ね返し、相手の剣で闇の弾丸を受け止めさせる。ガラスを噛み砕くような異常な音が響いて剣に傷が刻まれるが、そんなものは大したことではない。後ろから飛んできた光の弾丸は姿勢を低くして避け、ここぞとばかりの蹴りにはブーツの表面を浅く裂いて応え、背中へと集束してくる魔法たちは地面に吸収させた。


 攻撃のペースが激化していることは、どちらかと言えば余裕がないことを表している。だからといってこちらには余裕がある、と結論づけることはできないが、少なくとも相手が余裕をなくしており、そのために最終手段を使いやすくなっているのは事実だ。


 何も言わないディーロは、その一撃一撃をどんどんと冴えさせ、攻撃回数が増えていくパーソナルスキルも相まって怪物的な攻撃力を発揮している。三回避けられても一回当てられれば増える、というギャンブルにも例えにくい考えから、ディーロはすべての攻撃を本気で放っていた。少しでも気を抜けば、その瞬間に発動できる特技が襲いかかる可能性もある。互いが互いを最大限に警戒し、そのせいで決め手が発動しない状態だった。


「〈ディザスター・〉――」

「させるかッ!」


 ぎゅっと踏み込んだ足を蹴り飛ばし、ディーロは軸足を倒されたエヴェルへ魔法で追撃する。そのまま最終特技へ移ろうとしたが、相手の残り体力を考えて、ディーロは発動する特技を切り替える。


「〈武演・閃竜斬〉」


 ある素早いドラゴンを討伐することで習得できる、発動も早い三連撃。増撃の効果により十発以上も叩き込まれた大威力の攻撃が、地鳴りのような凄まじい音を響かせる。これで仕留めきれるとは考えず、ディーロはさらに魔法の準備に入った。


「〈ホーリー・ピラー〉!!」


 天上から降り注ぐ一撃必殺、光属性の光線。地面が赤熱するほどの威力は、ディーロをほんの一瞬だけ止める。



「――〈終ト抜ケ・殺ット撫デ(リーパーズストローク)〉」



 紫色の何かが、するりと通り抜ける。


 ――すると、決着がついた。



 ◇



「やられた……!! そういうことだったんですか!」

「あの、今のっていったい……?」


 エヴェルさんが通り過ぎた瞬間に、ディーロさんがバラバラになって消えた。しかも次の瞬間にはエヴェルさんも倒れて光に変わったのに、エヴェルさんの勝ちだ。


「部位欠損ダメージ……だねー」


「体力の最大値が下がるのもそうだし、かなり高めのダメージを部位に関係なく食らう。ふつうは一か所で一割くらいだから、人間を一撃で十個に刻めば死ぬ計算ってわけだな」


 ……あの特技、もっと細かくやってたような気がする。


「じゃあ一瞬で勝てたんじゃ?」


「そういうわけにはいきませんよ。本当に切っているとか、相手の残り体力が一定を下回らないと使えないとか……そういう条件付きでしょう。相手の残り体力を量りながら、必殺特技の長めの発動時間を確保する、となるとすごい手間でしょうねぇ」


 エヴェルさんは、それを死にながらやったということになる。


「死にながらできることなんですか……?」

「あの人ですからねぇ。できるじゃなくてやるでしょう」


 「できる」じゃなくて「やる」というのは、かなり納得できた。


「ところでなんだけどさー……? これって、クエスト達成になるの?」

「え? 何のクエストですか?」


「んん? おい、もしかしてだが――ユキカちゃん、あんたはゲーム内ニュースサイトやら攻略サイトやら、何にも見てねえのか……?」


 ヴェオリさんとルギスさんが固まる。


「い、いや有り得ませんよ。ねっ、そうですよねぇ?」

「SENNニュースよりよく見るよねー? ブクマしとくのが常識だよ?」


 何も言い返せない。


「ダンジョンは攻略サイトでマップ見とく。有名人は一通り知ってる、スキルはそつなく使える。まあ大丈夫だろ、どれか一つは当てはまってるよな?」


「あっはい」


 スキルはそつなく使える。それはできてる。けど――


「……一緒にいる人に迷惑かけたくなかったら、ダンジョンの地図くらい持っとこうな。有名人はほんとにスゲー人だけ知ってたらいいから、基本は押さえとこう」


「はいっ」

「ね、なんだかんだいい人でしょ。カオが致命的に怖いけど」


 ルギスさんは辛辣だけど、シュールームさんは特に否定しなかった。


「からくりは割れましたが……あれを破ることは永遠にできないでしょうねぇ。相手が受けた傷だけで体力量を推察できるのは、紛れもない廃人だけですから」


「相手の体力が見える状況だったら?」


「それは絶望しかないですねぇ。こちらが仕掛けるだろう攻撃パターンも見えますし、保険なしに突撃しても、殺せる量になった瞬間あれを放って終了です」


 対策しても倒せないのが英魔だ、と誰かが言っていた気がする。


「そもそもトップクラスのプレイヤーだし、しかも特別な能力も持ってる。だがそんなことは置いといて、ほんとに強えんだ、あの人たちは。強さの源を持ってる……ほんとにうらやましいもんだね」


 ぽんぽんと肩を叩かれる。


「行ってあげなよ。いちばんねぎらいが効きそうな人?」

「あ、はいっ」


 私は控え室に行った。選手に会いに行く人はけっこういるらしくて、素通しだ。


「やあ、ゆっちゃん。悪かったね、こんな妙なことに巻き込んでしまって……。いや、巻き込むのは時間の問題だったのだが」


「やっぱり、そうでしたか」


「気付いていたか。……二位の力の源は慈しみだ。容易く覆る、とんでもなく弱い力。一位の力の源は憎しみ。知る限りこの世で最強を誇る力だが、果てにはすべてがなくなる」


 自分のことを語っているはずなのに、他人事のように冷たい言い方だった。


「どっちが強いということはない……どちらも、迷いによって弱くなる。ゆっちゃんはどう思う? 憎しみと慈しみ、どちらかが強いだろうか」


「私は、慈しみを持っていたいです。誰かが憎くても、それを力に変えるのは怖いです。でも……慈しみを力にしていても、その――」


 エヴェルさんは「そうだね」と言葉にしていないことにうなずいた。


「言葉にしない方がいい。刃を突き付けるのが正しくても、手のひらを差し伸べる嘘しか受け付けない人がいる。願わくは、君が刃を袖口に隠して手を差し伸べる人になればいい、と私は思っているよ」


 比喩表現なのは分かっているけど、なんだか怖い。


「いや、こんな話はやめよう。ところで観客席から見ていたそうだが、どうやっていたか分かったかい?」


 エヴェルさんが挑戦的な目でこちらを見ている……と思う。兜越しでも、雰囲気はそんな感じだ。


「相手の体力を削って、自分もちょっとずつ削って……わざと体力をゼロにして、発動時間を稼いだみたいな感じに見えました。どうだったんですか?」


「概ねその通りだ。本当に手ごわかったが……最初から間違えているあたり、抜けているところは変わらないな。ディーロは最初から間違えていたんだよ、私への対応を」


 首をかしげると、「私は一回だけ死なないだろう?」と当然のように言う。


「ということはね。ディーロは私を三回は殺さなければならなかったということになる。保険を考えると四回だ」


「増えてませんか?」

「違うよ、二回では足りないという意味だ」


「足りないんですか」


 ああ足りないとも、とエヴェルさんは笑う。


「英魔を殺すには、やりすぎかな? と思うほどのものを三度繰り返すくらいがちょうどいいんだ。それでも生きていると思うがね。たった一人を殺すためにビルを丸ごと爆破するようなものだが」


 分かったような分からないような感じで、私はまだ理解の途中だ。


「えっと……?」


「この籠手なんだが、実はユニークボスを倒して手に入れたものなんだ。ボスからの装備ドロップ自体はよくあることなんだが、これがユニークだとはさっきまで知らなくてね。売ろうとして売れないから気付いた」


「そのガントレットに仕掛けがあるんですか?」


 そう、ディーロのあれと一緒だよ、とエヴェルさんはやや重い声でつぶやいた。


「頭にくるっと巻き付いているのもユニーク装備、黄金の鎧は〈剣覆デロジュラ・ディラ〉という反射ダメージを五割増しにするユニーク装備だ。ブーツはどうやら空中に足場を作るという能力を持つ、これもユニーク装備だったみたいだね。グローブもそうらしい。辛うじて全身分じゃなかったのが救いだ」


「やっぱりいろいろ持ってるんですね」


「英魔は戦闘能力に秀でているから、そういうものが現れたときも頼りにされるんだよ。ユニークハンターの功績なんて微々たるもので、本当は彼らの方が多く倒し、多く得ている。いちおうはそういうことだ」


 自嘲するような感じだったけど、この人が言うなら本当なんだろうな、と思わせるだけの重みがあった。調度の椅子をぎしりときしませて、それから先は控え室に沈黙が満ちる。


「そういえば、クエストって言ってましたけど」

「誰が?」


 警戒が伝わってきた。


「ヴェオリさんとか」

「あの三人と会ったのかい。どうだった?」


「普通でしたよ。や、ちょっと変だけど、いい人たちでした」

「はは……そうだね、変だけど、か」


 あの人たちはヤバい過去もなく、普通の人たちみたいだった。


「クエストの件だね。君とは行く方面が違うしクエストカウンターでも特別の措置が為されていたから気付かなかったのだと思うが……これだよ」


 ささっとウィンドウを操作して、私の方に向けてくれる。


「えっと、[討伐依頼 ディーロ・メルディウス]……って、これ……!?」


「ユーミア国・超都市エルティーネ国境森林地帯を封鎖する彼を倒してくれ、というものだ。彼はプレイヤーだからいなくなりはしないんだが、とりあえず討伐する力を持つものを探し出したいということだったのだろう」


「プレイヤー討伐クエストって、そんな……」


 英魔は国家の威信をかけて潰すものになったのだろうね、とエヴェルさんは低い声でつぶやく。バイザーを通して、その声はひどく歪んで聞こえていた。


「さて、君はそろそろログアウトする時間だろう? おやすみ、ゆっちゃん」

「あ、はい」


 さっと操作して、ログアウトした。




 体を起こして電気を付け、部屋を明るくする。初夏だから少し暑くなっていて、布団をかぶっていない肌着だけでも寒くないくらいだった。時計を見ると、針は十一時三十分を指している。


「ん、まだ余裕あった」


 あと三十分くらいログインしていても大丈夫だったはずだ。


「……どうしたのかな」


 ふわっと毛布を一枚かぶって、くるっと布団を抱きしめる。


 ――なんだか厄介払いされたみたいだな、と、それ以上思わないように。

「ユニークハンターさんの討伐記録」


005:「ディーロ・メルディウス」

種族:ハザード・化人族=クワガタムシ

懸賞金:一千万ルト

備考:人間と激しく敵対する化人族の戦士、その先鋒。確認されるだけでも六つのパーソナルスキルを持つ、現在のところ最強とされる英魔(第一位)である。


 黄金に輝く体を持つクワガタムシの化人族。国家最強集団「英魔」の第一位であるため恐ろしく強く、並みの竜など比較にならないほどの脅威である。三人の配下を持ち、それぞれが単騎で都市壊滅を可能とする力を持つなど、英魔随一の戦闘力を誇る(六位を除く)。


 ユーミア国・超都市エルティーネ間の国境を占拠し、討伐に来た数十人を返り討ちにした。昔の因縁から友人であったエヴェル・ザグルゥスに因縁をつけ、戦うことに。彼との戦い方を少しばかり間違えて化人族の奥義「ディザスター」を受け、敗北。

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